婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

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1-4:霧の中のアシュベリー、第一歩

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 馬車が止まったとき、私は思わず息を呑んだ。

 薄い朝霧に包まれた町――それが、アシュベリーの第一印象だった。

 石畳の道。低く連なる木造の家々。煙突から立ち上る白い煙の匂い。小さな市場の屋台が静かに開かれ始め、まだ人影のまばらな広場には、数羽の白い鳩が歩いていた。

 静かで、穏やかで――まるで、夢の中に足を踏み入れたような心地がした。

「……ここが、アシュベリー」

 私は、ゆっくりと荷物を持ち、馬車から降りた。

 肌に触れる空気はひんやりとしているけれど、不思議と冷たくはなかった。霧の奥に、あたたかさがある。そんな風に感じたのだ。

 町の広場から小道を進むと、丘へと続くゆるやかな坂道があった。

 私は案内状に記されたとおり、その道を登っていく。重い鞄を引きずるように持ちながらも、不思議と足取りは軽かった。

 そして、見えた。

 灰色の石造りの建物。蔦の這った外壁。赤茶色の瓦屋根の上には、控えめな鐘楼。

 それが――アシュベリー公立図書館だった。

「……すてき……」

 思わず、胸の奥から小さな声が漏れる。

 どこか懐かしさを感じる佇まい。けれど、初めて訪れる場所。

 入口の扉は重厚な木製で、磨かれた真鍮の取っ手がついている。私は、深く息を吸ってから、そっとノックをした。

 数秒後、軋むような音を立てて扉が開いた。

 現れたのは、灰色の髪と優しい笑みをたたえた老人だった。茶色のベストに金縁の眼鏡、そして胸ポケットには羽根ペンがさしてある。

「ようこそ、クラリス嬢。お会いできて嬉しい。私はこの図書館の館長、エルネスト・グッドマンです」

「……クラリス・ヴァルデンと申します。お招き、ありがとうございます」

 緊張で声が少し震えていたが、エルネスト館長は微笑んでくれた。

「さ、荷物をお持ちしますよ。今日は天気もよくなるそうです。アシュベリーの朝は、少し冷えますからね」

 その言葉に、私の胸のなかに、ぽっと小さな灯りが灯った気がした。

 図書館の中に足を踏み入れた瞬間――木の香り、古い本の紙の匂い、静けさ。

 そこは、まるで自分の居場所だと初めから決まっていたかのように、しっくりと馴染んだ。

 その時、私は思ったのだ。

 ああ、私は――この場所に、来るべくして来たのだと。
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