婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

文字の大きさ
10 / 40

3-2:本の感想と、語るということ

しおりを挟む
 夕方、図書館の利用者が一段落し、静けさが戻ってくる時間帯。

 私は、リュカに勧められた文集を手に、カウンターの奥でそっとページをめくっていた。古びた紙の香り、手書きの注釈、無骨な字体。それらすべてが、まるで過去の誰かが隣で囁くような気配を纏っている。

 私は、その中の一節に目を留めた。

『第三章 アッシュ川の西、霧の森にて。かつて、この地には“沈黙の灯台”と呼ばれる石塔があったという。語り継がれることの少ない、忘れられた伝承だ』

 ――沈黙の灯台。なぜ、語り継がれないのだろう?

 私の中で、疑問が芽生え、やがて静かな興味へと育っていく。

「そのあたり、気になりますよね」

 不意に、背後から声がした。

 リュカだった。

 私は驚いて本を閉じかけてしまったが、彼は笑って首を振った。

「続きを読んでください。邪魔するつもりはなかったんです。ただ……クラリスさんが、どんなふうに本を読むのか、見てみたくて」

「私の……読み方?」

「ええ。さっき、カウンターで読みながら、少しだけ眉をひそめていました」

「……気づいてましたか」

 私は頬を染めながら、目線を落とす。

「つい、考え込んでしまって。“沈黙の灯台”って、何かを伝えるためのもののはずなのに、沈黙って。矛盾しているなって思って」

「……なるほど」

 リュカは感心したように小さく頷いた。

「“沈黙こそが最後のメッセージだった”のかもしれませんね。たとえば、それまでに語られすぎた世界で、あえて語らないことで、何かを遺そうとした……とか」

「……!」

 その発想に、私は思わず息を呑んだ。

「そういう読み方も……あるんですね」

「クラリスさんの感性が引き出してくれたんですよ。私一人では、そこには辿り着けなかった」

 ――そんな、過分な言葉。

 でも、うれしかった。

 ふと、私は言葉を選びながら口を開く。

「リュカさんは、本を読むとき……誰かに話しかけるような気持ちになること、ありますか?」

「ええ、あります。まるで著者と対話しているような。時に反論したり、同意したりしながら」

「……私も、そうです」

 少しずつ、ほんの少しずつ、私は自分の気持ちを言葉にできるようになっていた。

「だから、貸出の記録とは別に、“感想ノート”を作ろうと思っているんです。読んだ人が自由に書き残せるような」

「それは素敵な試みですね。ぜひ、最初の感想を残させてください」

 リュカの笑みは、本当にやさしい光を持っていた。

 本を読むこと、誰かと感想を語り合うこと。

 それは、心の深い場所にそっと触れる――静かな奇跡だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

「影が薄い」と 捨てられた地味令嬢は、王太子に見初められました ~元婚約者と妹は、どうぞご勝手に~

有賀冬馬
恋愛
「君は影が薄い」――そう言って、婚約者の騎士様は華やかな妹を選び、私を捨てた。 何もかもを諦めて静かに暮らそうと決めた私を待っていたのは、孤児院での心温まる出会いだった。 そこで素性を隠して旅をしていたのは、なんと隣国の王太子様。 「君こそ、僕の唯一の光だ」そう言って、私のありのままを受け入れてくれる彼。その彼の隣で、私は生まれ変わる。 数年後、王国間の会議で再会した元婚約者は、美しく気品あふれる私を見て絶句する……

地味子と蔑まれた私ですが、公爵様と結ばれることになりましたので、もうあなたに用はありません

有賀冬馬
恋愛
「君は何の役にも立たない」――そう言って、婚約者だった貴族青年アレクは、私を冷酷に切り捨てた。より美しく、華やかな令嬢と結婚するためだ。 絶望の淵に立たされた私を救ってくれたのは、帝国一の名家・レーヴェ家の公爵様。 地味子と蔑まれた私が、公爵様のエスコートで大舞踏会に現れた時、社交界は騒然。 そして、慌てて復縁を申し出るアレクに、私は……

婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。 魔力が弱い私には、価値がないという現実。 泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。 そこで目覚めた彼は、私を見て言った。 「やっと見つけた。私の番よ」 彼の前でだけ、私の魔力は輝く。 奪われた尊厳、歪められた運命。 すべてを取り戻した先にあるのは……

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

ご愁傷様です~「冴えない女」と捨てられた私が、王妃になりました~

有賀冬馬
恋愛
「地味な君とは釣り合わない」――私は、婚約者の騎士エルマーにそう告げられ、婚約破棄された。病弱で目立たない私は、美しい妹と比べられ、家族からも冷遇されてきた。 居場所を失い、ひっそり暮らしていたある日、市場で助けた老人が、なんとこの国の若き国王陛下で!? 彼と私は密かに逢瀬を重ねるように。 「愚かな男には一生かかっても分かるまい。私は、彼女のような女性を誇りに思う」妃選びの場で告げられた国王陛下の一言に、貴族社会は騒然。

婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。 彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う! 「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」 「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」 貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。 それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム! そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。 ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。 婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。 そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!? 「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」 復讐も愛憎劇も不要! ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!? 優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!

ごめんなさい、私、今すごく幸せなので、もう貴方には興味ないんです

有賀冬馬
恋愛
「君は聖女に不相応だ」。 その言葉と共に、私は婚約者だった神殿騎士団長に捨てられ、都を追放された。 絶望の中、辿り着いた山奥の村で出会ったのは、私を誰よりも大切にしてくれる竜騎士様。 優しい彼との出会いが、私の世界を変えてくれた。 一方、私を切り捨てた都の神殿では、汚職が発覚し、元婚約者と新しい聖女は破滅へ。 落ちぶれ果てた彼が私の前に現れた時、私の隣には、かけがえのない人がいました。 もう貴方には、微塵も未練なんてありませんから。

処理中です...