この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

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第172話 氷の宮殿、凍れる花の理由

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北の大地にそびえる氷の宮殿。その大扉がきしむ音とともに開き、白銀の外套をまとった氷の王子セレンが出迎えてくれた。
「神子ルカ……遠路を、よく来てくれました」

 案内された中庭の中心に、それはあった。
 月明かりを受け、淡く青く輝く“永遠花(とこしえばな)”。
 その透明な花弁の奥──アスが眠っている。
 まるであの日のまま、鎖から解き放たれた後の、穏やかな笑みを浮かべた姿で。

「……どうして、アスがここに?」
 喉がひどく乾く。声が震えた。

 セレンはゆっくりと答える。
「森であなたが彼を見送ったあと、我が国の斥候が“永遠花の兆し”を見つけました。
 永遠花は、鎖や呪いから解き放たれた魂だけを迎え入れる花です。咲いた瞬間、その者を氷の中で眠らせ、最後に“真実”を残して消えます」

 ──あの日(第152話)、ボクの腕の中で、アスは鎖から自由になり、静かに息を引き取った。
 そのとき芽吹いた淡い光が、この花の始まりだったのか。

「私たちはすぐに彼を抱き上げ、花ごと運びました。
 この花が咲くのは数十年に一度。……放っておけば一晩で散ってしまう」
 セレンの瞳は氷のように冷たいのに、どこか優しさを含んでいた。

「……片方の手袋も、一緒に」
 セレンが指し示すと、アスの胸の上には白い手袋が握られていた。
 あれは、ボクが森に落とした片割れ。
 ──最後まで、ボクを感じていたかったのだろうか。

 足が勝手に花のそばまで動く。氷越しのアスは、やっぱり何かを握る形のままだ。
 最初に手をつないでくれた日も、最後に離したくなかったあの日も、すべてが胸に押し寄せてくる。

「……セレン、ありがとう。彼を、こんなにも綺麗に守ってくれて」
「礼は不要です。永遠花は選びません。彼がここにいることは、あなたが彼を解き放った証です」

 涙が溢れそうになる。
 失った悲しみは消えないけれど、“自由なまま眠っている”と知っただけで、少しだけ救われた気がした。

 セレンが低く告げる。
「今夜は満月。永遠花は一度だけ、“凍った真実”を語ります。
 どうか……彼の最後の想いを、受け取ってください」

 氷の花弁が月光を浴び、微かに揺れた。
 泣きたくないのに、アスの前だと、ちゃんと泣けてしまう。

「うん……全部、聞くよ」
 ボクは永遠花に額をそっと寄せた。
 ──鎖のない、最後の夜が始まろうとしていた。
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