名前を消された僕が、異世界で“くすぶる校長室”の記録を拾った件 ――その扉には、鍵なんて最初からなかった。

名無しマッチ

文字の大きさ
1 / 20

第1話 鍵のかかっていた部屋

しおりを挟む
 気づけば、光はすでに天井に固定されていた。

 淡い紫(むらさき)を帯びた光文字(ひかりもじ)が、部屋の空気をうねらせていた。
 “主観者(しゅかんしゃ) 刻印済”
 文字は発光しているのに、熱はない。ただ、皮膚の裏側がむず痒くなるような、ひどく知覚的な光だった。

 息を吸うと、粉末状の魔素が喉に引っかかった。
 この部屋には“魔法”が染み込んでいる。いや、魔法そのものが部屋を形成しているのかもしれない。

 僕は床からゆっくり起き上がった。
 金属ではない。木材でもない。床は、意思を持った何かの背中のように微かに脈動していた。

 目の前に、淡い青の制服を着た案内役が立っていた。
 名札には、カリ=ナミ=ルとあった。肩書きは「指導役(しどうやく)」。

 教師という言葉は、使われていなかった。

 「お目覚めですね、主観者(しゅかんしゃ)さま」
 彼女の声には“調律済み”の感じがあった。まるで、必要な感情だけを再構成して発声しているような。

 僕は喉を潤し、声を出そうとしたが、言葉の選び方を忘れていた。
 その代わりに、額がうずいた。

 指先を当てると、そこには刻印(しるし)があった。
 円の中に左右非対称な炎の紋(もん)。まるで、火種が歪んだまま閉じ込められているような形。

 「ご案内いたします。あなたの認定はすでに済んでおります」
 「え? ……何の、認定?」
 問いは、僕の口から零れ落ちた。

 「登城審査(とうじょうしんさ)──イン=リス=ラ通過認定です」
 「イン……リス……?」
 「この魔導教育城(まどうきょういくじょう)の最下層をそう呼びます。あなたはすでに、主観者として分類されました」

 彼女の説明は、説明のかたちをしているだけだった。
 僕の理解は関係ない。
 「そうなっているから、そうなのだ」という、純粋な制度だけがそこにあった。

 歩き出すと、足元の床材がわずかに体温を帯びていた。
 この城が生きているのか、それとも、僕がこの城の一部になったのか。

 どちらでもいいのだと、城が囁いている気がした。


 廊下の壁は無音だった。
 けれど、何かが“話すのをやめている”気配がした。
 そこには沈黙ではなく、意図的な不在があった。

 曲がり角を二つ抜けたところで、扉が開いた。

 そこは「模範解答儀(もはんかいとうぎ)」の会場。
 大理石にも似た灰色の床には魔紋(まもん)がびっしりと刻まれていた。
 天井には浮遊する符字灯(ふじとう)が揺れ、空間にわずかな低音を響かせている。
 それは“正解音(せいかいおん)”と呼ばれているらしい。

 生徒たちはすでに整列していた。
 すべての身体が等間隔。
 すべての声帯が“調律済み”。
 制服の青が、誰の目にも同じ色をしていた。

 正面には模範解答獣(もはんかいとうじゅう)がいた。
 獣といっても、その輪郭は曖昧だった。
 まるで答えそのものが具現化したような、透明な形状。

 「ギムム三原則は?」
 「ゼイヒ、ゼイヒ、ゼイヒ」
 全員が一音ずつ、寸分違わぬ抑揚で唱えた。

 “正しい音”だけが、この部屋で許されている。
 問いは存在しない。問いはあらかじめ、消されている。

 ただひとり、列の中央にいた生徒だけが──

 「ぜ……い、ひ」

 その声がわずかに揺れた瞬間、床が光った。
 魔紋がひとつ、彼の足元から浮き上がる。

 次の瞬間、生徒は“音ごと”消えた。

 誰も驚かない。
 模範解答獣は、次の問いを待っている。
 「次、どうぞ」
 まるで何も起きなかったかのように。

 「ギムム適合判定、不適合一名。記録済」
 カリ=ナミ=ルは、そうだけ言った。

 僕は口を開きかけた。けれど、喉が痛んだ。
 あの声を聞いた瞬間から、僕の中の“問い”が引き剥がされている気がした。

 ──これは教育じゃない。
 でも、教育“ではない”とも、言い切れない。

 そんな“なにか”がここにはあった。


 模範解答儀を終えると、カリ=ナミ=ルは何も言わずに歩き出した。
 彼女の歩幅は一定だった。音はなく、足跡も残らなかった。

 階段を下りるごとに、空気が変わっていく。

 “音”が重たくなっていく。
 光が、押しつぶされるように低くなる。
 歩くたびに足元の石床がわずかに発光し、それが周囲の霧に吸い込まれていく。

 最下層──校長室層、“カエ=ラズ”。

 封印主座層(ふういんしゅざそう)と呼ばれるこの場所には、言葉を発してはいけない規則がある。
 そのため、ここで話すことは「無鍵者黙示(むけんしゃもくし)」と呼ばれていた。

 扉は大きかった。
 青白い金属のようなものでできていて、中央には“カエ=ラズ”の印が刻まれていた。
 火と水と時間を逆流させたような文様。見ているだけで頭の奥がズキリと痛んだ。

 カリ=ナミ=ルはそこで立ち止まり、僕に軽く頷いた。
 その瞳は、少しだけ迷っているように見えた。

 僕は、扉に手をかけた。

 ──回った。

 鍵は、かかっていなかった。
 最初から、どこにも“鍵”などなかったのだ。

 扉は、重たい音もなく、ゆっくりと開いた。
 中には、何もなかった。

 ……いや、正確には、“すでに全てが終わってしまった空間”があった。

 書類も、机も、記録も、誰かの痕跡もなかった。
 ただ、床にぽつんと、焦げた木片(もくへん)が落ちていた。

 それは、誰かが何かを燃やしたあと、残ったもの。

 形は不揃いで、側面に古びた文字が焼き残されていた。
 僕は、思わず手に取った。

 ──“マッチ”。

 それは、かつて僕が使っていた名だった。
 記録から消された名前。呼ばれることのなかった名。
 すでに存在しない“僕”の、火種(ひだね)。

 その瞬間、どこかで火花が散った気がした。
 小さく、だが確かに、音がした。


---------------------

この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。

noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。

書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不遇スキル「わらしべ長者」で殺せぬ勇者 〜魔力ゼロでも無双します〜

カジキカジキ
ファンタジー
 スキル「わらしべ長者」って何ですか? アイテムを手にすると、スキル「わらしべ長者」が発動し、強制イベントになるんです。  これ、止めること出来ないんですか?! 十歳のスキル授与で「わらしべ長者」を授かった主人公アベルは幼い頃から勇者への憧れが強い子供だった、憧れていたスキル「勇者」は引っ込み思案の友達テツが授かり王都へと連れて行かれる。  十三歳になったアベルは自分のスキル「わらしべ長者」を使いながら冒険者となり王都を目指した。 王都に行き、勇者のスキルを得た友達に会いたいと思ったからだ。  魔物との戦争が行われているはずの王都は、平和で市民は魔物なんて全く知らずに過ごしていた。 魔物のいる南の地を目指すため、王立学園へと入学するアベル、勇者になった友達の行方は、アベルのスキルはどう進化して行くのか。 スキルを駆使して勇者を目指せ! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 扉絵は、AI利用したイラストです。 アベルとニヤ、イヅミのFA大歓迎です!! 描いて下さる絵師さんも募集中、要相談Xにて。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

二度目の異世界では女神に押し付けられた世界を救い世界を漫遊する予定だが・・・・。

黒ハット
ファンタジー
主人公は1回目の異世界では勇者に選ばれ魔王を倒し英雄と呼ばれた。そんな彼は日本に戻り、サラリーマンとしてのんびり暮らしていた。だが異世界の女神様との契約によって再び異世界に転生する事になる。1回目から500年後の異世界は1回目と違い文明は進んでいたが神の紋章を授ける教会が権力を持ちモンスターが多くなっていた。主人公は公爵家の長男に転生したが、弟に家督を譲り自ら公爵家を出て冒険者として生きて行く。そんな彼が仲間に恵まれ万能ギフトを使い片手間に邪王を倒し世界を救い世界を漫遊するつもりだが果たしてどうなる事やら・・・・・・。

処理中です...