名前を消された僕が、異世界で“くすぶる校長室”の記録を拾った件 ――その扉には、鍵なんて最初からなかった。

名無しマッチ

文字の大きさ
2 / 20

第2話『模範解答を噛んだ者』

しおりを挟む
 記録番号:R-0328-α-2
 観察対象:学級【ロジカ=アクティ】 詠唱単元:12-C
 記録者:僕(主観者刻印済)

 その教室には、奇妙な静寂があった。

 静かというより、黙らされているような静けさ。
 文字のように整列された生徒たちが、一斉に口を開いた。

「12-C:統一型応答、模範解答を唱和せよ──」

 教師の合図と同時に、詠唱が始まる。

「責任ある行動とは、上位者の指示を理解し、それに従うことを指します──」

 “詠唱”とはいえ、それは魔法ではなかった。
 いや、むしろ“魔法のような教育”だったのかもしれない。
 全員が、全く同じイントネーションで、同じ言葉を繰り返す。

 個性はなかった。間違いも、問い直しもない。

 教室の空気には、すでに“答え”が支配していた。

 僕は教室の隅、記録者席からその様子を観察していた。

 記録紙は、ひとりひとりの発話内容と適合度を測定するためのもの。
 回答内容にズレがある場合、適合率が低下し、記録上の注意マークがつく。

 この日も、いつもと変わらない、はずだった。

 …その瞬間までは。

 全員がC群の正答を終えたころ、一拍遅れて、最後列の男子生徒が口を開いた。

「せ……せきに……」

 ──噛んだ。

 はっきりと、音が崩れた。

 詠唱中に音を乱すことは、この場では“異常”とみなされる。

 ぴたり、と音が止まった。

 生徒たちの顔が一斉にそちらを向く。誰も言葉を発しない。

 教師がゆっくりと視線を上げる。
 その間、男子生徒は口元を押さえたまま、動けずにいた。

 ただの言い間違いではなかった。
 言葉を“噛んだ”のではなく、“喉に詰まらせた”ように見えた。

 あれは、僕には「言いたくなかった」という拒絶に見えた。

 教師の手が掲げられる。

「詠唱中断確認。ギムム適合判定を実行します」

 僕の手が勝手に記録紙に走った。
 ページの上に、機械的な枠組みが印字される──《適合失敗時処理》の項。

 生徒の足元に、淡く発光する陣が浮かび上がる。

 それは美しかった。

 無慈悲なほどに、儀式的に、美しかった。


 光が、足元から立ち上がる。

 男子生徒の制服が揺れることもなく、ただ、輪郭だけが淡くぼやけていく。

 魔法でも、攻撃でもない。

 それはまるで、静かに“消去”されていくようだった。

 生徒本人は、終始無言だった。
 ただ一度、光に包まれる直前に、僕には見えた気がする。

 ──唇が、何かを言おうとしていた。
 けれど音は出なかった。
 もしかしたら、誰にも届かないと知っていたのかもしれない。

「処理完了。詠唱失敗者、適合失格により除籍済」

 教師はそう淡々と告げた。

 僕は手元の記録紙を確認する。

 彼の欄には、薄く、数字のエラーコードが一瞬だけ浮かび、そのあと空白になった。

 名前も、出席番号も、記録から消去されていた。

 席には誰もいない。最初から、誰もいなかったかのように。
 周囲の生徒たちは再び一斉に正面を向き、詠唱を再開した。

「責任ある行動とは……」

 その言葉が、今は呪詛のように響いた。

 僕はその席から目を離せなかった。
 机の表面には、微かに焦げたような跡があった。

 僕の耳に、なぜかその焦げの匂いが届いた。
 感覚が正しければ──これは焼け焦げた紙の香りだ。

 記録者としての義務感なのか、それとも単なる好奇心か。

 僕は立ち上がり、無言のまま席へと歩いた。

 教師も、生徒も、僕の行動には一切反応しない。
 僕だけが、“観察者”としてこの空間に存在を許されている。

 まるで、劇の舞台裏に立つ存在のように。

 机の下に、何かが落ちていた。

 ひらりと裏返る、焦げた紙片。

 拾い上げた僕の指に、かすかに熱が残る。

 そこには、雑に書かれたメモのような走り書きがあった。

【ほんとうの声は どこへいった?】

 手が止まる。

 息をのむ。

 目が離せなかった。

 ポケットの中で、熱が動いた。

 マッチくん──いつもはただ静かにしている彼の、“炎”が揺れた。

 ぱち、と音が鳴ったわけじゃない。
 でも僕にはわかった。彼が、この紙片に反応したことが。

 その小さなマッチの炎が、ほんの一瞬、赤く大きくゆらいだのを僕は見た。

 まるで、「それに僕も気づいていた」と言うように。

 でも彼は、やっぱり何も言わなかった。

 僕を、じっと見ていた──ような気がした。


 僕は焦げた紙片を、記録紙の間に挟んだ。

 本来ならば、観察者の記録は「事実の追記のみ」が許されている。
 感じたこと、考えたこと、心の動き──そんなものは“記録”ではない。

 でも、僕の指は勝手に動いた。

 空欄になったページに、そっと文字を記す。

【詠唱中に音を噛んだ生徒、処理済み──】

 そこまで書いて、ペンが止まった。

 本当に、それだけだったのか?

 あのとき、彼は確かに何かを言おうとしていた。
 もしかしたら、「答え」じゃなく「問い」を吐き出そうとしていたんじゃないか。

 …僕は、その問いに目をそらしていた。

 ページの余白、右下。誰も読まないであろう場所に、書き加える。

【彼は、答えを拒んだ。たったそれだけで、彼はいなくなった。】

 記録紙の端が、じわじわと焦げていく。

 ──焼け焦げるような音はしていないのに。
 でも僕の目には確かに、紙が黒く染まっていくのが見えた。

 マッチくんの炎が、また揺れる。

「それでも、書くんだね」

 僕の耳の奥に、誰かの声が届いたような気がした。

 僕は頷いた。言葉にはしなかったけど。

 その日、教室の名簿には「空席」と記録されていた。

 僕の記録にも、もう彼の名前はない。

 でも、この焦げ跡だけは、確かに残っている。

 もしこの記録が、誰かに読まれる日が来るなら──

 僕は、ここに問いを書き残しておく。

 

【ほんとうの声は、どこへいった?】



---------------------

この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。

noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。

書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...