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第7話 観察者の資格
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朝のチャイムが鳴る直前、僕の机の上にまた“それ”が置かれていた。
今度は封筒すらなく、ただ白紙に印字された通知文。
通知:観察者資格 再審査 対象者 指定
対象コード:001番
理由:記録指令不履行および制度的中立性の保持に疑義があるため
教室の空気が、一瞬だけ凍りついた。
でも、誰も何も言わない。
教師も、生徒も、同僚記録者たちも。
その“沈黙”が、一番答えを語っていた。
僕の隣の席の記録者──名前も知らない後輩が、鞄を抱えたまま中腰で近づいてくる。
目は合わない。ずっと自分の靴を見つめたままだ。
「……あのさ」
「うん」
「君……“拒否した”って、本当?」
「うん」
しばらくの沈黙。彼の口元が引きつる。
「悪いけど、しばらく……距離、置かせてもらうね」
「うん」
「巻き込まれたくないんだ」
僕は笑う気になれなかった。
午前の授業中、教師たちは淡々と進行を続けた。
でも、それは“いつも通り”ではなかった。
目が合わない。指名されない。注意されない。
僕の存在だけが“透過”されているみたいだった。
まるで、すでに“記録者ではない誰か”として扱われているようだった。
「……排除って、こういうことなんだな」
口にした言葉が、自分でも思っていたより重かった。
「制度は、“壊す”んじゃない。“無かったことにする”んだ」
視界の隅で、マッチくんが微かに火花を散らす。
まだ何も言わない。
でも、その沈黙が、いちばん近くに寄り添ってくれている気がした。
昼休み。
窓際の席で一人、パンを齧るふりをしながら、通知紙を折りたたんでいた。
誰もこっちを見ない。声もかけない。
それが、むしろ“制度の本気”を物語っている。
「ねぇ」
マッチくんの声は、パンの包装紙をめくる音に紛れるように現れた。
机の端にちょこんと座るマッチくん。
今日は炎の色が少しくすんで見えた。赤というより、鈍いオレンジ。
「君、“観察者”って、どういう仕事だと思ってた?」
「……見たことを、書くだけだよ」
「ほんとに、それだけ?」
僕は言葉に詰まる。
「制度が求めてるのは、“正確な記録”じゃなくて、
“制度にとって都合のいい記録”だったんじゃないの?」
「でも、それって──ただの嘘じゃないか」
「嘘、って言うと語弊があるかな。
“管理しやすい事実”ってやつ?」
マッチくんが肩をすくめる。火の粉が、パラパラと机に落ちていく。
「僕が、記録に主観を混ぜたせいなんだろ?」
「ううん、違うよ。
君が“誰かを救おうとした”せいだよ」
「……」
「本当のことを書くって、誰かを助けたいって気持ちがなきゃできない。
でも制度は、“感情”が入ると拒絶するんだよ」
マッチくんの炎が、ふっと揺れた。
「制度の中で、生きてるだけでアウトになっていく気がするんだ」
「うん。それ、“正しい感覚”だよ」
「じゃあ、どうすればいい?」
僕の問いに、マッチくんは少しだけ目を伏せた。
「……選ばないとね。そろそろ」
「選ぶ?」
「“書く側”でいるか、“消える側”でいるか」
僕は答えを出せなかった。
でも、心のどこかで――もう答えは、決まっていた気もする。
放課後。
廊下にはもう、誰もいなかった。
規則的な蛍光灯の点滅音が、やけに耳につく。
僕はなんとなく歩いていて、気づけばその前に立っていた。
──校長室の扉。
厚い、鉄製の扉。鍵穴はなく、ドアノブもない。
なのに、たまに「誰かが出入りしている」気配だけが残っている、不思議な部屋。
視界が、ふと揺れた。
クラクラするような、焦点が合わないような――
扉の向こうから、かすかに“声”が聞こえた。
自分の、声だった。
「……ねぇ先生、間違ってたとしても、自分で考えたいって……そんなにいけないことですか?」
誰に向けて話していたのか、思い出せない。
でもその声の奥には、確かに“願い”があった。
「誰かに届いてほしかっただけなんだ」
ぼそりと、独り言のように呟く。
僕は、そっと扉に手を伸ばした。
でも、指先が触れる寸前で――
「やめとこっか」
マッチくんの声がした。
気づけば足元に立っていて、小さく手を振っていた。
「今はまだ、その部屋に入る資格はないよ」
「資格……?」
「うん。“自分自身に踏み込む覚悟”ができたときにだけ、開く扉なんだってさ」
「……誰が決めたんだよ、それ」
「君だよ。たぶんね」
マッチくんの火は、少しだけ色を戻していた。
赤く、ゆらゆらと。
まるで、「大丈夫だよ」と言うように。
「帰ろうか」
「……ああ」
背中越しに、鉄の扉が、ひとりでに軋んだ気がした。
でも僕は振り返らなかった。
それは、“今はまだ開けてはいけない記憶”だったから。
---------------------
この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。
noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。
書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
今度は封筒すらなく、ただ白紙に印字された通知文。
通知:観察者資格 再審査 対象者 指定
対象コード:001番
理由:記録指令不履行および制度的中立性の保持に疑義があるため
教室の空気が、一瞬だけ凍りついた。
でも、誰も何も言わない。
教師も、生徒も、同僚記録者たちも。
その“沈黙”が、一番答えを語っていた。
僕の隣の席の記録者──名前も知らない後輩が、鞄を抱えたまま中腰で近づいてくる。
目は合わない。ずっと自分の靴を見つめたままだ。
「……あのさ」
「うん」
「君……“拒否した”って、本当?」
「うん」
しばらくの沈黙。彼の口元が引きつる。
「悪いけど、しばらく……距離、置かせてもらうね」
「うん」
「巻き込まれたくないんだ」
僕は笑う気になれなかった。
午前の授業中、教師たちは淡々と進行を続けた。
でも、それは“いつも通り”ではなかった。
目が合わない。指名されない。注意されない。
僕の存在だけが“透過”されているみたいだった。
まるで、すでに“記録者ではない誰か”として扱われているようだった。
「……排除って、こういうことなんだな」
口にした言葉が、自分でも思っていたより重かった。
「制度は、“壊す”んじゃない。“無かったことにする”んだ」
視界の隅で、マッチくんが微かに火花を散らす。
まだ何も言わない。
でも、その沈黙が、いちばん近くに寄り添ってくれている気がした。
昼休み。
窓際の席で一人、パンを齧るふりをしながら、通知紙を折りたたんでいた。
誰もこっちを見ない。声もかけない。
それが、むしろ“制度の本気”を物語っている。
「ねぇ」
マッチくんの声は、パンの包装紙をめくる音に紛れるように現れた。
机の端にちょこんと座るマッチくん。
今日は炎の色が少しくすんで見えた。赤というより、鈍いオレンジ。
「君、“観察者”って、どういう仕事だと思ってた?」
「……見たことを、書くだけだよ」
「ほんとに、それだけ?」
僕は言葉に詰まる。
「制度が求めてるのは、“正確な記録”じゃなくて、
“制度にとって都合のいい記録”だったんじゃないの?」
「でも、それって──ただの嘘じゃないか」
「嘘、って言うと語弊があるかな。
“管理しやすい事実”ってやつ?」
マッチくんが肩をすくめる。火の粉が、パラパラと机に落ちていく。
「僕が、記録に主観を混ぜたせいなんだろ?」
「ううん、違うよ。
君が“誰かを救おうとした”せいだよ」
「……」
「本当のことを書くって、誰かを助けたいって気持ちがなきゃできない。
でも制度は、“感情”が入ると拒絶するんだよ」
マッチくんの炎が、ふっと揺れた。
「制度の中で、生きてるだけでアウトになっていく気がするんだ」
「うん。それ、“正しい感覚”だよ」
「じゃあ、どうすればいい?」
僕の問いに、マッチくんは少しだけ目を伏せた。
「……選ばないとね。そろそろ」
「選ぶ?」
「“書く側”でいるか、“消える側”でいるか」
僕は答えを出せなかった。
でも、心のどこかで――もう答えは、決まっていた気もする。
放課後。
廊下にはもう、誰もいなかった。
規則的な蛍光灯の点滅音が、やけに耳につく。
僕はなんとなく歩いていて、気づけばその前に立っていた。
──校長室の扉。
厚い、鉄製の扉。鍵穴はなく、ドアノブもない。
なのに、たまに「誰かが出入りしている」気配だけが残っている、不思議な部屋。
視界が、ふと揺れた。
クラクラするような、焦点が合わないような――
扉の向こうから、かすかに“声”が聞こえた。
自分の、声だった。
「……ねぇ先生、間違ってたとしても、自分で考えたいって……そんなにいけないことですか?」
誰に向けて話していたのか、思い出せない。
でもその声の奥には、確かに“願い”があった。
「誰かに届いてほしかっただけなんだ」
ぼそりと、独り言のように呟く。
僕は、そっと扉に手を伸ばした。
でも、指先が触れる寸前で――
「やめとこっか」
マッチくんの声がした。
気づけば足元に立っていて、小さく手を振っていた。
「今はまだ、その部屋に入る資格はないよ」
「資格……?」
「うん。“自分自身に踏み込む覚悟”ができたときにだけ、開く扉なんだってさ」
「……誰が決めたんだよ、それ」
「君だよ。たぶんね」
マッチくんの火は、少しだけ色を戻していた。
赤く、ゆらゆらと。
まるで、「大丈夫だよ」と言うように。
「帰ろうか」
「……ああ」
背中越しに、鉄の扉が、ひとりでに軋んだ気がした。
でも僕は振り返らなかった。
それは、“今はまだ開けてはいけない記憶”だったから。
---------------------
この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。
noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。
書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
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