名前を消された僕が、異世界で“くすぶる校長室”の記録を拾った件 ――その扉には、鍵なんて最初からなかった。

名無しマッチ

文字の大きさ
6 / 20

第6話 主観干渉

しおりを挟む
「お前に、これが届いてる」

 無機質な封筒を、教師が机の上にポンと置いた。まるで使用済みのプリントみたいに。

「記録評価通知。まあ、気にすることはない。形式上の処理にすぎんからな」

 そう言って立ち去った背中は、どこか“関わりたくない”という雰囲気を隠せていなかった。

 僕は封筒を開け、中に入っていた紙をゆっくりと引き出した。

 通知内容

 通知コード:U-D-16
 判定:主観干渉の可能性あり
 備考:観察記録に歪曲傾向を認め、制度的中立性に疑義を生じたため、再評価を要請。

「主観……干渉?」

 教室の空気が、途端に冷たくなる。誰かが「やっぱり」とつぶやいた気がした。

 後ろの席の生徒が、僕のほうを見ずに言った。

「……最近、厳しくなってるよね。記録者。
“ただ見て書くだけ”じゃダメなんだってさ。感情が混じると、アウトらしい」

 僕は返事をせず、ただ黙って記録紙を握りしめた。

 ――見たことを、書いただけのはずなのに。

「でもさ」

 いつの間にか、隣の席にマッチくんが座っていた。椅子が小さく火をはぜている。

「“見たことをそのまま書く”って、どういうことなんだろうね?」

「どういう……って?」

「たとえば、“涙が出てた”って書いたとして。
 それ、“泣いてた”ってことになる? それとも“目にゴミが入った”だけかも?」

「……」

「僕たちって、いつから“見たこと”を“意味づける”ようになったんだろうねぇ」

 その声は、火の粉みたいに小さく、けれど確実に胸の奥に火を灯した。

 放課後。教室には誰もいない。

 記録紙を握ったまま、僕は机に突っ伏していた。

「歪曲傾向……か」

 言葉にしてみても、意味は曖昧なままだ。
 あの記録には、嘘はなかった。事実しか書いていない。はずだった。

【記録No.73】
 対象者:第二層15番個体
 行動:本日、対象は授業中に立ち歩き、他個体に語りかけていた
 状況説明:立ち歩き行動は自主的な学びの兆候と推察される。否定的な制止は必要ないと判断。

 この“推察”が、問題なのだと。

「主観が混じった」と判断されたのは、僕が“学びの兆候”という言葉を使ったせいだ。

 制度は、ただ「立ち歩いた」とだけ書くことを求めていた。
 意味を加えること、それが“歪曲”だったのか。

「でもさ」

 声がした。マッチくんだ。もう、出てくるタイミングに驚かなくなった自分がいた。

「制度って、“意味”を嫌うよね。
 でも人って、“意味”がないと耐えられない生き物なんだよ?」

「……意味がないほうが楽だろ。考えなくて済むんだから」

「うん、制度にとってはね。でも、君はどう?」

 マッチくんは、ゆっくりと机の上に座った。火種がカリカリと鳴る。

「君は、“なぜ?”って思っちゃう性格なんだよ。
 だから制度に合わない。だからこうして、弾かれた」

「……それが悪いことなら、僕は間違ってるのかもな」

「違うよ」

 マッチくんは、声のトーンを落とした。

「“悪いこと”じゃない。“正しいこと”でもない。ただ、“ここには向いてない”ってだけ」

 どこにも居場所がないような気がして、僕は少し笑った。

「じゃあ、どこなら向いてる?」

「それを探すために、記録してるんじゃないの?」

 その言葉に、ぐっと胸の奥が痛くなった。

 机の端に、もう一枚の紙が置かれていた。
 さっきまではなかった。というか、見えていなかった。

『上位階層 記録精査室より:再記録のための召喚通知』

「これは……」

「制度が、“お前を見張り始めた”ってことだよ」

 マッチくんの火が、一瞬だけ、揺れた。

《再記録対象者として、あなたの記録行動は一時停止されました》

 机の上の通知紙に、淡い赤の光が波打つように走っていた。

 静かすぎる教室。
 ドアの向こうで、誰かが立っている気配がする。けれど、ノックはない。

「君、どうするの?」

 マッチくんの声が、やけに澄んでいた。

「記録、やめるの?」

「……違う。記録は、やめない」

「じゃあ?」

 僕は、小さく息を吐いた。そして――通知紙をゆっくりと握りしめ、ビリリと破った。

 その破片が、舞う。

「再記録? そんなもん、知らないよ」

 警告音が鳴った。

 天井に設置された“監視眼”が、赤く光る。
 電子音のアナウンスが、空間に響く。

《記録者001番、指令不履行を確認》
《識別コード:反制度行動対象》
《再起動処理の検討を開始します》

「“再起動処理”……か。つまり、僕の存在そのものを“初期化”するってこと?」

 僕の声が、少しだけ震えていた。

「そうだね。
 この世界では、“記録者”は見たままを記録するだけの装置。
 君みたいに、そこに“意味”や“願い”を持ち込んだら──壊れた記録者ってわけ」

「でもさ」

 マッチくんは言った。

「僕は、それが正しいと思うよ」

 僕のほうを、まっすぐに見て。

「制度は、“観察”だけを求めてる。
 でも君は、“共感”して、“願って”、“理解しようとした”。
 それって、もう“観察者”じゃなくて、“当事者”だよ」

 しん、と空気が止まる。

 マッチくんの頭の火が、大きく揺れた。パチパチと音を立てて。

「……これでもう、“観察者”じゃいられないよ?」

 その瞬間、僕の中で、何かが決まった。

 記録とは、ただのデータではない。

 それは、“誰かの生きた証”だ。

 そしてそれを、意味のある形で残すには、
 僕自身が、“制度の外”に立つしかない。

 《記録中断》の文字が、ゆっくりと僕の端末に表示される。
 その下に、警告と共に点滅する一行があった。

《記録者001番──独立行動へ移行》

 マッチくんが、ぽつりとつぶやいた。

「ここから先は、君の“言葉”で書いていいよ」

 僕はうなずいた。

 もう、誰かの決めたルールに沿って記録するつもりはなかった。



---------------------

この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。

noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。

書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...