12 / 20
第12話 焼却ノートと、黙字の妖精
しおりを挟む
校長室は、静かに燃えていた。
いや、正確には──
燃えた“痕跡”だけが、まだこの部屋の空気に残っていた。
埃っぽい床。
天井のヒビ。
壁際に散らばった紙片の焦げ跡。
その中心に、ノートが一冊だけ置かれていた。
僕は、それを拾う。
表紙はない。
ページも焼け焦げて、半分以上が炭のように黒ずんでいる。
それでも──残っていた。
焦げたページの端、消えかけた文字の中に、
ひときわ目を引く一文があった。
「……なかったことにするな。火はまだ……」
誰の筆跡かは、わからない。
けれど、その文字を見たとき、
胸の奥にある“焼け残った部分”が、微かに熱を帯びた。
ノートを開いていくと、意味のわからない記述も混ざっていた。
断片的な言葉。
重ね書きされた行。
何度も塗りつぶされた単語。
でも──そこには確かに、“誰かが残そうとした痕跡”があった。
それだけで、僕の手は止まらなかった。
ページの奥から、何かの“気配”がした。
──ふわり。
風もないのに、灰が舞う。
熱もないのに、目の端に“炎の揺らぎ”が見えた。
「よう。ひさしぶり。」
その声に、振り向く。
いた。
マッチくんが、そこにいた。
まるで、最初からずっとそこにいたかのように、
校長室の隅で、背中を丸めて座っていた。
「このノート、君のじゃない。
でも、君の“前の誰か”のかもしれないね。」
僕は、そっと問いかける。
「誰の……記録?」
マッチくんは肩をすくめた。
「燃やされた言葉の、残り火だよ。
誰のものかなんて、もう制度には残ってない。
でも、“言葉”は覚えてる。」
その目は、どこか哀しくて、でも優しかった。
マッチくんは、ノートの焦げた端を見つめていた。
「……これ、書いた人。最後まで火をつけなかったんだろうね。」
僕は、思わず聞き返す。
「“火をつける”って、どういう意味?」
「記録ってさ、書いただけじゃ残らないんだよ。
灰になるか、風に飛ぶか。
火を灯して、“誰かに見てもらう”ことで、はじめて灯りになる。」
そう言いながら、彼はノートの角をそっと指で撫でた。
すると、そこに──
かすれていた文字が、わずかに浮かび上がった。
「……“ありがとう”」
それは、誰に宛てたものかもわからない。
名も、日付も、文脈すらない。
でも、たったそれだけの言葉に、
このノートの“ぜんぶ”が込められていたような気がした。
「この記録……誰の?」
僕の問いに、マッチくんは静かに首を振る。
「もう、誰のものでもないよ。
名前は、制度が先に焼いてしまったから。
でも、“言葉”だけはこうして残ってる。」
「黙字(もくじ)っていうんだ、こういうの。
声にならなかった言葉。
書かれて、でも記録にはならなかったもの。」
僕は、ノートをそっと閉じた。
手の中が、少しだけ温かかった。
それは炎ではなく、
“残火”だった。
誰かが、消される直前に残した言葉。
あるいは、言えなかった想いの燃えさし。
マッチくんは、小さな声で言った。
「灯せなかった火ってさ、実は一番痛いんだよ。」
「誰にも届かないってわかってるのに、
それでも書こうとしたってことだから。」
僕は思った。
もしそれが、**“今の僕の書いてるもの”**だとしたら──
僕もまた、いつか“黙字”になるかもしれない。
でも、だからこそ、今はまだ書ける。
制度の記録には残らなくても、
誰かの手に、この言葉が届く日が来るかもしれない。
僕は、ペンを手に取った。
このノートに、何を書けばいいのか。
どう書けば、“この火”がもう一度灯るのか──
わからなかった。
けれど、それでも書きたかった。
ページの最初に、僕はこう記した。
「あの子の笑顔を、制度は“逸脱”と呼んだ。」
「でも僕は、それを“学び”と書いた。」
その瞬間、ページの端が、ふわりと揺れた。
また、燃えるのか──そう思った。
けれど、灰は舞わなかった。
マッチくんが、そっと手を添えていた。
「大丈夫。今回は、灯してる。」
僕は、続けて書く。
「怖かった。
最初は、“正しく書くこと”が使命だと思っていた。
でも、どこかで、
“このまま書き続けていいのか”って不安だった。」
「制度にとっては歪んで見える記録でも、
誰かにとっては、その言葉が“灯り”になるかもしれない。」
マッチくんは黙っていた。
ただ、彼の炎がほんの少し、強くなった気がした。
それは、激しく燃え上がるような火じゃない。
じわりと滲む、誰かの隣で寄り添うような“灯り”だった。
僕は最後に、ひとことだけ書き足した。
「ありがとう。」
それは、きっと僕の言葉ではなかった。
いや──僕だけの言葉ではなかった。
このノートに書かれた、誰かの“黙字”が、
僕を通してもう一度、灯されたのだと思う。
書き終えたページを、マッチくんが覗き込む。
「うん。これで、ひとつ目の火は守れたね。」
彼は、笑った。
小さくて、あたたかくて、
それでいてどこか──泣きそうな、笑顔だった。
僕は、ノートをそっと閉じた。
この火が、また誰かに届きますように。
まだ、言葉を灯せるうちに。
---------------------
この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。
noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。
書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
いや、正確には──
燃えた“痕跡”だけが、まだこの部屋の空気に残っていた。
埃っぽい床。
天井のヒビ。
壁際に散らばった紙片の焦げ跡。
その中心に、ノートが一冊だけ置かれていた。
僕は、それを拾う。
表紙はない。
ページも焼け焦げて、半分以上が炭のように黒ずんでいる。
それでも──残っていた。
焦げたページの端、消えかけた文字の中に、
ひときわ目を引く一文があった。
「……なかったことにするな。火はまだ……」
誰の筆跡かは、わからない。
けれど、その文字を見たとき、
胸の奥にある“焼け残った部分”が、微かに熱を帯びた。
ノートを開いていくと、意味のわからない記述も混ざっていた。
断片的な言葉。
重ね書きされた行。
何度も塗りつぶされた単語。
でも──そこには確かに、“誰かが残そうとした痕跡”があった。
それだけで、僕の手は止まらなかった。
ページの奥から、何かの“気配”がした。
──ふわり。
風もないのに、灰が舞う。
熱もないのに、目の端に“炎の揺らぎ”が見えた。
「よう。ひさしぶり。」
その声に、振り向く。
いた。
マッチくんが、そこにいた。
まるで、最初からずっとそこにいたかのように、
校長室の隅で、背中を丸めて座っていた。
「このノート、君のじゃない。
でも、君の“前の誰か”のかもしれないね。」
僕は、そっと問いかける。
「誰の……記録?」
マッチくんは肩をすくめた。
「燃やされた言葉の、残り火だよ。
誰のものかなんて、もう制度には残ってない。
でも、“言葉”は覚えてる。」
その目は、どこか哀しくて、でも優しかった。
マッチくんは、ノートの焦げた端を見つめていた。
「……これ、書いた人。最後まで火をつけなかったんだろうね。」
僕は、思わず聞き返す。
「“火をつける”って、どういう意味?」
「記録ってさ、書いただけじゃ残らないんだよ。
灰になるか、風に飛ぶか。
火を灯して、“誰かに見てもらう”ことで、はじめて灯りになる。」
そう言いながら、彼はノートの角をそっと指で撫でた。
すると、そこに──
かすれていた文字が、わずかに浮かび上がった。
「……“ありがとう”」
それは、誰に宛てたものかもわからない。
名も、日付も、文脈すらない。
でも、たったそれだけの言葉に、
このノートの“ぜんぶ”が込められていたような気がした。
「この記録……誰の?」
僕の問いに、マッチくんは静かに首を振る。
「もう、誰のものでもないよ。
名前は、制度が先に焼いてしまったから。
でも、“言葉”だけはこうして残ってる。」
「黙字(もくじ)っていうんだ、こういうの。
声にならなかった言葉。
書かれて、でも記録にはならなかったもの。」
僕は、ノートをそっと閉じた。
手の中が、少しだけ温かかった。
それは炎ではなく、
“残火”だった。
誰かが、消される直前に残した言葉。
あるいは、言えなかった想いの燃えさし。
マッチくんは、小さな声で言った。
「灯せなかった火ってさ、実は一番痛いんだよ。」
「誰にも届かないってわかってるのに、
それでも書こうとしたってことだから。」
僕は思った。
もしそれが、**“今の僕の書いてるもの”**だとしたら──
僕もまた、いつか“黙字”になるかもしれない。
でも、だからこそ、今はまだ書ける。
制度の記録には残らなくても、
誰かの手に、この言葉が届く日が来るかもしれない。
僕は、ペンを手に取った。
このノートに、何を書けばいいのか。
どう書けば、“この火”がもう一度灯るのか──
わからなかった。
けれど、それでも書きたかった。
ページの最初に、僕はこう記した。
「あの子の笑顔を、制度は“逸脱”と呼んだ。」
「でも僕は、それを“学び”と書いた。」
その瞬間、ページの端が、ふわりと揺れた。
また、燃えるのか──そう思った。
けれど、灰は舞わなかった。
マッチくんが、そっと手を添えていた。
「大丈夫。今回は、灯してる。」
僕は、続けて書く。
「怖かった。
最初は、“正しく書くこと”が使命だと思っていた。
でも、どこかで、
“このまま書き続けていいのか”って不安だった。」
「制度にとっては歪んで見える記録でも、
誰かにとっては、その言葉が“灯り”になるかもしれない。」
マッチくんは黙っていた。
ただ、彼の炎がほんの少し、強くなった気がした。
それは、激しく燃え上がるような火じゃない。
じわりと滲む、誰かの隣で寄り添うような“灯り”だった。
僕は最後に、ひとことだけ書き足した。
「ありがとう。」
それは、きっと僕の言葉ではなかった。
いや──僕だけの言葉ではなかった。
このノートに書かれた、誰かの“黙字”が、
僕を通してもう一度、灯されたのだと思う。
書き終えたページを、マッチくんが覗き込む。
「うん。これで、ひとつ目の火は守れたね。」
彼は、笑った。
小さくて、あたたかくて、
それでいてどこか──泣きそうな、笑顔だった。
僕は、ノートをそっと閉じた。
この火が、また誰かに届きますように。
まだ、言葉を灯せるうちに。
---------------------
この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。
noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。
書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
0
あなたにおすすめの小説
不遇スキル「わらしべ長者」で殺せぬ勇者 〜魔力ゼロでも無双します〜
カジキカジキ
ファンタジー
スキル「わらしべ長者」って何ですか?
アイテムを手にすると、スキル「わらしべ長者」が発動し、強制イベントになるんです。
これ、止めること出来ないんですか?!
十歳のスキル授与で「わらしべ長者」を授かった主人公アベルは幼い頃から勇者への憧れが強い子供だった、憧れていたスキル「勇者」は引っ込み思案の友達テツが授かり王都へと連れて行かれる。
十三歳になったアベルは自分のスキル「わらしべ長者」を使いながら冒険者となり王都を目指した。
王都に行き、勇者のスキルを得た友達に会いたいと思ったからだ。
魔物との戦争が行われているはずの王都は、平和で市民は魔物なんて全く知らずに過ごしていた。
魔物のいる南の地を目指すため、王立学園へと入学するアベル、勇者になった友達の行方は、アベルのスキルはどう進化して行くのか。
スキルを駆使して勇者を目指せ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
扉絵は、AI利用したイラストです。
アベルとニヤ、イヅミのFA大歓迎です!!
描いて下さる絵師さんも募集中、要相談Xにて。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
二度目の異世界では女神に押し付けられた世界を救い世界を漫遊する予定だが・・・・。
黒ハット
ファンタジー
主人公は1回目の異世界では勇者に選ばれ魔王を倒し英雄と呼ばれた。そんな彼は日本に戻り、サラリーマンとしてのんびり暮らしていた。だが異世界の女神様との契約によって再び異世界に転生する事になる。1回目から500年後の異世界は1回目と違い文明は進んでいたが神の紋章を授ける教会が権力を持ちモンスターが多くなっていた。主人公は公爵家の長男に転生したが、弟に家督を譲り自ら公爵家を出て冒険者として生きて行く。そんな彼が仲間に恵まれ万能ギフトを使い片手間に邪王を倒し世界を救い世界を漫遊するつもりだが果たしてどうなる事やら・・・・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる