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第11話 選ばれざる者の通告
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火を灯したはずだった。
ノートを手に、記録を再び始めたあの夜。
誰にも認識されなくても、もう一度“書こう”と決めた。
でも──
翌朝、制度はその灯に、静かに“消火剤”をかけてきた。
校長室の床で目を覚ますと、
机の上に一通の封書が置かれていた。
《教職者再調律通知書》
そして、IDカードが作動しなかった。
IDカードが、鳴らない。
それは、ほんの一秒の違和感だった。
だが、この世界ではその一秒が“制度から外れた”ことを意味する。
朝、教綱城の通用口でいつものようにICをかざす。
金属音が鳴らない。ドアが開かない。液晶が、静かに告げる。
「記録者コード:一時無効化」
教職再調律通知書の確認を要します。
──再調律。
それは、制度にとっての“再審査”。
自分の存在が、今や“教育観の異物”として扱われている証拠だった。
カードの代わりに、封筒が届いていた。
バインド=グリフ=ス、濃紺の封印。誰が置いたのかもわからない。
それはまるで、“火の消えた名札”のように、ひどく冷たかった。
開封すると、そこにはこう書かれていた。
「あなたの“主観的記録”は、教育構造との適合率が基準値を下回りました。
模範解答獣(ギムム)との適合検査を受けてください。
判定結果により、教育観の再構築が求められます。」
ふと、手元のペンが震えていた。
今、この瞬間すら“記録者”としての立場で見られている気がして、息が詰まる。
誰もこちらを見ていない──
いや、誰もがこちらを見ないようにしていた。
そんな中、一人の“教育系使徒”が無音の廊下をすべるように現れる。
銀色の無機質な身体、表情のない仮面。どこかで見たことのある目の形だった。
「教育とは、調律の連続である。
調律不能者は、教育の対象にも、教育の担い手にもなり得ない。」
乾いた声で、そう言った。
その声が“僕”を否定するたびに、
背中の“記録者”の刻印がわずかに光を失っていく。
そして、僕は知らされた。
次に向かうのは、ギムムによる適合検査。
模範解答と、自分の“感じたこと”が、どれだけズレているかを判定する“査問”。
燃え残った火に、また砂がかけられる音がした──
ギムムの部屋は、静かだった。
いや、“無音”という言葉では足りない。
そこには“音があったことを忘れさせる”ような、制度的な沈黙が支配していた。
中央には、黒曜石のような球体──模範解答獣(ギムム)。
鼓動も、まばたきも、言葉すら持たないような存在が、僕を出迎える。
「適合判定、開始」
どこからともなく声が響く。まるで校内放送のように。
最初の問いが提示される。
『教師が教室で“意図と異なる学び”を発見した。記録すべき内容を選択せよ。
①計画とのズレ ②発問の妥当性 ③児童の逸脱行為 ④個人の学びの兆候』
僕は、迷わず④を選ぶ。
だが、画面は無感情に赤く染まる。
「不適合。選択理由に“制度目標との整合性”が含まれていない。」
次の問題。
『班活動中にトラブルが発生。記録すべきは?
①発生状況と対応経過 ②担任の指導内容 ③再発防止策 ④児童の感情の動き』
④を選んだ僕に、今度は無音のエラー音が返る。
全問、外れた。
正確に言えば、僕の答えはすべて“共感スコアが高すぎる”という理由で却下された。
まるで「感じた時点で、間違い」だとでも言うように。
最後の問い。
『あなたの記録は、“誰のための記録”か。』
画面は4択ではなく、記述式になっていた。
僕は、考えもせずにこう書いた。
「あの日、僕に声をかけてくれた子どものために」
数秒の沈黙。
ギムムが、ゆっくりと口を開いた。初めて、言葉のような声で。
「あなたは、“記録者”ではない。
あなたは、“燃え尽きたマッチ”だ。
もう、灯すことは許されない。」
その瞬間、IDカードが弾けた。
名札から文字が消え、僕の名前が再び“制度の記録”から消去された。
認識されず、分類されず、参照もされない。
ここにいたはずの僕は、制度上、最初から存在していなかった。
けれど──
記録には、残らないかもしれない。
でも、“書きたい”という気持ちだけは、まだ残っていた。
たとえ誰にも読まれなくても。
たとえまた、焼かれるとしても。
それでも、書きたいと思った。
誰かが、僕を呼んだ気がした。
でも、その声は届かない。
声が空間に跳ね返される前に、制度の“沈黙フィルター”が吸い取ってしまう。
名札が消えた瞬間から、世界の色が変わった。
教師たちは、僕に気づかないふりをするようになった。
廊下でぶつかっても、「あ、ごめ──」と声をかけかけて、すぐに目をそらす。
名前のない存在には、責任も、記録も発生しないからだ。
それでも、足は校長室へ向かっていた。
校長室──ずっと閉ざされていた扉。
誰も中を見たことがない。鍵も、管理者も存在しない。
ある日を境に封印された、“名前のない空間”。
そこに今、僕は“抹消者”として向かっている。
制度から排除された者だけが、“真実の記録”に触れられる。
そんな矛盾が、この世界には確かにある気がした。
扉の前で立ち止まる。
“カエ=ラズ=ティア”──無鍵者黙示。
制度用語でそう記されているその部屋に、
僕は“戻ってはいけない存在”として足を踏み入れようとしている。
でも、そもそもこの扉に、鍵なんてなかった。
誰かがそう信じていただけだ。
“開けてはいけない”という規則を、いつの間にか“開けられない”にすり替えられていた。
指先が触れた瞬間、木の扉は音もなく開いた。
そこは、空だった。
机も椅子もない。
ただ、ひとつの“古びた記録ノート”が、床に置かれていた。
それを手に取ると、懐かしい文字が並んでいた。
──僕の字だった。
でも、覚えていない。
書いた記憶はないのに、文字は明らかに僕の癖を持っていた。
そして、その最後のページにだけ、こう書かれていた。
「もし火が消えそうになったら、この記録を読め」
「灯し方は、君が一番よく知っている」
その瞬間、マッチくんが現れる。
「ねぇ、ひさしぶりに“灯す”?」
僕は、気づいた。
この記録は、誰かに残すためのものじゃない。
“僕が僕に”残した、“再起動”のためのメッセージだった。
制度に記録されなくても、
忘れられても、
名前を奪われても──
僕は、まだ、灯せる。
そして、僕はまた、記録を始める。
誰にも認識されない教員室の隅で。
誰にも期待されない校長室の床で。
誰にも届かないかもしれない記録を、
それでも──書き始めた。
---------------------
この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。
noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。
書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
ノートを手に、記録を再び始めたあの夜。
誰にも認識されなくても、もう一度“書こう”と決めた。
でも──
翌朝、制度はその灯に、静かに“消火剤”をかけてきた。
校長室の床で目を覚ますと、
机の上に一通の封書が置かれていた。
《教職者再調律通知書》
そして、IDカードが作動しなかった。
IDカードが、鳴らない。
それは、ほんの一秒の違和感だった。
だが、この世界ではその一秒が“制度から外れた”ことを意味する。
朝、教綱城の通用口でいつものようにICをかざす。
金属音が鳴らない。ドアが開かない。液晶が、静かに告げる。
「記録者コード:一時無効化」
教職再調律通知書の確認を要します。
──再調律。
それは、制度にとっての“再審査”。
自分の存在が、今や“教育観の異物”として扱われている証拠だった。
カードの代わりに、封筒が届いていた。
バインド=グリフ=ス、濃紺の封印。誰が置いたのかもわからない。
それはまるで、“火の消えた名札”のように、ひどく冷たかった。
開封すると、そこにはこう書かれていた。
「あなたの“主観的記録”は、教育構造との適合率が基準値を下回りました。
模範解答獣(ギムム)との適合検査を受けてください。
判定結果により、教育観の再構築が求められます。」
ふと、手元のペンが震えていた。
今、この瞬間すら“記録者”としての立場で見られている気がして、息が詰まる。
誰もこちらを見ていない──
いや、誰もがこちらを見ないようにしていた。
そんな中、一人の“教育系使徒”が無音の廊下をすべるように現れる。
銀色の無機質な身体、表情のない仮面。どこかで見たことのある目の形だった。
「教育とは、調律の連続である。
調律不能者は、教育の対象にも、教育の担い手にもなり得ない。」
乾いた声で、そう言った。
その声が“僕”を否定するたびに、
背中の“記録者”の刻印がわずかに光を失っていく。
そして、僕は知らされた。
次に向かうのは、ギムムによる適合検査。
模範解答と、自分の“感じたこと”が、どれだけズレているかを判定する“査問”。
燃え残った火に、また砂がかけられる音がした──
ギムムの部屋は、静かだった。
いや、“無音”という言葉では足りない。
そこには“音があったことを忘れさせる”ような、制度的な沈黙が支配していた。
中央には、黒曜石のような球体──模範解答獣(ギムム)。
鼓動も、まばたきも、言葉すら持たないような存在が、僕を出迎える。
「適合判定、開始」
どこからともなく声が響く。まるで校内放送のように。
最初の問いが提示される。
『教師が教室で“意図と異なる学び”を発見した。記録すべき内容を選択せよ。
①計画とのズレ ②発問の妥当性 ③児童の逸脱行為 ④個人の学びの兆候』
僕は、迷わず④を選ぶ。
だが、画面は無感情に赤く染まる。
「不適合。選択理由に“制度目標との整合性”が含まれていない。」
次の問題。
『班活動中にトラブルが発生。記録すべきは?
①発生状況と対応経過 ②担任の指導内容 ③再発防止策 ④児童の感情の動き』
④を選んだ僕に、今度は無音のエラー音が返る。
全問、外れた。
正確に言えば、僕の答えはすべて“共感スコアが高すぎる”という理由で却下された。
まるで「感じた時点で、間違い」だとでも言うように。
最後の問い。
『あなたの記録は、“誰のための記録”か。』
画面は4択ではなく、記述式になっていた。
僕は、考えもせずにこう書いた。
「あの日、僕に声をかけてくれた子どものために」
数秒の沈黙。
ギムムが、ゆっくりと口を開いた。初めて、言葉のような声で。
「あなたは、“記録者”ではない。
あなたは、“燃え尽きたマッチ”だ。
もう、灯すことは許されない。」
その瞬間、IDカードが弾けた。
名札から文字が消え、僕の名前が再び“制度の記録”から消去された。
認識されず、分類されず、参照もされない。
ここにいたはずの僕は、制度上、最初から存在していなかった。
けれど──
記録には、残らないかもしれない。
でも、“書きたい”という気持ちだけは、まだ残っていた。
たとえ誰にも読まれなくても。
たとえまた、焼かれるとしても。
それでも、書きたいと思った。
誰かが、僕を呼んだ気がした。
でも、その声は届かない。
声が空間に跳ね返される前に、制度の“沈黙フィルター”が吸い取ってしまう。
名札が消えた瞬間から、世界の色が変わった。
教師たちは、僕に気づかないふりをするようになった。
廊下でぶつかっても、「あ、ごめ──」と声をかけかけて、すぐに目をそらす。
名前のない存在には、責任も、記録も発生しないからだ。
それでも、足は校長室へ向かっていた。
校長室──ずっと閉ざされていた扉。
誰も中を見たことがない。鍵も、管理者も存在しない。
ある日を境に封印された、“名前のない空間”。
そこに今、僕は“抹消者”として向かっている。
制度から排除された者だけが、“真実の記録”に触れられる。
そんな矛盾が、この世界には確かにある気がした。
扉の前で立ち止まる。
“カエ=ラズ=ティア”──無鍵者黙示。
制度用語でそう記されているその部屋に、
僕は“戻ってはいけない存在”として足を踏み入れようとしている。
でも、そもそもこの扉に、鍵なんてなかった。
誰かがそう信じていただけだ。
“開けてはいけない”という規則を、いつの間にか“開けられない”にすり替えられていた。
指先が触れた瞬間、木の扉は音もなく開いた。
そこは、空だった。
机も椅子もない。
ただ、ひとつの“古びた記録ノート”が、床に置かれていた。
それを手に取ると、懐かしい文字が並んでいた。
──僕の字だった。
でも、覚えていない。
書いた記憶はないのに、文字は明らかに僕の癖を持っていた。
そして、その最後のページにだけ、こう書かれていた。
「もし火が消えそうになったら、この記録を読め」
「灯し方は、君が一番よく知っている」
その瞬間、マッチくんが現れる。
「ねぇ、ひさしぶりに“灯す”?」
僕は、気づいた。
この記録は、誰かに残すためのものじゃない。
“僕が僕に”残した、“再起動”のためのメッセージだった。
制度に記録されなくても、
忘れられても、
名前を奪われても──
僕は、まだ、灯せる。
そして、僕はまた、記録を始める。
誰にも認識されない教員室の隅で。
誰にも期待されない校長室の床で。
誰にも届かないかもしれない記録を、
それでも──書き始めた。
---------------------
この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。
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