名前を消された僕が、異世界で“くすぶる校長室”の記録を拾った件 ――その扉には、鍵なんて最初からなかった。

名無しマッチ

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第12話 焼却ノートと、黙字の妖精

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 校長室は、静かに燃えていた。

 いや、正確には──
 燃えた“痕跡”だけが、まだこの部屋の空気に残っていた。

 埃っぽい床。
 天井のヒビ。
 壁際に散らばった紙片の焦げ跡。

 その中心に、ノートが一冊だけ置かれていた。

 僕は、それを拾う。
 表紙はない。
 ページも焼け焦げて、半分以上が炭のように黒ずんでいる。

 それでも──残っていた。

 焦げたページの端、消えかけた文字の中に、
 ひときわ目を引く一文があった。

「……なかったことにするな。火はまだ……」

 誰の筆跡かは、わからない。
 けれど、その文字を見たとき、
 胸の奥にある“焼け残った部分”が、微かに熱を帯びた。

 ノートを開いていくと、意味のわからない記述も混ざっていた。

 断片的な言葉。
 重ね書きされた行。
 何度も塗りつぶされた単語。

 でも──そこには確かに、“誰かが残そうとした痕跡”があった。

 それだけで、僕の手は止まらなかった。

 ページの奥から、何かの“気配”がした。

 ──ふわり。

 風もないのに、灰が舞う。
 熱もないのに、目の端に“炎の揺らぎ”が見えた。

「よう。ひさしぶり。」

 その声に、振り向く。

 いた。

 マッチくんが、そこにいた。
 まるで、最初からずっとそこにいたかのように、
 校長室の隅で、背中を丸めて座っていた。

「このノート、君のじゃない。
 でも、君の“前の誰か”のかもしれないね。」

 僕は、そっと問いかける。

「誰の……記録?」

 マッチくんは肩をすくめた。

「燃やされた言葉の、残り火だよ。
 誰のものかなんて、もう制度には残ってない。
 でも、“言葉”は覚えてる。」

 その目は、どこか哀しくて、でも優しかった。

 マッチくんは、ノートの焦げた端を見つめていた。

「……これ、書いた人。最後まで火をつけなかったんだろうね。」

 僕は、思わず聞き返す。

「“火をつける”って、どういう意味?」

「記録ってさ、書いただけじゃ残らないんだよ。
 灰になるか、風に飛ぶか。
 火を灯して、“誰かに見てもらう”ことで、はじめて灯りになる。」

 そう言いながら、彼はノートの角をそっと指で撫でた。

 すると、そこに──
 かすれていた文字が、わずかに浮かび上がった。

「……“ありがとう”」

 それは、誰に宛てたものかもわからない。
 名も、日付も、文脈すらない。

 でも、たったそれだけの言葉に、
 このノートの“ぜんぶ”が込められていたような気がした。

「この記録……誰の?」

 僕の問いに、マッチくんは静かに首を振る。

「もう、誰のものでもないよ。
 名前は、制度が先に焼いてしまったから。
 でも、“言葉”だけはこうして残ってる。」

「黙字(もくじ)っていうんだ、こういうの。
 声にならなかった言葉。
 書かれて、でも記録にはならなかったもの。」

 僕は、ノートをそっと閉じた。

 手の中が、少しだけ温かかった。
 それは炎ではなく、
 “残火”だった。

 誰かが、消される直前に残した言葉。
 あるいは、言えなかった想いの燃えさし。

 マッチくんは、小さな声で言った。

「灯せなかった火ってさ、実は一番痛いんだよ。」

「誰にも届かないってわかってるのに、
 それでも書こうとしたってことだから。」

 僕は思った。

 もしそれが、**“今の僕の書いてるもの”**だとしたら──

 僕もまた、いつか“黙字”になるかもしれない。

 でも、だからこそ、今はまだ書ける。

 制度の記録には残らなくても、
 誰かの手に、この言葉が届く日が来るかもしれない。

 僕は、ペンを手に取った。

 このノートに、何を書けばいいのか。
 どう書けば、“この火”がもう一度灯るのか──
 わからなかった。

 けれど、それでも書きたかった。

 ページの最初に、僕はこう記した。

「あの子の笑顔を、制度は“逸脱”と呼んだ。」

「でも僕は、それを“学び”と書いた。」

 その瞬間、ページの端が、ふわりと揺れた。
 また、燃えるのか──そう思った。

 けれど、灰は舞わなかった。

 マッチくんが、そっと手を添えていた。

「大丈夫。今回は、灯してる。」

 僕は、続けて書く。

「怖かった。
 最初は、“正しく書くこと”が使命だと思っていた。
 でも、どこかで、
 “このまま書き続けていいのか”って不安だった。」

「制度にとっては歪んで見える記録でも、
 誰かにとっては、その言葉が“灯り”になるかもしれない。」

 マッチくんは黙っていた。

 ただ、彼の炎がほんの少し、強くなった気がした。

 それは、激しく燃え上がるような火じゃない。
 じわりと滲む、誰かの隣で寄り添うような“灯り”だった。

 僕は最後に、ひとことだけ書き足した。

「ありがとう。」

 それは、きっと僕の言葉ではなかった。
 いや──僕だけの言葉ではなかった。

 このノートに書かれた、誰かの“黙字”が、
 僕を通してもう一度、灯されたのだと思う。

 書き終えたページを、マッチくんが覗き込む。

「うん。これで、ひとつ目の火は守れたね。」

 彼は、笑った。

 小さくて、あたたかくて、
 それでいてどこか──泣きそうな、笑顔だった。

 僕は、ノートをそっと閉じた。

 この火が、また誰かに届きますように。

 まだ、言葉を灯せるうちに。



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この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。

noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。

書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
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