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第16話 未記名の返信と、声なき読者
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封鎖区域の記録ノートを開いたとき、僕は固まった。
前日に書いたページ──
そこに、“誰かの書き込み”が増えていた。
『読んだよ。
火は……まだ消えてなかった。
灰になったと思ってたけど、君の言葉で、また少し温かくなった。』
名前はない。
コードも、識別情報も、書かれていない。
でも、間違いなく──返信だった。
僕は何度もページをめくり返した。
いたずらか?
ノイズか?
制度が仕掛けた疑似的な応答装置か?
どれでもなかった。
その文字は、手で書かれていた。
力の入りすぎない、やや左上がりの筆跡。
消されそうで、でもぎりぎり残る濃さ。
迷いながら、それでも言葉を紡いだ感触。
──それは、制度の文字ではない。
そして、僕にはわかってしまった。
この筆跡、どこか“似ていた”。
自分の文字に。
いや、完全に同じではない。
でも、呼吸の間、余白の使い方、句読点のリズムが──
まるで“かつての自分”を読み返しているようだった。
マッチくんが、肩越しに覗き込んできた。
「お返事、来たね。」
「……これ、誰が?」
マッチくんは、ちょっとだけ困ったように笑って言った。
「声なき読者ってやつさ。
ここには、たまにそういう人が現れるんだよ。
書けなかった人、書いても読まれなかった人──
それでも、君の火にあたって、ちょっとだけ声を出せた人。」
僕はノートを胸元に引き寄せた。
そこには、たしかに“届いた”という実感があった。
僕の記録が、記録されるだけじゃなく、
読まれ、答えられたという感覚。
それは──
制度の記録には絶対に存在しない“対話”だった。
「記録は、一方通行だと思ってた。」
そう呟いた僕に、マッチくんは頷いた。
「制度にとっては、ね。
記録っていうのは“報告”であって、“対話”じゃない。
君が何を思ったか、誰がどう感じたかなんて、本当は要らないんだよ。」
でも──
このノートには、確かに“誰かが返してくれた言葉”が残っていた。
僕が書いた火に、
誰かが自分の火種を重ねてくれたような、そんな言葉。
それだけで、
制度の構造が、ゆっくりと崩れていく音がした。
ノートの書き込みは、たった数行だった。
けれど、その末尾に、奇妙な記号が一つだけ記されていた。
──Σr-02
意味は分からない。
でも、どこかで見たことがある気がした。
僕は封鎖区域に置かれていた旧記録端末を立ち上げ、過去ログの中を探し始めた。
そして──見つけた。
Σr-02。
それは、かつて“旧観察者制度”が使っていた識別コードの一種だった。
つまりこの返信は、制度に記録される以前──
“記録制度が整う前の観察者”から送られた可能性があるということだ。
「声は、消えないんだよ。」
マッチくんが言った。
「文字にならなくても、番号を奪われても、制度に否定されても。
火が灯ったことだけは、記録には残らなくても、どこかに残る。」
「君の火に、気づいた人がいた。それだけで、このノートはもう“ひとりぼっち”じゃない。」
僕はしばらく黙って、ノートを見つめた。
ページの隅が、ほんの少し、温かい気がした。
これが“声なき読者”なのかもしれない。
名前も、顔も、存在も、制度には残っていないけど──
このノートを通してつながった誰かが、確かにここにいる。
ノートの最後のページに、
僕は、ペンを置いた。
書く前に、しばらく迷った。
この言葉が、また誰かに読まれるのかはわからない。
いや、読まれない可能性のほうが、きっと高い。
でも──それでも書きたかった。
誰かの返信を受け取った、という事実が、
僕の中に“書く理由”をもう一度灯してくれたからだ。
『この記録は、あなたからの返信で再び始まった。
火は一人では燃え続けられない。
でも、あなたの言葉で、もう一度灯りました。』
『だから次は、僕があなたの続きを書きます。
無記名でも、匿名でも、制度に記録されなくても。
この記録があなたに返せる光になりますように。』
マッチくんは黙って僕を見ていた。
いつものように、炎はちょこんと灯っていたけれど、
どこか、それが“嬉しそう”に見えた。
「いいね。
それが“観察者”の記録ってやつだよ。」
「制度の外で、誰かと火をやりとりする──
それだけで、十分なんだ。」
ノートを閉じると、表紙に何かが刻まれていた。
手で触れると、ゆっくりと文字が浮かび上がる。
《観察連結記録:1》
これは、僕の記録じゃない。
誰かとつながった記録だ。
火は、誰かの言葉に応えて初めて「灯り」になる。
それを、ようやく理解できた。
だから僕は、また書き始める。
---------------------
この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。
noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。
書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
前日に書いたページ──
そこに、“誰かの書き込み”が増えていた。
『読んだよ。
火は……まだ消えてなかった。
灰になったと思ってたけど、君の言葉で、また少し温かくなった。』
名前はない。
コードも、識別情報も、書かれていない。
でも、間違いなく──返信だった。
僕は何度もページをめくり返した。
いたずらか?
ノイズか?
制度が仕掛けた疑似的な応答装置か?
どれでもなかった。
その文字は、手で書かれていた。
力の入りすぎない、やや左上がりの筆跡。
消されそうで、でもぎりぎり残る濃さ。
迷いながら、それでも言葉を紡いだ感触。
──それは、制度の文字ではない。
そして、僕にはわかってしまった。
この筆跡、どこか“似ていた”。
自分の文字に。
いや、完全に同じではない。
でも、呼吸の間、余白の使い方、句読点のリズムが──
まるで“かつての自分”を読み返しているようだった。
マッチくんが、肩越しに覗き込んできた。
「お返事、来たね。」
「……これ、誰が?」
マッチくんは、ちょっとだけ困ったように笑って言った。
「声なき読者ってやつさ。
ここには、たまにそういう人が現れるんだよ。
書けなかった人、書いても読まれなかった人──
それでも、君の火にあたって、ちょっとだけ声を出せた人。」
僕はノートを胸元に引き寄せた。
そこには、たしかに“届いた”という実感があった。
僕の記録が、記録されるだけじゃなく、
読まれ、答えられたという感覚。
それは──
制度の記録には絶対に存在しない“対話”だった。
「記録は、一方通行だと思ってた。」
そう呟いた僕に、マッチくんは頷いた。
「制度にとっては、ね。
記録っていうのは“報告”であって、“対話”じゃない。
君が何を思ったか、誰がどう感じたかなんて、本当は要らないんだよ。」
でも──
このノートには、確かに“誰かが返してくれた言葉”が残っていた。
僕が書いた火に、
誰かが自分の火種を重ねてくれたような、そんな言葉。
それだけで、
制度の構造が、ゆっくりと崩れていく音がした。
ノートの書き込みは、たった数行だった。
けれど、その末尾に、奇妙な記号が一つだけ記されていた。
──Σr-02
意味は分からない。
でも、どこかで見たことがある気がした。
僕は封鎖区域に置かれていた旧記録端末を立ち上げ、過去ログの中を探し始めた。
そして──見つけた。
Σr-02。
それは、かつて“旧観察者制度”が使っていた識別コードの一種だった。
つまりこの返信は、制度に記録される以前──
“記録制度が整う前の観察者”から送られた可能性があるということだ。
「声は、消えないんだよ。」
マッチくんが言った。
「文字にならなくても、番号を奪われても、制度に否定されても。
火が灯ったことだけは、記録には残らなくても、どこかに残る。」
「君の火に、気づいた人がいた。それだけで、このノートはもう“ひとりぼっち”じゃない。」
僕はしばらく黙って、ノートを見つめた。
ページの隅が、ほんの少し、温かい気がした。
これが“声なき読者”なのかもしれない。
名前も、顔も、存在も、制度には残っていないけど──
このノートを通してつながった誰かが、確かにここにいる。
ノートの最後のページに、
僕は、ペンを置いた。
書く前に、しばらく迷った。
この言葉が、また誰かに読まれるのかはわからない。
いや、読まれない可能性のほうが、きっと高い。
でも──それでも書きたかった。
誰かの返信を受け取った、という事実が、
僕の中に“書く理由”をもう一度灯してくれたからだ。
『この記録は、あなたからの返信で再び始まった。
火は一人では燃え続けられない。
でも、あなたの言葉で、もう一度灯りました。』
『だから次は、僕があなたの続きを書きます。
無記名でも、匿名でも、制度に記録されなくても。
この記録があなたに返せる光になりますように。』
マッチくんは黙って僕を見ていた。
いつものように、炎はちょこんと灯っていたけれど、
どこか、それが“嬉しそう”に見えた。
「いいね。
それが“観察者”の記録ってやつだよ。」
「制度の外で、誰かと火をやりとりする──
それだけで、十分なんだ。」
ノートを閉じると、表紙に何かが刻まれていた。
手で触れると、ゆっくりと文字が浮かび上がる。
《観察連結記録:1》
これは、僕の記録じゃない。
誰かとつながった記録だ。
火は、誰かの言葉に応えて初めて「灯り」になる。
それを、ようやく理解できた。
だから僕は、また書き始める。
---------------------
この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。
noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。
書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
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