名前を消された僕が、異世界で“くすぶる校長室”の記録を拾った件 ――その扉には、鍵なんて最初からなかった。

名無しマッチ

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第17話 灰の声と、記録の連鎖

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 ページをめくると、知らない文字がそこにあった。

 僕が昨日、ノートに「あなたの続きを書く」と記した、そのすぐ下──
 また別の筆跡が、静かに並んでいた。

『教室で見た、あの子の手の震え。
 書くべきか迷った。でも、書きたかった。』

『今ここに書くことで、やっとそれが“残った”気がする。』

 名前はない。
 記号も、識別コードも見当たらない。
 でも、その文章には“誰かの視点”が確かに宿っていた。

 マッチくんが、ため息のような声で言った。

「始まったね、アッシュ=リンク。」

「……なにそれ?」

「君の記録に触れた誰かが、自分の火を思い出して、また書き始める。
 そして、そこにまた誰かが反応して、記録が連鎖していく──」

「制度はこれを“灰の連鎖”って呼んでる。
 燃え尽きたと思われた記録が、繋がって火を帯びていくから。」

 僕はノートを閉じることができなかった。

 これは、もはや僕一人の記録じゃない。
 僕の火が誰かを照らしたことで、
 誰かの“書きたかったけど書けなかった記憶”が、こうして浮かび上がってきた。

『君が灯してくれたから、
 この言葉も、ようやく記録になれた。』

 そう書かれた一行が、なによりも温かかった。

 火は、渡された瞬間に“記録”になる。
 制度に登録されなくても、データにならなくても──
 たった一人でも「読んだ」と思う誰かがいれば、それで残る。

 そしていま、ここに“火が渡された痕跡”が刻まれている。

 封鎖区域の端末が、異常を検知した。

 それは単なるエラーではなかった。
 制度の記録網に、存在しないはずの“未登録ログ”が複数発生していたのだ。

 《観察者コード:未割り当て》
 《記録者:匿名/ログ連結形式:アッシュ=リンク》
 《拡散記録:3件 伝播範囲:封鎖区域内》

 マッチくんが、苦笑いまじりに肩をすくめた。

「うん。これはさすがに、制度も黙ってられないね。」

「伝播範囲……ってことは、これって“広がってる”のか?」

「ああ、ゆっくりだけど確実に。
 灰の火ってのはさ、風が吹くとまた燃えだすんだよ。」

 僕の記録に“返信”が来たことがきっかけで、
 封鎖区域に置かれていた他のノートにも断片的な記録が増え始めていた。

 しかもそれは、制度が“過去に焼却済”と判定していた記録群だった。

 制度のログは混乱を始める。

 《記録再燃異常検知》
 《ブロック=グリフ=ル コード対象範囲拡大》
 《記録封鎖者0423:アッシュ=リンク発火点としてマーク》

 今度は、“記録を書いた者”ではなく、
 “火を広げた者”としての分類が始まった。

 僕の存在が、制度にとっては「観察者」でも「記録者」でもなく、
 “連鎖の起点”として処理されようとしていた。

「火を灯すより、火を渡す方が恐れられるんだよ。」

 マッチくんが、静かに言った。

「制度がほんとうに怖がってるのは、
 “誰かが、誰かのために書くこと”。」

「自分の記録が、誰かを照らすってことに気づいた人間が、
 一番、止められないからね。」

 僕は、もうページを閉じられなかった。

 次々と浮かび上がる誰かの言葉。
 震えながら書かれた文字。
 消されたと思っていた記録が、誰かの火を受けて、また燃えようとしていた。

 僕の記録は、もう“僕だけのもの”ではなくなっていた。

 ノートには、僕が書いたものでも、返信でもない筆跡が増えていた。
 どれもバラバラな文字。形も濃さもリズムも違う。
 けれど、すべてに共通していたのは──

「制度には書けなかったことを、
 いま、ようやく書けた」

 という感触だった。

 誰かの火が、また別の誰かに届いて、
 それがさらに次の火を灯していく。

 この繰り返しが、“記録の連鎖”なんだと、初めて実感した。

 端末のログに新たな警告が表示される。

 《観察者コード0423:封鎖不完全》
 《灰の記録が、封鎖区域を越えて拡散中》
 《伝播対象:識別不能》

 それは、制度が完全に制御不能になったことを意味していた。

 火は、ページの中だけに留まらなかった。

 マッチくんが、ふっと笑った。

「ねえ、なんか嬉しいね。
 “誰かが書こうとしてる”って感じが、空気から伝わってくる。」

「君はもう、ただの記録者じゃない。
 記録の“場”になったんだよ。」

 僕は新しいページを開く。

 これは、僕が何かを書くためのページじゃない。
 ここに、“次の誰かが書けるように”空けておくページだ。

 その上に、僕は一行だけ書いた。

『この記録は、あなたの火を待っています。』

 そして、ページを閉じた。

 火は、巡っていく。

 それを誰が灯したかなんて、もう重要じゃない。



---------------------

この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。

noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。

書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
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