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大学生 編
切っ掛け ※
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珍しく、今日は狼谷とは別々に部室に来た。
狼谷は先週のミス大学の主催者につかまっている。
ミス大学に選ばれた子が、どうしても狼谷とデートしたいとゴネているらしい。だから、主催者があの手この手で狼谷にお願いをしている最中なのだ。
狼谷の対応はけんもほろろだったのだが、さすがに昨日部室まで押しかけてきたので、そのクレームもかねて今日話し合っているらしい。
オレは別に気にしないのだが、狼谷はここに知らない人が来て欲しくないようだった。
もしかしたら、アルファである狼谷には、誰も自分を知らないし特別扱いしない居場所が必要なのかもしれないな、なんて事を思いながら、1人でいつもの席に座り、マンガを取り出す。
……独り、って、こんなに部屋を広く感じたっけ。
思い出せないな。
狼谷が来てから、オレが独りになる事ってあんまりなかった。
狼谷がオレの隣を心地良く思ってくれているのは、何となくわかる。オレも同じだから。だから、どうかこのままであって欲しい。
なんて。
そんな事を思っていると、急に、ドクンと心臓がはねた。
朝から熱っぽかったから、風邪を引いたか、と思ったのだが。
……違う、これ、発情期だ!
急激に体中に回る熱。視界と頭にもやがかかったようになる。熱に浮かされる。
おかしい。
次の発情期はまだのはず……いや、まて。前回、いつきた。
いやいやそれより、抑制剤、どこやった。
ああ、頭がまわらない。
どうしよう、どうしよう。こんな、大学の構内で。
オメガのフェロモンは、アルファを引き寄せてしまう。望まない行為を、引き寄せてしまう。
せめて、狼谷が来る前に、抑制剤を探すか、帰らないと。
急がないと。
もしくは、近くのだれか、誰かオメガ用の抑制剤もってないか。この際、大型草食獣人のものでもいい。体格が違うから作用がキツイのだが、いま贅沢は言えない。
はあはあ、と勝手に息が上がる。
欲情が沸き上がって、どうしようもなくなる。
気がせくのに、椅子から立ち上がろうとしただけで、膝が笑った。思わず、前に倒れ込む。
ドタンっと、音が響く。肘が痛い。
バタバタ!
ガチャ!
大きな足音の後、ドアが開かれた。
しまった、鍵をかけてなかった。
上半身を頑張って起こす。
「っ、せ、センパイ!?」
慌てたように開かれた扉の先にいたのは、よりにもよって、狼谷だった。
「あっ、狼谷、た、たすけ」
を呼んでと言いたかったのだが、言葉が消えてしまった。
目の前には、アルファ。
完全なる、上位種族、捕食者、オレの全てを喰らえるもの。
ひゅっと喉が鳴った。
恐れと同時に強い欲が沸く。
ああ、食われたい、と。
それが伝わってしまたのだろうか、最初は心配そうだった狼谷の顔が、みるみる険しくなった。
「あ、あんた、ウサギ」
はいともいいえとも言えなくて、無言で見つめる事しかできない。
その、裏切られた、という顔を見たくなくて、思わず目をぎゅっと閉じた。
ふーっ、ふーっと荒い息が聞こえる。
「っっ! こんな事なってんのに、うさぎを助けなきゃなんないのかよ!」
叫ぶような咆哮を上げたかと思うと、不意に背中に重さを感じた。
驚いて目を開けると、かなりの至近距離に、後輩の逞しい腕。覆いかぶさるような体勢を取っているようだった。
こんなにも近くに感じる、狼谷の、匂い。
驚きのあまり目を見開き後ろを振り向くと、生理的な涙がぽろりと一つ流れた。
ずっと、心臓の鼓動が早い。
「っくそ、くそっ!」
何かと葛藤しながらも、その苦悩した顔がどんどんオレの背中側に降りてきて。
「かみや」
返事はなかった。
ふーっ、ふーっと荒い息遣いを肌に感じ、次の瞬間。
「ああっ!」
首の後ろ、うなじを嚙まれたのだと、本能的にわかった。
それは、疑似的な生殖行為。
オメガのフェロモンを、強制的に止める、アルファの能力。
オメガが、自分以外の雄と行為をしないようにする為のもの。
転じて、オメガの発情期を強制的に止める効果もあるらしい。
本能的に、それは正しい事だと理解する。
ただ、その行為は、疑似的ではあるがそういった行為とみなされる為、お互いが合意の上になされるのが良いとされていた。
この関係を、古い言葉で番と言ったりもする。
だが、今は緊急事態だ。
仕方ない。
これは、仕方ない事。
急速に、フェロモンが止まり、発情が抑えられていくのを感じる。
「かみや」
縋るように、見えない狼谷の名前を呼ぶが、返事はない。
首筋から、生暖かいものが離れていく。
ああ、寂しい。
もっと、もっと。
口から、出してはいけない言葉が溢れそうになる。
いけない。
狼谷は、ウサギが嫌いなのに。
いくら、懐いている先輩とはいえ……いや先輩だからこそ、嫌だっただろうに。不本意だろうに。
背中から、重みが無くなる。
力の入らない腕に活を入れ、上半身を起こすと、狼谷はもう、立ち上がって扉に手をかけていた。
「っぁ」
そして、オレを振り返った狼谷の顔には、冷たい表情が浮かんでいた。
何も言わず、オレを一瞥するとさっさと部室を出て行った。
ああ、軽蔑された。
急速に靄が晴れた頭で、ハッとする。
あいつは、兎が嫌いだ。
そして、オレは、ウサギじゃないとあいつに嘘をついていた。
嫌いな兎を噛むなんて、疑似的とはいえウサギを相手にするなんて、あいつには耐えられないことだっただろう。
余韻がスッと引き、後にはうすら寒さだけが残った。
……どう、しよう。
かたかたと震える手足を何とか励まし、急いで荷物を纏めた。
「宇佐木氏」
誰かに、声をかけられた。だけど、今何かを反応できる気がしなかったので、無視して歩く。
狼谷は先週のミス大学の主催者につかまっている。
ミス大学に選ばれた子が、どうしても狼谷とデートしたいとゴネているらしい。だから、主催者があの手この手で狼谷にお願いをしている最中なのだ。
狼谷の対応はけんもほろろだったのだが、さすがに昨日部室まで押しかけてきたので、そのクレームもかねて今日話し合っているらしい。
オレは別に気にしないのだが、狼谷はここに知らない人が来て欲しくないようだった。
もしかしたら、アルファである狼谷には、誰も自分を知らないし特別扱いしない居場所が必要なのかもしれないな、なんて事を思いながら、1人でいつもの席に座り、マンガを取り出す。
……独り、って、こんなに部屋を広く感じたっけ。
思い出せないな。
狼谷が来てから、オレが独りになる事ってあんまりなかった。
狼谷がオレの隣を心地良く思ってくれているのは、何となくわかる。オレも同じだから。だから、どうかこのままであって欲しい。
なんて。
そんな事を思っていると、急に、ドクンと心臓がはねた。
朝から熱っぽかったから、風邪を引いたか、と思ったのだが。
……違う、これ、発情期だ!
急激に体中に回る熱。視界と頭にもやがかかったようになる。熱に浮かされる。
おかしい。
次の発情期はまだのはず……いや、まて。前回、いつきた。
いやいやそれより、抑制剤、どこやった。
ああ、頭がまわらない。
どうしよう、どうしよう。こんな、大学の構内で。
オメガのフェロモンは、アルファを引き寄せてしまう。望まない行為を、引き寄せてしまう。
せめて、狼谷が来る前に、抑制剤を探すか、帰らないと。
急がないと。
もしくは、近くのだれか、誰かオメガ用の抑制剤もってないか。この際、大型草食獣人のものでもいい。体格が違うから作用がキツイのだが、いま贅沢は言えない。
はあはあ、と勝手に息が上がる。
欲情が沸き上がって、どうしようもなくなる。
気がせくのに、椅子から立ち上がろうとしただけで、膝が笑った。思わず、前に倒れ込む。
ドタンっと、音が響く。肘が痛い。
バタバタ!
ガチャ!
大きな足音の後、ドアが開かれた。
しまった、鍵をかけてなかった。
上半身を頑張って起こす。
「っ、せ、センパイ!?」
慌てたように開かれた扉の先にいたのは、よりにもよって、狼谷だった。
「あっ、狼谷、た、たすけ」
を呼んでと言いたかったのだが、言葉が消えてしまった。
目の前には、アルファ。
完全なる、上位種族、捕食者、オレの全てを喰らえるもの。
ひゅっと喉が鳴った。
恐れと同時に強い欲が沸く。
ああ、食われたい、と。
それが伝わってしまたのだろうか、最初は心配そうだった狼谷の顔が、みるみる険しくなった。
「あ、あんた、ウサギ」
はいともいいえとも言えなくて、無言で見つめる事しかできない。
その、裏切られた、という顔を見たくなくて、思わず目をぎゅっと閉じた。
ふーっ、ふーっと荒い息が聞こえる。
「っっ! こんな事なってんのに、うさぎを助けなきゃなんないのかよ!」
叫ぶような咆哮を上げたかと思うと、不意に背中に重さを感じた。
驚いて目を開けると、かなりの至近距離に、後輩の逞しい腕。覆いかぶさるような体勢を取っているようだった。
こんなにも近くに感じる、狼谷の、匂い。
驚きのあまり目を見開き後ろを振り向くと、生理的な涙がぽろりと一つ流れた。
ずっと、心臓の鼓動が早い。
「っくそ、くそっ!」
何かと葛藤しながらも、その苦悩した顔がどんどんオレの背中側に降りてきて。
「かみや」
返事はなかった。
ふーっ、ふーっと荒い息遣いを肌に感じ、次の瞬間。
「ああっ!」
首の後ろ、うなじを嚙まれたのだと、本能的にわかった。
それは、疑似的な生殖行為。
オメガのフェロモンを、強制的に止める、アルファの能力。
オメガが、自分以外の雄と行為をしないようにする為のもの。
転じて、オメガの発情期を強制的に止める効果もあるらしい。
本能的に、それは正しい事だと理解する。
ただ、その行為は、疑似的ではあるがそういった行為とみなされる為、お互いが合意の上になされるのが良いとされていた。
この関係を、古い言葉で番と言ったりもする。
だが、今は緊急事態だ。
仕方ない。
これは、仕方ない事。
急速に、フェロモンが止まり、発情が抑えられていくのを感じる。
「かみや」
縋るように、見えない狼谷の名前を呼ぶが、返事はない。
首筋から、生暖かいものが離れていく。
ああ、寂しい。
もっと、もっと。
口から、出してはいけない言葉が溢れそうになる。
いけない。
狼谷は、ウサギが嫌いなのに。
いくら、懐いている先輩とはいえ……いや先輩だからこそ、嫌だっただろうに。不本意だろうに。
背中から、重みが無くなる。
力の入らない腕に活を入れ、上半身を起こすと、狼谷はもう、立ち上がって扉に手をかけていた。
「っぁ」
そして、オレを振り返った狼谷の顔には、冷たい表情が浮かんでいた。
何も言わず、オレを一瞥するとさっさと部室を出て行った。
ああ、軽蔑された。
急速に靄が晴れた頭で、ハッとする。
あいつは、兎が嫌いだ。
そして、オレは、ウサギじゃないとあいつに嘘をついていた。
嫌いな兎を噛むなんて、疑似的とはいえウサギを相手にするなんて、あいつには耐えられないことだっただろう。
余韻がスッと引き、後にはうすら寒さだけが残った。
……どう、しよう。
かたかたと震える手足を何とか励まし、急いで荷物を纏めた。
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