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弐 ー過去編ー
しおりを挟む妖たちは総じて人より身体が丈夫だ。多少、飲まず食わずでも死ぬ事は少ない。
だが、人は脆弱だった。
大雨が降った年。
洪水に田がやられたすぐ後に、日照り、旱魃になった。荒れた田と強すぎる日差しに植物が枯れ果て、主食の米がとれなかった。飢饉の始まりである。
頼みの綱の川の水もついには干上がり、人々は嘆き恐れた。
そしてこの天災は、妖たちのせいだという事になった。
いや、当時の帝がそう触れ回ったのだ。
この厄災はすべて妖たちの陰謀で、それに加担し力を貸しているのが、呪われた金の髪の女だとした。この女が生きている限り、妖たちがこれを担ぎ上げている限り、この厄災は続くであろう、と。
―ー金卯はもともと、帝の子としてこの世に生を受けた、女児の双子の片割れであった。
人には古くから、双子の一方は忌み子であり悪い事が起きないよう物心つく前に大地に生贄に捧げる、という風習があった。
姉の金卯はその慣習のせいでで殺されることとなっていた。だが、憐れに思った彼女らの母は密かに使用人を使い、儀式の場から金卯を逃がした。使用人は追手に追いつかれ殺され、金卯は満身創痍で何とか逃げ隠れる事が出来た。
そんな金卯を拾ったのが妖の老夫婦であり、極天との出会いに繋がる。
だがこの頃から既に父である帝は金卯が生きている事を察知し、内密に探して殺そうとしていた。それは、人に災厄をもたらすであろう存在をあらかじめ排除しようという、人の側からしたら危機回避の事であった。
妖の老夫婦はその被害者だ。
だが内密に探し回っていた者達は、極天に保護された金卯をなかなか見つける事ができず月日が経ち、今回の飢饉が起こってしまった。
この災いは彼女が生きているからだ、と結論付けるのは自然な感情の流れであったのだろうか。
もちろん、妖たちには初耳であった。誰も金卯が帝の子で、双子であった事すら知らなかった。彼女の婚約者以外は。
だが、当時の人々は真偽を疑う余裕さえなく、怒りの矛先を探していた。そして、矛先を見つけてしまった。
数に勝る人々は、ついに原因を取り除くべく大軍を出動させた。
その呪われた金の髪の存在を、殺す為のお触れさえ出された。見つけた者には褒章を、殺して首を持ってきた者には、さらに一生困らないような身分を、貴族も平民もかかわらずやる、と帝が触れを出したのだ。
怒りはやがて熱狂となり、妖狩りが行われた。もちろん、少人数では人が負けるので、怪しい者を見かけたらまず報告し、軍隊が動くという流れであった。
人々は熱心に監視し、血眼で金の呪われし存在を探し回った。
そんな事をしても、明日の食べ物は無いのに。いや、無いからこそその一発にかけるしかなかったのだろうか。それとも、焼いた妖の村を略奪した方が簡単だと気づいてしまったのだろうか。
何にせよ、その帝のお触れのせいで、無用な争いが増えた。
各地の長達は対応に追われ、金卯の道具も結局は妖を守る為に、攻撃の道具となった。
金卯は、人々から隠れるように山の上にある玄武の城に避難していた。もともと、玄武たちはもっと麓の、利便性の良い所に住んでいたのだが、そこも危なくなり、もっともっと上に行くしかなくなったのだ。森の中とはいえ、人が入っていきやすい青龍の郷など、もっての他だった。
「極天。私は、本当に出て行かなくてよいのでしょうか」
城の一角。薄暗い部屋の中でなお輝く金の髪を俯かせ、金卯が声を絞り出した。それに応える青年は、溜息を吐た。何度目かの、深い溜息を。
「何度も言ってるだろ。君が居なくなったら、結局妖を守る仕組みも作れなくなる。未来の事を考えたら、君は居るんだ。……青龍から君を預かった、俺の責任もある」
「でも」
「玄武様! 青龍様の森が燃えているそうです!」
「なんだと?! すぐ行く」
部下からの急な報せに、青年が立ち上がった。それに縋るように金卯も立ち上がった。
「そんな! 極天、私も」
「だから、駄目だって。君を誰もが探してるんだぞ。いくら君でも、いつか力尽きてやられる。それを庇う力も、俺達には無い。だから、ここで大人しくしててくれ。青龍の為にも」
彼女の立場を思えばキツイ言い方になってしまったが、青年は振り返る事なく、素早く部屋を出て行ってしまった。
残された金卯は、胸の前でギュッと両手を握り締めた。青龍の穏やかな顔を思い出す。こんな自分を受け入れてくれて、褒めてくれて、愛していると言ってくれた大切な存在。これから先も、このひとと共に生きていけるのだと、ようやく実感できた矢先だった。
金卯はギュッと目を閉じた。
次に眼を開いた時、そこには決意の光が宿っていた。
急報を聞きつけ、青龍が治める森に夕焼けが落ちる頃到着した青年は、上空で絶句した。
広大な原生林が広がっていた場所は燃やされ、木々はなぎ倒され、焼けた地面に人とも妖ともつかない者達が沢山倒れ伏していた。
ここまで凄惨な現場を見たのは、初めてであった。
青年は呆然とする自分の頬を叩き、上空から青龍たちを探した。
旱魃の時でも枯れなかった森深くにあった大河を越えた先で、大樹が異様に密集して生えている場所を見つけた。まるで、何重にも木の壁を作るように。
青年が下を見ると、こんな所まで人がウロウロしているようだった。見つからないように、静かに彼の場所に降り立った。
「青龍!」
そこに居たのは、酷い火傷を負った若者だった。息も絶え絶えに、筵の上に寝かされている。
周りにいる妖はみな目に涙を浮かべ、その若者の周りを囲んでいた。
青年が慌てて空から降り立ち声をかけると、みなの視線が青年に向いた。若者に駆け寄ろうとすると、すっと人垣が割れて道が出来た。
青年の声が聞こえたのか、若者が閉じていた瞼を、唇を重々しく開いた。
「げ、んぶ」
「すまない! もっと俺が早く到着できていれば!」
「い、い。みん、なと、きん、う、ちゃん、を」
「守る! 守るから、青龍は回復に専念してくれっ」
火傷していない方の手を青年が握り締めると、その手はすでに冷たくなってきていた。ジワリとした嫌な予感が背中を這った。
泣きそうになる青年を見て、若者がふと笑った。いつもの穏やかな笑みとも違った、全てをやり遂げ、諦めたような笑顔であった。
「か、んせ、い、させ、ろ、よ」
一瞬、なんのことかわからなかったが、すぐに青年が話した、人が入ってこないようにする装置の事だと、理解した。
青年の眉がぎゅっと寄った。自分が悠長な事をしていたせいだ。完成していれば、青龍がこんなに傷つくことは無かった筈だ。
青年はぎゅっと若者の手を両手で握り締めた。必死で力を送ろうとするが、それは拒否されているようでもあり、死にゆく者には必要無いと言われているようでもあった。
「ああ! 必ずさせるよ、させるから……死なないでくれ、緑常」
最後は、喉が詰まって声にならないようだった。必死に涙を流さないように堪えているが、青年の顔は悔しさで歪んでいた。それを、微かに苦笑で見ていた若者が、ゆっくり目を閉じようとした。が、それは、驚愕によって再び見開かれた。
それに気づいて、青年は反射的に若者の視線の先を追った。
そこには。
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