閉じ込められた幼き聖女様《完結》

アーエル

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後編

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」「ホントだホントだホントだホントだ」

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「私は何も知らなかったのです!」

地下牢で騒いでいるのは簒奪者の妻。
彼女は何を言っているのか。

「何を知らなかったというのです? あの部屋で気の毒な娘が亡くなり、神の御許へ還ることも許されず。聖女様として閉じ込められて13年……あなたの娘がすべて懺悔されました」
「なっ! 何を……」
「最初は『男爵家に聖女候補あり』というお告げを、両親は生まれたばかりの自分だと喜んだ。しかし、選ばれたのは前妻の娘。それに腹を立てたあなた方夫妻は、少女を闇に葬ることを決めた。ですが、馬車が崖から落ちる際に祖父母が生命をかけて守ったため、まだ息があったのですね? それで連れ帰って、地下に死ぬまで放置。そして魂が還らないよう、地下室の床と天井に魔法陣を配置。さらに魂の実体化のため魔導具で膜を張った」

私の言葉に少しずつ青ざめ、白くなり、両手を震わせていった。
彼女の言葉が真実だと、そう告げていた。

「あの子は……イヴァンナは……」
「お前たちの娘はもうこの世にいない」
「あ、ああ……イヴァンナ! イヴァンナ!」

簒奪者の妻は石畳の床に踞り涙を流す。

「神よ、お許しください。私の、私たち夫婦の罪です。罰は私が受けます、どうか娘を……」
「その思いがあるなら、何故哀れな少女に祈りを捧げない」
「……それは、その……」
「捧げたくも捧げられない。それはお前たちが奪った生命だからだ」

娘のために流した涙は、間違いなく母親だからだ。
しかし、生きて帰った少女を見殺しにした。
その罪悪から祈りが捧げられない。

「ここは神殿の地下、祈りは通じるだろう。ただし、罪を認めぬ者の祈りは通じぬ。そなたが娘のためにどんなに涙を流しても、罪人つみびとの祈りは神には穢れ。穢れの原因である娘に罰が与えられる」

私はそう言って彼女の前を去る。
背後で必死に謝罪を繰り返す声が聞こえる。
扉を締めるときに見えた彼女は、柵にしがみつき、顔を柵に押し付け、必死に右手を伸ばす姿。

「今さら遅い」

私はひと言唾棄して鍵をかけた。


*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚・*:..。♡*゚¨゚゚・*:.


「私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない……」

まるで自分に言い聞かせるような呪文を繰り返す簒奪者。

「あれを聞くと『お前が悪い。お前がすべて悪い。お前の存在自体が悪い』と言い続けてやりたくなります」

地下牢の扉の前で私を待っていた補佐官。

「あれと『私は何も知らなかった』と言い続けるのを聞かされるのと、どちらがマシだと思う?」
「私はどちらも嫌ですね」
「それは答えになっていませんよ」

私はそう言って扉を開く。

「出せ! 私を出せ!」

私に気付くと、両手で柵を掴んで騒ぎ始める。
ここにいるのは簒奪者当人。
夫妻は共に存在を示す名を取り上げられた。
以降、簒奪者と簒奪者の妻と呼ばれている。
……呆れるくらい元気だ。

「私を出してくれたらいくらでも金を出す」
「あなたはではないですか」
「私は男爵だ! このような待遇は不当だ!」
「いいえ。あなたが簒奪した男爵家はすでにありません」
「娘が! イヴァンナが……」
「聖女様の血統がアリア様の死をもって途絶えたことで男爵家は王家に返されました」
「また『聖女の血統』か! どこまで私を侮辱すれば気が済むんだ!」
「聖女様の血統、女性当主の男爵家。それを知った上で入り婿を望んだのですよね」
「私は優秀だ! 私が当主に相応しい!」
「ええ、そうですね。この不自由な地下の主人あるじに」

思わず侮蔑を含んだ声で返したことで、柵で区切られた向こうの住人は動きを止めた。

「……イヴァンナを呼んでくれ」
「無理です」
「囚人でも接見は許されているはずだ!」
「無理です、彼女はすでに亡くなったのですから」
「…………嘘だ」
「いいえ、事実です」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」

開いたままの扉の外から「ホントだホントだホントだホントだ」という声が小さく聞こえる。
地下牢内をざっと目だけを動かして不変を確認する。
出て行こうとした私に男は「待て!」と声をあげる。

「だったら、妻を。アイツを呼んでくれ!」
「お前と同じく地下牢で『自分は何も知らなかった。だから自分は何も悪くない』と喚いている。似た者夫婦でよかったな。もちろん罪人同士は会わせられない」

男が呆然としている隙に扉を締める。
音で我に返ったのか何か騒いでいたが、鍵をかけると封印が発動した。
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