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第25話 静かなる滝、その奥に
しおりを挟むそれは、前日のことだった。
霧の中を歩いていたリィナが、無邪気に言った。
「ねぇ、“スースー”が“ピタッ”って止まりそう!」
ふわっとしたその言葉に、ジークは苦笑したが、ルークは違った。
それは、確かな“予感”だと――信じていた。
◆
そして翌朝。
霧が少し晴れ、風の匂いにかすかに水気が混じったころ、一行の前に現れたのは――
轟音とともにそびえる、巨大な滝だった。
まるで空から降ってきた川そのもののように、水が断崖を流れ落ちていた。
「……でっけぇな……」
ジークが思わず呟いた声に、誰も反応しない。
誰もが息を呑み、ただその光景に圧倒されていた。
水の壁。轟音。霧と泡が舞い、視界の先は白くかすんでいる。
「ここだよ」
リィナが、滝を指差して言った。
「セフィナは……あの奥にいる。うん、絶対いるよ」
ルークは静かに頷く。
確かに、魔力の気配がこの先から微かに感じ取れる。
「魔法じゃなくて、空気そのものが揺れてる。……間違いない。あの中に“空間”がある」
「けどさ……入れるの? あれ」
ジークの言葉に、一同は我に返る。
滝の中へ――と、言うのは簡単だった。
だが、目の前の水量は尋常ではない。無理に突っ込めば、水圧で押し潰されてしまう。
「私たちは、魔力を失ってる。壁を割ったり、水を操ったり……そういうのはもう無理」
ミレイアが静かに言う。
クラリスも腕を組んで唸る。「火でも風でもない。今の私たちじゃ、ただの一般人よ」
「たぶん……こっそり入る道があるの。でも、それが分からない……」
リィナが寂しそうにつぶやいた。
一同は滝の前に立ち尽くした。
風が吹いているのか、水しぶきなのか分からない冷たいものが、頬を打つ。
滝の奥にいる。
確かに“誰か”が、そこにいる。
だが、その“誰か”へ、どうすれば辿り着けるのか――
それだけが、まるで答えのない問いのように、一行の前に立ちはだかっていた。
「……くそ、どうすりゃいい……」
ジークが悔しげに水の流れを睨む。
「……リィナ、何か感じるか?」
ルークが尋ねると、リィナは小さく首を振る。
「“いる”ってことしか……もう、それだけ」
一行は、滝の前で、ただ静かに立ち尽くした。
目の前には、崩れ落ちる水の壁。
その奥に“何か”があることは確かだったが、入り口は見えない。魔法も使えない。力づくではどうにもならない。
だがそのとき――
「……おかしい」
ルークがふと、腰の聖剣アルシエルに手をかけた。
剣が……震えている。
淡く、かすかに、刃が青く光を帯びているように見えた。
「ミレイアのときも、こんな感覚があった……」
――魔女の“魔核”に反応し、聖剣が共鳴する。
今、この滝の向こうにいるのは、水の魔女セフィナ。
ならば、彼女の魔核もまた、聖剣と繋がっているはず――。
ルークは、静かに目を閉じ、剣に意識を込めた。
「この刃よ……その先にいる者を、示してくれ」
光がふっと強まり、まるで“何か”に導かれるように――
ルークは、剣を滝に向かって投げ放った。
「っ――!!」
放たれた刃が、滝の中心に突き刺さると、轟音が一瞬で消えた。
……水が、止まった。
いや、完全に止まったわけではない。
ただ、滝の一部が裂けるように流れを失い、“入口”のようにぽっかりと空間が開かれたのだ。
「……道ができた……!」
ミレイアが驚いた声を上げる。
クラリスも「マジで……? あれ、魔法でもなく、物理でもなく……剣の“共鳴”で……」と目を見張る。
「いこ!」
リィナが勢いよく飛び出そうとし、ジークが慌てて止めた。
「待て待て! お前はまず深呼吸!」
そんなやり取りを背に、ルークは滝の裂け目へと、ゆっくりと足を踏み出した。
◆
滝の奥――そこには、ひっそりとした湖と、岩に囲まれた静寂の空間が広がっていた。
薄い水の膜が天井から滴り、青白い光が湖面に揺れる。
その中心。
岩の玉座のような場所に、一人の女性が静かに腰掛けていた。
ミディアムの青髪。
片方の目は前髪に隠れ、もう片方の眼差しは、深い湖の底のように冷たい。
淡い水色の衣をまとい、姿勢は優雅で、声は鋭く――
「……私の魔核を壊したのは、お前か?」
静かに、だが明確に、ルークを見据えて問う。
その背後――奥の岩壁には、刺さった聖剣アルシエルが、青く脈打ちながら光を放っていた。
「……あぁ。結果的には……そうなる」
ルークが剣から目を離さずに答える。
セフィナは一度、ふぅと小さくため息を吐いた。
「ならば、不本意だが……“結婚してやってもいい”。」
その言葉に――
後ろから駆けつけてきた仲間たちは、全員一斉に固まった。
「……え?」
「え?」
「えーーーっ!?」
セフィナは表情ひとつ変えないまま、静かに続けた。
「魔女としての誇りは、すでに失った。だが、契約の文化は、残っている。
強き者に屈し、身も心も預けること。それが、我らの掟。……私に従わせたのは、お前だ。ならば、“妻”として仕えるのが筋だ」
あまりにも堂々とした“逆プロポーズ”に、ルークは返す言葉を失った。
「……こうなると思ったわ」
ミレイアが眉をひそめ、
「清楚系クールビューティ、来ましたね……」
クラリスが苦笑いする。
「ルーク様……また、増えますね」
フィオナが祈るように目を閉じた。
そしてリィナは、ジークの袖を引きながら、
「新しいお姉ちゃんだ~」
……静寂の水の魔女は、確かに“恋の戦場”へと足を踏み入れてしまったようだった。
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