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第6部 聖帝国ギウリークの終わりの始まり
第276話 道化師は夕暮れに歌う
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「後継者?」
ルトは足元の影を眺めている。
影から、女性の上半身がうかんでいた。湯船にでもつかるように、地面に頬杖をついて、ルトの顔を見上げていた。オルガがった。
そろそろと陽は西に傾き始めていた。
長い一日がようやく終わろうとしている・・・だが、この手のパーティーはもともと夕刻にディナーを兼ねたものとして開催されることが多い。
前ロデニウム公爵が姿を見せた。その噂はあっという間に広がり、教皇庁の現状に不満をもつ貴族たちが続々と詰めかけてくる。
アライアス公爵とガルフィート伯爵が老公のパーティーへの出席を認めた・・・少なくとも黙認したということは、ふたりも公然と現在の教皇庁に対して、不満を表明したことになる。とんでもない勇み足だったが、主義主張に殉ずるものはなにかと現象を自分の都合の良い用に解釈したがるものだ。
さらに、銀灰皇国の皇帝がその姿を現し、クローディア大公を後見人に、自分の跡継ぎに「闇姫」を指名した。
ことがここに及んでは、ギウリークの皇室も列席は必至かと思われたが、名代として、サジリウス侯爵を遣わせただけにとどまっている。
ルトとオルガ。互いの顔には笑みが浮かんでいる。
その上の木の枝にはフィオリナが腰を降ろしていた。
風がスカートを危険なところまで、煽っている。かっこのよいあんよが太ももまでときおり見えている。
下着の色までは、夕闇に隠れてわからない。
「よめてた?」
「まあ。」
オルガは頷いた。
「皇太子にせよ、皇女にせよ、それぞれ、担ぎ上げられた利益団体の代表者にすぎない。まして軍閥など。中央軍と地方駐留軍はそれぞれの立場で争うだけ。
消去法で、わらわを後継者に指名するしかないことも。」
はあ、と皇女はため息をついた。
「しかし、発表するのは、もう少し先になるだろうとは思っていた。
叔父上も、もう少し連中を抑えておけると期待していたのじゃが。」
「これで、三派以外のものどもも、死にものぐるいでお主を狙ってくるわ。」
グラスを片手に、ふらふらと寄ってきた男は、壊乱帝の供回りのひとりだった。
「これはこれは『悪夢』が長の一人、イーゴール。」
オルガは親しげに手を振った。
「陛下のお側を離れても良いのか? ミルドエッジでは頭に血がのぼりすぎる。」
「ここはいったいどうなっている。」
憤然と、イーゴールは将来、主となるべき女性にくってかかった。
「ただの一貴族の私的なパーティーのはずだぞ。そこに古竜どもが6体も控えている。あいつらが、パーティーの護衛として呼ばれたのなら一切なにも起こるまい。」
「ならばそうなるじゃろ?」
オルガは悠然と笑っている。
「なにしろ、『竜王の牙』が六体じゃ。西域すべてを瓦礫に化してもお釣りがくるであろう?」
「その古竜どもが、傅いているあの冒険者はなんだ?」
イーゴールは空になったグラスをうらめしげに睨んだ。
「あの・・・アモンとかいう女冒険者だ。あいつも実は古竜・・・なのか?」
オルガはルトを見上げた。
「わらわも彼女には、初めてお目にかかる。よほど、名の高い古竜なのだろうな?」
ルトは肩をすくめた。
「『踊る道化師』のメンバーですよ。」
「会場のあちこちでその名をきいた。」
イーゴールはルトを睨んだが、ルトはそんなものではびくともしなかった。かえって木の上のフィオリナが、ヒュっと口笛を吹いて注意を喚起した。
「わたしの婚約者を脅すのはやめてもらおう。」
木の枝に足をかけて、ぶらりとぶら下がる。
「ルトと違ってわたしは我慢強くはないぞ、『悪夢』。」
「クローディア大公国姫フィオリナさま。」
「フィオリナ、でいい。わたしも『踊る道化師』の一人だ。」
「そう伺いました・・・混乱のなかにあったオールべに黒竜にのって現れ、クローディア大公夫妻を救出されたとか。」
イーゴールの顔にも笑みが浮かぶ。
「『絶士』グルジエンを圧倒したとか。」
「そんな噂どこから。」
「本人が語り散らかしていた。完膚なきまでに圧倒され、蹂躙され、今後はフィオリナ姫の奴隷としてお仕えすることになったのだと。
メイド服を着て給仕もせずに、飲み食いしているものはほかにいないから、注目の的です。」
「ふん」
フィオリナはくるりと一回転して地上に降り立った。スカートが捲れて、今度は下着もはっきり見えた。黒だった。
目を覆うルトに、「ちょっとシメてくる。」と言い残して会場へ向かう。
「『悪夢』から『踊る道化師』に指名依頼だ。ハルト王子、いやルト殿。
我らの姫を、皇位を継ぐその日まで刺客から守り通して欲しい。」
イーゴールは真剣な面持ちで、ルトを真っ直ぐに見つめながらそう言った。
だが、ルトは笑って首を横に振った。
「皇帝陛下は魔力過剰症だ。寿命がどこまで保つかわからない。そんな期限のわからない護衛任務は受けられませんね。」
「バレたか。」
イーゴールは好敵手を見出した勝負師の顔で笑った。
「我らのオルガは確かに強い。だが、後先考えずに無限に刺客を送られ続ければ、不覚も取ろう。」
「確かに。なので期間は『暗殺の危険がなくなるまで』とさせてもらいましょう。
それともうひとつ。」
「なんだ? 受けてくれるのか?
そのもうひとつの条件とはなんだ?
金ならば弾むぞ、こちらは皇帝直属の特殊部隊『悪夢』だ。」
「当然、報酬以外での条件となります。
オルガには、我ら『踊る道化師』には所属してもらうことになる。」
ルトは足元の影を眺めている。
影から、女性の上半身がうかんでいた。湯船にでもつかるように、地面に頬杖をついて、ルトの顔を見上げていた。オルガがった。
そろそろと陽は西に傾き始めていた。
長い一日がようやく終わろうとしている・・・だが、この手のパーティーはもともと夕刻にディナーを兼ねたものとして開催されることが多い。
前ロデニウム公爵が姿を見せた。その噂はあっという間に広がり、教皇庁の現状に不満をもつ貴族たちが続々と詰めかけてくる。
アライアス公爵とガルフィート伯爵が老公のパーティーへの出席を認めた・・・少なくとも黙認したということは、ふたりも公然と現在の教皇庁に対して、不満を表明したことになる。とんでもない勇み足だったが、主義主張に殉ずるものはなにかと現象を自分の都合の良い用に解釈したがるものだ。
さらに、銀灰皇国の皇帝がその姿を現し、クローディア大公を後見人に、自分の跡継ぎに「闇姫」を指名した。
ことがここに及んでは、ギウリークの皇室も列席は必至かと思われたが、名代として、サジリウス侯爵を遣わせただけにとどまっている。
ルトとオルガ。互いの顔には笑みが浮かんでいる。
その上の木の枝にはフィオリナが腰を降ろしていた。
風がスカートを危険なところまで、煽っている。かっこのよいあんよが太ももまでときおり見えている。
下着の色までは、夕闇に隠れてわからない。
「よめてた?」
「まあ。」
オルガは頷いた。
「皇太子にせよ、皇女にせよ、それぞれ、担ぎ上げられた利益団体の代表者にすぎない。まして軍閥など。中央軍と地方駐留軍はそれぞれの立場で争うだけ。
消去法で、わらわを後継者に指名するしかないことも。」
はあ、と皇女はため息をついた。
「しかし、発表するのは、もう少し先になるだろうとは思っていた。
叔父上も、もう少し連中を抑えておけると期待していたのじゃが。」
「これで、三派以外のものどもも、死にものぐるいでお主を狙ってくるわ。」
グラスを片手に、ふらふらと寄ってきた男は、壊乱帝の供回りのひとりだった。
「これはこれは『悪夢』が長の一人、イーゴール。」
オルガは親しげに手を振った。
「陛下のお側を離れても良いのか? ミルドエッジでは頭に血がのぼりすぎる。」
「ここはいったいどうなっている。」
憤然と、イーゴールは将来、主となるべき女性にくってかかった。
「ただの一貴族の私的なパーティーのはずだぞ。そこに古竜どもが6体も控えている。あいつらが、パーティーの護衛として呼ばれたのなら一切なにも起こるまい。」
「ならばそうなるじゃろ?」
オルガは悠然と笑っている。
「なにしろ、『竜王の牙』が六体じゃ。西域すべてを瓦礫に化してもお釣りがくるであろう?」
「その古竜どもが、傅いているあの冒険者はなんだ?」
イーゴールは空になったグラスをうらめしげに睨んだ。
「あの・・・アモンとかいう女冒険者だ。あいつも実は古竜・・・なのか?」
オルガはルトを見上げた。
「わらわも彼女には、初めてお目にかかる。よほど、名の高い古竜なのだろうな?」
ルトは肩をすくめた。
「『踊る道化師』のメンバーですよ。」
「会場のあちこちでその名をきいた。」
イーゴールはルトを睨んだが、ルトはそんなものではびくともしなかった。かえって木の上のフィオリナが、ヒュっと口笛を吹いて注意を喚起した。
「わたしの婚約者を脅すのはやめてもらおう。」
木の枝に足をかけて、ぶらりとぶら下がる。
「ルトと違ってわたしは我慢強くはないぞ、『悪夢』。」
「クローディア大公国姫フィオリナさま。」
「フィオリナ、でいい。わたしも『踊る道化師』の一人だ。」
「そう伺いました・・・混乱のなかにあったオールべに黒竜にのって現れ、クローディア大公夫妻を救出されたとか。」
イーゴールの顔にも笑みが浮かぶ。
「『絶士』グルジエンを圧倒したとか。」
「そんな噂どこから。」
「本人が語り散らかしていた。完膚なきまでに圧倒され、蹂躙され、今後はフィオリナ姫の奴隷としてお仕えすることになったのだと。
メイド服を着て給仕もせずに、飲み食いしているものはほかにいないから、注目の的です。」
「ふん」
フィオリナはくるりと一回転して地上に降り立った。スカートが捲れて、今度は下着もはっきり見えた。黒だった。
目を覆うルトに、「ちょっとシメてくる。」と言い残して会場へ向かう。
「『悪夢』から『踊る道化師』に指名依頼だ。ハルト王子、いやルト殿。
我らの姫を、皇位を継ぐその日まで刺客から守り通して欲しい。」
イーゴールは真剣な面持ちで、ルトを真っ直ぐに見つめながらそう言った。
だが、ルトは笑って首を横に振った。
「皇帝陛下は魔力過剰症だ。寿命がどこまで保つかわからない。そんな期限のわからない護衛任務は受けられませんね。」
「バレたか。」
イーゴールは好敵手を見出した勝負師の顔で笑った。
「我らのオルガは確かに強い。だが、後先考えずに無限に刺客を送られ続ければ、不覚も取ろう。」
「確かに。なので期間は『暗殺の危険がなくなるまで』とさせてもらいましょう。
それともうひとつ。」
「なんだ? 受けてくれるのか?
そのもうひとつの条件とはなんだ?
金ならば弾むぞ、こちらは皇帝直属の特殊部隊『悪夢』だ。」
「当然、報酬以外での条件となります。
オルガには、我ら『踊る道化師』には所属してもらうことになる。」
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