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第7部 駆け出し冒険者と姫君
第308話 きみがきみでなくなれば
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カフェを飛び出したオルガは、足に風をまとわせた。
高速移動のためのテクニックだ。彼女のオリジナルというわけではない。風魔法の直接攻撃以外では、わりとポピュラーな技術であった。魔力消費も多くはない。
多くは攻撃魔法を駆使する「魔法使い」とか「魔法士」とか呼ばれるものよりも、もう少し戦士より、あるいは先行しての調査を担当するものたちが、マスターする技術である。
だが、その熟練度は並の戦士とは、段違いだ。
昼下がりの繁華街は、なかなかの人手である。だが、すれ違うものは、まるで一陣の風が吹き抜けたようにしか感じない。
振り返るものは少なく、体がふれるものもいない。突き飛ばされたり転倒したりするものは皆無である。
だが。
オルガは舌を巻いた。
フィオリナが動きが疾いのだ。
おそらくは同質の魔法を駆使しているのだろう。魔力の多さはわかっていた。だが、使用のための熟練度は?
とても十代の少女が駆使できるものではない。
先を行くフィオリナが、細い路地をまがった。
並の追跡者ならば、すがたが消えたように写っただろう、急速でなんの予備動作もない動き。
オルガはうめいて、続いて路地に飛び込んだ。
待ち受けていたフィオリナは腕組み。
にんまりと笑って、オルガを見返した。
「銀灰皇国の後継者は、尾行が下手だなあ。」
「尾行がうまかったから、帝位を後継できるわけではないから当然じゃな。」
オルガは動かなかった。いや動けなかった。
フィオリナは、オルガのすべてを見ていた。すべてを視界にとらえていた。
オルガの姿を、その体の奥まで、心の奥まですべてをその視界に捕らえていた。動こうとしても魔法を使おうとしてもすべて先攻される。
ならば。
先にフィオリナに攻撃させ、後の先を取るか。
まあ。
戦う、ならば、なのだが。
オルガは両方の掌をみせて、笑いかけた。
「なぜ、追ってきたのか、聞こうかな?」
「アキルの頼みだ。お主が心配だったのじゃな。」
オルガは、一歩近づいた。攻撃を示すためではない。そこはオルガの使うデスサイズを振るうには近すぎ、フィオリナの剣にはちょうどいい間合いだ。
攻撃の意思がないことを示すための接近だったし、フィオリナならばそれに気がついてくれるだろうと考えての一歩だった。
「だが、その様子だと問題なさそうだ。先ほどよりはずいぶん、マシな顔をしておるの?」
「ああ・・・戦いと行動のなかのほうが、わたしは安定できるようだ。」
フィオリナも微妙に体の緊張をといた。
「オルガ殿下。思うところを聞かせて欲しい。
わたしとルトにとって最悪の展開とはいったいなんだと思う?」
「この状況でわざわざ、聞くくらいならば、浮気とか恒久的な愛人をつくるとかでは、『最悪』とは言わないんだろうな。」
オルガはむしろ、愉快になってきたようだ。
「ならば、言っておくが、我が銀灰では、ある種の家畜に対して他国のものが行うような品種改良を人間に対しても行う。
より巨大な魔力を宿し、より強力な魔法を行使できるキャパシティをもつ、そうだなそれをなんのためらいもなく行使できる精神も含めた人間を創る。
だから、はっきり言うが、ルトの遺伝子はわたしも欲しい。」
「国策でやっていることなら改めて検討するから、その話は、後回しにしてくれないか。」
「確かにそうだな。お主の問いに答えようか。
主らにとって互いが離れ離れになることが最悪のことなのだろう?
ほかに愛の対象があってもその関係がかわらないというのなら、どちらかの死か? あたりまえすぎて単純すぎる答えだが。」
「残念。わたしもルトもそう簡単には死なない。」
「それでは、無敵ではないか。呆れる。わらわはお主のノロケを聞かされているのか?」
「バカを言え。」
フィオリナは、冷たく笑った。
「わたしたちの関係はおそろしく脆く、儚い。」
そして、空を見上げた。狭い路地から見上げる空は、狭く切り取られていた。
「なぜ?」
「わたしとルトが、わたしとルトであること。それだけで成り立っているからだ。
ルトがルトであることをやめてしまえば、その瞬間にわたしたちは終わる・・・」
「ルトがルトでなくなれば、なんになる・・・」
オルガはある可能性に気がついて、背筋に寒いものが走った。
「ルトの魔力をもったなにかが、ルトから解き放たれるといいうことか・・・」
「わたしにしても、似たようなものだ。わたしが抑えていないわたしの力は、たやすく大都市を崩壊させる。軍や英雄級の冒険者たちがわたしを止めるまでには、国が滅ぶ。」
「・・・・」
「そのための『踊る道化師』。」
フィオリナは言った。
「わたしたちは互いに誰かが暴走してもそれを互いが止めることができる。いわばこの世にあってはならぬ力をもつものを迷宮の外に放つための安全装置なのだ。
だから、おかしくなったルトも人に絶望したルトもわたしは受け入れることはできぬ。
それはすなわち、討伐されねばならぬ、災厄級の魔物の誕生を意味するからだ。」
高速移動のためのテクニックだ。彼女のオリジナルというわけではない。風魔法の直接攻撃以外では、わりとポピュラーな技術であった。魔力消費も多くはない。
多くは攻撃魔法を駆使する「魔法使い」とか「魔法士」とか呼ばれるものよりも、もう少し戦士より、あるいは先行しての調査を担当するものたちが、マスターする技術である。
だが、その熟練度は並の戦士とは、段違いだ。
昼下がりの繁華街は、なかなかの人手である。だが、すれ違うものは、まるで一陣の風が吹き抜けたようにしか感じない。
振り返るものは少なく、体がふれるものもいない。突き飛ばされたり転倒したりするものは皆無である。
だが。
オルガは舌を巻いた。
フィオリナが動きが疾いのだ。
おそらくは同質の魔法を駆使しているのだろう。魔力の多さはわかっていた。だが、使用のための熟練度は?
とても十代の少女が駆使できるものではない。
先を行くフィオリナが、細い路地をまがった。
並の追跡者ならば、すがたが消えたように写っただろう、急速でなんの予備動作もない動き。
オルガはうめいて、続いて路地に飛び込んだ。
待ち受けていたフィオリナは腕組み。
にんまりと笑って、オルガを見返した。
「銀灰皇国の後継者は、尾行が下手だなあ。」
「尾行がうまかったから、帝位を後継できるわけではないから当然じゃな。」
オルガは動かなかった。いや動けなかった。
フィオリナは、オルガのすべてを見ていた。すべてを視界にとらえていた。
オルガの姿を、その体の奥まで、心の奥まですべてをその視界に捕らえていた。動こうとしても魔法を使おうとしてもすべて先攻される。
ならば。
先にフィオリナに攻撃させ、後の先を取るか。
まあ。
戦う、ならば、なのだが。
オルガは両方の掌をみせて、笑いかけた。
「なぜ、追ってきたのか、聞こうかな?」
「アキルの頼みだ。お主が心配だったのじゃな。」
オルガは、一歩近づいた。攻撃を示すためではない。そこはオルガの使うデスサイズを振るうには近すぎ、フィオリナの剣にはちょうどいい間合いだ。
攻撃の意思がないことを示すための接近だったし、フィオリナならばそれに気がついてくれるだろうと考えての一歩だった。
「だが、その様子だと問題なさそうだ。先ほどよりはずいぶん、マシな顔をしておるの?」
「ああ・・・戦いと行動のなかのほうが、わたしは安定できるようだ。」
フィオリナも微妙に体の緊張をといた。
「オルガ殿下。思うところを聞かせて欲しい。
わたしとルトにとって最悪の展開とはいったいなんだと思う?」
「この状況でわざわざ、聞くくらいならば、浮気とか恒久的な愛人をつくるとかでは、『最悪』とは言わないんだろうな。」
オルガはむしろ、愉快になってきたようだ。
「ならば、言っておくが、我が銀灰では、ある種の家畜に対して他国のものが行うような品種改良を人間に対しても行う。
より巨大な魔力を宿し、より強力な魔法を行使できるキャパシティをもつ、そうだなそれをなんのためらいもなく行使できる精神も含めた人間を創る。
だから、はっきり言うが、ルトの遺伝子はわたしも欲しい。」
「国策でやっていることなら改めて検討するから、その話は、後回しにしてくれないか。」
「確かにそうだな。お主の問いに答えようか。
主らにとって互いが離れ離れになることが最悪のことなのだろう?
ほかに愛の対象があってもその関係がかわらないというのなら、どちらかの死か? あたりまえすぎて単純すぎる答えだが。」
「残念。わたしもルトもそう簡単には死なない。」
「それでは、無敵ではないか。呆れる。わらわはお主のノロケを聞かされているのか?」
「バカを言え。」
フィオリナは、冷たく笑った。
「わたしたちの関係はおそろしく脆く、儚い。」
そして、空を見上げた。狭い路地から見上げる空は、狭く切り取られていた。
「なぜ?」
「わたしとルトが、わたしとルトであること。それだけで成り立っているからだ。
ルトがルトであることをやめてしまえば、その瞬間にわたしたちは終わる・・・」
「ルトがルトでなくなれば、なんになる・・・」
オルガはある可能性に気がついて、背筋に寒いものが走った。
「ルトの魔力をもったなにかが、ルトから解き放たれるといいうことか・・・」
「わたしにしても、似たようなものだ。わたしが抑えていないわたしの力は、たやすく大都市を崩壊させる。軍や英雄級の冒険者たちがわたしを止めるまでには、国が滅ぶ。」
「・・・・」
「そのための『踊る道化師』。」
フィオリナは言った。
「わたしたちは互いに誰かが暴走してもそれを互いが止めることができる。いわばこの世にあってはならぬ力をもつものを迷宮の外に放つための安全装置なのだ。
だから、おかしくなったルトも人に絶望したルトもわたしは受け入れることはできぬ。
それはすなわち、討伐されねばならぬ、災厄級の魔物の誕生を意味するからだ。」
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