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第9部 道化師と世界の声
問題は問題を連れてくる
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「ギムリウス!」
彼女が本気で、身を隠そうと思ったら、ドロシーごときに、とても見つけられるはずがない。
つまり、呼んで出てきてくれれば、それは特に身を隠そうとは思っていない、ということだ。
可愛らしい大神獣は、テーブルの下からひょっこりと顔を覗かせた。
口の周りにビスケットのかけらがついている。
「害虫」という言葉が、ドロシーの脳裏をよぎってしまった。ごめんなさい、ギムリウス。
「踊る道化師」のカザリームにおける 住処は、もともとが、貴賓室として作られたコンドミニアムの一角を借り受けたものだった。
いろいろと怪奇現象が起きるという、いわくつきの物件だったが、借りてみたら怪奇現象の原因は、リウの昔々の部下、マーベルが引き起こしたものだった。
空間魔法を得意とする魔族マーベルは、そのままリウの側近兼「踊る道化師見習い」として、合流を果たし、結局、物件はとんでもなく安い「曰く付き」価格で、借り受けた。
メンバー各自の寝室や倉庫、執務室、リビングなどを備えたちょっとした豪邸なみの専有面積がある。
もちろん、客用の寝室だってあるので、ロウ=リンドやギムリウスはそこに寝泊まりしていた。
「わたしはそろそろ、ミトラに行かないといけないのです。」
そう言いながら、ギムリウスは、クッキーやパウンドケーキの乗ったお皿を、ドロシーに差し出した。
以前のギムリウスなら、出されたものを黙々と食し、他人のことなど気にしなかったものだが、半年会わないうちに、また人間らしい仕草を覚えたらしい。
ドロシーは、干した果実を練り込んだケーキを、手にとって、口に入れた。
味は悪くないが、作りたてではないようだった。パサパサして、口の中が乾く。
「お茶を入れましょう。」
と言うと、ギムリウスは、嬉しそうに、テーブルの下から這い出て、椅子に腰を下ろした。
一時、お気に入りだった入院着ではなく、ランゴバルド冒険者学校の制服だ。スカートではなく、スラックスを選択していた。
中性的なギムリウスには、よく似合っていた。
そういえば、アライアス侯爵家でメイドの真似事をしただけで、別にメイドの訓練なぞ受けていない。
しかし、まわりが魔王やら神獣やら真祖やらなので、なんとなく、雑用を引き受ける習慣がついてしまっている。
白いポットから、注がれる琥珀の液体を、注いだカップを、ギムリウスは大事そうに抱え込んだ。
「わたしが勝手にここを離れてしまうと、ロウが帰る時に困ると思うのです。
ロウは、転移が苦手ですから。」
お茶を飲みながら、神獣は言った。
「ロウさまは転移が苦手だったっけ?」
ドロシーは思わず、聞き返した。
はい、迷宮の階層内を転移するときは、いちいちマーカーを設置していましたから。
と言うのが、ギムリウスの答えだったが、いや、迷宮内で階層をまたがっての転移は、マーカーがいる、と教科書に書いてある。
マーカーなしの転移を行えるのは、ギムリウスくらいだろう。
実は、ギムリウスは自覚しているのかしてないのか。おそらく、この愛らしい生き物を越える転移術者はいないのだ。
ドロシーの愛人であるジウル・ボルテックは、人類最高の転移魔術の使い手と、自他ともに許していたが、ギムリウスのそれは、またレベルが違うのだ。
「ミトラに行くときには、わたしも連れていってもらえる?」
ドロシーが尋ねた。
ギムリウスは笑顔で頷いて、お菓子の盛られた皿を、ドロシーに押しやった。
ロウを探して執務室を訪ねると、リウを挟んで、ロウとベータが睨み合っていた。
「おお! ドロシー、いいところに来た。
フィオリナとロウが険悪なんだ。」
「この魔道人形をフィオリナとよぶなっ!」
「ねえ、リウ。こいつと戦わせてよ!
ランゴバルドのフィオリナもこいつに勝ったんでしょ?
わたしも、こいつの首を刎たい。」
「あの」
ただの人間であるわたしに、真相吸血鬼と、「1人スタンピード」フィオリナを模した魔道人形との争いを止めろと?
無理無理無理。
「無理です。止めるのは…」
リウは、怪訝な顔をした。
「そりゃ、そうだろう。オレもそんな無茶は言わない。だが、せっかく戦わせるんなら、ちょっとした舞台を用意してやりたいと思ってな。その相談だ。」
「いえ、そのリウくん、仲間同士が争うのはどうかなって…」
「別に殺し合うわけじゃない。ただの腕くらべだ。」
「いま首を刎ねるとか、どうとか。」
「それくらいの心意気で試合うということだな。」
「相手の首を刎ねる心意気で戦ったら、もう殺し合いとかわらないのでは!?」
リウと、噛み合うような噛み合わないよう会話をしながら、ドロシーはふと気がついた。
「リウくん、事務所のほうからこんな相談を受けてるんだけど…」
リウは目を丸くしたが、やがて声を出して笑った。
「面白いじゃないか。フィオリナ、ロウ。お互いにパーティを組んで、その『真の栄光の盾』トーナメントとやらに、出場してみろ。」
ドロシーは思う。厄介事はたいてい、群れをなしてやってくるものだが、そのうちに厄介事が厄介事を解決してくれる。そんなことだった往々にしてあるのだ。
ルトもこんな思いをしたのだろうか。
ドロシーは遠いランゴバルドにいる少年を慕った。
彼女が本気で、身を隠そうと思ったら、ドロシーごときに、とても見つけられるはずがない。
つまり、呼んで出てきてくれれば、それは特に身を隠そうとは思っていない、ということだ。
可愛らしい大神獣は、テーブルの下からひょっこりと顔を覗かせた。
口の周りにビスケットのかけらがついている。
「害虫」という言葉が、ドロシーの脳裏をよぎってしまった。ごめんなさい、ギムリウス。
「踊る道化師」のカザリームにおける 住処は、もともとが、貴賓室として作られたコンドミニアムの一角を借り受けたものだった。
いろいろと怪奇現象が起きるという、いわくつきの物件だったが、借りてみたら怪奇現象の原因は、リウの昔々の部下、マーベルが引き起こしたものだった。
空間魔法を得意とする魔族マーベルは、そのままリウの側近兼「踊る道化師見習い」として、合流を果たし、結局、物件はとんでもなく安い「曰く付き」価格で、借り受けた。
メンバー各自の寝室や倉庫、執務室、リビングなどを備えたちょっとした豪邸なみの専有面積がある。
もちろん、客用の寝室だってあるので、ロウ=リンドやギムリウスはそこに寝泊まりしていた。
「わたしはそろそろ、ミトラに行かないといけないのです。」
そう言いながら、ギムリウスは、クッキーやパウンドケーキの乗ったお皿を、ドロシーに差し出した。
以前のギムリウスなら、出されたものを黙々と食し、他人のことなど気にしなかったものだが、半年会わないうちに、また人間らしい仕草を覚えたらしい。
ドロシーは、干した果実を練り込んだケーキを、手にとって、口に入れた。
味は悪くないが、作りたてではないようだった。パサパサして、口の中が乾く。
「お茶を入れましょう。」
と言うと、ギムリウスは、嬉しそうに、テーブルの下から這い出て、椅子に腰を下ろした。
一時、お気に入りだった入院着ではなく、ランゴバルド冒険者学校の制服だ。スカートではなく、スラックスを選択していた。
中性的なギムリウスには、よく似合っていた。
そういえば、アライアス侯爵家でメイドの真似事をしただけで、別にメイドの訓練なぞ受けていない。
しかし、まわりが魔王やら神獣やら真祖やらなので、なんとなく、雑用を引き受ける習慣がついてしまっている。
白いポットから、注がれる琥珀の液体を、注いだカップを、ギムリウスは大事そうに抱え込んだ。
「わたしが勝手にここを離れてしまうと、ロウが帰る時に困ると思うのです。
ロウは、転移が苦手ですから。」
お茶を飲みながら、神獣は言った。
「ロウさまは転移が苦手だったっけ?」
ドロシーは思わず、聞き返した。
はい、迷宮の階層内を転移するときは、いちいちマーカーを設置していましたから。
と言うのが、ギムリウスの答えだったが、いや、迷宮内で階層をまたがっての転移は、マーカーがいる、と教科書に書いてある。
マーカーなしの転移を行えるのは、ギムリウスくらいだろう。
実は、ギムリウスは自覚しているのかしてないのか。おそらく、この愛らしい生き物を越える転移術者はいないのだ。
ドロシーの愛人であるジウル・ボルテックは、人類最高の転移魔術の使い手と、自他ともに許していたが、ギムリウスのそれは、またレベルが違うのだ。
「ミトラに行くときには、わたしも連れていってもらえる?」
ドロシーが尋ねた。
ギムリウスは笑顔で頷いて、お菓子の盛られた皿を、ドロシーに押しやった。
ロウを探して執務室を訪ねると、リウを挟んで、ロウとベータが睨み合っていた。
「おお! ドロシー、いいところに来た。
フィオリナとロウが険悪なんだ。」
「この魔道人形をフィオリナとよぶなっ!」
「ねえ、リウ。こいつと戦わせてよ!
ランゴバルドのフィオリナもこいつに勝ったんでしょ?
わたしも、こいつの首を刎たい。」
「あの」
ただの人間であるわたしに、真相吸血鬼と、「1人スタンピード」フィオリナを模した魔道人形との争いを止めろと?
無理無理無理。
「無理です。止めるのは…」
リウは、怪訝な顔をした。
「そりゃ、そうだろう。オレもそんな無茶は言わない。だが、せっかく戦わせるんなら、ちょっとした舞台を用意してやりたいと思ってな。その相談だ。」
「いえ、そのリウくん、仲間同士が争うのはどうかなって…」
「別に殺し合うわけじゃない。ただの腕くらべだ。」
「いま首を刎ねるとか、どうとか。」
「それくらいの心意気で試合うということだな。」
「相手の首を刎ねる心意気で戦ったら、もう殺し合いとかわらないのでは!?」
リウと、噛み合うような噛み合わないよう会話をしながら、ドロシーはふと気がついた。
「リウくん、事務所のほうからこんな相談を受けてるんだけど…」
リウは目を丸くしたが、やがて声を出して笑った。
「面白いじゃないか。フィオリナ、ロウ。お互いにパーティを組んで、その『真の栄光の盾』トーナメントとやらに、出場してみろ。」
ドロシーは思う。厄介事はたいてい、群れをなしてやってくるものだが、そのうちに厄介事が厄介事を解決してくれる。そんなことだった往々にしてあるのだ。
ルトもこんな思いをしたのだろうか。
ドロシーは遠いランゴバルドにいる少年を慕った。
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