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涙の味の甘いくちづけ
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『心を捧げたひと』
なんで、そんなことを、あなたが知っているのですか。
「っえ、っと、……あ、の」
僕の心臓は大きく音を立てて跳ね上がり、あからさまに狼狽えた。
「妬けてしまうなぁ」
面白そうに笑う目の前の貴人に、僕は涙を目に浮かべながら、喘ぐように呟いた。
「意地が悪うございます、閣下」
「ふふふっ、そうかなぁ?」
きっと分かっているはずなのに、僕に言わせようとする意地の悪さに、僕は深々とため息をつく。目を伏せて唇を噛み、僕は言葉を絞りだした。
「僕が捧げたのは心だけではございません。……閣下、あなたは僕がこの世で最も敬愛するお方。僕が、僕の心と命と魂と、全てを捧げたお方です。どうか僕の心をお疑いになりませんように」
泣きそうな掠れ声の僕の懇願に、彼は嬉しそうに破顔した。
「それを聞いて安心したよ。君が私以外に何かを捧げているだなんて、許せないからね。嫉妬に狂って、賢帝の名を返上してしまいそうだから」
「……え?」
あまりにも予想外の言葉に、僕は固まってしまった。何を言われているのか分からなかった。困惑する僕を優しく見つめて、焦がれ続けた人は、穏やかに笑った。
「私も君を愛しているよ、ラン。私の可愛い愛し子」
「……か、っか」
田舎の日差しに焼けて、美しさすら損なわれたはずの僕を、閣下はまるで眩しい宝のように見つめた。
「私は鈍感だから、なにもかも気がつくのが遅くて、申し訳なかったよ。それに、かつて君にした『二度と君には関わらない』という誓いも破ってしまった」
「そんな!僕はもう一度お会いできて、本当に嬉しゅうございます!」
己を責めているかのような口調の閣下に、僕は慌てて否定する。そこだけは誤解してほしくなかった。
「僕はずっと……ずっと、お会いしとうございました」
「……そうかい。よかった」
涙声で絞り出す僕に、優しい瞳が細められる。
「ねぇ、ラン。君は惚れ薬を飲んでいなかったのだろう?」
「……はい」
「では、君は私を愛しているのだね?」
「……はい、閣下。この世の何にも代え難いあなたを、僕は心からお慕い申し上げております」
「…………ありがとう」
瞑目して、閣下は何か満たされたように穏やかな表情で、唇を綻ばせた。ふぅ、と小さく息を吐くと、再び僕を見つめて、自虐するように笑った。
「私は……皇帝、だからね。君に全てを捧げることはできないんだ」
そんな当たり前のことを、さも申し訳なさそうに呟いてから、閣下はじっと、真摯に僕を見つめてくれた。
「この体も命も、そして愛も、この国と民に捧げるべきものだから。けれどね、……私は、私の恋心の全てを君に捧げよう」
「……ぅ、え?」
瞠目したまま固まっている僕に笑いかけ、閣下は優しく僕の頬に手を当てた。
「ねぇ。私の恋は、生涯かけて君のものだよ、ラン」
まるで少年のように無邪気に、賢帝と名高い彼は、僕に囁く。まるで現実味がない。
そんなの、ありえない。
そんな奇跡のような幸運が、この世にあるはずがないのに。
「命を賭けてくれた君に対して、私にはこれ以外に君に渡せるものがなくて、申し訳ないけれどね」
「か、っか……」
自嘲するように苦笑する人に、僕は呆然と戸惑うことしか出来ない。
あまりに衝撃的な言葉を与えられて理解が追いつかず、けれどとんでもないことを言われているということだけは分かった。僕はきっと、さぞ青ざめて、みっともない顔をしていただろう。僕の表情をどう読み取ったのか、閣下は苦笑を深めて口を開いた。
「安心しなさい。君をあの魔窟に連れ戻すつもりはないよ」
「え?」
後宮という名の悪鬼の巣。
閣下が帝となった今では、きっとかつてのように恐ろしく悍ましい場所ではなくなっているのだろうけれど。
「君はもうここで、新しい人生を歩んでいるのだからね」
「閣下、あの、そんなっ」
それならば、もう二度と会えないのかと、僕の目の前は真っ暗になる。幸せの絶頂から絶望の底に叩き落とされた気分で、今や皇帝と呼ばれる人を見上げた。
「閣下、僕は……」
あなたが望んでくれるのならば、どこにでもついていくのに。
そう伝えようとして、言葉が喉に絡まった。
「ぼく、は……」
本当は、この人の後宮に入りたいわけではないのだ。
あなたが他の人を愛する姿を見たいわけない。
でも、こんな幸せを知ってしまったのに、もう二度と会えないなんて耐えられない。
そんな僕の逡巡を柔らかく見守ってくれていた僕の閣下は、僕を宥めるように髪を撫でて囁いた。
「大丈夫、分かっている。君にとってあそこはとても恐ろしい場所の象徴だろうからね。君を私の後宮に入れる気はないよ。君の正体が露見したら、あまりにも危険すぎるから。でも……」
一瞬だけ躊躇った後、閣下は僕を抱きしめて、恥ずかしそうに眉を下げた。
「たまには君に会いにきてもよいかい?私の可愛い養い子」
「…………っ、もちろんです、私の閣下」
乞うように尋ねてきた閣下に僕は勢いよく頷く。
わざわざあなたが訪ねてきてくれるなんて、信じられないけれど。
あなたがそんな約束をくれるならば、その逢瀬がたとえ十年に一度でも、二十年に一度でも、僕はその日を待ち望んで日々幸福に暮らせるだろう。
「この世の誰よりも何よりも、あなたを永遠に愛しております」
涙声で祈るように愛を伝える僕を、滲む視界の向こうで閣下が笑った。
「あぁ、私も、いつも何よりも誰よりも、君を恋しく思うよ。私の可愛いラン」
抱き寄せられて、顎を持ち上げられる。
次々と涙の伝う頬を優しい掌が覆った。
塩辛い口づけは、どこまでも幸福の味がした。
なんで、そんなことを、あなたが知っているのですか。
「っえ、っと、……あ、の」
僕の心臓は大きく音を立てて跳ね上がり、あからさまに狼狽えた。
「妬けてしまうなぁ」
面白そうに笑う目の前の貴人に、僕は涙を目に浮かべながら、喘ぐように呟いた。
「意地が悪うございます、閣下」
「ふふふっ、そうかなぁ?」
きっと分かっているはずなのに、僕に言わせようとする意地の悪さに、僕は深々とため息をつく。目を伏せて唇を噛み、僕は言葉を絞りだした。
「僕が捧げたのは心だけではございません。……閣下、あなたは僕がこの世で最も敬愛するお方。僕が、僕の心と命と魂と、全てを捧げたお方です。どうか僕の心をお疑いになりませんように」
泣きそうな掠れ声の僕の懇願に、彼は嬉しそうに破顔した。
「それを聞いて安心したよ。君が私以外に何かを捧げているだなんて、許せないからね。嫉妬に狂って、賢帝の名を返上してしまいそうだから」
「……え?」
あまりにも予想外の言葉に、僕は固まってしまった。何を言われているのか分からなかった。困惑する僕を優しく見つめて、焦がれ続けた人は、穏やかに笑った。
「私も君を愛しているよ、ラン。私の可愛い愛し子」
「……か、っか」
田舎の日差しに焼けて、美しさすら損なわれたはずの僕を、閣下はまるで眩しい宝のように見つめた。
「私は鈍感だから、なにもかも気がつくのが遅くて、申し訳なかったよ。それに、かつて君にした『二度と君には関わらない』という誓いも破ってしまった」
「そんな!僕はもう一度お会いできて、本当に嬉しゅうございます!」
己を責めているかのような口調の閣下に、僕は慌てて否定する。そこだけは誤解してほしくなかった。
「僕はずっと……ずっと、お会いしとうございました」
「……そうかい。よかった」
涙声で絞り出す僕に、優しい瞳が細められる。
「ねぇ、ラン。君は惚れ薬を飲んでいなかったのだろう?」
「……はい」
「では、君は私を愛しているのだね?」
「……はい、閣下。この世の何にも代え難いあなたを、僕は心からお慕い申し上げております」
「…………ありがとう」
瞑目して、閣下は何か満たされたように穏やかな表情で、唇を綻ばせた。ふぅ、と小さく息を吐くと、再び僕を見つめて、自虐するように笑った。
「私は……皇帝、だからね。君に全てを捧げることはできないんだ」
そんな当たり前のことを、さも申し訳なさそうに呟いてから、閣下はじっと、真摯に僕を見つめてくれた。
「この体も命も、そして愛も、この国と民に捧げるべきものだから。けれどね、……私は、私の恋心の全てを君に捧げよう」
「……ぅ、え?」
瞠目したまま固まっている僕に笑いかけ、閣下は優しく僕の頬に手を当てた。
「ねぇ。私の恋は、生涯かけて君のものだよ、ラン」
まるで少年のように無邪気に、賢帝と名高い彼は、僕に囁く。まるで現実味がない。
そんなの、ありえない。
そんな奇跡のような幸運が、この世にあるはずがないのに。
「命を賭けてくれた君に対して、私にはこれ以外に君に渡せるものがなくて、申し訳ないけれどね」
「か、っか……」
自嘲するように苦笑する人に、僕は呆然と戸惑うことしか出来ない。
あまりに衝撃的な言葉を与えられて理解が追いつかず、けれどとんでもないことを言われているということだけは分かった。僕はきっと、さぞ青ざめて、みっともない顔をしていただろう。僕の表情をどう読み取ったのか、閣下は苦笑を深めて口を開いた。
「安心しなさい。君をあの魔窟に連れ戻すつもりはないよ」
「え?」
後宮という名の悪鬼の巣。
閣下が帝となった今では、きっとかつてのように恐ろしく悍ましい場所ではなくなっているのだろうけれど。
「君はもうここで、新しい人生を歩んでいるのだからね」
「閣下、あの、そんなっ」
それならば、もう二度と会えないのかと、僕の目の前は真っ暗になる。幸せの絶頂から絶望の底に叩き落とされた気分で、今や皇帝と呼ばれる人を見上げた。
「閣下、僕は……」
あなたが望んでくれるのならば、どこにでもついていくのに。
そう伝えようとして、言葉が喉に絡まった。
「ぼく、は……」
本当は、この人の後宮に入りたいわけではないのだ。
あなたが他の人を愛する姿を見たいわけない。
でも、こんな幸せを知ってしまったのに、もう二度と会えないなんて耐えられない。
そんな僕の逡巡を柔らかく見守ってくれていた僕の閣下は、僕を宥めるように髪を撫でて囁いた。
「大丈夫、分かっている。君にとってあそこはとても恐ろしい場所の象徴だろうからね。君を私の後宮に入れる気はないよ。君の正体が露見したら、あまりにも危険すぎるから。でも……」
一瞬だけ躊躇った後、閣下は僕を抱きしめて、恥ずかしそうに眉を下げた。
「たまには君に会いにきてもよいかい?私の可愛い養い子」
「…………っ、もちろんです、私の閣下」
乞うように尋ねてきた閣下に僕は勢いよく頷く。
わざわざあなたが訪ねてきてくれるなんて、信じられないけれど。
あなたがそんな約束をくれるならば、その逢瀬がたとえ十年に一度でも、二十年に一度でも、僕はその日を待ち望んで日々幸福に暮らせるだろう。
「この世の誰よりも何よりも、あなたを永遠に愛しております」
涙声で祈るように愛を伝える僕を、滲む視界の向こうで閣下が笑った。
「あぁ、私も、いつも何よりも誰よりも、君を恋しく思うよ。私の可愛いラン」
抱き寄せられて、顎を持ち上げられる。
次々と涙の伝う頬を優しい掌が覆った。
塩辛い口づけは、どこまでも幸福の味がした。
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