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41.王太子への報告
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翌日、いつものようにロズリーヌの健診を終えたセラは、いったん彼女のそばを離れ、再びシルヴァンの執務室を訪れた。扉の前にはテオドールが立っており、セラを見て余所行きの笑みを浮かべて丁寧に一礼してから、室内へ通してくれた。
(うん、ちゃんと公私の区別をつけてるな。感心感心)
今はお互い仕事中だ。にもかかわらず、彼がわずかでも浮き足立ったような挙動を見せていたら、脛を蹴ってやるところだった。セラも、取り澄ました態度のまま扉をくぐる。
室内にはシルヴァンのほか、補佐官や騎士がおり、わずかな間だけ、セラを放置して執務にあたっていた。やがてシルヴァンが彼らに退室を促し、扉が閉まって足音が遠ざかると、テオドールと視線を交わしてお互いに柔らかい笑顔を浮かべた。顔はちっとも似ていないが、柔和な雰囲気や笑い方はそっくりで、祖先が同じなのだと改めて思い知らされた。付き合いが長いと言っていたし、気心も知れているのだろう。
(この分だと、シルヴァン様にはぜんぶ報告済みか)
男二人の親密な雰囲気に居心地の悪さを覚えながらも、セラは余所行きの態度を崩さなかった。テオドールの婚約者としてではなく、あくまでも王太子妃付きの魔法使いとしてここにいるのだから。
「待たせてすまないね、さあこちらへ」
シルヴァンに応接室へ案内され、セラはテオドールと横並びに腰かけた。テオドールは満面の笑みを浮かべており、セラの隣にいられることがこの上なく嬉しいといった様子。ちょっと恥ずかしい。
「いやぁ、二人の気持ちが固まって、ほんとうによかったよ」
爽やかに笑うシルヴァンの頬には、小さいがよく目立つ傷ができていた。
(あれが例の傷か)
今朝、ロズリーヌが淡々とした調子で話してくれた。『夫には怒っておいたから』と。
数日前、シルヴァンの執務室から戻ったセラがどんよりと落ち込んでいるのを察したロズリーヌは、その晩に夫へ詰め寄ったそうだ。『セラにどんな説明をしたの』『なんで貴方が先に結婚の話を出すの』と責め立て、あげくに頬を叩いたのだという。その際、爪が頬をかすってしまったらしい。
夫婦喧嘩の火種になってしまったのは申し訳ないが、その話を聞いて、セラも少し留飲が下がった。それに加え、ロズリーヌへの忠誠心がますます高まった。
シルヴァンがその傷をセラの前にさらしているのは、反省の表れだろう。あの程度の傷であれば、宮廷魔法使いの誰かに命じればたちどころに癒してしまえるはずだが、自然治癒に任せているようだ。
「もう婚約発表しちゃう? すぐ結婚する?」
王太子は我が事のように浮かれながら、ホクホク顔で問うてきた。そうやって他人の気持ちを考えずに事を進めたがるところは非常によくない。またロズリーヌに怒られてしまえばいいのに。
「しかるべき手続きののち、しかるべきタイミングで結婚させていただきたく存じます」
冷めた声でそう答えると、シルヴァンはテオドールの方を見て肩をすくめた。テオドールも、セラの隣でなんらかの身振りをしていた。なんだこいつら。
セラは無礼を承知で咳払いし、視線を集めた。
「それでシルヴァン様、わたしたちの結婚うんぬんはいったん差し置いて、早急に行いたいことがございます」
男二人の浮かれ気分を吹き飛ばすように強い口調で言うと、シルヴァンの表情が引き締まる。
「……それは、ロズリーヌの無痛分娩に関することかな」
「はい」
頷いてから、セラは隣に座るテオドールに目を向け、無言で『最終確認』を行った。テオドールは柔らかく微笑んで、セラに続きを促す。
「一日でも早く、ロズリーヌ様が安心して妊娠できるようにしてさしあげたいのです」
おそらく王太子夫妻は膣外射精による避妊を行っている。避妊方法としては確実性に欠けるし、かといって若いふたりにいつまでも禁欲を課すのは酷だろう。
(最初からわたしに相談してくれれば、こっそり薬をお渡しするなりできたのだが……)
いや、そうなると、セラを計画に巻き込み、責任を負わせることになってしまう。王太子妃にこっそり避妊薬を投与していたなんてバレたら、大問題になる。そのあたりを配慮してくれたのだと思いたい。
「なにかいい策があるのかな?」
シルヴァンが首を傾げる。
「はい。王妃殿下に無痛分娩を正しくご理解いただくために、少し我が身を張りたいと考えております。うまくいく保証はありませんが、やる価値はあると考えます。取り急ぎ、王妃殿下との話し合いの機会を設けていただけないでしょうか」
シルヴァンに対し、セラは己の『決意』を淡々と語った。王妃に無痛分娩を認めさせる交渉材料として、自らの人生の一部を賭けたい、と。すべては、ロズリーヌの忠義に応えるため。一緒に人生を賭けさせることになってしまったテオドールには申し訳ないが、彼は快く了承してくれた。とても心強い。
セラの話を聞いたシルヴァンはたいそう驚いたようだったが、最終的には笑いながらこう言った。
「テオ、お前が好きになった女性は、僕の想像以上に強い女性だったね。ロズリーヌとも良い主従関係を築いていけるだろう」
その日の夕刻、セラはシルヴァンとふたりで王妃の執務室へ乗り込むこととなった。ロズリーヌも同行を望んだが、シルヴァンが強く首を横に振った。矢面に立つのは自分ひとりでいいという意思を崩さないのは立派だが、おそらく最前線で戦うのはセラになるだろう。
(うん、ちゃんと公私の区別をつけてるな。感心感心)
今はお互い仕事中だ。にもかかわらず、彼がわずかでも浮き足立ったような挙動を見せていたら、脛を蹴ってやるところだった。セラも、取り澄ました態度のまま扉をくぐる。
室内にはシルヴァンのほか、補佐官や騎士がおり、わずかな間だけ、セラを放置して執務にあたっていた。やがてシルヴァンが彼らに退室を促し、扉が閉まって足音が遠ざかると、テオドールと視線を交わしてお互いに柔らかい笑顔を浮かべた。顔はちっとも似ていないが、柔和な雰囲気や笑い方はそっくりで、祖先が同じなのだと改めて思い知らされた。付き合いが長いと言っていたし、気心も知れているのだろう。
(この分だと、シルヴァン様にはぜんぶ報告済みか)
男二人の親密な雰囲気に居心地の悪さを覚えながらも、セラは余所行きの態度を崩さなかった。テオドールの婚約者としてではなく、あくまでも王太子妃付きの魔法使いとしてここにいるのだから。
「待たせてすまないね、さあこちらへ」
シルヴァンに応接室へ案内され、セラはテオドールと横並びに腰かけた。テオドールは満面の笑みを浮かべており、セラの隣にいられることがこの上なく嬉しいといった様子。ちょっと恥ずかしい。
「いやぁ、二人の気持ちが固まって、ほんとうによかったよ」
爽やかに笑うシルヴァンの頬には、小さいがよく目立つ傷ができていた。
(あれが例の傷か)
今朝、ロズリーヌが淡々とした調子で話してくれた。『夫には怒っておいたから』と。
数日前、シルヴァンの執務室から戻ったセラがどんよりと落ち込んでいるのを察したロズリーヌは、その晩に夫へ詰め寄ったそうだ。『セラにどんな説明をしたの』『なんで貴方が先に結婚の話を出すの』と責め立て、あげくに頬を叩いたのだという。その際、爪が頬をかすってしまったらしい。
夫婦喧嘩の火種になってしまったのは申し訳ないが、その話を聞いて、セラも少し留飲が下がった。それに加え、ロズリーヌへの忠誠心がますます高まった。
シルヴァンがその傷をセラの前にさらしているのは、反省の表れだろう。あの程度の傷であれば、宮廷魔法使いの誰かに命じればたちどころに癒してしまえるはずだが、自然治癒に任せているようだ。
「もう婚約発表しちゃう? すぐ結婚する?」
王太子は我が事のように浮かれながら、ホクホク顔で問うてきた。そうやって他人の気持ちを考えずに事を進めたがるところは非常によくない。またロズリーヌに怒られてしまえばいいのに。
「しかるべき手続きののち、しかるべきタイミングで結婚させていただきたく存じます」
冷めた声でそう答えると、シルヴァンはテオドールの方を見て肩をすくめた。テオドールも、セラの隣でなんらかの身振りをしていた。なんだこいつら。
セラは無礼を承知で咳払いし、視線を集めた。
「それでシルヴァン様、わたしたちの結婚うんぬんはいったん差し置いて、早急に行いたいことがございます」
男二人の浮かれ気分を吹き飛ばすように強い口調で言うと、シルヴァンの表情が引き締まる。
「……それは、ロズリーヌの無痛分娩に関することかな」
「はい」
頷いてから、セラは隣に座るテオドールに目を向け、無言で『最終確認』を行った。テオドールは柔らかく微笑んで、セラに続きを促す。
「一日でも早く、ロズリーヌ様が安心して妊娠できるようにしてさしあげたいのです」
おそらく王太子夫妻は膣外射精による避妊を行っている。避妊方法としては確実性に欠けるし、かといって若いふたりにいつまでも禁欲を課すのは酷だろう。
(最初からわたしに相談してくれれば、こっそり薬をお渡しするなりできたのだが……)
いや、そうなると、セラを計画に巻き込み、責任を負わせることになってしまう。王太子妃にこっそり避妊薬を投与していたなんてバレたら、大問題になる。そのあたりを配慮してくれたのだと思いたい。
「なにかいい策があるのかな?」
シルヴァンが首を傾げる。
「はい。王妃殿下に無痛分娩を正しくご理解いただくために、少し我が身を張りたいと考えております。うまくいく保証はありませんが、やる価値はあると考えます。取り急ぎ、王妃殿下との話し合いの機会を設けていただけないでしょうか」
シルヴァンに対し、セラは己の『決意』を淡々と語った。王妃に無痛分娩を認めさせる交渉材料として、自らの人生の一部を賭けたい、と。すべては、ロズリーヌの忠義に応えるため。一緒に人生を賭けさせることになってしまったテオドールには申し訳ないが、彼は快く了承してくれた。とても心強い。
セラの話を聞いたシルヴァンはたいそう驚いたようだったが、最終的には笑いながらこう言った。
「テオ、お前が好きになった女性は、僕の想像以上に強い女性だったね。ロズリーヌとも良い主従関係を築いていけるだろう」
その日の夕刻、セラはシルヴァンとふたりで王妃の執務室へ乗り込むこととなった。ロズリーヌも同行を望んだが、シルヴァンが強く首を横に振った。矢面に立つのは自分ひとりでいいという意思を崩さないのは立派だが、おそらく最前線で戦うのはセラになるだろう。
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