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40.結婚しよ
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「『ブランゲーネ』については、母の書斎で知りました」
長い口づけのあと、テオドールがぽつぽつと語り始めた。
「母は、医療魔法の中でも特に魔法薬学に精通していて、『ブランゲーネ』の製薬免許を持っていました」
「はえ~、すっごい! 王国内では十人もいないはずだよ!」
セラは本心から感嘆した。がぜん、彼の母親に会ってみたくなる。もちろん、テオドールの恋人としてではなく、同じ女魔法使いとして。
「しかし性的な嫌がらせが多かったらしくて……父が職を辞めさせました」
「うわぁ……」
そのいやがらせがどんなものなのか、なんとなく想像できてしまい、セラは激しい嫌悪に顔をしかめた。せっかくの才能を潰される結果になり、実にもったいない。御母堂も、さぞ無念だったことだろう。
テオドールも、母を見舞った悲劇に思いを馳せているのか、痛ましそうに眉根を寄せている。……かと思えば、その視線がセラの方へ向いた。
「わたしだって本心では、貴女を宮廷なんかに置いておきたくない……。今なら、母を家庭へ縛り付けた父の気持ちが理解できる」
(縛り付けた????)
なんだか不穏な単語が聞こえたが、流すことにした。他人の家庭事情に嘴を突っ込むべきではない。
一方のテオドールは感情を昂らせ、セラの肩を強く掴む。
「他の宮廷魔法使いたちは、貴女になにをしましたか? 『魔女』と呼んで、蔑みの視線を向ける以外に、なにかされていませんか?」
鬼気迫る様相のテオドールに、セラはうっと口ごもる。なにもかもを彼に打ち明ければ、明日には城内で刃傷沙汰が起きかねない。
「べ、べつにそこまで大したことは……」
「ほんとうに?」
「ほ、ほんとほんと……」
尋問されているような息苦しさを味わいながら、セラは必死にかぶりを振った。ただちに死んでほしい奴は大勢いるが、テオドールを使って復讐しようとまでは思わない。
「なにもないのなら、構いませんが……」
テオドールは渋々といった様子でセラから視線を外し、少し俯いた。セラがほっと息を吐き出した直後、勢いよく顔を上げる。
「セラ殿、わたしと結婚してください」
「この状況で言う?!」
あまりに唐突な申し出に、セラは飛び上がらんばかりに驚いた。
「すみません……。求婚は貴女の誕生日にしようとか、全裸の状況ではやめておこうとか考えていたら、まさかのシルヴァン様に先を越されてしまいました」
「あー、あはは……」
苦笑を漏らすセラに構わず、テオドールは強い想いの乗った声で続ける。
「わたしの妻という肩書を得れば、今までよりずっと宮廷で働きやすくなるでしょう。正直、父やシルヴァン様の威光を借りるようで、少し情けなく思いますが……。それでも、貴女を守れるのなら、わたしのプライドなんてどうでもいい」
「テオ……」
結婚の件も、その利点も、先んじてシルヴァンから聞かされてしまっており、新鮮味はなかった。
だがセラは、テオドール自身の口から紡がれる、彼自身の心から出た言葉に、黙って耳を傾けることにした。彼から決して目を逸らさずに。
「セラ殿、今このときを逃したら取り返しがつかなくなりそうなので、何度でも言います。わたしは貴女を愛していて、貴女も同じ気持ちでいてくださる。王太子夫妻の後押しがあり、うちの両親も身分だの年齢だのは気にしない。だからどうか、わたしと結婚してください」
「…………」
セラはすでに、彼と結婚してもいいという意思を持っている。忠誠を誓うロズリーヌのために、政略的な結婚をする意志を。
だが、テオドールが望む結婚の形はそうではない。では、彼は結婚になにを求めているのか。セラは視線で青年に問い、彼は瞳に揺るぎない決意をたたえつつ答える。
「王太子夫妻の理想を実現するための結婚ではありません。わたしたち二人を強く結びつけるための結婚をしましょう。愛し愛され、共に幸福になるための結婚をしてください」
それでもセラが黙っていると、テオドールの表情がくしゃりと歪み、声に激情が混ざった。
「貴女のいない人生なんて考えられない。貴女を他の男に渡したくない。わたしを、貴女の最後の男にしてください……!」
「……わたしも、そう思ってる」
震える声で小さくそう言うと、テオドールが大きく目を見開いた。そして、彼もまた声を震わせる。
「せ、セラ殿……」
「昨日はさ、『愛のない結婚をして、他所で愛人を作って』とか言ったけど……もしホントにそんなことになったら、死ぬほどムカつく。貴方を他の女に渡したくなんてない」
(ダサいこと言ってるなぁ、わたし)
自らを情けなく思いながらも、本音の吐露は止まらなかった。
「ただでさえ、貴方が過去にどんな女になにを仕込まれたか考えるだけで、ムカついて仕方ないのに……もうこれ以上ムカつきたくないの!」
気持ちが昂り、語勢が強くなった。一方のテオドールは、感極まったように目を潤ませていた。そんな彼の美しい緑色の瞳を見ていたら、セラはますます昂った。
「だからっ、わたしと愛のある結婚をしたいっていうのなら、わたしのことも最後の女にする覚悟があるんでしょうね!」
恥ずかしいことを言っている自覚があった。だが、まごうことなき本音だった。そして、テオドールならば嗤わずに受け止めてくれる、そんな自信があった。でも、少し不安だった。もっとしおらしい女を演じて、かわいい台詞を言えばよかった。けれど、着飾った偽りの自分を見せたくなかった。
「もちろんですよ、セラ殿」
テオドールが破顔する。
「もうとっくに、覚悟どころか決意を固めています。貴女以外の女性を、わたしの人生の中に迎え入れる気は一切ありません」
決意表明というよりは、至極当然のことを改めて口にしただけ、というような物言いだった。ゆえに、あれこれ思い詰めていたセラの癇に障った。
「もし貴方が他の女を好きになったって、ぜったいに離婚してやらないんだから! メラン伯爵家の後ろ盾は手放さないからね!」
ムキになって叫ぶと、テオドールもくちびるを尖らせた。
「ぜったいに、ぜーったいに心変わりしません。でも、そういう気概で嫁いできていただいて構いませんよ。わたしだって、貴女が心変わりしても逃がしませんので」
その言葉を証明するように強く抱き寄せられ、ぎゅっと胸板に押し付けられた。細い体毛が肌をくすぐり、嗅ぎなれた体臭が鼻腔に届く。窮屈なのに、心地よくて離れがたい。
やがて、低くゆったりとした声が、セラの耳をくすぐった。
「改めてお聞きします。わたしと、結婚していただけますか」
彼の腕の中で、セラはそっと目を閉じ、小さく息を吐いてから、素直な想いを言葉に乗せた。
「うん、結婚しよ。よろしく」
もっと気の利いた台詞を言ってやれればよかったのだが、あれこれ考えるのが億劫だった。もう彼にはさんざん素の自分を見せたのだから、これでいいだろう。
「セラ殿……!」
テオドールの腕の力が強まり、息苦しさを覚えたセラは身じろぎして脱出。感動を通り越して興奮している青年から少し距離を取る。
「ちょっと落ち着いて」
「でも、セラ殿」
隙あらば再びセラを腕に捕らえようとする青年を警戒しながら、セラは心の内にある決意を告げた。
「ねぇ、テオドール。わたし、なにを言われても仕事は辞めないからね。貴方の妻であると同時に、ロズリーヌ様の忠実なる魔法使いとしても在りたいの」
すると、少しだけ彼の表情が凍り付いた。
「……ええ、それで構いません」
(ちょっとイヤそうだな……)
だからといって、なにもかも彼の言う通りにしてやる道理はない。セラからも要求を通す権利はあるだろう。
「だから、わたしと一緒にとある賭けをしてほしいの。わたしと一蓮托生でありつつ、いろいろな人の未来を変えるかもしれない、ちょっと大きな賭けに乗ってほしい」
彼の目をまっすぐ見て、改まった態度で言うと、テオドールも神妙な面差しになり、小さく首をかしげた。
「それは、王太子ご夫妻のための?」
「そう、これから二人で末永く仕える、お二人のための……」
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「母は、医療魔法の中でも特に魔法薬学に精通していて、『ブランゲーネ』の製薬免許を持っていました」
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セラは本心から感嘆した。がぜん、彼の母親に会ってみたくなる。もちろん、テオドールの恋人としてではなく、同じ女魔法使いとして。
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「うわぁ……」
そのいやがらせがどんなものなのか、なんとなく想像できてしまい、セラは激しい嫌悪に顔をしかめた。せっかくの才能を潰される結果になり、実にもったいない。御母堂も、さぞ無念だったことだろう。
テオドールも、母を見舞った悲劇に思いを馳せているのか、痛ましそうに眉根を寄せている。……かと思えば、その視線がセラの方へ向いた。
「わたしだって本心では、貴女を宮廷なんかに置いておきたくない……。今なら、母を家庭へ縛り付けた父の気持ちが理解できる」
(縛り付けた????)
なんだか不穏な単語が聞こえたが、流すことにした。他人の家庭事情に嘴を突っ込むべきではない。
一方のテオドールは感情を昂らせ、セラの肩を強く掴む。
「他の宮廷魔法使いたちは、貴女になにをしましたか? 『魔女』と呼んで、蔑みの視線を向ける以外に、なにかされていませんか?」
鬼気迫る様相のテオドールに、セラはうっと口ごもる。なにもかもを彼に打ち明ければ、明日には城内で刃傷沙汰が起きかねない。
「べ、べつにそこまで大したことは……」
「ほんとうに?」
「ほ、ほんとほんと……」
尋問されているような息苦しさを味わいながら、セラは必死にかぶりを振った。ただちに死んでほしい奴は大勢いるが、テオドールを使って復讐しようとまでは思わない。
「なにもないのなら、構いませんが……」
テオドールは渋々といった様子でセラから視線を外し、少し俯いた。セラがほっと息を吐き出した直後、勢いよく顔を上げる。
「セラ殿、わたしと結婚してください」
「この状況で言う?!」
あまりに唐突な申し出に、セラは飛び上がらんばかりに驚いた。
「すみません……。求婚は貴女の誕生日にしようとか、全裸の状況ではやめておこうとか考えていたら、まさかのシルヴァン様に先を越されてしまいました」
「あー、あはは……」
苦笑を漏らすセラに構わず、テオドールは強い想いの乗った声で続ける。
「わたしの妻という肩書を得れば、今までよりずっと宮廷で働きやすくなるでしょう。正直、父やシルヴァン様の威光を借りるようで、少し情けなく思いますが……。それでも、貴女を守れるのなら、わたしのプライドなんてどうでもいい」
「テオ……」
結婚の件も、その利点も、先んじてシルヴァンから聞かされてしまっており、新鮮味はなかった。
だがセラは、テオドール自身の口から紡がれる、彼自身の心から出た言葉に、黙って耳を傾けることにした。彼から決して目を逸らさずに。
「セラ殿、今このときを逃したら取り返しがつかなくなりそうなので、何度でも言います。わたしは貴女を愛していて、貴女も同じ気持ちでいてくださる。王太子夫妻の後押しがあり、うちの両親も身分だの年齢だのは気にしない。だからどうか、わたしと結婚してください」
「…………」
セラはすでに、彼と結婚してもいいという意思を持っている。忠誠を誓うロズリーヌのために、政略的な結婚をする意志を。
だが、テオドールが望む結婚の形はそうではない。では、彼は結婚になにを求めているのか。セラは視線で青年に問い、彼は瞳に揺るぎない決意をたたえつつ答える。
「王太子夫妻の理想を実現するための結婚ではありません。わたしたち二人を強く結びつけるための結婚をしましょう。愛し愛され、共に幸福になるための結婚をしてください」
それでもセラが黙っていると、テオドールの表情がくしゃりと歪み、声に激情が混ざった。
「貴女のいない人生なんて考えられない。貴女を他の男に渡したくない。わたしを、貴女の最後の男にしてください……!」
「……わたしも、そう思ってる」
震える声で小さくそう言うと、テオドールが大きく目を見開いた。そして、彼もまた声を震わせる。
「せ、セラ殿……」
「昨日はさ、『愛のない結婚をして、他所で愛人を作って』とか言ったけど……もしホントにそんなことになったら、死ぬほどムカつく。貴方を他の女に渡したくなんてない」
(ダサいこと言ってるなぁ、わたし)
自らを情けなく思いながらも、本音の吐露は止まらなかった。
「ただでさえ、貴方が過去にどんな女になにを仕込まれたか考えるだけで、ムカついて仕方ないのに……もうこれ以上ムカつきたくないの!」
気持ちが昂り、語勢が強くなった。一方のテオドールは、感極まったように目を潤ませていた。そんな彼の美しい緑色の瞳を見ていたら、セラはますます昂った。
「だからっ、わたしと愛のある結婚をしたいっていうのなら、わたしのことも最後の女にする覚悟があるんでしょうね!」
恥ずかしいことを言っている自覚があった。だが、まごうことなき本音だった。そして、テオドールならば嗤わずに受け止めてくれる、そんな自信があった。でも、少し不安だった。もっとしおらしい女を演じて、かわいい台詞を言えばよかった。けれど、着飾った偽りの自分を見せたくなかった。
「もちろんですよ、セラ殿」
テオドールが破顔する。
「もうとっくに、覚悟どころか決意を固めています。貴女以外の女性を、わたしの人生の中に迎え入れる気は一切ありません」
決意表明というよりは、至極当然のことを改めて口にしただけ、というような物言いだった。ゆえに、あれこれ思い詰めていたセラの癇に障った。
「もし貴方が他の女を好きになったって、ぜったいに離婚してやらないんだから! メラン伯爵家の後ろ盾は手放さないからね!」
ムキになって叫ぶと、テオドールもくちびるを尖らせた。
「ぜったいに、ぜーったいに心変わりしません。でも、そういう気概で嫁いできていただいて構いませんよ。わたしだって、貴女が心変わりしても逃がしませんので」
その言葉を証明するように強く抱き寄せられ、ぎゅっと胸板に押し付けられた。細い体毛が肌をくすぐり、嗅ぎなれた体臭が鼻腔に届く。窮屈なのに、心地よくて離れがたい。
やがて、低くゆったりとした声が、セラの耳をくすぐった。
「改めてお聞きします。わたしと、結婚していただけますか」
彼の腕の中で、セラはそっと目を閉じ、小さく息を吐いてから、素直な想いを言葉に乗せた。
「うん、結婚しよ。よろしく」
もっと気の利いた台詞を言ってやれればよかったのだが、あれこれ考えるのが億劫だった。もう彼にはさんざん素の自分を見せたのだから、これでいいだろう。
「セラ殿……!」
テオドールの腕の力が強まり、息苦しさを覚えたセラは身じろぎして脱出。感動を通り越して興奮している青年から少し距離を取る。
「ちょっと落ち着いて」
「でも、セラ殿」
隙あらば再びセラを腕に捕らえようとする青年を警戒しながら、セラは心の内にある決意を告げた。
「ねぇ、テオドール。わたし、なにを言われても仕事は辞めないからね。貴方の妻であると同時に、ロズリーヌ様の忠実なる魔法使いとしても在りたいの」
すると、少しだけ彼の表情が凍り付いた。
「……ええ、それで構いません」
(ちょっとイヤそうだな……)
だからといって、なにもかも彼の言う通りにしてやる道理はない。セラからも要求を通す権利はあるだろう。
「だから、わたしと一緒にとある賭けをしてほしいの。わたしと一蓮托生でありつつ、いろいろな人の未来を変えるかもしれない、ちょっと大きな賭けに乗ってほしい」
彼の目をまっすぐ見て、改まった態度で言うと、テオドールも神妙な面差しになり、小さく首をかしげた。
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