手に入らないモノと満たされる愛

小池 月

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残った傷

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残った傷
 「目を閉じていてね」
「はい」
ケガの手当てをするのは、自分では困難な場所もあるから、先輩にお願いすることになった。お尻の薬もあって、恥ずかしいし申し訳なくて、断ったけれど先輩は僕のシャワーまで一緒に入るようになった。あちこち痛くて体を洗うのも大変だったから、全部任せることにした。先輩は、医者を目指しているし恥ずかしがらなくてもいい、と言った。一緒に入るから、一階のお風呂を使っている。二階のシャワーブースに二人は狭い。お風呂で全裸になると、僕のあちこちの内出血や腫れがよくわかる。先輩も全裸になるから、筋肉質の大きな身体に少し恐怖を感じる。つい、先輩の陰茎も茂みも見てしまった。先輩は身体も大きいけれど、そこも太くて大きい。あの時、嘉人のコレが僕の中に埋まったんだな、先輩のを見つめながら考えた。
「そんなに見つめられたら恥ずかしいな」
上を見ると、赤い顔で困った顔の先輩。僕、凝視していた。急に恥ずかしくなって頬が熱くなる。
「すみません」
言いながら、表情を動かしたことで痛くなる頬を押さえた。
 先輩は柔らかい泡で全身を洗ってくれる。僕を椅子に座らせて、何もしなくていいよ、と全てしてくれる。お風呂の最中は目をつぶっていて、と言われて従っている。ふと目を開けてしまった時に、目線の近くにある先輩の陰茎が勃起しているのが見えた。慌てて目を閉じる。先輩とは濃厚なキスもしていたし、僕を好きって沢山言っていた。そういうこと、なのかな。性的な事を考えると、ドキドキする反面、お尻の痛みが恐怖を思い起こさせる。お尻は、洗うと傷に滲みる。目を閉じて「現実じゃない」と思っていないと心が潰れそうだった。
シャワーの後は、先輩の部屋で湿布を貼ってもらう。目を閉じている間に、お尻の薬も塗ってくれる。薬を塗り終わると、そのまま服を着せてくれる。
「終わったよ」
目を開けると、優しい笑顔の先輩。この笑顔を見ると、先輩になら甘えても大丈夫かと思える。
怪我が治るまでは、キスはしないでおこうね、と言われている。先輩は口のキスも、額へのキスも手や髪の毛へのキスも、全部してくれなくなった。お風呂で勃起はしても、僕とすることは嫌になったのだろう。きっと、僕が汚れたからだ。
青あざだらけの身体に、汚い顔。こんなの、誰でも嫌になる。家族にさえ捨てられる、僕の存在価値そのものだ。

  夜。前は、ナイトランプにして寝ていた。照明を落とすと、先輩の顔が分からなくなる。僕がケガをした初日の夜。暗い中で大きな先輩の影に、嘉人が重なり叫び声をあげてしまった。一階から先生夫婦も駆け付けて、大騒ぎになってしまった。すみません、と謝ったけれど、身体の震えがしばらく引かなかった。先輩と嘉人を間違えるなんて。それから夜は明かりをつけている。受験生の先輩が寝られないんじゃないかと不安になる。それでなくても僕のケアで負担をかけているのに。先輩は、僕と一緒にベッドで寝なくなった。徐々に先輩と距離が出来ていく。口に出せないけれど、寂しい。
先輩、僕の事嫌わないで。汚くて、ごめんなさい。

 十日経つと、顔の腫れが引き、青黒く色が残るくらいになった。耳の聞こえは悪いまま。身体の青タンはまだ引かないけれど、早く顔の青色が消えてほしい。毎日鏡を見るたび汚いと思いたくない。お尻の薬はもう終了した。肛門の痛みも消えた。
診察の時に、恐々、小掠先生に聞いてみた。
「嘉人は、どうなりましたか?」
「何も、変わっていないよ。お家から中学校に、通っているよ」
その一言に、涙がこぼれた。僕が居なくても、うちの家庭は何事もなく回っていく。父も母も、一度も顔を見にも来ない。優しい言葉も、くれない。そんなに、僕を嫌わないで。涙をこぼしながら、先生に頭を下げた。何か先生が言葉をくれた気がするけれど、何も頭に入ってこなかった。
廊下で先輩と合流し、優しい言葉をもらっていたように思うけれど、その日の事は心に残っていない。
気が付いたら、夜だった。ベッドに一人。起き上がり、布団に先輩がいることを確認する。そっとベッドから出て、先輩の綺麗な顔を撫でる。
「もう、僕の事は、汚くて嫌いですか?」
小さな声で問いかける。溢れる涙を袖で拭う。綺麗な、人だ。僕とは違う。眠る先輩を、そっと撫でて、廊下に出た。身体の痛みも良くなった。真っ暗な階段を降り、一階の玄関に向かう。裸足のまま外に向かう。優しい、理想の家族。豪華なお宅を見上げた。

 ここは、僕の家じゃない。

 分かっていたことだ。先輩のお宅の庭に座って、考える。嘉人、僕にしたことは無かったことにできるんだ。普通に中学校通っているんだ。また、帰ったら殴られるのかな。嫌だなぁ。目の前の豪邸を見上げて、先輩を思い浮べる。汚い僕を捨てられなくて困っているのかな。嫌だなぁ。
僕に、出来る事って何だろう? 先輩は、忙しい両親のために食事や家事が出来るようになっている。僕が、僕が出来る事。そうか。汚くて、どこからも不要な僕が居なくなれば恩返しが出来る。皆が捨てられなくて困っているなら、自分からゴミになればいい。嫌われるより、ずっといい。僕の両親も、嘉人も、先輩も、みんな喜ぶ。

 僕には、生きる価値も場所もなかったのか。

 庭に座っていると、夜は冷えて、身体が自然とガタガタ震える。ここで死んではいけない。誰にも、迷惑をかけずに、消えないと。
 先輩、素敵なお医者さんになってください。きっと先輩なら大丈夫です。先輩、大好きです。暗闇の中の豪華な家に向かって、小さく告白する。

 震える足で、立ち上がる。裸足で歩いた。怖い暗闇も、死ぬことを覚悟すると怖くなくなる。どこか、遠くで死なないといけないなぁ。未開発の山の中、とか。行きたいな。遠くて、無理か。工事現場のコンクリートの壁の中もいいな。学校七不思議とか言われたりして。涙だけは枯れずに流れる。拭くことはしない。僕の死を、僕くらい憐れんでもいい。頑張っても、全部空回りだった。

 お母さんに、「大好きよ」って言ってほしかった。いつも抱きしめられている嘉人が羨ましかった。お父さんに「ウチの自慢の息子だな」って僕も言われたかった。あの笑顔を一回でいいから僕に向けて欲しかった。「てめぇなか、死んじまえ!」嘉人の声がよみがえる。そうだね。その通りだったんだ。
人生は不平等だ。先輩の笑顔を想いながら、暗闇を一人で歩いた。
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