手に入らないモノと満たされる愛

小池 月

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小掠隆介

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小掠隆介
 「眠った?」
「うん。俺、今日学校行くんじゃなかった」
斗真の腫れあがった顔が、痛々しい。
「隆介、少しみんなで話そう。斗真君が起きたらわかるように、二階のダイニングでどう?」
部屋を覗きに来た姉。その後ろから、母が入ってきてそっと斗真を見る。何も言わず、目線で「家族会議をするわよ」と訴えている。静かに部屋を出る。すでに父が座っていた。それぞれ自分の飲み物を出すが、俺はとてもそんな気分じゃなかった。姉が俺の分もお茶を出してくれる。テーブルの前には、救急外来からの患者紹介状。ケガについての診断書は児童相談所に提出してある。

 あの時、十時を過ぎても外来に来ない斗真を心配して、家政婦に父が電話をした。九時には家を出ていると聞き、周囲で倒れていないかすぐに病院スタッフで確認した。斗真はどこにも見当たらなかった。俺を追って学校に行っていないか、保健室の姉のところに連絡が入った。姉から俺に斗真がいないことが伝えられた。斗真の教室にも確認にいったが、休みのまま。俺はそのまま早退して、斗真の家に向かった。斗真の家に着いたのが十一時半。チャイムを押しても反応がない。やっぱり帰ってはいないか、そう思った。ふと玄関ドアを触ると、鍵が開いている。
「こんにちは~」
室内に声をかけドアを開ける。斗真、来ていないか確認が取れれば良かった。玄関を見て、斗真がウチで履いていた靴を見つけた。見慣れたスニーカー。しかも、片足だけ。正面の階段途中に、片方が落ちている。ゾワリと不安が駆け抜けた。
「おじゃまします!」
声を上げて階段を駆け上がった。怒鳴るような声がする。二階の一室からガタガタ音がしている。迷わずその部屋に入った。
小さな白い身体を組み敷く男。
「斗真!」
叫びながら、その男を突き飛ばしていた。見えてしまった、斗真のお尻からズルリと抜け出るモノ。うつ伏せに、尻だけ上げる姿勢で、弟に犯されていた斗真。弟が離れると、支えをなくして倒れ込む。すぐに閉じない後口、血がドロリと垂れている。白い顔で意識を失っている斗真。顔半分は赤紫に腫れあがり、腹部や腕、足のいたるところに内出血と腫れ。腕が縛られて、口に布が詰め込まれている。なんで、なんでこんなことに。斗真を触る手が、震える。
「うっ」
斗真の拘束を外そうとすると、弟が俺の背中を蹴りつけてきた。かなり強い力だ。こんな力で斗真を殴ったのか。沸々と怒りが沸き上がる。
「お前、斗真に何してんだ!? お前の兄だろうが!」
立ち上がると、俺より少し低い身長。体格も俺の方が大きい。急に構えるように距離をとる弟。
「なんだ、てめぇ! 人んちに勝手に入るな!」
怖気づいたように後ずさりながら、怒鳴ってくる。小心者が! 早く斗真の拘束を解いて、状態を確認したい。父に連絡したい。邪魔するなら、この弟を本気でぶっ潰そうと睨みつける。
「ふ、ふざけんな! 不法侵入だ!」
叫びながら、ドアから逃げていく弟。あんな奴どうでもいい。だけど、刃物でも持ってこられたら厄介だ。勉強机の椅子を移動して、内開きのドアをふさぐ。すぐにベッドの斗真の拘束を解く。携帯の通話をスピーカーにして父に電話する。状態を、見たことを話すうちに泣けてきた。すぐに救急車を呼びたいが、騒ぎになって斗真が嫌な噂を流されても困る。急遽、父が外来を母に任せ、車で駆け付けた。総合病院の救急に連絡を取り、すぐに受診に向かった。俺が見たことを、救急医にも伝える。

 病院から斗真の両親への連絡、児童相談所への連絡。そこからは、大人の動きを邪魔しないように斗真の傍に寄り添った。斗真は気道浮腫が起きていて、蕁麻疹もあり、アレルギー源に触れていないか確認をされた。猫には触れさせていない。ここ一週間、父の診察の血液結果でもアレルギー反応は出ていなかった。ふと、口に布が詰められていたことを思い出した。医師が確認すると、口の中に猫の毛があった。念のためチューブで胃洗浄をして飲み込んだ毛を出す。すぐに抗アレルギー薬が投与された。完全な気道閉塞をしなくて良かった。死んでいたかもしれないと聞き、怒りが渦巻いた。隣で父も険しい顔。
「斗真君が喘息、良くならないわけだよ。家族が意図的にアレルギー物質に接触させていたかもしれない」
病院に駆け付けた斗真の母親と児童相談所職員、父、救急担当医で簡単に話し合いが設けられた。斗真の母の希望で、警察には通報しないこととなった。斗真の母は、ひたすら弟の将来のことを心配し、斗真のことなど無関心だったらしい。これは暴行であるため、同家庭内に斗真を戻せないことが説明され、児童相談所が保護することとなった。斗真は施設でもどこでもいいから嘉人だけは守りたい、と言う母親の態度が、斗真の保護を決定づけた。いち早くハイリスク家庭の報告をして、今回斗真を預かっていたことから保護先に小掠小児科医院も加えられた。そして、斗真は俺の事を選んでくれた。

 今日の出来事を回想していた。
「こんなことって、あるのかしら……。斗真君、乗り越える事、出来るのかしら」
姉が震えて声を出す。
「まず、ゆっくり休んでもらえばいい。幼少期から危うい家庭だと思っていながら、暴行が起きるまで何もできなかったのは、私たちも含めて周囲の力不足だったろう。中途半端に手出ししたら斗真君を傷つける。お父さんとお母さんは、斗真君を養子に迎える覚悟をもって保護を名乗り出ている。お前たちにも、そこを理解してもらいたい」
父が話すことに母が同意の頷きをして、俺と姉を見る。
「いいわよ。私は賛成。もし斗真君が小学生なら家庭の修復を優先したいけれど、もう高校生なのよね。弟からの性的な暴行もうけて、家族の中に戻すことなんて難しいわ。隆介はデカくて小生意気だけど、斗真君なら可愛い弟だわ。甘やかしたいな」
患者紹介状を見て、悲しい表情をしながら姉が言う。
「俺も賛成。あの弟、俺の背中も蹴ったよ。あいつ、加減しないで斗真にも暴力ふるってた。そんな弟のほうを守ろうとする家族だ。心を入れ替えて斗真を大切に、なんて絶対しない」
「おい、お前もやられたのか? やりかえしたか?」
「やり返してないよ。ちょっと威嚇したら逃げやがった。本当は殴ってやりたかったよ」
あの時の、斗真の尻からズルリと抜け出る光景を思い出し、怒りが戻ってくる。
「背中見せて」
母にシャツをめくられる。
「あ~、内出血できているわね。コレ、写真とっておいて。あなた、診察診断ウチじゃないほうがいいかしらね」
斗真弟の暴力の証拠として、残しておくために明日、整形外科に受診することになった。
「斗真君、しばらくは休養だね。場合によっては今後養子に迎える。彼の事は、私たち全員で支えてあげよう。全員一致でいいかな?」
皆がコクリと頷いた。
翌日の午前に俺は整形外科に受診して、打撲全治五日の診断書をもらった。 
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