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Ⅳ 嫌われ作戦は成功? 失敗?
③
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「ここに来たかった! まさかリンと来れるとは、嬉しい!」
『乾杯』の合図で殿下とワイングラスを傾けた場所。それは洋風露店酒場。
ワイン樽のテーブルとワイン箱の椅子。天井に簡単な幌を張っただけの青空居酒屋。先ほどの高級ショップ街を抜けた先にある市民街の一角。ガヤガヤと大賑わいの居酒屋横丁。
「おや、イケメン兄ちゃん。初めての顔だね」
「楽しんで飲めよ~」
初めて会う人たちの元気な声。
「とりあえず肉と野菜は頼んだ。他に欲しいものは適当に注文しよう。すでにこの雰囲気でワクワクだ」
ワインを飲んで上機嫌なカロール殿下。
飲めないとは言えずにリンもワインをコクリと飲む。
「わ、美味しい」
赤ワインは芳醇なブドウの香りがした。ちょっとした苦みと、胃がカッとする感覚。
「リン、無理しなくていいからね。飲めないならブドウの果実水がある」
「大丈夫そうです。これ、美味しいです」
もう一口飲んでリンは微笑む。
「そっか。飲みすぎるなよ。ほら、野菜も肉も食べて」
空きワイン樽のテーブルに並ぶローストビーフにキッシュ、生ハムサラダ。
リンの頭に『王子に嫌われる作戦』がよぎる。今なら下品な食べ方で幻滅してもらう作戦が出来る。アルコールのせいでフワリとする頭で作戦成功を想像すれば、自然と頬が緩む。
「いただきまぁす」
リンはローストビーフを手で掴んで口に放り込む。モグモグと咀嚼して指についたタレをぺろりと舐めとる。どうだ、とばかりにカロール殿下を見る。『下品でがっかりした!』と言ってくれるかもしれない。そんな期待でリンの心がワクワクする。
「じゃ、俺も今日は自由に食べるぞ」
嬉しそうにカロール殿下がリンを真似てローストビーフを手掴みで食べる。
「旨いな! これは最高だ!」
自分の指を舐めとる殿下。楽しそうにリンに笑いかける。
リンはやけくそになり、サラダの生ハムだけを手で掴み口に運ぶ。ドレッシングのついた指を舐めようとして、カロール殿下に手を掴まれる。驚いてリンがカロール殿下を見つめると、リンの指をぺろりと舐められる。
「これも、旨いね。最高」
頬を染めてリンを見る殿下。指を舐められる刺激に顔が熱くなる。ゾクリと背筋に快感が走る。舌の感覚がリアルに指に残る。リンの心がドキドキして変な汗が出る。そんな自分の心に混乱してリンはワインをグイっと飲み干す。
「え? ちょっとリン? アルコール大丈夫?」
カロール殿下の声がぼやけて聞こえる。熱くなる胃。いや、リンの全身が熱い。
(どうしていつも上手くいかないのだろう。どうしてカロール殿下にドキドキするのだろう)
色々な感情が整理できずにリンの心からあふれてくる。目の前がグルグル回っている。
「僕は、早く伯爵領に帰りたいのに、どうして、うまく行かないんだよ。なんで僕の事を放り出してくれないんだよ! どうして僕はオメガで生まれたんだよ。アルファなんて暴力の塊だ。どうしてアルファ王子の相手が僕なんだよ……。もう、全てが嫌だ。セレスに、会いたい」
あふれ出る心を言葉にしてリンは泣いた。寂しくて辛い、と泣いた。
「分かっている。辛い思いをさせてゴメン」
優しく何度も謝る声と、リンを抱き締める逞しい身体がリンの頭に残った。
頭が痛くてリンは眠りから覚醒する。ベッドの中でモゾモゾと動く。
「おはようございます。お目覚めですか?」
「おはよう。頭が、ガンガンする。マリー、お水ちょうだい」
布団をかぶったまま、リンは「う~~」と唸った。
「私はハカルです。伯爵家の侍女とお間違えですか?」
リンはハッと目を覚ます。ガバっと起きてみて頭の痛みに顔をしかめる。
「リン様、二日酔いです。昨日はカロール殿下とお酒を楽しまれたようですね。本日はゆっくり休むようにと殿下から言伝です」
サイドテーブルに水差しとコップを用意してくれるハカル。
「レモン水です。二日酔いに効きますよ。殿下と仲良くされるのは大変よろしい事です」
脱走したことを咎められるかと思っていたリンは、優しいハカルに驚く。
「怒らないの、ですか?」
「殿下が満足していらっしゃいました。それならば大変結構な事です。部屋に薬草粥をお持ちしましょう」
ハカルが部屋を出てからリンは水分をとった。それほど飲んだつもりはないが、アルコールは苦手だと分かった。
これほど頭が痛いなら、もう飲みたくはない。昨日はどうやって帰ったのだろう。帰り道に馬に乗った記憶はない。いや、飲んでいる途中から記憶が曖昧だ。自分の服装を見る。ちゃんと寝着を着ている。着替えた記憶はリンに無かった。
左手首にはキラリと光るブレスレット。光に当てると輝きが素晴らしい。首の保護帯は鏡越しに見るだけだけど、ブレスレットは手を動かすたびにリンの目に入る。
「綺麗」
昨日の殿下の嬉しそうな顔を思い出しリンの頬が緩む。昨日のはしゃいでいた殿下を思い出し笑いが込み上げてきた。
「おかしな人だ」
ブレスレットを眺めながらベッドに寝転がる。王子殿下は魅力的だ。リンだってドキドキする。きっと周囲の誰もが心を惹きつけられるアルファ王子だ。リンでなくても素敵な相手が山ほどいるはずだ。
「なんで、僕なのかな?」
答えの得られない疑問を呟きリンは天井を見た。相変わらずズキズキ痛む頭にだるい身体。今日は一日寝てやる、とリンは布団に潜り込んだ。
日中に寝すぎて夜に目が冴えている。タイミングよくベランダに大フクロウが来てくれた。リンは大喜びで夜のお茶会とした。
「フクロウ君、昨日は会えなかったね。今日も来てくれてありがとう」
温かいポットから紅茶をカップに注ぎ一口飲む。
いつの間にかベランダの椅子にはホットクッションが完備されていた。テーブルセットの床にはホットカーペット。知らないうちにベランダが快適空間に変わりつつある。ハカルかな、とリンは考える。王家に絶対服従の姿勢を見せているが優しいところもあるよな、と思う。
「ね、フクロウ君。聞いてくれる? 僕さ、なんと人生で初のアルコールを飲んじゃったよ。そして今日は二日酔い。情けないよね」
はぁ、とリンが溜息をつくとフクロウは欄干に止まったまま左右に首を動かす。愛らしい動きにリンは微笑む。
「作戦、ことごとく失敗だ。本当に情けないよ。うまく行かない。はぁ」
キャラメルナッツを口に入れる。
「あ、これ美味しい。フクロウ君もひとついかが? って食べられるワケないか。残念」
コリコリとナッツを頬張り紅茶で流し込む。
「昨日は殿下と街に行ったんだ。高級なショップに入って、キラキラを買ってもらってさ。これ、素敵なんだ。手を動かすと目に入ってさ」
リンがブレスレットを目の前にかざす。部屋からの灯りに煌くダイヤとエメラルド。
「エメラルドがカロール殿下の緑の瞳だって。殿下の瞳は、もっと輝くのにね。こんな宝石じゃ、あの美しい瞳は例えられないよね」
カタっと隣のベランダで音がする。これくらいの音ではもうリンは驚かない。温かい紅茶を飲み、セレスの書いてくれた紙を広げる。
「あとは、どの作戦を実行したらいいのかなぁ。やんちゃぶりを発揮する、とか社交ダンスで足を踏みつける、とか。あぁ、どれも成功する確率が低い。もう、こうなったら奥の手を出すしかないかも。これは最終手段だけど、ビッチなフリをする、とか。寝相がクソ悪くて一緒に夜を過ごせない、なんて作戦がある。フクロウ君はどう思う?」
ガタガタ、とまたしても隣ベランダで物音がした。さすがにリンは警戒した。
「フウロウ君、お友達? そうじゃないなら今日はもうお開き、かな?」
隣に意識を向けるが暗闇と沈黙のまま。フクロウを見れば隣のベランダは全く気にしていない。野鳥が逃げないのなら大丈夫だろうけれど。
「うん。夜は冷えるし、今日はここまでにしよう。フクロウ君、ありがとう。君がいると僕は頑張ろうって思える。ぜひまた遊びに来てほしい」
ホットカーペットとホットクッションの温源を切る。ポットと茶菓子を室内に運ぶ。片付けの間、フクロウは見守ってくれる。それが嬉しくてリンは窓鍵を閉めた後フクロウが飛び去るのを見守る。
(おやすみ)
闇夜に美しい飛行姿を見送った。
次の日。思いっきり廊下を走って階段手すりを滑り台にしてやろうと意気込んだリンは見事に転んだ。侍女たちは悲鳴を上げて大騒ぎになった。伯爵邸と質が違う絨毯で足を取られた。恥ずかしさで居たたまれなかったが、きっとカロール殿下を驚かせたはず。上品ぶって無様に転ぶリンなど嫌になるに決まっている。今度こそ作戦成功だ、とリンは歓喜に震えたが、その喜びは一瞬で消え去った。
「リン、抱き上げる! しっかりつかまって。すぐに医者を! 近くの空き部屋に入る。準備を!」
周囲の侍女に指示を出して、リンをお姫様抱っこしたまま城内を歩く殿下。
「お、下ろしてください」
恥ずかしすぎてリンが殿下に声を掛けた。
「大丈夫だよ。俺の大切なリンが怪我でもしていたら大変だ」
「どこも、どこも痛くありませんから」
厚手の絨毯に転んで痛くはない。本当だ。
「いいから。リンを抱き上げて城内を堂々と歩く口実ができて嬉しい。ほら、皆が俺たちを見ている。きっと俺たちが相愛な仲だって噂になるぞ。幸せ自慢みたいな良い気分だ。もっとこの姿を見せびらかしたい!」
嬉しそうに微笑む殿下。
リンの頭の中には『またしても失敗……』というテロップが悲しく流れていた。
抱き上げたリンの匂いを嗅ぐカロール殿下の仕草。近づく殿下の綺麗な顔にリンの心臓がドキリとする。早くリンを嫌ってもらわないと心臓のドキドキに負けそうになる。そう考えてリンは首をかしげる。リンは負けそう、なのだろうか。自分の気持ちがよく分からない。
リンの心はどうしたのだろう。セレスだけがリンの支えのはず。でもセレスには感じたことがない感情が、カロール殿下といるとあふれてくる。それに流されそうな自分が怖い。この感覚はリンがオメガだからだろうか。それとも殿下がアルファだからだろうか。とにかく早く殿下から離れた方が良い。早く伯爵領に戻らなくては駄目だ。そんな焦りがリンの心に芽生えた。
『乾杯』の合図で殿下とワイングラスを傾けた場所。それは洋風露店酒場。
ワイン樽のテーブルとワイン箱の椅子。天井に簡単な幌を張っただけの青空居酒屋。先ほどの高級ショップ街を抜けた先にある市民街の一角。ガヤガヤと大賑わいの居酒屋横丁。
「おや、イケメン兄ちゃん。初めての顔だね」
「楽しんで飲めよ~」
初めて会う人たちの元気な声。
「とりあえず肉と野菜は頼んだ。他に欲しいものは適当に注文しよう。すでにこの雰囲気でワクワクだ」
ワインを飲んで上機嫌なカロール殿下。
飲めないとは言えずにリンもワインをコクリと飲む。
「わ、美味しい」
赤ワインは芳醇なブドウの香りがした。ちょっとした苦みと、胃がカッとする感覚。
「リン、無理しなくていいからね。飲めないならブドウの果実水がある」
「大丈夫そうです。これ、美味しいです」
もう一口飲んでリンは微笑む。
「そっか。飲みすぎるなよ。ほら、野菜も肉も食べて」
空きワイン樽のテーブルに並ぶローストビーフにキッシュ、生ハムサラダ。
リンの頭に『王子に嫌われる作戦』がよぎる。今なら下品な食べ方で幻滅してもらう作戦が出来る。アルコールのせいでフワリとする頭で作戦成功を想像すれば、自然と頬が緩む。
「いただきまぁす」
リンはローストビーフを手で掴んで口に放り込む。モグモグと咀嚼して指についたタレをぺろりと舐めとる。どうだ、とばかりにカロール殿下を見る。『下品でがっかりした!』と言ってくれるかもしれない。そんな期待でリンの心がワクワクする。
「じゃ、俺も今日は自由に食べるぞ」
嬉しそうにカロール殿下がリンを真似てローストビーフを手掴みで食べる。
「旨いな! これは最高だ!」
自分の指を舐めとる殿下。楽しそうにリンに笑いかける。
リンはやけくそになり、サラダの生ハムだけを手で掴み口に運ぶ。ドレッシングのついた指を舐めようとして、カロール殿下に手を掴まれる。驚いてリンがカロール殿下を見つめると、リンの指をぺろりと舐められる。
「これも、旨いね。最高」
頬を染めてリンを見る殿下。指を舐められる刺激に顔が熱くなる。ゾクリと背筋に快感が走る。舌の感覚がリアルに指に残る。リンの心がドキドキして変な汗が出る。そんな自分の心に混乱してリンはワインをグイっと飲み干す。
「え? ちょっとリン? アルコール大丈夫?」
カロール殿下の声がぼやけて聞こえる。熱くなる胃。いや、リンの全身が熱い。
(どうしていつも上手くいかないのだろう。どうしてカロール殿下にドキドキするのだろう)
色々な感情が整理できずにリンの心からあふれてくる。目の前がグルグル回っている。
「僕は、早く伯爵領に帰りたいのに、どうして、うまく行かないんだよ。なんで僕の事を放り出してくれないんだよ! どうして僕はオメガで生まれたんだよ。アルファなんて暴力の塊だ。どうしてアルファ王子の相手が僕なんだよ……。もう、全てが嫌だ。セレスに、会いたい」
あふれ出る心を言葉にしてリンは泣いた。寂しくて辛い、と泣いた。
「分かっている。辛い思いをさせてゴメン」
優しく何度も謝る声と、リンを抱き締める逞しい身体がリンの頭に残った。
頭が痛くてリンは眠りから覚醒する。ベッドの中でモゾモゾと動く。
「おはようございます。お目覚めですか?」
「おはよう。頭が、ガンガンする。マリー、お水ちょうだい」
布団をかぶったまま、リンは「う~~」と唸った。
「私はハカルです。伯爵家の侍女とお間違えですか?」
リンはハッと目を覚ます。ガバっと起きてみて頭の痛みに顔をしかめる。
「リン様、二日酔いです。昨日はカロール殿下とお酒を楽しまれたようですね。本日はゆっくり休むようにと殿下から言伝です」
サイドテーブルに水差しとコップを用意してくれるハカル。
「レモン水です。二日酔いに効きますよ。殿下と仲良くされるのは大変よろしい事です」
脱走したことを咎められるかと思っていたリンは、優しいハカルに驚く。
「怒らないの、ですか?」
「殿下が満足していらっしゃいました。それならば大変結構な事です。部屋に薬草粥をお持ちしましょう」
ハカルが部屋を出てからリンは水分をとった。それほど飲んだつもりはないが、アルコールは苦手だと分かった。
これほど頭が痛いなら、もう飲みたくはない。昨日はどうやって帰ったのだろう。帰り道に馬に乗った記憶はない。いや、飲んでいる途中から記憶が曖昧だ。自分の服装を見る。ちゃんと寝着を着ている。着替えた記憶はリンに無かった。
左手首にはキラリと光るブレスレット。光に当てると輝きが素晴らしい。首の保護帯は鏡越しに見るだけだけど、ブレスレットは手を動かすたびにリンの目に入る。
「綺麗」
昨日の殿下の嬉しそうな顔を思い出しリンの頬が緩む。昨日のはしゃいでいた殿下を思い出し笑いが込み上げてきた。
「おかしな人だ」
ブレスレットを眺めながらベッドに寝転がる。王子殿下は魅力的だ。リンだってドキドキする。きっと周囲の誰もが心を惹きつけられるアルファ王子だ。リンでなくても素敵な相手が山ほどいるはずだ。
「なんで、僕なのかな?」
答えの得られない疑問を呟きリンは天井を見た。相変わらずズキズキ痛む頭にだるい身体。今日は一日寝てやる、とリンは布団に潜り込んだ。
日中に寝すぎて夜に目が冴えている。タイミングよくベランダに大フクロウが来てくれた。リンは大喜びで夜のお茶会とした。
「フクロウ君、昨日は会えなかったね。今日も来てくれてありがとう」
温かいポットから紅茶をカップに注ぎ一口飲む。
いつの間にかベランダの椅子にはホットクッションが完備されていた。テーブルセットの床にはホットカーペット。知らないうちにベランダが快適空間に変わりつつある。ハカルかな、とリンは考える。王家に絶対服従の姿勢を見せているが優しいところもあるよな、と思う。
「ね、フクロウ君。聞いてくれる? 僕さ、なんと人生で初のアルコールを飲んじゃったよ。そして今日は二日酔い。情けないよね」
はぁ、とリンが溜息をつくとフクロウは欄干に止まったまま左右に首を動かす。愛らしい動きにリンは微笑む。
「作戦、ことごとく失敗だ。本当に情けないよ。うまく行かない。はぁ」
キャラメルナッツを口に入れる。
「あ、これ美味しい。フクロウ君もひとついかが? って食べられるワケないか。残念」
コリコリとナッツを頬張り紅茶で流し込む。
「昨日は殿下と街に行ったんだ。高級なショップに入って、キラキラを買ってもらってさ。これ、素敵なんだ。手を動かすと目に入ってさ」
リンがブレスレットを目の前にかざす。部屋からの灯りに煌くダイヤとエメラルド。
「エメラルドがカロール殿下の緑の瞳だって。殿下の瞳は、もっと輝くのにね。こんな宝石じゃ、あの美しい瞳は例えられないよね」
カタっと隣のベランダで音がする。これくらいの音ではもうリンは驚かない。温かい紅茶を飲み、セレスの書いてくれた紙を広げる。
「あとは、どの作戦を実行したらいいのかなぁ。やんちゃぶりを発揮する、とか社交ダンスで足を踏みつける、とか。あぁ、どれも成功する確率が低い。もう、こうなったら奥の手を出すしかないかも。これは最終手段だけど、ビッチなフリをする、とか。寝相がクソ悪くて一緒に夜を過ごせない、なんて作戦がある。フクロウ君はどう思う?」
ガタガタ、とまたしても隣ベランダで物音がした。さすがにリンは警戒した。
「フウロウ君、お友達? そうじゃないなら今日はもうお開き、かな?」
隣に意識を向けるが暗闇と沈黙のまま。フクロウを見れば隣のベランダは全く気にしていない。野鳥が逃げないのなら大丈夫だろうけれど。
「うん。夜は冷えるし、今日はここまでにしよう。フクロウ君、ありがとう。君がいると僕は頑張ろうって思える。ぜひまた遊びに来てほしい」
ホットカーペットとホットクッションの温源を切る。ポットと茶菓子を室内に運ぶ。片付けの間、フクロウは見守ってくれる。それが嬉しくてリンは窓鍵を閉めた後フクロウが飛び去るのを見守る。
(おやすみ)
闇夜に美しい飛行姿を見送った。
次の日。思いっきり廊下を走って階段手すりを滑り台にしてやろうと意気込んだリンは見事に転んだ。侍女たちは悲鳴を上げて大騒ぎになった。伯爵邸と質が違う絨毯で足を取られた。恥ずかしさで居たたまれなかったが、きっとカロール殿下を驚かせたはず。上品ぶって無様に転ぶリンなど嫌になるに決まっている。今度こそ作戦成功だ、とリンは歓喜に震えたが、その喜びは一瞬で消え去った。
「リン、抱き上げる! しっかりつかまって。すぐに医者を! 近くの空き部屋に入る。準備を!」
周囲の侍女に指示を出して、リンをお姫様抱っこしたまま城内を歩く殿下。
「お、下ろしてください」
恥ずかしすぎてリンが殿下に声を掛けた。
「大丈夫だよ。俺の大切なリンが怪我でもしていたら大変だ」
「どこも、どこも痛くありませんから」
厚手の絨毯に転んで痛くはない。本当だ。
「いいから。リンを抱き上げて城内を堂々と歩く口実ができて嬉しい。ほら、皆が俺たちを見ている。きっと俺たちが相愛な仲だって噂になるぞ。幸せ自慢みたいな良い気分だ。もっとこの姿を見せびらかしたい!」
嬉しそうに微笑む殿下。
リンの頭の中には『またしても失敗……』というテロップが悲しく流れていた。
抱き上げたリンの匂いを嗅ぐカロール殿下の仕草。近づく殿下の綺麗な顔にリンの心臓がドキリとする。早くリンを嫌ってもらわないと心臓のドキドキに負けそうになる。そう考えてリンは首をかしげる。リンは負けそう、なのだろうか。自分の気持ちがよく分からない。
リンの心はどうしたのだろう。セレスだけがリンの支えのはず。でもセレスには感じたことがない感情が、カロール殿下といるとあふれてくる。それに流されそうな自分が怖い。この感覚はリンがオメガだからだろうか。それとも殿下がアルファだからだろうか。とにかく早く殿下から離れた方が良い。早く伯爵領に戻らなくては駄目だ。そんな焦りがリンの心に芽生えた。
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