アルファ王子に嫌われるための十の方法

小池 月

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Ⅳ 嫌われ作戦は成功? 失敗?

「しっかり寄りかかってね。一応身体をベルトで固定してもいい?」
「はい。構いません」
カロール殿下の馬は大きなサラブレッドだった。

殿下に支えられて鞍の後ろ側にリンが乗る。続いてリンの前に殿下が乗馬した。馬の手綱を操作するから殿下が前の方が良いらしい。後ろのリンが殿下に密着して落とされないようにしなくてはいけない。

「本当は俺の前に抱き込みたいところだけれど、街まで距離があるし、何かあったときに馬の操作を誤ると大変だからリンは後ろ。速くは走らない。ゆっくり行くから絶対に俺から身体を離さないでよ」

馬の上で二人の身体を固定しながら殿下が話す。
「はい。大丈夫です」

カロール殿下の大きな背中に抱き着くと温かくて良い匂いに包まれる。いくら抑制剤を倍量内服しても、この密着では匂いが分かる。カロール殿下の胴回りはリンの腕が回りきらないほど逞しい。殿下の服を握りしめる。殿下の呼吸まで分かる姿勢にリンの心臓がドキドキと鳴りだす。

「本当に二人なのですね。護衛も侍従も付けないのですか?」
「もちろん。リンの望みだからね。大丈夫だよ。俺はアルファだから自分のオメガは自分で守る」

「いや、僕などはどうでもいいのですが、殿下のお立場上、大丈夫でしょうか?」
「そんなのは大丈夫さ。いいか、リン。何かグチグチ言われたら『分かった。以後、気を付ける』としんみり顔で言えばいいのさ」

ははは、と笑う殿下の振動が身体に伝わってくる。王族とは権力を振りかざす存在だとリンは思っていた。でもカロール殿下は少し違うのかも、と思う。殿下の背中に抱きつき、心地よい馬の振動に揺られながら考える。良い人だと思ったのにリンの事を襲って、怖い人かと思えば優しい顔を見せる。リンにはカロール殿下という人が良く分からなかった。

 城の裏門から馬で脱出した殿下とリンは城の外周に沿って馬で散歩し、賑やかな城下町に出た。馬預かり場で馬を降りる。
「ここから街を歩くよ。城下町の賑わいを肌で感じて欲しい。きっと楽しいよ」
「はい」
自然と寄り添いリンの腰に手を回して歩く殿下。さりげなく歩くのを支えてくれている。

「このあたりは高級店舗が並ぶよ。上流階級に人気のお店だ。時計に化粧品や宝石店舗が多いかな」
リンに説明をしながらゆっくりとした歩みの殿下。きらびやかな大きなショップが並ぶ街並みをキョロキョロとリンは眺めた。

「どこか入ってみる?」
聞かれても気圧されしてしまいリンは首をフルフルと振った。伯爵領の田舎繁華街とレベルが違う。華やかさに緊張してとても落ち着いて商品を見る気になれない。

「そっか。でも、休憩も兼ねてこのジュエリーショップ入ろう。メンズ向けや中性的な物が多いショップだよ」
カロール殿下に勧められるままにガラスのショーウィンドウが美しい店舗に入る。

「いらっしゃいませ」
店に入ると一斉にスーツ姿の従業員がリンたちにお辞儀をする。カロール殿下は物おじせず会釈を返している。それに倣ってリンも微笑みを顔に貼り付ける。内心は緊張しているが表面を取り繕うのは得意だ。

「いらっしゃいませ、お客様。ご貴族様でいらっしゃいますか?」
中年の男性店員がカロール殿下に声をかける。

「まぁ、そうだな」
カロール殿下が言葉を濁しながら返答する。

「それでしたら奥の個室へご案内いたしますが、いかがでしょうか?」
「店内を見てからそちらに案内してもらう。俺の恋人に似合う物を用意してくれ」

「かしこまりました。旦那様、大変お美しい恋人でございますね。私はこの店舗に永く勤めておりますが、このように綺麗なお方は初めてお見掛けいたします」
「そうだろう? 俺の自慢の恋人なのだ」

「ではその美しさが映える物をご用意させていただきます」
満足そうに店員に微笑む殿下。リンは恥ずかしくて会話する二人から顔を背けていた。

「それ、気に入った?」
ふと殿下から声がかかる。
「別に商品を見ていたわけではありません。殿下が僕を、その、恋人とか言うから、恥ずかしかっただけです」
リンは照れてしまい、小さな声で返事をした。

「うわ。もう、可愛らしすぎる」
カロール殿下の声に殿下を見上げると、赤い顔をして口元を大きな手で隠している。リンが照れるのは仕方がないと思うが、今の会話のどこにカロール殿下が赤面するようなことがあったのだろう。やっぱり殿下は理解できないとリンは思った。


「こちらはいかがでしょう?」
店内を見て回ってからショップの個室に案内された。

黒ソファー席の小部屋。紅茶と茶菓子を出されている。貴族などの特別客用だと一目でわかる部屋。目の前のテーブルに並べられる数点のアクセサリー。

「恋人様の黒い髪と瞳を思わせる、黒真珠とダイヤのブローチでございます。また、こちらは黒ダイヤのカフスボタンです。そして旦那様の緑の瞳をイメージしたエメラルドのブレスレットです。どちらも美しい恋人様にとてもお似合いです」
店員がカロール殿下に熱心に話しかける。

「そうか。リン、どれか気に入る品はある?」
目の前に並べられた品を見てリンは首を振る。

「僕はどれも欲しくありません」
正直に答える。リンは宝石に興味がない。首に着けられた保護帯だって苦痛なくらいだ。

そっとスカーフの上から保護帯に触れる。これ以上、身に着けるものなど増やしたくない。どうせ全て置いて伯爵邸に戻るのだから物は増やしたくない。手に取ることをしないリンとは対照的に前のめりにジュエリーを見ているカロール殿下。

「リン、手を出して」
殿下の言葉にリンは左手を出す。その手に細い金のブレスレットをつけられる。メレダイヤと濃い緑のエメラルドが輝くブレスレット。

「うん。リンの白い肌に映える。コレが良いな」
うっとりとリンの手を見る殿下。

「ちょっと待ってください。僕には必要ありません。本当にいりません」
「良いじゃないか。俺が初デートの記念に買ってあげたいのだ。受け取ってくれるだろ?」

そのまま手にキスをされそうな雰囲気になり、リンは急いで手を引っ込める。残念、とでも言いたそうなカロール殿下の表情。どうしていいのか分からなくてリンは腕に着けられたままの細いブレスレットを指で触る。女性ではないからこのようなキラキラしたものを日頃つける習慣がない。これまで興味が無かったけれど、自分の身に着けると宝石は美しい。光の反射に見入ってしまう。

「それから、このカフスボタンもいただこう。リンの黒い瞳を思わせるから俺が使いたい」
ブレスレットをいじるリンを見て満足そうなカロール殿下。もしかしたらブレスレットを気に入ったように思われたかもしれない。リンはそれ以上拒否することも出来なかった。

値段がついていないジュエリー。一体いくらするのだろう。リンは会計が恐ろしかったが、殿下は書類にサイン一つで会計を済ませている。サインを見て店の人が驚いたように頭を低く下げた。その人にコソコソと殿下が話をしている。きっとお忍びだから身分を言い広めるな、と言ったのだろう。何度も頷き平伏する店員。殿下はカフスボタンをご自分のバッグにしまいリンの背中を支えながら店を後にした。リンはブレスレットを着けたまま店舗を後にした。

「リン、疲れていない? 大丈夫?」
「少し疲れました。あのような高級店は田舎にはありません。緊張しました。それから、コレ。ありがとうございます。大切にいたします」
カロール殿下に見えるように左手を上げてブレスレットを示す。

「これは、できるだけ着けていて。お願い」
リンの左手を握り、そっとリンの手にキスをする殿下。街の往来での大胆な行動にリンは驚いて歩みを止める。

「首の保護帯は俺が選んであげられなかった。すごく後悔している。だからコレはリンのために俺が選んだ初めてのプレゼント」
今度はブレスレットに殿下がキスをする。丁寧なその所作にリンは見惚れる。心臓がキュンと鳴り顔が熱い。抑制剤を倍量飲んだのにフワリと殿下の香りがする。リンの背筋がゾワリとしたとき。

「あぁ、ごめん。自分の世界に浸ってしまった。あはは。いつもは冷静な王子殿下って言われているのだけど、どうもリンを前にするとソワソワして情けない行動しちゃうなぁ」

ははは、と赤い顔でリンの手を解放する殿下。日が暮れて街灯の灯りに照らされる幻想的な美しい殿下。高鳴る心臓を誤魔化すようにリンは殿下から目線を外す。リンの頬が熱かった。

今のタイミングで『アルファって大したことないのですね』と言うべきだっただろう。だけどリンは嬉し恥ずかしそうに笑う殿下に、その一言を言うことが出来なかった。
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