アルファ王子に嫌われるための十の方法

小池 月

文字の大きさ
19 / 47
Ⅴ 突然の転落

しおりを挟む
 それから毎日、午前の時間に温室でのお茶会にお誘いいただいた。毎日城内を歩くとリンの体力が徐々に戻ってきた。

不思議な事に活動量が増えるとともに傷の痛みも気にならなくなった。もちろん激しい動きや傷の部分を触ると痛みが生じるけれど。

 午後にはザザ国の歴史や国土、貴族階級についての学習をしている。リンはザザで生涯を生きて行くかもしれない。そうなるのなら気持ちを切り替えてザザのことを学ぼうと思っている。それに何か自分に課していないと辛い気持ちに押しつぶされそうになる。ザザ国で生きる道を考え、行動するほうがリンの心が楽だった。


 時折リンは寂しくなる。優しいカロール殿下の微笑みが頭に浮かび涙が溢れる。そんな時は、アローラ国の方角を見つめ一人で泣く。
(会いたい。抱き締めて欲しい。大きな身体に包まれたい。神経を全て溶かすようなカロール殿下の匂いを嗅ぎたい……)
心の中に巡る想い。

 リンに膝をつき手にキスをする殿下を思い出す。カロール殿下を真似て、自分の手の甲にキスをしてみる。自分でしてみて虚しくなる。全然ドキドキしない。全然キラキラもしない。悲しくて声を殺してリンは泣いた。

(僕は、愛されていたんだ。僕は、幸せだったんだ)
そんな思いがリンの心を占める。



 リンがザザ国に来て一か月が経過した。背中の傷の回復と共に城内の自由散歩許可が下りた。それに伴い敷地内の案内をドーラ殿下がしてくれている。

「この城は広くない。何しろ国境近くの特別警備区域に無理に建てたから」
「分かります。外見上は城ですが、規模的には上流貴族の別荘地といったところでしょうか」

「正解。そうなんだ。反対もあったけれど、運命のオメガを見つけたから! と押し切った」
「真剣にセレスに会う拠点にするために建てたのですね」

「まあね。啖呵きって、自分の金で建てるって騒いだよ。それで、父王に『馬鹿息子!』って怒られた。そんで、もう殴り合いしそうになって、大臣たちが『これ以上無駄な話は勘弁してくれ! 建てるなら勝手にしろ』とキレてさ。俺の粘り勝ちだ。結果、城ゲット。イェーイ」

笑いながら話すドーラ殿下の言葉にリンは頭が痛くなってくる。こんな王子殿下でいいのかと疑問が湧く。

「それは、大変なご苦労だったと想像します」
「そうだろ? 始めから俺の意見を通せば良いだけの話だろ?」
「いや、周囲の皆さんに同情いたします」
「はぁ? 意味が分からん。お前、さては父王の回し者か」

半目になるドーラ殿下に吹き出して笑いながら庭を散歩する。

「城から出てこちら側が裏庭園と、馬小屋、菜園だ。そして、こちらが警備兵舎。反対が正門に警備門。侍女侍従は城内が宿舎で、当直の警備兵が城内にいる。周囲は城壁で囲っている。出入りは正門と裏門だけ。各門に警備兵を配置して管理している。出入りは勝手に出来ないからね。リンに何かあっても困る。しばらくは敷地内だけにしてくれ」

「わかりました。でも僕に何かあっても大丈夫ですよ? 僕は亡命者ですし」
「いや、それは違う」
歩みを止めて真剣な顔でリンを見るドーラ殿下。

「リンは自分の立場を分かっていない。リンは俺にとって希望なのだ! セレスが我が国に嫁ぎたくなるための希望だ!」
ガッツポーズで空に叫ぶドーラ殿下。

リンはそんな事であろうと思っていたので、乾いた笑いを返した。最近、ドーラ殿下の扱いが分かってきた。傍に控える執事の爺と目線を合わせて苦笑する。

「そうそう、リン。最近オメガのフェロモンが強くなっている。抑制剤を増やすか? 我が国のオメガ用抑制剤はアローラ国の物より格段効力が高いはずだ。医療の進歩は自信ある。それに身体の負担が少ない薬だぞ」

「そうですね。お願いします。そう言えばセレスはアルファに会ってから発情期が来るようになって苦しいと言っていました」

「はぁ? 何? セレスは俺に会ったことで発情期が来ているのか? 何てことだ……。よし! 爺、馬をここへ! セレスを攫う! 俺が発情をおさめる。誰にも渡すものか!」

「ドーラ殿下、相手はアローラ国の貴族です。戦争になってしまいます。落ちついてください」
「爺! 聞いていなかったのか? 俺の運命のオメガだぞ? 自分のオメガが苦しんでいるのに護れないなど、アルファとして情けないじゃないか!」

ドーラ殿下の言葉にリンの心がドキリとする。カロール殿下もリンの事を護りたい、と言っていた。その優しい腕を思い出す。

「セレスは一度だけ会ったアルファの匂いが忘れられないと言っていました。本当に運命の相手なのだと思います。発情期は誰とも過ごさず一人でおさめていると言っていました。セレスとドーラ殿下が会えるといいのですが」

「そうだな。絶対にもう一度セレスに会う。俺は決めたことは実行するアルファだからな!」
頬を染めてニッカリと笑うドーラ殿下。その明るさにリンも微笑んだ。

 もうリンはカロール殿下と結ばれない。せめてセレスとドーラ殿下が結ばれて欲しい。自分が果たせない夢を託してみたくなる。幸せになって欲しいと願う。

国を超えてセレスとドーラ殿下が番になれたらリンの心が救われる気がする。そして、カロール殿下は新しい相手を見つけて前に進んでいくのだろう。リンではない相手を愛するカロール殿下を想像し、悲しい様な切ない気持ちでリンは空を見上げた。いつかリンの胸の痛みが軽くなりますように。唇を噛みしめて空に願った。

「リン、時間が解決することもある。大丈夫だ」
何かを察したのかドーラ殿下が声をかける。普段ふざけている方だが時々鋭いところがある。頭の回転が速いのだと思う。

「そういえば、リンが持っていた『アルファ王子に嫌われるための十の作戦』の紙は、セレスが書いたのだろう? 薄っすらセレスの匂いがした。それに字がリンの字体ではない」

「よく分かりましたね。その通りです。僕が王子殿下の婚約者に指名されて困惑していた時に一緒に考えた作戦です。セレスが書いてくれました。セレスが書いたものならば見つかっても僕が罰せられないからって。結局、罰せられましたけど」

「こんな遊びのような物で反逆罪となるのか。アローラ国は心が狭いなぁ」
「いえ、通常はこんなことでは罪になりません。侯爵家が僕を陥れたかっただけに思います」

「そうか。となると、カロール王子は怒っているだろうな。自分の不在に愛する者が勝手に処罰されているのだから。怒り狂う王子の姿を見てみたいなぁ。今、アローラ国で何が起きているだろうね?」
ドーラ殿下は楽しそうにクスっと笑う。

「カロール殿下が怒り狂おうと、僕が国外追放された事実は消えません。背中の罪人の印がある限り僕は『罪人』です」
「ふうん。どうだろうね」
意味ありげなドーラ殿下。言いたい事が理解できずリンは首を傾げた。



 気候はアローラ国と変わらないザザ国。雪が降り始めた。夜になりリンは窓の外を見た。ザザで与えられた客室にはベランダがない。アローラ国での夜のお茶会を懐かしく思い、窓の外を眺めた。

すると窓の外に大きな鳥の飛ぶ姿が見える。まさか、と思いリンが窓を全開にする。冷たい空気が流れ込む。
「ルー!」
鳥に声をかければ、空を大きく旋回しリンの部屋の窓枠に降り立つ大フクロウ。首を左右に傾けて『ホウ?』と鳴く。間違いない。ルーだ!

「ルー、会いたかったよ。こんな遠くまで飛んで来たの? 僕が倒れた時、人を連れてきてくれたのはルーだよね? ありがとう。助けてくれてありがとう!」

出会えたことが嬉しくて早口でルーに話しかけてしまう。リンの心がほわりと温かくなる。

「ルーはカロール殿下のところに戻るのかな? そうだ! これ、これをカロール殿下に届けてもらえるかな? 未練がましいかもしれない。でも、生きているよって伝えて欲しい。きっとカロール殿下なら気が付く」

リンは左腕に嵌めていたブレスレットを外す。それをルーに渡そうとして、掴みにくいことに気が付く。何かに包んだ方が良い。とっさにテーブルに置いていたハンカチで包む。しっかりと結べば嘴に挟んだとしても爪で掴んでも運ぶのに苦労しないはずだ。ルーに顔を近づけてお願いをする。

「ルー、君にはいつも助けられてばかりだ。感謝しかないよ。そんな利口な君にお願いだ。これをカロール殿下のもとに届けて」

目を合わせて話しかければ、いつものように首を左右にかしげる仕草。窓枠にそっと包みを置く。リンをじっと見つめてから、ルーが包みを足爪で掴んで飛び立つ。夜空に映える美しいルーの姿を見送った。

(どうかカロール殿下に届きますように)
そう願って、寂しくなった左手首を撫でた。


 それからリンは、ルーがまた来てくれないかと期待を込めて毎晩外を眺めた。しかしルーがリンのもとに再度来ることは無かった。獣に襲われたのかもしれない。リンが頼んだ包みに気をとられて事故に会ったのかもしれない。ルーに何かあったらどうしよう。そんな不安がリンの心を占めた。

(僕が大切に思うものは、全て僕から無くなってしまう)

そんな悲しい考えがリンの心を苦しめた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き

メグエム
BL
 伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。

釣った魚、逃した魚

円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。 王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。 王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。 護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。 騎士×神子  攻目線 一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。 どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。 ムーンライト様でもアップしています。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】完璧アルファな推し本人に、推し語りするハメになったオレの顛末

竜也りく
BL
物腰柔らか、王子様のように麗しい顔、細身ながら鍛えられた身体、しかし誰にも靡かないアルファの中のアルファ。 巷のお嬢さん方を骨抜きにしているヴァッサレア公爵家の次男アルロード様にオレもまたメロメロだった。 時に男友達に、時にお嬢さん方に混ざって、アルロード様の素晴らしさを存分に語っていたら、なんとある日ご本人に聞かれてしまった。 しかも「私はそういう人の心の機微が分からなくて困っているんだ。これからも君の話を聞かせて欲しい」と頼まれる始末。 どうやら自分の事を言われているとはこれっぽっちも思っていないらしい。 そんなこんなで推し本人に熱い推し語りをする羽目になって半年、しかしオレも末端とはいえど貴族の一員。そろそろ結婚、という話もでるわけで見合いをするんだと話のついでに言ったところ…… ★『小説家になろう』さんでも掲載しています。

処理中です...