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Ⅷ 消えた記憶
②
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『失礼するよ。カロール、様子は? リーンがリンであることがこんな形で露呈するとは、な』
『ドーラ、やはり知っていたな』
『健気なリンの希望を叶えてあげたんだよ。今となっては、問題はそこじゃないだろう。カロール、どうする? リンはこの国に存在できないのだろう? リンが処刑されるのは可哀そうだ』
『いや、それが違うんだ。リンは国外追放ではないし、罪人ではない。俺はリン以外を妃にするつもりはない。俺が結婚するのはリンだけだ』
『どういうことだ? では、背中の焼き印はどうしてつけられた? リンは鞭打ちを受けた跡もある。冬の不法の森にボロボロな着衣で捨てられていた。瀕死の状態だったのだぞ!』
夢うつつに遠くに聞こえる会話をリンは聞いた。頭がぼやっとして何を話しているのか理解できない。今はベッドに一人なのが寂しくてリンは小さく泣き声を上げた。すぐに良い匂いのアルファが戻ってきて抱き締めてくれる。離れないでよ、そんな思いで大きな身体にすり寄る。
『ドーラ、リンが落ち着くまでは待ってくれ。と言うかリンを見るな』
『はいはい。分かっているよ。じゃ、俺はセレスと仲を深めるとしよう』
ガチャリと誰かが部屋を去っていく音をリンは聞いた。
コクコクと口に流れ込む果実水を飲む。これはジャルル家のハチミツブドウ水だ。懐かしい甘さが口に広がる。もっと欲しくて口を開ければ誰かの唇が重なり果実水が流し込まれる。『可愛いヒナ鳥だ』と優しい声がする。それが嬉しくて数回繰り返してから、リンは目を開けた。
リンを膝に抱き上げて微笑んでいるカロール殿下。
「おはよう、リン。調子はどう?」
どうしてリンの調子の事を聞くのか分からず、首をかしげてカロール殿下を見る。
殿下の瞳は綺麗な深緑だ。身体が大きくてアルファらしいアルファという風貌。この人が田舎伯爵家子息のリンの婚約者だなんて信じられない、とリンは首をかしげる。
「匂いは落ち着いたみたいだけれど、まだ発情期のフェロモン影響が残るかな?」
発情期と言われて、夢の様な強烈な色情の記憶がリンの脳裏を駆け巡る。途端に恥ずかしくなる。カロール殿下に抱えられている自分を見れば、大きなシャツ一枚を着ているだけ。慌ててはだけている前を手で押さえる。手足が艶めかしく出ている状況に赤面して下を向く。
「も、申し訳ありません。このような格好で……」
「あはは。今更だ。リンとはこれまでにも何度か発情期を共に過ごしている。恥ずかしいことなど無い。覚えていないかもしれないが」
「全く、覚えがありません」
「いいんだ。またリンに触れられた。またリンを抱くことが出来た。これほど幸せなことはないよ」
一瞬辛そうな顔をするカロール殿下。
「さ、起きられそうなら食事だな。ドーラ殿下は覚えている?」
「確か、銀髪のアルファの方ですか? ザザ国で僕を助けてくれたという方」
「そうだよ。ドーラ殿下はセレスの運命の番だ。今回リンの発情は生命危機に陥ったことで誘発されていて、二日と短かった。その間にドーラはセレスと恋人になったようだよ」
カロール殿下の言葉にリンはショックを受ける。生命危機ってなんだろう、と疑問も湧いたが、それよりもセレスのことが驚きすぎて疑問が頭を通り過ぎていく。
「えぇ? セレスがドーラ殿下と、恋人? そんな。僕のセレスが……」
ガクリと項垂れるリンをカロール殿下が笑う。
「あはは。リンが戻ってきた、という感覚だ」
起き上ってカロール殿下と着替えた。恥ずかしかったけれど、優しくリンを支えてくれるカロール殿下を断ることなど出来なかった。リンが羽織っていたのはカロール殿下のシャツだった。良い匂いがする魅力的な服。脱いだ後につい匂いを嗅いでしまった。それをカロール殿下に見られて顔から火が出る思いをした。
シャツを脱ぐと背中に違和感。ふと背中を見るとガーゼで覆われているようだ。
「これ、何ですか?」
肩まで止めてあるテープを剥がそうとするとカロール殿下に止められる。
「あぁ、これは取ったらダメだ。背中を打って怪我していてね。触らなければ痛みは無いと思うけれど、治療に時間がかかりそうだ。身体を清めて薬を塗ってあるからそのままの方が良い」
「身体、清めてくださったのですね。ありがとうございます」
興味本位でガーゼの上から背中に触れようと手を伸ばすが、またカロール殿下に止められる。その手を振りほどくことはできず、後で怪我を確認してみようとリンは思った。
「ここ、背中で手が届かないだろう? 今日から俺がリンの世話をするから」
「えぇ? 結構です。僕の世話を殿下がするなど恐れ多くて耐えられません」
「だめ。これは命令。背中は俺が世話をするから自分では触れない事。ガーゼは取らない事。自分で背中を見てはいけない」
命令と言われて逆らうことが出来ずリンは「はい」と返事をする。ノーと言わせないカロール殿下の雰囲気。絶対的な圧を感じて拒否できなかった。
それ以上何も言えずにいると、カロール殿下はリンの左手に着けているブレスレットを触って手の甲にキスをした。リンは自分がアクセサリーを着けていることに驚いた。普段ジュエリーをつける習慣がないのに。このブレスレットは緑の輝きが美しい。
「綺麗……」
自然と声が出ていた。
「これ、リンとの王都デートで買ったものだよ。俺がこのカフスボタンを買った。お互いの目の色をイメージした」
キラリと揺れるブレスレットとカロール殿下の黒ダイヤのカフスボタンを見つめる。
「全然覚えがなくて、すみません。だけど、僕は殿下と恋人のような関係だったのですね」
「恋人であり婚約者だ。愛を誓い合った。始めは形だけの婚約だったが、リンを知るほどに俺がリンを好きになり愛するようになった。そして、リンが俺の想いに応えてくれた」
リンの目を見て愛とか話すから、恥ずかしさにリンは目を泳がせてしまう。
「そんな、夢物語が現実にあるのですね。聞いているだけで照れくさいです」
「あるのだよ、リン。そうそう、リンはどのあたりまで覚えているのか? 俺の事が分からなかったよな。この伯爵家で過ごした日々は覚えている?」
「僕は王城にいた記憶はありません。聞いても本当にそれが僕だったのかと疑問に思います。覚えているのはジャルル家での日々とセレスとデートして遊ぶ日々ばかりです」
「では、誕生日は? 何歳の誕生日まで覚えている?」
「えっと、二十歳の成人祝いをセレスとしました。オメガで抑制剤飲んでいるからアルコールはダメだと止められました。だから机を甘いお菓子で埋め尽くして食べ放題にしてお祝いした記憶があります」
「今のリンは二十一歳だ。では、最近の一年ほどの記憶が無いのかな」
「う~~ん、それならラッキーかもしれません」
「え? なぜ?」
「だって、一年分なら生きて行くのに困らなそうです。何とかなりそうです。これが十年分ってなったら大変だと思いますけど」
カローラ殿下が唖然としてリンを見る。次第に口元を隠して笑い出す。
「あははは。さすがリンだよ。そうだ。そうでなくちゃ」
笑う殿下にムッと来てリンはサッサと部屋を出る。
「待って、リン。食事はドーラとセレスも一緒にしたいって」
カロール殿下の言葉にリンは勢いよく振り向いた。
「本当ですか! それは嬉しいです。セレスに会いたいなぁ」
「あはは。本当に仲良しだね」
「はい。親友ですから」
リンは自分の言葉に疑問が湧く。セレスはリンの『恋人』だ。なぜ親友と思ったのだろう。
「リン!」
「セレス~~」
応接間にいたセレスとドーラ殿下に会う。
「セレス! 久しぶり。また可愛くなって、西洋の天使が迷子になって地上に行ったと神様に勘違いされちゃいそうだ」
セレスに抱き着いてリンがお決まりの挨拶をする。
「リンだって物語の中の白雪姫のような美しさだ。この神秘的な姿に神様だって恋しちゃうよ」
「セレス」「リン」と熱い抱擁をする。
「変わらないね」
「あはは。やっぱりやっちゃうよね、このお決まり挨拶」
笑い合うリンとセレスをポカンと見つめるカロール殿下とドーラ殿下。
「いや、セレスから聞いてはいたが、実際に目の当たりにすると強烈だ」
「俺は聞いてないぞ……」
殿下二人が赤い顔でフルフル震えている。リンはいつもの感覚でセレスと挨拶をしてしまったが、今のリンはこんなことしないのかもしれない。失礼をしてしまったと謝ろうとしたが。
「可愛すぎるだろう!!」
「神か! 神回なのか!!」
赤い顔で叫び合う殿下二人。キラキラした顔で互いを見て、「同士よ!」と手を取り合っている。意味が分からないが、不興を買ったわけではなくリンは安堵した。
「あはは。王都に行く前のリンならやると思っていた。懐かしいなぁ」
「セレス、とめてよぉ」
リンとセレスに殿下二人が近づく。
「いやいや、止めなくていい。毎回やって良いよ。神降臨だ」
「うん。最高。パーフェクト。満足。グッジョブ」
感極まったように泣きそうなドーラ殿下。表情の豊かな方だ。
「ドーラ、語彙力が破壊している」
「同士よ。語彙力も死ぬよ。この愛らしさだよ?」
「それは激しく同意」
「俺たち気が合うな」
殿下二人が拳を突き合わせる。
リンには理解できない流れだ。でも二人の殿下が仲良くできるのならいいか、と肩をすくめる。隣を見るとセレスも同じように一度肩をすくめた。すぐに何かを閃いたかのようにセレスがリンを見る。
「リン、あれやらないの?」
「え?」
セレスがいたずらっぽく笑ってリンに耳打ちする。
『マリー、ごはんちょうだぁい、だよ』
これにはリンが笑ってしまった。確かに覚えがある。一体いつだったのか詳しく思い出せないが。
「やる?」
「やっちゃって」
リンとセレスがクスクス笑うと殿下二人が「仲間に入れろ」と拗ねる。すべてが可笑しくて楽しくてリンは笑った。
笑いながらリンは声を張り上げた。
「マリ~~、ごはんちょうだぁい! お腹すいたぁ!」
「ブハッ! 本当にやった!」
セレスが笑う。
リンの大声に面食らっているカロール殿下と腹を抱えて笑うドーラ殿下。こんな日々なら婚約も悪くない。きっと楽しい生活を王都でも過ごしていたのだ、とリンは思った。
慌てて応接間に来たマリーが「まぁまぁ、リン坊ちゃま。お元気になられて。ようございました。マリーを呼んでくださるなんて、これ以上の喜びはありません」と涙を流した。「リン坊ちゃまの好きなものばかりを用意しますね」とマリーが泣き笑いするからリンは胸がいっぱいになった。
「いい侍女だな」
カロール殿下に声をかけられる。
「はい。王都にも連れて行きたかったのですがダメでした。王城では……」
話していてリンは何について話していたのか分からなくなる。喉元に何か詰まっているかのように言葉が出ない。先ほどの楽しい気持ちが嘘のように心が沈む。リンの手が震えだす。
「リン、もういい。考えるな。ごめん。さぁ、食事だろ? そうだ。菓子を並べて二十歳の祝いの再現をするか?」
二十歳祝いの再現、と聞いてリンの心がパッと明るくなる。
「いいのですか? セレス! お菓子食べ放題やれるかもよ?」
「マジ? あれ再現するの? 翌日の胃痛に備えなきゃ」
「そうか。良い胃薬があるぞ。案ずるな」
ドーラ殿下の言葉に「やったぁ」と喜ぶセレス。
「リン、ダイニングルームに行こう。食事にしようよ」
リンに寄り添うカロール殿下。リンはニコリと殿下に微笑んで食事に向かった。
「楽しいですね。きっとカロール殿下との婚約は幸せいっぱいの日々だったのだろうと思います。記憶にないのが惜しいです」
カロール殿下を喜ばせる言葉だと思ったのに、思いのほか顔を青くしている。怪訝に思いリンは首をかしげる。するとハッと気が付いたようにカロール殿下がリンに微笑む。それが無理をしている微笑みのようでリンの心をチクリと刺した。
『ドーラ、やはり知っていたな』
『健気なリンの希望を叶えてあげたんだよ。今となっては、問題はそこじゃないだろう。カロール、どうする? リンはこの国に存在できないのだろう? リンが処刑されるのは可哀そうだ』
『いや、それが違うんだ。リンは国外追放ではないし、罪人ではない。俺はリン以外を妃にするつもりはない。俺が結婚するのはリンだけだ』
『どういうことだ? では、背中の焼き印はどうしてつけられた? リンは鞭打ちを受けた跡もある。冬の不法の森にボロボロな着衣で捨てられていた。瀕死の状態だったのだぞ!』
夢うつつに遠くに聞こえる会話をリンは聞いた。頭がぼやっとして何を話しているのか理解できない。今はベッドに一人なのが寂しくてリンは小さく泣き声を上げた。すぐに良い匂いのアルファが戻ってきて抱き締めてくれる。離れないでよ、そんな思いで大きな身体にすり寄る。
『ドーラ、リンが落ち着くまでは待ってくれ。と言うかリンを見るな』
『はいはい。分かっているよ。じゃ、俺はセレスと仲を深めるとしよう』
ガチャリと誰かが部屋を去っていく音をリンは聞いた。
コクコクと口に流れ込む果実水を飲む。これはジャルル家のハチミツブドウ水だ。懐かしい甘さが口に広がる。もっと欲しくて口を開ければ誰かの唇が重なり果実水が流し込まれる。『可愛いヒナ鳥だ』と優しい声がする。それが嬉しくて数回繰り返してから、リンは目を開けた。
リンを膝に抱き上げて微笑んでいるカロール殿下。
「おはよう、リン。調子はどう?」
どうしてリンの調子の事を聞くのか分からず、首をかしげてカロール殿下を見る。
殿下の瞳は綺麗な深緑だ。身体が大きくてアルファらしいアルファという風貌。この人が田舎伯爵家子息のリンの婚約者だなんて信じられない、とリンは首をかしげる。
「匂いは落ち着いたみたいだけれど、まだ発情期のフェロモン影響が残るかな?」
発情期と言われて、夢の様な強烈な色情の記憶がリンの脳裏を駆け巡る。途端に恥ずかしくなる。カロール殿下に抱えられている自分を見れば、大きなシャツ一枚を着ているだけ。慌ててはだけている前を手で押さえる。手足が艶めかしく出ている状況に赤面して下を向く。
「も、申し訳ありません。このような格好で……」
「あはは。今更だ。リンとはこれまでにも何度か発情期を共に過ごしている。恥ずかしいことなど無い。覚えていないかもしれないが」
「全く、覚えがありません」
「いいんだ。またリンに触れられた。またリンを抱くことが出来た。これほど幸せなことはないよ」
一瞬辛そうな顔をするカロール殿下。
「さ、起きられそうなら食事だな。ドーラ殿下は覚えている?」
「確か、銀髪のアルファの方ですか? ザザ国で僕を助けてくれたという方」
「そうだよ。ドーラ殿下はセレスの運命の番だ。今回リンの発情は生命危機に陥ったことで誘発されていて、二日と短かった。その間にドーラはセレスと恋人になったようだよ」
カロール殿下の言葉にリンはショックを受ける。生命危機ってなんだろう、と疑問も湧いたが、それよりもセレスのことが驚きすぎて疑問が頭を通り過ぎていく。
「えぇ? セレスがドーラ殿下と、恋人? そんな。僕のセレスが……」
ガクリと項垂れるリンをカロール殿下が笑う。
「あはは。リンが戻ってきた、という感覚だ」
起き上ってカロール殿下と着替えた。恥ずかしかったけれど、優しくリンを支えてくれるカロール殿下を断ることなど出来なかった。リンが羽織っていたのはカロール殿下のシャツだった。良い匂いがする魅力的な服。脱いだ後につい匂いを嗅いでしまった。それをカロール殿下に見られて顔から火が出る思いをした。
シャツを脱ぐと背中に違和感。ふと背中を見るとガーゼで覆われているようだ。
「これ、何ですか?」
肩まで止めてあるテープを剥がそうとするとカロール殿下に止められる。
「あぁ、これは取ったらダメだ。背中を打って怪我していてね。触らなければ痛みは無いと思うけれど、治療に時間がかかりそうだ。身体を清めて薬を塗ってあるからそのままの方が良い」
「身体、清めてくださったのですね。ありがとうございます」
興味本位でガーゼの上から背中に触れようと手を伸ばすが、またカロール殿下に止められる。その手を振りほどくことはできず、後で怪我を確認してみようとリンは思った。
「ここ、背中で手が届かないだろう? 今日から俺がリンの世話をするから」
「えぇ? 結構です。僕の世話を殿下がするなど恐れ多くて耐えられません」
「だめ。これは命令。背中は俺が世話をするから自分では触れない事。ガーゼは取らない事。自分で背中を見てはいけない」
命令と言われて逆らうことが出来ずリンは「はい」と返事をする。ノーと言わせないカロール殿下の雰囲気。絶対的な圧を感じて拒否できなかった。
それ以上何も言えずにいると、カロール殿下はリンの左手に着けているブレスレットを触って手の甲にキスをした。リンは自分がアクセサリーを着けていることに驚いた。普段ジュエリーをつける習慣がないのに。このブレスレットは緑の輝きが美しい。
「綺麗……」
自然と声が出ていた。
「これ、リンとの王都デートで買ったものだよ。俺がこのカフスボタンを買った。お互いの目の色をイメージした」
キラリと揺れるブレスレットとカロール殿下の黒ダイヤのカフスボタンを見つめる。
「全然覚えがなくて、すみません。だけど、僕は殿下と恋人のような関係だったのですね」
「恋人であり婚約者だ。愛を誓い合った。始めは形だけの婚約だったが、リンを知るほどに俺がリンを好きになり愛するようになった。そして、リンが俺の想いに応えてくれた」
リンの目を見て愛とか話すから、恥ずかしさにリンは目を泳がせてしまう。
「そんな、夢物語が現実にあるのですね。聞いているだけで照れくさいです」
「あるのだよ、リン。そうそう、リンはどのあたりまで覚えているのか? 俺の事が分からなかったよな。この伯爵家で過ごした日々は覚えている?」
「僕は王城にいた記憶はありません。聞いても本当にそれが僕だったのかと疑問に思います。覚えているのはジャルル家での日々とセレスとデートして遊ぶ日々ばかりです」
「では、誕生日は? 何歳の誕生日まで覚えている?」
「えっと、二十歳の成人祝いをセレスとしました。オメガで抑制剤飲んでいるからアルコールはダメだと止められました。だから机を甘いお菓子で埋め尽くして食べ放題にしてお祝いした記憶があります」
「今のリンは二十一歳だ。では、最近の一年ほどの記憶が無いのかな」
「う~~ん、それならラッキーかもしれません」
「え? なぜ?」
「だって、一年分なら生きて行くのに困らなそうです。何とかなりそうです。これが十年分ってなったら大変だと思いますけど」
カローラ殿下が唖然としてリンを見る。次第に口元を隠して笑い出す。
「あははは。さすがリンだよ。そうだ。そうでなくちゃ」
笑う殿下にムッと来てリンはサッサと部屋を出る。
「待って、リン。食事はドーラとセレスも一緒にしたいって」
カロール殿下の言葉にリンは勢いよく振り向いた。
「本当ですか! それは嬉しいです。セレスに会いたいなぁ」
「あはは。本当に仲良しだね」
「はい。親友ですから」
リンは自分の言葉に疑問が湧く。セレスはリンの『恋人』だ。なぜ親友と思ったのだろう。
「リン!」
「セレス~~」
応接間にいたセレスとドーラ殿下に会う。
「セレス! 久しぶり。また可愛くなって、西洋の天使が迷子になって地上に行ったと神様に勘違いされちゃいそうだ」
セレスに抱き着いてリンがお決まりの挨拶をする。
「リンだって物語の中の白雪姫のような美しさだ。この神秘的な姿に神様だって恋しちゃうよ」
「セレス」「リン」と熱い抱擁をする。
「変わらないね」
「あはは。やっぱりやっちゃうよね、このお決まり挨拶」
笑い合うリンとセレスをポカンと見つめるカロール殿下とドーラ殿下。
「いや、セレスから聞いてはいたが、実際に目の当たりにすると強烈だ」
「俺は聞いてないぞ……」
殿下二人が赤い顔でフルフル震えている。リンはいつもの感覚でセレスと挨拶をしてしまったが、今のリンはこんなことしないのかもしれない。失礼をしてしまったと謝ろうとしたが。
「可愛すぎるだろう!!」
「神か! 神回なのか!!」
赤い顔で叫び合う殿下二人。キラキラした顔で互いを見て、「同士よ!」と手を取り合っている。意味が分からないが、不興を買ったわけではなくリンは安堵した。
「あはは。王都に行く前のリンならやると思っていた。懐かしいなぁ」
「セレス、とめてよぉ」
リンとセレスに殿下二人が近づく。
「いやいや、止めなくていい。毎回やって良いよ。神降臨だ」
「うん。最高。パーフェクト。満足。グッジョブ」
感極まったように泣きそうなドーラ殿下。表情の豊かな方だ。
「ドーラ、語彙力が破壊している」
「同士よ。語彙力も死ぬよ。この愛らしさだよ?」
「それは激しく同意」
「俺たち気が合うな」
殿下二人が拳を突き合わせる。
リンには理解できない流れだ。でも二人の殿下が仲良くできるのならいいか、と肩をすくめる。隣を見るとセレスも同じように一度肩をすくめた。すぐに何かを閃いたかのようにセレスがリンを見る。
「リン、あれやらないの?」
「え?」
セレスがいたずらっぽく笑ってリンに耳打ちする。
『マリー、ごはんちょうだぁい、だよ』
これにはリンが笑ってしまった。確かに覚えがある。一体いつだったのか詳しく思い出せないが。
「やる?」
「やっちゃって」
リンとセレスがクスクス笑うと殿下二人が「仲間に入れろ」と拗ねる。すべてが可笑しくて楽しくてリンは笑った。
笑いながらリンは声を張り上げた。
「マリ~~、ごはんちょうだぁい! お腹すいたぁ!」
「ブハッ! 本当にやった!」
セレスが笑う。
リンの大声に面食らっているカロール殿下と腹を抱えて笑うドーラ殿下。こんな日々なら婚約も悪くない。きっと楽しい生活を王都でも過ごしていたのだ、とリンは思った。
慌てて応接間に来たマリーが「まぁまぁ、リン坊ちゃま。お元気になられて。ようございました。マリーを呼んでくださるなんて、これ以上の喜びはありません」と涙を流した。「リン坊ちゃまの好きなものばかりを用意しますね」とマリーが泣き笑いするからリンは胸がいっぱいになった。
「いい侍女だな」
カロール殿下に声をかけられる。
「はい。王都にも連れて行きたかったのですがダメでした。王城では……」
話していてリンは何について話していたのか分からなくなる。喉元に何か詰まっているかのように言葉が出ない。先ほどの楽しい気持ちが嘘のように心が沈む。リンの手が震えだす。
「リン、もういい。考えるな。ごめん。さぁ、食事だろ? そうだ。菓子を並べて二十歳の祝いの再現をするか?」
二十歳祝いの再現、と聞いてリンの心がパッと明るくなる。
「いいのですか? セレス! お菓子食べ放題やれるかもよ?」
「マジ? あれ再現するの? 翌日の胃痛に備えなきゃ」
「そうか。良い胃薬があるぞ。案ずるな」
ドーラ殿下の言葉に「やったぁ」と喜ぶセレス。
「リン、ダイニングルームに行こう。食事にしようよ」
リンに寄り添うカロール殿下。リンはニコリと殿下に微笑んで食事に向かった。
「楽しいですね。きっとカロール殿下との婚約は幸せいっぱいの日々だったのだろうと思います。記憶にないのが惜しいです」
カロール殿下を喜ばせる言葉だと思ったのに、思いのほか顔を青くしている。怪訝に思いリンは首をかしげる。するとハッと気が付いたようにカロール殿下がリンに微笑む。それが無理をしている微笑みのようでリンの心をチクリと刺した。
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