生きることが許されますように

小池 月

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Ⅰ章 生きることが許されますように

7 向き合う心 <SIDE:ルーカス>

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 数日はひたすら愛していることが伝わるように、優しさで包むように過ごした。

可愛らしい仕草で俺の尻尾を撫で耳を触るタクマ。お返しにキスをする。あんなに性行為に抵抗がないタクマが、キスには全く慣れていない。

キスしたことあるのかと聞くと、真っ赤に首を横に振る。これまで性欲のはけ口に利用されていただけなのだろう。苦しい気持ちがせり上がり、タクマに気持ちいいことを教えたいと思った。

 そして、お互いの話をたくさんした。タクマの家族の事。母がいなくなったこと。万引きを強要されたこと。父からの折檻。兄からの罰と命令。息が詰まりそうな内容だった。精神的にも肉体的にも追いつめられていたのが、分かった。慈悲深い天の川の神が助けたのも頷ける。

 兄の性欲を身体で受けていて僕は汚いから好きにならないで欲しい、と言われた。今目の前のタクマを愛しているんだよ、と抱きしめた。
 どんなことを知っても、俺がタクマを好きだと思う気持ちは変わらないことを伝えた。そして、たくさんキスをする。

 タクマが存在するために罰が必要だと兄から言われているならば、この世界では罪の代わりに愛されることが義務だよ、と伝えた。タクマは『苦しくないことが罰の代わりになるの?』と不思議そうだった。

 キスは嫌か問うと、嫌じゃないと。好きになると、特別な証としてキスをしたいんだと言うと、それなら僕もしたい、と真っ赤になる。大切にされること、愛されることをゆっくり伝えている。

 そうしているうちに鎖骨の骨折から一か月が経った。左手の固定を外す。肩の脱臼はもとの位置まで修復している。しかし、神経の損傷で左上肢の挙上は出来ない。意識して動かせば肩までは腕が上がるが、それ以上は無理だ。とっさの反応も出来ない。大きな傷を残してしまったことに申し訳なくて唇を噛みしめた。

「タクマ、ごめん。タクマの身体に不自由さを残してしまった。一生償うよ。本当にすまなかった」
心からタクマに謝罪する。

「全然かまいません」
そんな俺をにっこり許す。

「なぜ、すぐに俺を許すの? もっと怒ってもいいんだよ」

「だって、左手が挙がらなくても困ることなんてありません。全部ルーカス様がしてくれるでしょ?」

俺を見るこの時の、タクマの黒い瞳を俺は忘れない。目から涙が溢れないように必死にこらえた。俺は、タクマの左手になろうと自分に誓った。

「もちろんだよ」
優しく答えて、額にキスをする。

口じゃないの? という顔のタクマに「人前だからね」とささやく。頬を染めてコクコク頷く仕草が可愛い。目線を合わせて笑いあうと、ゴホンと医師たちから咳をされる。

 おい、俺は皇子だぞ。威圧してやりたくなるが、タクマが怖がったらいけない。ぐっとこらえる。

「ルーカス様、顔が面白くなっています」
タクマが小さく笑う。あぁ、天使だな。その場の皆が一気にデレっと顔を赤らめる。

 タクマの食欲が戻り、健康的になった顔つき。愛されることを受け入れてくれたのか、兄の話をしなくなった。

 それでいい。ここにはタクマの居場所がある。

 この少年を知るほどに、皆が愛おしく思っているのが分かる。トムサムのように親のように愛情を注ぐ者、サラのように姉のような愛情を注ぐ者、たくさんの親愛の情を素直に感じていい。
 俺は誰よりも深い愛をタクマの心に、届け続ける。



 ちょっとしたことに左手が反応しなくて転びそうになり、ふとした時に体のバランスを崩す。だからタクマにはほとんど俺が付きっ切り。これ以上の少しの苦痛も負わせたくないから。そして世話を焼くことに、俺の心が満たされる。

 「お兄さん、来ないね」
問いかけてみる。
「そういえば、来ていません。どうしたのかな? でも、僕はもう会いたくない、かもしれません」
「どうして?」

「……兄さんは、僕が悪いって罰を与えに来るから。僕は、本当は辛いのは、嫌です。でも、罰を受けなくては、僕の存在が許されないから仕方がなかったのです」

タクマが俺を見上げる。そのまま微笑む。

「ここでは、愛されることで生きていることが許されるのですよね。生きることが幸せでいいなんて、リリアは良い国です。罰がないなら、僕はその方がいい。兄さんが僕の腕を切ったとき、僕は罰を望んでいたように思います。ここに居ていいのか、よく分からなくて。兄さんが助けに来てくれたように思いました。でも、今はルーカス様やみんなの気持ちが温かくて、罰は必要ないって分かったから」

「うん。それが分かってもらえたら、俺は嬉しい」
黒い艶髪をゆっくり撫でる。少し目を細めて俺を見るタクマ。両頬をそっと両手で包む。
愛おしいタクマにそっとキスをする。


すっかりキスに慣れて、自ら口を開く。ヌルリと舌を入れると「ん」と喉の奥から小さな声が漏れる。二人の唾液を飲み込む動きで、俺の舌がタクマの喉の動きに挟まれる。

タクマの喉のキュッと締まる感覚の気持ちよさ。喉の奥で俺の舌を食み味わう恍惚としたタクマの顔。

身体の力をクタリと抜いてキスに夢中になる可愛らしさ。口を離し、その表情を堪能する。幼い顔にいやらしい表情。心臓が、背筋が、腰の奥がズクンと反応する。

最近は濃厚なキスをするとタクマの陰茎も反応している。本人は必死に隠しているようだがモゾリと腰を動かしてこらえる姿に、俺はこっそり興奮している。

「ルーカス様は、セックスはしないんですか?」
突然、タクマに聞かれる。この話題をタクマからされたら、ゆっくり話そうと思っていた。

「したくないわけじゃないよ。タクマを愛しているということは、そういうことだからね」
「どうして、しないんですか?」

「じゃ、どうしてタクマはセックスしなきゃって思うの?」
「え?だって、僕にできることだから。他には何も、この世界で出来ることがありません」

「そうだよね。タクマはそう言うと思ったよ。お兄さんとは、どうしてセックスしていたの?」

「……兄さんの命令は絶対、だったから。拒否することが出来ないから、していました。すごく苦しいけれど、お前でもこれくらいは役に立つって兄が言っていました。殴られても褒めてもらえないけど、性的な事は褒めてもらえることもありました」

「そうか。苦しかったね。これまでタクマは逃げることが出来ない状況だから、そういうことをしていたんじゃないかな。いいかい、タクマ。本当はセックスとか性的な事は、愛している者同士が相手を大切にするための行為なんだよ。大好きだから、いやらしいことをしたくなるんだ。何かの代償や命令で行う行為じゃない。俺はタクマと愛し合いたいから、まだセックスはしない。タクマが、俺を愛したいと思ってくれるのを待つよ。俺とのキスは嫌じゃない?」

「キスは、気持ちがいいです。ルーカス様を独り占めしたみたいに、満たされます……気持ちが、良くなります」
真っ赤な顔。きっと俺とのキスを思い出しているのだろう。

「うん。良かった。キスは愛を確認し合うために必要だと俺は思うよ。サラやトムたちと同じキスがしたいかな?」

「できません。サラさんたちも好きだけど、キスしたいかって考えたらルーカス様だけ、です」

「そうか。兄さんとは、キスしたいと思う?」

「できません。命令されていたら、していたと思います。でも僕からしたいとは思いません」

素直な答えに胸がキュンとする。嬉しくて飛び上がりたくなる心を必死で抑える。

「今は、その違いが分かればいいよ」
小さな頭を撫でる。



 明日はアイスを食べに行こうか、と聞くと森の散歩が良いと答える。自分のしたいことも言えるようになっている。良い傾向だと思う。少し遠慮がちに希望を言う可愛らしさは、抱きしめて嘗め回したくなるくらいだ。

でも、ぐっと我慢する。今は心の扉が少し開いた状態。俺にタクマの心が預けられるまで、少しずつの変化に大げさに反応しないように気を付けている。


 翌日の森の散歩。基地敷地内だが、タクマが望むように歩いて楽しもうと思っていた。
汗をかいたタクマに冷やしたゼリーを出したら幸せそうに食べてくれるかな、とか。喜ばせたくて、喜ぶ顔を想像して一人で尻尾を振って計画していたのに。

そんな日に限って予定が入る。本当についていない。

 タクマに何度も謝って、笑いながら「気にしないでください」と言われた。可愛いタクマを喜ばせようと思っていたのに、王城のジジババどもめ!

 神の御使い様のご様子を会議で報告せよ、と連絡が入った。今日の日中の会議じゃないか。父王も参加する、と。国政会議への参加は、義務だ。急だが仕方ない。モニター画面を通して基地から参加する。もうちょっと早く連絡しろよ、とイライラする。自己中どもが。

 仕方なくサラと護衛と一緒に敷地内の森を散策するようタクマに伝える。サムとトムにも同行を頼んだ。護衛にタクマの喜びそうなデザートも軽食も持たせて、見送る寂しさ。ため息が出る。

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