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Ⅰ章 生きることが許されますように

6 歩み寄り <SIDE:ルーカス>

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 朝、俺にすり寄るようにモゾっとタクマが動く。
薬の効果もあり、昨日午後から今朝まで良く寝ていた。これ以上食べない状態も良くないため、寝ているうちに胃への直チューブ治療で栄養剤と造血剤、炎症止めを体内に入れた。そのせいか、昨日より顔色が少し良い。

タクマを尻尾でそろりと撫でる。ふわりとタクマの顔が緩む。久しぶりのその表情に、抱きしめたい衝動が沸き上がる。

「……ん」

タクマが目を覚ます。尻尾で顔を撫でると、ニコリと笑う。

「おはよう」
「おはようございます」

落ち着いている。パニックにならないことに安心した。

「よかった。僕は、許してもらえたんですね。兄さんが助けてくれたんだ……」

「タクマ。もう一度言うよ。俺は怒ってなんかいない。タクマを許すとか、どこからそうなったのかな。多分、お互いにゆっくり話すほうがいい。大切な事だ。タクマに知ってほしいのは、俺がタクマを大切に想っている事だよ。とても、大切なんだ」

良く分からない、と言う顔で俺を見ているタクマ。

「え……? 僕は、まだ、許してもらってないの?」

「いや。許しているかと聞かれれば、タクマの全てを許しているよ。タクマの事は、全部俺が受け止める。お兄さんは関係ないんだ。何があろうと、俺が許す」

首をかしげて、ニコリとするタクマ。
「良かった」

許す、という言葉が心に届いたようだ。まずは、それでいい。
「ひとつ、約束できる?」
「何ですか?」

「俺の大切なタクマを、誰にも傷つけてほしくない。タクマのお兄さんでも、タクマ自身でも」

「それは、ちょっと分かりません。兄さんの罰は、色々なんです。僕は兄さんには逆らえません」
「では、お兄さんが罰を与えに来たら、俺を呼んでくれるかな? それは約束できる? お兄さんはタクマの世界の人だろう? この国に入るには俺の許可がいるんだよ」

「あ、それはそうですよね。分かりました。兄さんが捕まったりしたら困ってしまいます。必ずルーカス様を呼びます。でも、あれ?兄さん、いつの間に帰ったんだろう?」

少し考えているタクマを、抱き上げる。
「さあ、少し起きよう。ご飯食べて、今日はずっとだらだらして過ごそう。暑い日は、活力が出ないんだ」
「それは、獅子だからですか?」
「そう。よく分かっているね」
二人で少し笑って、ダイニングに向かう。

侍女が心配そうにこちらを見ている。
「わぁ。美味しそう」
並べられた食事を見て、やつれた頬を染める。この表情も久しぶりだ。

タクマを見つめて考える。タクマにとって、兄の罰とはどんな意味を持つのだろう。負の感情がリセットされたように笑うタクマを見て、この子を兄の束縛から解放したいと思った。

 量は少量でも、自分で食事をして「美味しい」と微笑む姿に誰もが安堵した。左上肢が使えないから、サラが手伝っている。タクマはサラにも笑顔を向けていた。

食事の後に、医師が傷の消毒と左肩の固定包帯の交換をする。固定包帯を外すタイミングで、身体を拭く。

一連の診察を終えて、医師から食べられるようになり調子が良ければ、どんどん歩行するよう指示される。少しは動かないと回復が遅くなるようだ。

昨日、久しぶりにタクマの身体を清めて、出会った頃より細くなった身体に、すべての世話をしたくなっていた。今日も一歩も自分で歩行させていない。全てしてあげたくなるのだ。それを見越して釘を刺されたと思う。
 タクマの治療に必要なら、頭には入れておくけれど。

 食事の後は、少し窓を開け、俺の膝の上で外の空気に触れる。タクマが「風が気持ちいい」と微笑む。毛布にくるんでいるが、五分もすると身体が冷えてくるのが伝わってくる。外気浴はここまで。タクマに何かしてあげられるだけで俺の心が温まる。

トイレにも寄って、寝室に戻る。低栄養状態と貧血で疲れやすい状態だ。あとは、布団の中でいい。

 「疲れた?」
「いいえ。何だか、頭がさえています」
「でも、きっと体力は限界だよね。布団に入ろう」

部屋を出た間に綺麗に整えられたベッドにいく。
サイドテーブルと室内ローテーブルにも軽食やお菓子・デザートや飲料が揃えられている。寝ながら、サイドテーブルからブドウを一つ、皮を剝いてタクマの口に入れる。

「甘い」
微笑むタクマを撫でる。
「どれくらい、甘いの?」

そっと、タクマに口づけをする。

タクマが目を見開いて俺を見ている。もう一度、口づけ。

唇を舌で割り開け、口の中にあるブドウを転がす。ブドウを転がしながら、口の粘膜を味わう。ぐちゃりと潰れるブドウは、甘かった。口を離すと、タクマは真っ赤になって俺を見ている。その唇の端から垂れる唾液を、俺が指で拭う。

「ね、タクマ。俺はもうタクマに隠すことはしないよ。タクマの事が、好きだ。大切な愛の気持ちなんだ。タクマが不安に思うことや、怖いと思うことを全て拭い去ってあげたい。一人で我慢しなくていい。俺が一緒にいるから。だから、タクマの心を知りたい」

「ぼくを、好き、なのですか? ルーカス様が?」

「そうだよ。これほど心を囚われたことはない。自分がどうしたらいいのか分からなくなる苦しさを初めて知ったよ。この思いを隠すことが、すれ違いを生んだんだ。タクマ、もし嫌なら受け入れなくてもいい。ただ、俺が尽くす。俺が好きだから大事にする。見返りなく、ただ大切にしたい。それを知ってほしい」

真っ赤になり、驚いた顔で俺を見ている。
「……ぼくは、そんな価値のある人間ではありません」
小さな声でつぶやくような声。

「うん。タクマは自分をそう思うんだね。分かった。価値は人それぞれだね。俺からしたら、タクマほど純粋で魅力的な、最高に価値ある人は他にいない。これこそ価値観の違いってやつかな」

笑いかけると、ポカンとしているタクマ。
「価値観の、違い、ですか……。そんな風に言われたのは初めてです。僕が大切なのですか? ぼく、価値があるの? ぼく、僕を、す、すき……?」

だんだん顔を赤らめて、声を小さくしていく。その様子が可愛らしくて、額にキスをする。髪を撫でながら、「そうだよ」と心込めて伝える。

「それから、怪我をさせてしまったこと。ゆっくり話したいと思っていたんだ。痛い思いをさせてゴメン。つい、条件反射で手が出てしまった。俺は、自分が許せない。タクマは俺の顔が怖い兄とソックリだと言っていたよね。同じ顔の俺から暴力を受けて、辛いことを思い出させてしまったと考えたら、苦しかった。顔が見られなかった。こんなに自分の失敗を悔いたことはないよ」

目をそらさずに、ゆっくり伝える。タクマも目線を外さない。綺麗な黒い輝きだ。

「……僕は、ルーカス様に嫌われたくなかったんです。リリアにきて、僕の人生で初めて優しくしてもらえました。ルーカス様が笑ってくれると心が満たされるんです。お腹のあたりと頬がほんわか温かくなります。これが、幸せなんだって初めて知りました。それなのに、王子様で光り輝くルーカス様の顔を曇らせてしまって、僕は悪いことをしたと思いました。僕は底辺の存在で、罰を受けていなければ生きていてはいけないことを忘れていました。僕は、もとの世界から逃げて、ここで優しい生活に触れて、色々忘れていたんです。僕は兄から存在するだけで悪いって言われていました。生きるために罰を受けなくてはいけないって。……ここでみんなが優しいのが、幸せなことが、なぜか怖くなったんです。悪い僕には、罰が必要なのに。僕が存在していいのか不安が大きくなって。そうしたら、兄さんが、僕に罰をくれて。心がふっと軽くなりました。兄さんの罰は、僕に必要な事なんだって分かったんです。今だって、ルーカス様が僕を大切にするって言ってくれる。全部、兄さんのおかげです」

嬉しそうに笑うタクマと目を合わせて話しかける。

「タクマは、俺に悪いことをしたと思ったんだね。俺は、俺がタクマに悪いことをしたと思ったんだ。お互いを思いやって心がすれ違ったのかな。悲しいね」

ベッドに身を起こし、クッションで背もたれを作り、果実水を勧める。タクマと喉を潤し、美味しいと頷きあう。

「ねぇ、タクマ。タクマを傷つけた俺には、罰が無くていいのかな?」

「ええ? ルーカス様は、皇子さまです。存在自体が高貴な、僕とは存在価値の違う方です。罰なんて、なくて当然です」

「きっとそう言うと思ったよ。俺がタクマに思う気持ちは、それと同じだよ。タクマには罰は必要ない。生きる権利は、幸せは、誰にも平等にあるべきものだよ。天の川の神が君をこの国に招いた理由が分かった気がする。タクマには、無償の愛が必要だ。愛で満たされることは、不安な事じゃない。何かと引き換えじゃない。ただ、愛されるんだ。タクマの存在が、生きていることが俺の幸せだ。それをタクマに知って欲しい」

「……僕には、ちょっと混乱する話です」

「急には難しいだろうね。でも、タクマは俺が幸せにする。愛で包もう。俺はタクマに会えたことを神に感謝する。全てからタクマを守ろう。タクマがここに居ることが俺の幸せだ」

タクマの右手から果実水を受け取る。グラスをヘッドボードに置き、その手に、キスをする。

「タクマ、覚悟しろよ。徹底的に甘やかしてやる。砂糖水より甘くするぞ」

ポカンとしたタクマが少ししてクスリと笑う。
「僕は、カブトムシですか」

「カブトムシ? 何だ?」

「あ、カブトムシはリリアにはいませんか?日本では夏に出る虫です。かっこよくて、子供が夢中になります。甘い水が大好きで、砂糖水でおびき寄せて捕獲するって本に書いてありました」

「ふうん。そうだな。捕獲するという点では、合っているか。タクマは俺に捕獲されたんだ」

首元を尻尾でくすぐると嬉しそうにキャハハと笑う。可愛くて、ベッドでじゃれ合う。これから少しずつ心を分かりあっていこう。

この日は行儀悪くベッドでお菓子を食べた。こんなのもたまには良い。

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