生きることが許されますように

小池 月

文字の大きさ
12 / 48
Ⅰ章 生きることが許されますように

9 侵入者 <SIDE:タクマ>

しおりを挟む
「え?」

森の中に、僕ひとり。緩やかな風に、葉のさえずり。急に心細くなる。背筋を嫌な汗が流れる。基地まで、ルーカス様のところまで、急がなきゃ。心臓が音を立てて鳴り出す。足が、震える。

「タクマ様!」
遠くから知っている声。心から安堵する。

「トムさん!」
呼んだ時、身体が浮いた。誰かの脇に、抱えられている? 一瞬で分からなかった。

「タクマ様を離せ!」
少し距離のあるところからのトムさんとサムさんの声。

 僕は、荷物みたいに扱われている。ぞっとするほど優しさが無い。身体をくの字に折り曲げられていて、僕からはこの獣人の足と地面しか見えない。

頭に血が上る。左手の力をぬくと肩が外れそうになる。右手で必死におさえることで精いっぱい。「離して、おろしてください!」と必死で声を上げる。血が上って頭がガンガンする。

「うお!」「ぐあ~!」と声がいくつか飛んで、静かになる。サムさんとトムさんは? 

そのまま、獣人が走り出す。振動で頭が痛む。そのうち、どさりと地面に落とされる。衝撃にうめき声をあげるが、構わず足で蹴り転がされる。

顔を足で上向きにされる。容赦のない扱いに「うぅ」と声が漏れる。

「これが、神の御使いか」
「へぇ」

 三人。僕を覗き込む獣人が、三人だ。耳と尻尾、ライオンだ。

ルーカス様以外の獅子を初めて見た。怖くて、立ち上がることも出来ない。僕は、どうなるのか。ごくりと唾を飲み込む。

急に蹴り転がされる。ケガをするほどじゃない。何? 起き上がろうとすると、また、転がされる。起き上がるのをやめてみる。そうするとゾッとするような怖い顔の獅子獣人が冷たい声を出す。
「立て」
命じられる。何がしたいのか、分からない。立とうとすれば、蹴り転がされる。繰り返すうちに足がガクガクして、起き上がろうとしても起き上がれなくなった。疲労で息がきれる。

それでも、休めば「立て」と命令されて、どうしていいか分からなくなる。

「ぷはっ。お前、それ好きだよな。小型、立てなくして引きずりたいんだろ?」
頭の上から声がする。

「暴れられたら面倒だからな。殴って死なれたら困る。小型は力加減が難しい。これが一番簡単だ。おい、立て」

声がするけれど、全身の筋肉がブルブルしていて、本当にもう起き上れない。

すると、身体を持ち上げられて、一メートルほどの高さから地面に落とされる。大きなケガになるほどではないけれど、全身の痛みと衝撃。疲れ切った筋肉が限界まで疲労させられる。繰り返し落とされるうちに意識がもうろうとする。

「タクマ!」
声。あぁ、幻聴だろうか。ルーカス様だ。頭がぼんやりして、指の一本も動かせない。地面に落とされたまま、姿勢もなおせず必死で息をする。

「チッ。早かったな」

「何のつもりだ! タクマを離せ!」

ルーカス様、怒っている。はっきりしない頭で、ルーカス様の怒りの圧を感じた。

「何のつもりもないだろう。リリアの皇子よ。お前は、不公平だと思わないのか? 俺たちはルドの王族だ。言いたいことが分かるか?」

「全くわからんな。お前たちがルドの者ならば、なぜリリアに足を踏み入れている。天の川の神が許すはずがない」

「そうさ。川に入れば、神は許さないだろうな。だが、王族には羽がある。川に入らず、こちらに渡れる。ルドは、王子が沢山いるのさ。俺たち末端の王族は王位には程遠い。だから、神の御使いを作って王に献上したり、王位継承権をめぐって色々画策しているんだよ。なぁ、リリアの皇子。お前たち、神の御使いを作る努力を怠っているだろう。それなのに、俺たちが川に献上した御使いどもを横取りして。おこぼれにありついて、ずるいだろう。リリアに流れ着いた者は、俺たちの献上物だったんだぞ。だから、この御使いは俺らがもらっていく。こいつ、ルドの者でもリリアの者でもないな。面白い献上物になる。コレは、俺たちが貰う」

僕を転がしていた獣人が、僕を脇に抱える。もう抵抗する体力がない。涙が、溢れる。届かないと分かっているがルーカス様を小さな声で呼び続ける。この場にいる獅子たちの威圧で、疲労で、涙で、頭がガンガンする。

「タクマは絶対に渡さん」

ルーカス様の声がはっきりと聞こえた。

「ほう。どうするか? 獅子一匹で、こちらの獅子三匹を相手にするか?」

僕を抱えている獣人が、笑っている。この獣人はルーカス様を傷つけるつもりだ。沸々と怒りが心に沸き上がる。動かないと思った身体が、怒りで動いた。僕を抱える腕に、思いっきり噛みついた。

「痛っ! このクソガキ!」

腕から落とされ、蹴り上げられる。さっきまでの力と比べ物にならない蹴り。息が止まる。近くの木まで僕の身体が吹き飛んだ。

木に衝突する前に、大きな体に受け止められる。顔を見なくても、分かる。ルーカス様だ。知っている匂いに、優しい腕に、手に、涙が溢れる。

ルーカス様にしがみつこうとしたけれど、ルーカス様が吹き飛ぶ。二匹の大きな羽のあるライオンに体当たりされて、噛みつかれて、もみくちゃにされる。僕の喉の奥から悲鳴が上がった。こんなに大きな声が出たのかと思うほどの悲鳴が出た。

「いやだぁ!! ルーカス様ぁ!! やめて! やめてー!!」

駆け寄ろうとするが、僕を蹴り飛ばした獣人に捕まる。

「俺はこいつを連れて先に行く! 後で来い」

獣人は、一瞬で大きな羽のあるライオンに変身した。大きな口で僕の脇腹を咥えて一気に舞い上がる。

ありえない。空、飛んでる。高さと怖さに身動きが出来ない。あっという間に地面が遠ざかる。ズンズン近づく大きな川。ぞっとする。ルドに、行くの?

そのうちに二体の羽のあるライオンが追い付いてくる。二体とも流血している。

ルーカス様は?? まさか、そんなこと、ない、よね。言葉にならない不安に身体が震える。こんなの、嘘だ。嫌だ。嫌だ。

「嫌だぁあ!! 嫌ぁあ!!」

大声を上げて泣き叫んだ。

うるさい、と言うように、咥えていた牙を僕の身体に少し食い込ませてくる。痛い。悔しくて、暴れた。

よくも、ルーカス様を。許せない。死んでもいいから暴れてやる。手足を無茶苦茶に振り回した。牙が食い込む。僕の身体なんてどうなっても構うものか。

そのうち、空中でバランスを崩したライオンが高い飛行から川の水面近くまで高度が落ちていることに気が付いた。そうだ。川に入ってしまえばいい。

天の川の神様は、もう僕を助けてくれないかもしれない。それでもいい。優しい国に僕を招いてくれて、ありがとう。僕は、ルドには行きたくない。

僕をルーカス様のところに連れて行ってください。

そう願い川に手を伸ばす。もう少しで川に触れる。そこで、またライオンが高度を上げる。あぁ、あと少しなのに。その時。

 川が高い波を起こした。川の上を飛ぶ三匹と僕が、波にのまれる。

僕はやっぱりここの神様は優しいと思った。僕の願いを聞いてもらえた。ありがとうございます。どうかこのままルーカス様のところに導いてください。心を込めて伝えた。

川の水は、とても温かい水だった。苦しくない。いつまでも包まれていたいような場所。良く知っているような温かさに涙が溢れた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

BL
記憶喪失の中目覚めると、知らない騎士の家で寝ていた。だけど騎士は受けを酷く嫌っているらしい。 騎士×???

鬼神と恐れられる呪われた銀狼当主の元へ生贄として送られた僕、前世知識と癒やしの力で旦那様と郷を救ったら、めちゃくちゃ過保護に溺愛されています

水凪しおん
BL
東の山々に抱かれた獣人たちの国、彩峰の郷。最強と謳われる銀狼一族の若き当主・涯狼(ガイロウ)は、古き呪いにより発情の度に理性を失う宿命を背負い、「鬼神」と恐れられ孤独の中に生きていた。 一方、都で没落した家の息子・陽向(ヒナタ)は、借金の形として涯狼の元へ「花嫁」として差し出される。死を覚悟して郷を訪れた陽向を待っていたのは、噂とはかけ離れた、不器用で優しい一匹の狼だった。 前世の知識と、植物の力を引き出す不思議な才能を持つ陽向。彼が作る温かな料理と癒やしの香りは、涯狼の頑なな心を少しずつ溶かしていく。しかし、二人の穏やかな日々は、古き慣習に囚われた者たちの思惑によって引き裂かれようとしていた。 これは、孤独な狼と心優しき花嫁が、運命を乗り越え、愛の力で奇跡を起こす、温かくも切ない和風ファンタジー・ラブストーリー。

処理中です...