仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子

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四年前1

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 エレベーターホールで鉢合わせた和さんは、わかりやすく動揺していた。他に待っている人はいなかったので、開いた扉に二人で乗り込む。
 和さんは妙に距離をとって隅っこの方に立ち、ソワソワと俺の方を見た。

「どうしたんですか」
「……キスでもされるかと思って」
「していいならしますけど」

 距離を詰めて隣に立つと、焦った顔で俺を見上げた。

「会社ではやめろよ」

 肩が触れそうな距離まで近寄った体を押し退けられた。その勢いで素直に離れたが、キスしようと思えばできただろうなと思った。和さん、まあまあMだからな……

 五階でエレベーターが停まり、落ち着かない様子の和さんと一緒に降りる。

「……あれ? お前、この階に用事あるの?」
「三階だとすぐ着くから、五階まで一緒について来ちゃいました」

 呆れ顔の和さんが口を開きかけた時、

「あ、芹」

と名前を呼ばれた。
 同期で同じ課の横瀬は、呼び止めておきながら俺を素通りして和さんと話を始めようとするので、引っ張ってエレベーターに乗り込む。

「吉澤さんと何話してたの」
「普通にただの雑談。横瀬と違って、俺は吉澤さんと仲いいから」

 エレベーターの中で、ムッとした目を向けられるが、無視して階数表示を見続けた。

「芹ばっかりずるい。わたしも吉澤さんがメンターだったら仲良くなれたのに」

 俺はメンターになる前から仲いいから、とマウントを取りたかったが、面倒になりそうなので何も言わなかった。





 和さんと初めて会ったのは、大学三年の秋に参加したインターンシップだった。
 四、五人の学生に社員が一人付くという形式のグループワークで、壁際に並んだ社員を見た時に、あの人がこのグループに来てくれたらいいのに、と思ったのが和さんだった。
 見た目がタイプだったし、多分彼はゲイだと思った。だから和さんが、こんにちは、と俺たちのテーブルに来た時は運命だと、心の中でちょっとはしゃいでしまった。

 そのインターンシップに参加したのに、大した理由はなかった。そこそこ有名な企業で、スケジュールが合ったから。
 エントリーするかどうかもまだわからないし、そもそも働くということに、まだ実感が持てなかった。

 課題に対してグループで話し合って発表するというワークの中で、和さんは出しゃばり過ぎず、いい意見が出れば褒めてくれるし、議論が行き詰まるとさりげなくアドバイスをしてくれた。
 入社二年目と自己紹介されたが、自分が三年後にこんなふうになれるとは、とても思えなかった。
 社会人になるという自覚はまだ全然なかったし、どんな仕事をしたいかも曖昧だったけど、和さんを見て、この人と一緒に働けたらいいな、とは思った。

「芹さん」

 インターンシップ終了後、和さんは俺の名前を呼ぶと、みんなが出て行って閑散とした部屋の隅に手招きした。

「一応、中立の立場だからあんまり言えなかったけど、芹さんのアイデア、凄く良かったよ」

 もしかしてプライベートの連絡先でも訊かれるのかと、ドキドキしながら和さんを見つめていた俺は、拍子抜けしてしまった。
 こんなの、就活生を囲い込むためのリップサービスだ。俺以外にも言っているに決まってる。
 頭ではそう思いながら、顔に血が昇るのがわかった。

 和さんが俺に下心がないのは明らかだった。
 和さんは多分ゲイだと思うけど、思わせぶりな(俺が勝手に思わせぶられてるだけだけど)ノンケには、散々痛い目を見てきたので、浮かれないようにと自制したかったけど、勝手にドキドキしてしまう。

 和さんは俺をエレベーターのところまで見送ってくれた。
 すでにほとんどの学生は帰ってしまって、二人だけでエレベーターを待つ。

「……いずみさんって、珍しい読み方ですね」

 イベント用に作った大きな名札のふりがなを見ていうと、和さんは苦笑した。

「読めないよね。俺のあだ名、小学校の頃からずっと『カズ』だよ」

 俺なら『いずみさん』ってちゃんと呼ぶのに。
 なかなか来ないエレベーターに、和さんは腕時計を確認した。

「あ、もう昼休みだ。食事に行く人で渋滞してるんだと思う」

 引き止めてごめんね、と和さんは謝ったけど、ずっと渋滞してればいいと思った。

「昼は社食で食う人が多いかな。外に行ったり、弁当持ってくる人もいるけどね」

 和さんは、会話が途切れないように気を遣ってくれていた。

「和さんは何食べるんですか」

 俺は無言でも気まずいとは思わないけど、和さんのことは知りたかった。

「今日は外に行こうかな。店はすげえ汚いけど、すげえ旨い中華があるんだよ。肉団子がゴルフボールくらいあんの」

 もしかしてこの後、昼飯に誘われるのかと思ったけど、和さんは屈託なく笑って、

「芹さんがこの会社に入ったら一緒に食べようね」

と、ようやく来たエレベーターの扉を押さえて、俺だけ中へ促した。
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