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じゅん

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三章 絡新婦(じょろうぐも)の恋

三章 1

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「なあ。カクテル言葉には、愛に関するものがあるだろ」
 桂男の蘇芳はカウンターテーブルで頬杖をつき、バーテンダーのマルセルを流し見た。いつものように鍛え抜かれた逞しい肉体を見せつけるように、シャツの胸元を広く開けている。一般の男女ならフラリと引き寄せられそうな色香が漂っているが、吸血鬼で美貌のマルセルには通用しない。
「もちろん、ジャンルとしてはそれが一番多いですね。『純愛』『誠実な愛』『無償の愛』」
「もっと刺激的なメッセージはねえのかよ」
 マルセルは三本刃のアイスピックで丸氷を作る手を止めて、しばし考える。
「『死んでもあなたと』『あなたの心を奪いたい』『あなたと夜を過ごしたい』」
「おっ、いいのがあるじゃねえか。最後のやつを作ってくれ」
「ビトウィーン・ザ・シーツですね。ベッドに入ってと誘うようなカクテルです」
「ますますいいね」
 蘇芳は身を乗り出した。
「……おや、残念です。ホワイト・キュラソーが切れています。いつものギムレットでいいですね」
「おいおい」
 慣れてきた二人の会話を聞きつつ、毬瑠子はつまみのミックスナッツを皿に盛っていた。
 蘇芳の隣りには露草色の着流し姿の青藍が座っている。正面にノートパソコンを置いていて、画面を見つめていた。
「青藍、なにをしているの?」
 毬瑠子は尋ねた。凛とした一重の瞳が毬瑠子を見上げる。頭部にはさらりとした黒髪に小さい角が二本生えていた。
 青藍がこの店にやって来てから一週間ほどが経ち、名前を呼び捨てにできる仲になった。
「蘇芳にプログラミングを教えてもらっている」
 毬瑠子は目を丸くした。
「そ。俺が複数やっているビジネスの一つに、あやかしの派遣業もある」
「派遣業」
 毬瑠子は繰り返した。意味がわからないのではない。「あやかしの派遣」という言葉に頭がついていけなかった。
「今日日、あやかしも人の社会で生きていかないといけねえからな。青藍みたいに人里離れた場所から街に出てきて、右も左もわからないってヤツも珍しくない。それをサポートしてやるんだよ」
 蘇芳は顔が広そうだと思っていたが、そんな仕事柄のせいだったのかもしれない。
「人に化けられるヤツは人前に出る仕事を紹介するし、青藍のように化けられなければリモートワークの仕事に就かせる。一昔前と変わって、顔を合わせなくてもいい仕事が増えたから便利だよな。こいつは覚えもいいし、エンジニアに育てているところだ」
 その言葉に反応して、青藍は蘇芳に小さく頭を下げる。
「鬼のエンジニア……」
 毬瑠子は呆気にとられた、やっぱりオウムのようにただ言葉を繰り返してしまう。
 しかし思えばマルセルだって吸血鬼のバーテンダーなのだ。あやかしは人間社会に溶け込んでいるともマルセルは言っていた。
「あやかしも働かねえと食えねえのよ。世知辛いよな」
 そう言って蘇芳はギムレットに口づける。
 驚きはしたが、今後はあやかしとして生きねばならない毬瑠子としては朗報だ。既に人とあやかしを結ぶシステムは構築されているらしい。
 それに、このバーでアルバイトを始めて三週間がすぎたが、恐ろしいあやかしは一人も来店しなかった。これもマルセルの言ったとおりだ。
 突然、自分は半妖なのだと言われて不安になったが、マルセルたちといればやっていけるかもしれない。そんな安心と信頼感が芽生え始めていた。
「青藍、それ、難しい?」
 ちらりと英単語が羅列する画面を見せてもらったが、毬瑠子にはちんぷんかんぷんだ。
「そうでもない。蘇芳は教え方が上手い」
「よく言った。指導のしがいがあるな」
 蘇芳が大きな手で青藍の頭をくしゃりとなでると、青藍は嬉しそうにはにかんだ。膝の上には猫の姿でクロがくつろいだように眠っている。
 長年孤独に過ごしていた青藍は、こうして誰かと関わっているだけで楽しいようだ。
 そのとき、ドアベルがカランと鳴った。
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