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二章 引きこもりの鬼
二章 11
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青藍はじっと毬瑠子を見つめている。
「そんなに私、忍さんに似ているんですね」
毬瑠子は拗ねたくなる。忍ではなく、毬瑠子として見てほしい。
青藍は「あっ」とつぶやいて視線をそらした。頬が染まる。
「悪い、不躾だな」
謝った青藍は、表情を改めて毬瑠子を見上げた。
「なあ、あんたが忍の生まれ変わりなら、オレのことをなにか覚えていないか? ずっと忍に償いたいと思っていたんだ」
「生まれ変わりというのがどういうものなのか、私にはよくわからないけど……」
毬瑠子は思っていたことを伝えることにした。
「そんなに似ているのなら、私は忍さんの子孫なのではないでしょうか」
「子孫?」
毬瑠子はうなずいた。
「私のおばあちゃんの、そのまたおばあちゃんの……というご先祖様が忍さん。つまりそれは、忍さんは土砂で亡くなっていないということです」
「えっ」
青藍が瞠目する。
「忍が、死んでいない?」
「はい。そうじゃないと私が生まれませんから。それとも、忍さんは双子だったり、似た姉妹はいましたか?」
「いや、毬瑠子にきょうだいはいなかった。既に所帯を持って子供がいるということもない」
「土砂で誰か亡くなったか、確かめましたか?」
「いや……」
鬼の青みがかった瞳が揺れる。
「それならきっと、忍さんたち一家は土砂に気づいて、家から避難していたんですよ」
その可能性が高い気がした。青藍と一晩ともに過ごしていたのなら、土砂があった時も起きていたはずだ。異変に気付いてすぐに家を飛び出すこともできたのではないか。
「こうして忍さんの容姿にそっくりな私が生まれて青藍さんに会いに行くなんて、偶然とは思えません。きっと忍さんが導いてくれたんですよ。私は死んでなかったんだよ、もう山からおりてきて、って伝えるために」
「そうだろうか」
「そうですよ」
毬瑠子はこぶしを握って力強く肯定する。青藍は俯きながら片手で顔を覆った。頬に一筋の涙が流れる。
「……ありがとう」
毬瑠子は首を横に振る。胸がほっこりと温かくなった。
「ところで青藍、これからどこで暮らすのですか?」
小豆粥を食べようとしていた青藍は手をとめた。
「そういえば、考えていなかった。雨風がしのげるところなんていくらでもあるだろうから、町の探索がてら探してみる」
青藍は先ほどのやり取りで乱れていた襟元をすっと手で直した。浮いた鎖骨から影が落ちている。
「どうでしょう。わたしはこの店の二階に住んでいるのですが、部屋があまっています。あなたもここで暮らしますか?」
「え?」
「えっ?」
青藍だけでなく、毬瑠子も思わず声を出してしまった。
「厄払いをしてくれただけでありがたいのに、これ以上あんたに迷惑をかけるわけにはいかない」
「迷惑ではありませんよ。あなたにとって現代はわからないことも多いでしょうし、新しい生活の基盤ができるまでここにいるといいでしょう。毬瑠子も毎日のように店に来ますから」
「はい」
毬瑠子はコクコクとうなずく。
ここに来たら青藍に会えるのだと思うと胸が熱くなった。
「ボクもここに住んでるにゃ。一緒に暮らすにゃ」
クロも青藍の袖を引っ張って誘う。
「オレにとっては願ってもない話だが……、本当にいいのか?」
自分がいると誰かが不幸になるのではという疑心暗鬼が、青藍は骨の髄まで染みついているようだ。
「だめなことは初めから提案しませんよ」
マルセルは笑みを深める。
青藍は慣れない言語を何度も脳内で繰り返して理解するように、時間をかけて顔をほころばせた。
「オレはどうやったら消えてなくなれるのかってことばかり考えていたが、生きてりゃこんなこともあるんだな」
その儚げな笑顔に打たれた毬瑠子は、青藍にはこれからたくさん幸せになってほしいと心から願った。
「そんなに私、忍さんに似ているんですね」
毬瑠子は拗ねたくなる。忍ではなく、毬瑠子として見てほしい。
青藍は「あっ」とつぶやいて視線をそらした。頬が染まる。
「悪い、不躾だな」
謝った青藍は、表情を改めて毬瑠子を見上げた。
「なあ、あんたが忍の生まれ変わりなら、オレのことをなにか覚えていないか? ずっと忍に償いたいと思っていたんだ」
「生まれ変わりというのがどういうものなのか、私にはよくわからないけど……」
毬瑠子は思っていたことを伝えることにした。
「そんなに似ているのなら、私は忍さんの子孫なのではないでしょうか」
「子孫?」
毬瑠子はうなずいた。
「私のおばあちゃんの、そのまたおばあちゃんの……というご先祖様が忍さん。つまりそれは、忍さんは土砂で亡くなっていないということです」
「えっ」
青藍が瞠目する。
「忍が、死んでいない?」
「はい。そうじゃないと私が生まれませんから。それとも、忍さんは双子だったり、似た姉妹はいましたか?」
「いや、毬瑠子にきょうだいはいなかった。既に所帯を持って子供がいるということもない」
「土砂で誰か亡くなったか、確かめましたか?」
「いや……」
鬼の青みがかった瞳が揺れる。
「それならきっと、忍さんたち一家は土砂に気づいて、家から避難していたんですよ」
その可能性が高い気がした。青藍と一晩ともに過ごしていたのなら、土砂があった時も起きていたはずだ。異変に気付いてすぐに家を飛び出すこともできたのではないか。
「こうして忍さんの容姿にそっくりな私が生まれて青藍さんに会いに行くなんて、偶然とは思えません。きっと忍さんが導いてくれたんですよ。私は死んでなかったんだよ、もう山からおりてきて、って伝えるために」
「そうだろうか」
「そうですよ」
毬瑠子はこぶしを握って力強く肯定する。青藍は俯きながら片手で顔を覆った。頬に一筋の涙が流れる。
「……ありがとう」
毬瑠子は首を横に振る。胸がほっこりと温かくなった。
「ところで青藍、これからどこで暮らすのですか?」
小豆粥を食べようとしていた青藍は手をとめた。
「そういえば、考えていなかった。雨風がしのげるところなんていくらでもあるだろうから、町の探索がてら探してみる」
青藍は先ほどのやり取りで乱れていた襟元をすっと手で直した。浮いた鎖骨から影が落ちている。
「どうでしょう。わたしはこの店の二階に住んでいるのですが、部屋があまっています。あなたもここで暮らしますか?」
「え?」
「えっ?」
青藍だけでなく、毬瑠子も思わず声を出してしまった。
「厄払いをしてくれただけでありがたいのに、これ以上あんたに迷惑をかけるわけにはいかない」
「迷惑ではありませんよ。あなたにとって現代はわからないことも多いでしょうし、新しい生活の基盤ができるまでここにいるといいでしょう。毬瑠子も毎日のように店に来ますから」
「はい」
毬瑠子はコクコクとうなずく。
ここに来たら青藍に会えるのだと思うと胸が熱くなった。
「ボクもここに住んでるにゃ。一緒に暮らすにゃ」
クロも青藍の袖を引っ張って誘う。
「オレにとっては願ってもない話だが……、本当にいいのか?」
自分がいると誰かが不幸になるのではという疑心暗鬼が、青藍は骨の髄まで染みついているようだ。
「だめなことは初めから提案しませんよ」
マルセルは笑みを深める。
青藍は慣れない言語を何度も脳内で繰り返して理解するように、時間をかけて顔をほころばせた。
「オレはどうやったら消えてなくなれるのかってことばかり考えていたが、生きてりゃこんなこともあるんだな」
その儚げな笑顔に打たれた毬瑠子は、青藍にはこれからたくさん幸せになってほしいと心から願った。
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