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2 ひとりかくれんぼ【恐怖指数 ☆☆☆★★】
ひとりかくれんぼ【恐怖指数 ☆☆☆★★】 4
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「こっちにおいで。翔陽が『ひとりかくれんぼ』を始めてるよ」
京四郎に手招きをされる。お言葉に甘えてと、京四郎のとなりの椅子に座った。モニターは二画面に分かれている。ひとつは押し入れを外側から映していて、もう一つは翔陽がアップで映っていた。全体的に暗く、翔陽は緑色になっている。アカリがライトを持って出たので、暗い部屋が映る暗視モードになっているのだ。
《さて、準備の終わったぬいぐるみを、水を張った洗面台に置く》
翔陽はペンライトで照らしながら、洗面台に栓をしてペットボトルの水を入れると、そこにサルのぬいぐるみを置いた。ぬいぐるみが水に浸かる。
《ぬいぐるみには名前をつけなきゃいけないんだよな。このサルの名前は、サルッチにした。最初の鬼は翔陽だから。最初の鬼は翔陽だから。最初の鬼は翔陽だから》
そうぬいぐるみに向かって言ってから、翔陽は自撮りをしながら洗面所を出て和室に行き、また洗面所に戻った。
《サルッチ見つけた》
翔陽はぬいぐるみをカッターで刺した。
「お腹を開いたり、カッターで刺したり、ぬいぐるみがかわいそうだね」
アカリが眉を寄せると、京四郎はうなずいた。
「『ひとりかくれんぼ』は、そういう儀式なんだよ」
《次はサルッチが鬼》
そう言った翔陽は塩水が入ったコップを持って、隠れると決めていた押し入れに入って襖を閉めた。そしてペンライトを消すと、長く息をはく。
《ちゃんとできてるのかな。あとは、三十分ここに隠れてるように言われてるんだ。そうだ、念のため、すぐに逃げられるように襖に隙間を開けておこう。おれはアカリと違って暗くても怖くないから余裕だけど》
「あんなこと言ってる」
アカリは目をとがらせた。
《この儀式は午前三時にしなきゃいけないみたいだけど、そんな時間にみんなと集まれないからな。ちゃんと霊が出てくるといいけど》
一応「かくれんぼ」中なので、翔陽は自撮りカメラに向かって小声で話している。
「翔ちゃん、ずっとカメラに向かってしゃべってるね。もしかして、怖さを紛らわしているのかな? ちょっと顔が強張ってるし」
「かもね」
京四郎はニヤニヤしている。
「京四郎くん、また悪い顔してるよ」
京四郎はきょとんとして、アカリに顔を向けた。
「友達が怖がってるのに、ニヤニヤしてる」
「なんだ。たとえば、お化け屋敷とかホラー映画って、なんのためにあると思う?」
「えっと、怖がりたいから?」
「だろ? 翔陽は正しい楽しみ方をしている。そして、そんな体験者の姿を見守るのが、ぼくたち視聴者の正しい楽しみ方だ」
そう言われると、そんな気がしてくる。
「まあ、ぼくの性格があまりよくないのは事実だけど。アカリくんは知ってるだろ」
(自覚してたんだ)
アカリはパチパチとまばたきをした。
昨年の英語の授業を思い出す。担任の女性の先生は、あまり英語が得意ではなかったようだ。京四郎に毎回、発音を直されるので、泣いてしまったことがあった。
(中学になっても同じようなことしてるから、京四郎くんは成績はいいのに、先生ウケは悪いんだよね……)
そんなことを思いながら、アカリは画面に映った翔陽に視線を戻す。
「どうやったら、かくれんぼは終わるの?」
「コップの塩水を半分口にふくんでから押し入れから出て、ぬいぐるみに塩水をかけて、ふくんだ塩水を吹きかけて、『私の勝ち』と三回繰り返すと終わり。ひとりかくれんぼに使ったぬいぐるみは燃やす」
《ん? なんか音がしねえ?》
翔陽が動きをとめて、耳をすますようなしぐさをする。京四郎はモニターのボリュームを上げた。
(なにも聞こえないけど)
アカリはじっとモニターを見た。外側から押し入れを映しているカメラの映像にも変化はない。
《なんか、畳をこする音がする。鬼がおれのこと探してるのかな》
これは霊を呼ぶかくれんぼ。今の鬼は、ぬいぐるみ。
《別の音も聞こえる。ほら、ピチャン、ピチャン、って》
確かに、かすかに水音がするような気もする。
「あっ」
モニターが乱れた。和室に、もやのようなものも映る。アカリと京四郎は顔を見合わせた。
心霊現象が起こり始めている。
《なんかさ、襖の隙間から、なにか見えそうなんだよ。ほら》
翔陽は自撮りをしていたカメラをひっくり返して、押し入れの内側から襖を映した。指が通る程度の狭い隙間が開いているのが、アカリたちが見ているモニターに映る。
《外になにかいねえ?》
「和室はもやがかかっているだけだ」
「隙間のところも、ただ暗いだけだよね」
アカリたちが、モニターから目をそらさずにそう言った瞬間……。
襖の隙間に、見開かれた二つの目が現れた。
顔を横にして、押し入れを覗き込む、血走った濁った瞳。
《うわあぁぁっ!》
翔陽が叫んだ。間近でその目を見たのだろう。
自撮り用のカメラが投げ出された。和室の壁際に設置したカメラで、翔陽が押し入れから飛び出したのがわかる。カメラのフレームからすぐに外れた。
アカリはアパートのドアに目を向けた。翔陽が逃げ出してくるかと思ったのだ。
しかし、ドアは開かない。
「アカリくん、こっち」
京四郎はモニターを指さした。翔陽がゆっくり、あとずさりで和室に戻ってくるのが映っている。
「なにしてるの翔ちゃん、なんでアパートから出てこないの?」
京四郎に手招きをされる。お言葉に甘えてと、京四郎のとなりの椅子に座った。モニターは二画面に分かれている。ひとつは押し入れを外側から映していて、もう一つは翔陽がアップで映っていた。全体的に暗く、翔陽は緑色になっている。アカリがライトを持って出たので、暗い部屋が映る暗視モードになっているのだ。
《さて、準備の終わったぬいぐるみを、水を張った洗面台に置く》
翔陽はペンライトで照らしながら、洗面台に栓をしてペットボトルの水を入れると、そこにサルのぬいぐるみを置いた。ぬいぐるみが水に浸かる。
《ぬいぐるみには名前をつけなきゃいけないんだよな。このサルの名前は、サルッチにした。最初の鬼は翔陽だから。最初の鬼は翔陽だから。最初の鬼は翔陽だから》
そうぬいぐるみに向かって言ってから、翔陽は自撮りをしながら洗面所を出て和室に行き、また洗面所に戻った。
《サルッチ見つけた》
翔陽はぬいぐるみをカッターで刺した。
「お腹を開いたり、カッターで刺したり、ぬいぐるみがかわいそうだね」
アカリが眉を寄せると、京四郎はうなずいた。
「『ひとりかくれんぼ』は、そういう儀式なんだよ」
《次はサルッチが鬼》
そう言った翔陽は塩水が入ったコップを持って、隠れると決めていた押し入れに入って襖を閉めた。そしてペンライトを消すと、長く息をはく。
《ちゃんとできてるのかな。あとは、三十分ここに隠れてるように言われてるんだ。そうだ、念のため、すぐに逃げられるように襖に隙間を開けておこう。おれはアカリと違って暗くても怖くないから余裕だけど》
「あんなこと言ってる」
アカリは目をとがらせた。
《この儀式は午前三時にしなきゃいけないみたいだけど、そんな時間にみんなと集まれないからな。ちゃんと霊が出てくるといいけど》
一応「かくれんぼ」中なので、翔陽は自撮りカメラに向かって小声で話している。
「翔ちゃん、ずっとカメラに向かってしゃべってるね。もしかして、怖さを紛らわしているのかな? ちょっと顔が強張ってるし」
「かもね」
京四郎はニヤニヤしている。
「京四郎くん、また悪い顔してるよ」
京四郎はきょとんとして、アカリに顔を向けた。
「友達が怖がってるのに、ニヤニヤしてる」
「なんだ。たとえば、お化け屋敷とかホラー映画って、なんのためにあると思う?」
「えっと、怖がりたいから?」
「だろ? 翔陽は正しい楽しみ方をしている。そして、そんな体験者の姿を見守るのが、ぼくたち視聴者の正しい楽しみ方だ」
そう言われると、そんな気がしてくる。
「まあ、ぼくの性格があまりよくないのは事実だけど。アカリくんは知ってるだろ」
(自覚してたんだ)
アカリはパチパチとまばたきをした。
昨年の英語の授業を思い出す。担任の女性の先生は、あまり英語が得意ではなかったようだ。京四郎に毎回、発音を直されるので、泣いてしまったことがあった。
(中学になっても同じようなことしてるから、京四郎くんは成績はいいのに、先生ウケは悪いんだよね……)
そんなことを思いながら、アカリは画面に映った翔陽に視線を戻す。
「どうやったら、かくれんぼは終わるの?」
「コップの塩水を半分口にふくんでから押し入れから出て、ぬいぐるみに塩水をかけて、ふくんだ塩水を吹きかけて、『私の勝ち』と三回繰り返すと終わり。ひとりかくれんぼに使ったぬいぐるみは燃やす」
《ん? なんか音がしねえ?》
翔陽が動きをとめて、耳をすますようなしぐさをする。京四郎はモニターのボリュームを上げた。
(なにも聞こえないけど)
アカリはじっとモニターを見た。外側から押し入れを映しているカメラの映像にも変化はない。
《なんか、畳をこする音がする。鬼がおれのこと探してるのかな》
これは霊を呼ぶかくれんぼ。今の鬼は、ぬいぐるみ。
《別の音も聞こえる。ほら、ピチャン、ピチャン、って》
確かに、かすかに水音がするような気もする。
「あっ」
モニターが乱れた。和室に、もやのようなものも映る。アカリと京四郎は顔を見合わせた。
心霊現象が起こり始めている。
《なんかさ、襖の隙間から、なにか見えそうなんだよ。ほら》
翔陽は自撮りをしていたカメラをひっくり返して、押し入れの内側から襖を映した。指が通る程度の狭い隙間が開いているのが、アカリたちが見ているモニターに映る。
《外になにかいねえ?》
「和室はもやがかかっているだけだ」
「隙間のところも、ただ暗いだけだよね」
アカリたちが、モニターから目をそらさずにそう言った瞬間……。
襖の隙間に、見開かれた二つの目が現れた。
顔を横にして、押し入れを覗き込む、血走った濁った瞳。
《うわあぁぁっ!》
翔陽が叫んだ。間近でその目を見たのだろう。
自撮り用のカメラが投げ出された。和室の壁際に設置したカメラで、翔陽が押し入れから飛び出したのがわかる。カメラのフレームからすぐに外れた。
アカリはアパートのドアに目を向けた。翔陽が逃げ出してくるかと思ったのだ。
しかし、ドアは開かない。
「アカリくん、こっち」
京四郎はモニターを指さした。翔陽がゆっくり、あとずさりで和室に戻ってくるのが映っている。
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