Nova | 大人気アイドル×男前マネージャー

むぎしま

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本編

05 忘れられない

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 どうにか櫻井から離れて部屋に戻ったものの、そのまま眠れるはずもなかった。首元や腹に残る感触が、シャワーを浴びても消えてくれない。
 向けられた視線、迷いのない距離、触れた身体の反応──言葉より先に、それらがすべてを物語っていた。
(……あいつ、俺に欲情してた)
 自分がちゃんと、性の対象として見られていた。それを自覚した途端、心臓の奥が跳ね、甘く痺れるような熱が指先まで駆け抜けていった。

 それからの日々は、浮ついていた。
 仕事に集中してるつもりでも、ふとした瞬間に思い出してしまう。櫻井来夢らいむの声を、体温を、あの夜のことを。
 意識するなと言い聞かせるほど、『好きだ』という気持ちは、静かに、でも確実に溢れてきた。

 あの日から、Star Novaとキスをしなくなった。したいと思わなくなった。代わりに、飲んで寂しくなると、櫻井来夢に会いたくなった。
 今日だって、Starの面々と飲んでいたはずなのに。……気がつけば、吸い寄せられるように櫻井の部屋の前まで来ていた。
 来てはいけないと思う気持ちよりも、会いたいという衝動の方が、ずっと強かった。
 自分がずるいことくらい分かっていた。踏み込む勇気はないくせに、手放す覚悟もない、ダセェ人間だ。
 それでも、ひとりの部屋に戻る勇気もなかった。

「櫻井……居るか?」
「本郷さん? ……今開けます」
 扉を開けた櫻井は、戸惑ったように目を瞬かせながらも、何も言わずに中へ通してくれた。
 ソファに並んで腰を下ろすと、本郷は、堪えきれずに距離を詰めた。キスをねだるような仕草に、櫻井は小さく頭を掻いて、困ったように笑う。
「襲われちゃいますよ」
「付き合ってもねぇのに、そんな事すんのか」
 本郷は言いながら、櫻井の服の裾を指先でつまむ。
「こんなおねだりされて、付き合ってもないって、酷いですよ」
「他の奴とキスするなって言ったのは、お前だろ。……今までStarにしてたことを、お前にしてるだけだ」
 嘘じゃない、と自分に言い聞かす。なかなか触れてこない櫻井に、本郷は寂しげな表情を浮かべた。
「ふぅん。Starのみんなには、もうしてないんですよね」
「……さぁな」
「今日だって、Starのみんなと集まってたんでしょう? 俺の言うことなんて無視すればいいのに。なのにわざわざ、俺のところに来た」
「キスすんのか、しねぇのか、どっちなんだ」
 耐えきれずに吐き出した本郷の声は、少しだけ掠れていた。

 櫻井は一度だけ深く息を吐き、視線を落とす。その先には、掴まれていた自分の服の裾と、力を失いかけた本郷の指があった。
 躊躇うような間のあと、櫻井はその指を上から包み込む。振りほどくでも、引き寄せるでもなく、ただ確かめるように触れ、そのまま両手で掬い上げた。
 祈るような形になった手を離さないまま、ゆっくりと顔を上げ、本郷と視線を重ねる。
 熱を帯びた視線に絡め取られ、本郷はたまらず、喉の奥でごくりと生唾を飲み込んだ。

「俺の恋人になってください」

 咄嗟に言葉を返せなかった。嬉しくないわけじゃない。ただ、それ以上踏み込めば、もう誤魔化せなくなると分かっていた。
「……言っただろ。自分とこのタレントに、手出す訳には……」
「キスはしてるのに?」
「それは、その……Starと俺がキスしてることは、ファンのみんなも知ってるし」
 自分でも苦しい言い訳だと分かっていた。それでも、これ以上踏み込めば、全てを壊してしまう気がして。
 櫻井の指が、本郷の頬をなぞった。逃げ道を塞ぐように、でも触れ方は驚くほど優しい。じっと見つめる瞳は、甘さの奥に、激しい熱を孕んでいた。

「そういえば、Novaの決まりを聞いてませんでしたね。Novaは、恋愛禁止なんですか?」
「別に、禁止はしてねぇよ。ただ遊びとか、ワンナイトとか、そういう軽いのはやめろって言ってる」
「じゃあ、大丈夫ですよ。俺の愛は、重いので」
 本郷を抱き寄せ、耳元へキスをする。まるで逃げ道を塞ごうとするかのように、囁きを落としていった。
「俺と付き合ってください。大切にします」
「……あ、相手が問題なんだ! 俺とお前は、その……タレントとマネージャー、なんだぞ」
「だから? 何の問題があるんです?」
 本郷は言葉に詰まる。
 理由は分かっているはずなのに、喉の奥で形にならない。
「そりゃ……だから……」
「大事な商品に傷を付けることになる、ってことですか」
 一瞬、櫻井の視線が揺れた。
 怒りでも、嘲りでもない。静かな諦めの色。
「俺たちは所詮、事務所の〝物〟ですもんね。物の感情なんてどうでもいいんでしょう」
「そんなこと……!」
「俺がどれだけ貴方を想ってるかなんて、貴方にとっては、どうでもいいことなんですよね。──なのにこうやって、悪戯に近付いてきて……」
 櫻井の身体が、ゆっくりと離れていく。
 さっきまで確かにあった熱が、空気にさらされて消えていく。

 本郷は完全に言葉を失っていた。
 否定したい。引き留めたい。けれど、どんな言葉も言い訳にしかならず、喉の奥で凍りつく。
「……今日は、もう、帰る」
 本郷が低く呟いた。櫻井の方を見ないまま、立ち上がる。
「キスはいいんですか?」
 引き留めるような声に、本郷は一瞬だけ動きを止めたが、振り返らなかった。
「ひとりで眠れますか?」
「……いい大人なんだぞ」
 自分に言い聞かせるような言葉。櫻井は何も言わず、その背中を見つめている。
「分かりました」
 静かな声だった。責めるでも、縋るでもない、覚悟を決めた声音。
「じゃあ、もう、俺は──諦めます」
 本郷の指が、ドアノブにかかる。一瞬、何かを言いかけて、結局、何も言えずに扉を開けた。
 背後で、何の音もしない。振り返れば、櫻井はそこに居るはずなのに、それでも本郷は振り返らなかった。

 扉を閉める直前、胸の奥がひどく痛んだ。
 追いかけてほしいわけじゃない。
 引き留めてほしいわけでもない。
 それでも──この一歩が、取り返しのつかないものになる気がして、息が詰まった。

 扉が、静かに閉まった。廊下に一人残されて、本郷はしばらく動けずにいた。
 喉の奥が、ひりつくように痛んだ。呼吸の仕方さえ、分からなくなる。

 守るために選んだ距離が、拒絶として伝わったことを、痛いほど理解してしまった。
 それでも、今は戻れなかった。
 この関係に名前をつける覚悟が、自分にはまだ、足りなかったから。
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