「おまえの幸せのためなら、オレは全て犠牲にできる。世界も、オレ自身でさえも。」~勇者の友情、魔王の涙外伝2~

火威

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第三幕

「おまえの幸せのためなら、オレは全て犠牲にできる。世界も、オレ自身でさえも。」~勇者の友情、魔王の涙外伝2~

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第三幕
 
 翌日の早朝。
 フェアは基本的に、就寝も早くて起床も早い。そして寝起きもいい。目を開けた瞬間から完全に覚醒している。
「なあ、ラント、起きろよ。」
と、ラントの肩を揺すって起こす。
「…なんだ?」
と目を開けたラントは、窓から差し込む淡い光から、まだ早朝と呼ぶべき時間だと知って、不機嫌な声になる。
「こんな時間に起こすな。」
「でも、見ろよ。なんか、あっちの通り、人が集まってるぞ。」
と、フェアが窓の外を指さす。
 泊まっている宿は、街のメイン・ストリートからはやや外れている。そこからさらに離れているので、人が集まっているのは、町の外れであり、人だかりができるのは不自然だった。しかも、いくら祭の期間中とはいえ、屋台の一つも開いていないであろう時間に。
 何かがあったことは明らかだ。
「行こうぜ。」
と、言うが早いが、フェアはすぐに着替えだす。
(やれやれ。)
と、思いながらも、ラントも上着に手をかける。
(本当に、フェアは何にでも首を突っ込むな…。)
 それが、ただの好奇心ではなく、必要なら手を差し伸べたいという思いから来る行動だと知っているので、ラントは付き合うのだ。

 人だかりの中心には、どす黒く変色した血の池。そこに横たわるのは骸。
 それも、惨殺死体と呼ぶべき、無惨な。
 体中、めった刺しにされている。
 貫通するほど深く肉を抉られた傷が何か所もあり、石畳がのぞいている。切り刻まれた四肢は、皮一枚でかろうじてつながっている。
 比較的治安のいいこの町では、盗みや掏りといった軽犯罪は珍しくないが、殺人となると滅多に起きない。しかも、これほど凄惨な遺体など、初めて見るのだろう。人が集まれば声高な会話が始まるのが常だが、流石にしんと静まり返り、異様な雰囲気が漂っていた。
 何年も旅をしてきたフェアとラントは、獣に食いちぎられた遺体や、魔族に惨殺された遺体も見てきているので、町の住人よりは落ち着いていた。その遺体が、見知った人物であることにも気づく。
 それは、ルウナを恫喝していた男だった。
 比較的整っていた顔は、傷だらけの上、恐怖に歪んで見る影もなかったが、じゃらじゃらとつけていた装身具のいくつかに見覚えがある。
「金や銀の装飾品も手つかずということは、物盗りじゃないな。ここまで切り刻むということは、怨恨だろうな。浮気されたあの女じゃないのか。」
 ラントはフェアにだけ聞こえるように、ひそめた声で耳打ちする。
「でも、指輪ですませるみたいなこと言ってなかったか?」
 殺すほどに憤っていたようには見えなかったと、フェアは思う。
「話がこじれたのかもしれないだろう。」
と、基本的に人を信じないラントは、ばっさり切って捨てる。
「怨恨以外で、ここまで切り刻む理由があるとするなら…。」
と、ラントが言いかけたところで。
「あ、あたしじゃないわよっ!」
 耳障りなほど甲高い声が、空気を切り裂いた。
 フェアとラントの会話に割り込んだわけではない。彼らは、互いにしか聞こえないよう、声量を絞っていた。
 声を張り上げた女に向かって
「だが、おまえは、この男に浮気されていたんだろう?昨日、えらく騒ぎになっていたというじゃないか。」
と指摘しているのは、町の自警団のようだった。
「それは…。でも、そんなこと、こいつにはよくあることなのよ。指輪買わせて、それでおしまいにしたの!昨日は、夕方には別れて、それっきりよ。あたし、夜は仕事が入っていたし。ホントよ。店に聞いてもらえばわかるから!!」
「では、その店に確認に行く。いっしょに来てもらおう。」
と、自警団の男は女を連れて行く。ぞろぞろと数人、付き従って行ったので、男は自警団のリーダー格なのだろう。
 別働隊らしい数人の男たちが、無惨な遺体を、おっかなびっくり布に包み、運んで行ったところで。
「へえ。あの男、死んじゃったんだ。まあ、裏切り者には、当然の報いだね。」
 冷たい笑みを含んだ声がした。
 聞き覚えのある声に、フェアとラントが同時に振り向いた。
「おまえ…。」
 大きな琥珀の瞳を、にっこりと細め、ルウナがひらひらと手を振る。
「また会ったね、フェアさん、ラントさん。」
 ラントが、一歩前に出る。銀の髪が背中で揺れた。
「キミ、どうして、ここへ?」
 野次馬も集まっていたのだし、自分たちと同じように騒ぎに気づいて来た可能性もある。けれど、なぜか、問いたださないといけない気がしたのだ。
「自警団の人に呼ばれてさ。あのおねーさんとおにーさんのこと、証言してくれって、こんな朝っぱらから叩き起こされちゃって、まいったよ~。」
 あはは、と笑う声は無邪気だが、それゆえに残酷だ。
 たった今まで、ここに男の死体があったのだから。
「おまえ、あの男はろくなやつじゃなかったけど、だからって、死んで当然みたいなこと言うんじゃねえよ。」
 フェアの声は厳しい。けれど、見限っているわけではなく、むしろその逆。諭す響きがある。
 フェアはいつだってまっすぐで、それゆえにラントは心配になる。
 ラントはこれ以上、フェアをこの少年と関わらせたくない。
「フェア、行こう。」
と、ラントはフェアの腕を引く。
 フェアは頷いたが、ラントの意図を読み取ったわけではなかった。
「ああ。自警団の人に話、聞いてみようぜ。オレたちにも何かできることがあるだろうからな。じゃあ、ルウナ、おまえも気をつけろよ。犯人、まだこの辺うろついてるかもしれねえし。」
 あの女が犯人だという確証がない以上、その危険はある。
「うん、ありがとう、フェアさん。」
と、ルウナは、先程の叱責に鼻白むこともなく、素直に頷いた。

 惨殺死体の発見から始まった一日も、そろそろ終わろうとしている。
 この辺りは、湿度が低い地域なので、夏でも日が落ちれば過ごしやすい。風が吹くと、半袖では肌寒く感じるほどだ。
 皓々と輝く今宵の月は、真円を描き、地上を明るく照らす。
「よし、この区画は終了っと。」
と、フェアが地図に丸印をつけた。月が明るい夜なので、灯りがなくても地図が見られるのはありがたい。大通りから外れたこの辺りは、道が細く曲がりくねって入り組んでおり、地図と首っ引きでないと迷いそうだ。狭い家が密集している区画で、目印になりそうな大きな建物もほとんどない。
「なーラント、この調子なら、明日は、受け持つ区域、もっと増やしてもらっても大丈夫じゃないか?」
と、フェアが屈託のない笑みを浮かべてラントを振り返ると。
「おまえはっ…。」
 柳眉を逆立てたラントに、ものすごい目つきでにらまれた。
 フェアがビクッと、後ずさる。
 月光を浴びて煌めく銀の髪、蒼白い光の中で、ふだんよりもさらに白く見える肌、肌の白さと強烈なコントラストをなす、真紅の瞳。
 月明かりが、その最も美しい部分をラントにだけ注いでいるようだった。今のラントは、神秘的なまでに麗しい。怒っていると、美貌が冴えわたって、フェアはその迫力にたじたじとなる。
「えーと、あの、ラント、オレ、なんかまずいこと言ったか…?」
「そういう質問が来るということは、これ以上、タダ働きを引き受けることが、「まずいこと」に入っていないわけだな。」
 ラントは居丈高に腕を組み、凍てつく真冬の吹雪もかくや、という声を放つ。
「え、と、でも、町の人たち、困っているわけだし…。」
「そーやって、情にほだされて、なんでもホイホイ引き受けるなっ!いいようにこき使われるようになるだろうがっ!おまえはいいかもしれないけどな、付き合わされるオレは迷惑なんだよっ!」
 美形がすごむと、見慣れているフェアでもちょっと怖い。
 さらに、
「だいたい、この手の話は何度目だ?ことあるごとに言い聞かせているのに、毎回聞き流すこの耳は飾りか!?だったらいらないよなぁ。」
 ラントが手を伸ばし、フェアの耳をぎゅうっとつかんだ。そのまま、一切の容赦も手加減もなく、ぐいぐい引っ張る。
「いててててっ!ラント、やめっ…耳が取れる!」
 桃色の爪まで形の良い、姫君のようなたおやかな手でも、力は少年のものなので、思い切り引っ張られれば相当痛い。本気で悲鳴を上げたフェアに、溜飲を下げたラントはようやく手を離した。
「いってー、おまえ、もうちょっと手加減。」
「なにか言ったかっ!?」
「言ってないです!!」
 思わず敬語になって、ぶんぶんと首を振ったフェアは、耳をさすりながら、くすっと笑みを零した。
「でも、ラント、文句言うけどいつも付き合ってくれるよな、ありがと。」
 フェアの無邪気な笑顔に、ラントは、ふんっとそっぽを向いた。頬のあたりがわずかに朱に染まっている。
 結局のところ、ラントの怒りは心配の裏返しなのだ。
 お人好しのフェアが、心無い人間につけこまれて利用されるのを避けたいのだ。だから、ラントは口ではいろいろ言うけれど、フェアを一人で行かせることはない。
 そして、困っている人を放っておけるようなら、それはもはや、フェアではないということも、ラントにはわかっている。
 フェアもラントの複雑な心情はわかっているから、後ろめたさと感謝が混じった気持ちでいる。だから、ラントのしたいようにさせて、抵抗しない。純粋に腕力なら、フェアの方がずっと強いから、フェアが本気を出したら、ラントは絶対敵わない。
「次の区画が最後だろう?さっさと済ませるぞ。」
 朱が差した顔を見られたくないのか、ラントがずんずん進んで行くので、フェアは慌てて追い掛けた。
 一週間かけて行われる祭の二日目。これからというときに、惨殺死体が発見され、町中大騒ぎになった。
 一年かけて準備をしてきた祭は、観光の目玉でもある。中止にすれば、出るはずだった儲けが水の泡になる。さらに、森の精霊の怒りを鎮めるために始めた祭なので、無事に執り行われないと、信心深い住人は、精霊の呪いを心配する。何としてでも祭は予定通り行いたい。
 しかし、容疑者は拘束されているものの、決定的な証拠はない。彼女は確かに店に出ていたが、抜け出す時間はあったと証言され、取り調べられている最中だ。
 彼女が無実だった場合、当然、犯人は別にいることになる。通り魔的な犯行だった場合、不特定多数の人間が危険にさらされる。
 そこで、自警団が昼夜問わず巡回を行うことになった。
 フェアは、「オレたちも手伝います。」と申し出て、今に至る。町の住人は、「魔族が関わっているわけでもないのに、勇者さまの御手を煩わせては。」と恐縮していたが、「困っている人を助けるのが勇者です。」とフェアは言い切って押し切った。
 今のところ、不審者に出くわすことはない。家は多いが、大半が空き家というさびれた区画で、住人自体が少ない。数少ない住人も、こんな時間に家を出る者はほとんどいないので、誰ともすれ違うことはなかった。
 静かに更け行く夏の夜、町の片隅の路地裏。
 しかし、停滞は、突然打ち破られる。
「助けてっ!」
 悲鳴とともに。
 小さな人影が、どんっとフェアにぶつかってくる。
 勢いはあったが、彼の体重の軽さと、フェアの反射神経の良さのおかげで、二人まとめて転倒することは免れる。
「っと…。」
 フェアは、ぶつかってきた相手を何とか受け止めて、
「おまえ、ルウナ!?」
と目を見張る。
 ラントは、真紅の目をすがめ、フェアに抱えられたルウナを厳しい表情で見据えた。
「助かった…。」
 気が抜けたように、ルウナは石畳に座り込む。
「おい、大丈夫か?何があったんだよ?」
と、フェアが膝をついて、ルウナをのぞきこんだ。
「見せろ。」
と、ラントが、フェアとルウナの間に割り込む。
「これは…。」
と、銀の眉をひそめた。
 ルウナの首筋に、ぐるりと赤い帯ができている。細い鎖の痕が、くっきりと残る痣だ。
 ルウナが喉元を押さえる。その指先は、相変わらず、爪の先まで綺麗に整えられている。
「ネックレスで首しめられたんだよ。浮気されてたおねーさんに。あんたなんかに占いを頼んだせいで、恋人は死ぬし、自分は疑われるしって、キレられた。」
 ルウナは、けほ、と咳をこぼす。
 フェアがキッと目をつり上げた。
「なんだよ、それ。逆恨みじゃねーか。それで、おまえ…。」
「なんとか逃げたよ。でも、まだ、そこらへんにいるんじゃないかな…。」
と、ルウナは不安げに、夜の闇の向こうに目を凝らす。いくら満月が明るくても、昼間とは違うのだ。細い路地の奥など見通せない。
 ラントは眉をひそめたまま訊く。
「自警団の本部に監禁されているはずじゃなかったのか?」
「逃げ出したんじゃない?突然だったから、そんなこと訊く暇もなかったよ…。」
と、ルウナはぶるっと身震いする。
 フェアは、黒髪を揺らして立ち上がる。
「ちょっと見てくる。正常な判断力なくして、見境なく人を襲うかもしれねーし。」
 フェアが、勇者の剣を抜き放つ。月光を反射したのが眩しかったのか、ルウナが目を反らす。
「ラント、ルウナは任せる。」
 背中で言って、駆け出していく。返事を待たないのは信頼の証。
 ラントは、フェアの姿が見えなくなるまで待って、ルウナに向き直る。フェアとは違い、立ったまま見下ろした。
「詳しく話してもらおうか。」
 涼やかな美声が、凍てつく響きで夜気を震わせる。
「自分で自分の首を絞めた理由を。」

 ルウナは、一瞬、ぽかんとした。口を丸く開いて。
 その口の両端が、きゅっと笑みの形に上がり、琥珀の瞳がきらっと輝く。
「…どうしてわかったの?」
 たわいない悪戯がばれたときの、幼児のような笑顔。ただし、やっていることは、子どもの遊びで済ませられる範疇を逸脱している。
 他人に殺人未遂の罪を着せようとしたのだから。
 ラントは、ルウナから距離をとり、いつでも魔法を放てる態勢で答えた。
「きみの爪だよ。」
「爪?」
と、ルウナが自分の両手を見た。
「昨日見たときと、何も変わっていない。」
「それが、何か変なの?」
「首を絞められて、抵抗しないやつなんていない。」
 ラントは、真紅の双眸を怜悧に光らせて続ける。
「きみは、ネックレスで首を絞められたと言った。普通なら、死にもの狂いで、それに爪を立てる。爪が割れるか欠けるかするはずだ。きみの首も、絞められた痕はあるくせに、それを外そうとして引っ掻いた痕は無い。」
 ルウナの瞳に驚きが広がっていく。
「…ふうん。」
と、感心したように頷いた。騙そうとしていたことがばれてしまっても、相変わらず邪気がない。そのことが、かえって不気味だった。
「すごいなあ。ラントさん、首絞められた経験とかあるの?まあ、あってもおかしくなさそうだね。相当の修羅場くぐってきた感じだもん。」
 ラントは答えない。その必要はないから。無言のまま、威圧する眼差しでルウナを見据えている。
「騙そうとしてごめんなさい。でも、どうしてもフェアさん抜きで、ラントさんと話がしたくて。こういう状況作れば、フェアさんなら飛びだして行ってくれると思ったんだ。」
 ラントを見上げるルウナの琥珀の瞳は、大きくて丸く愛らしい少年のもの。けれど、年齢にそぐわぬ慈愛や慈悲が宿っているのが不思議だった。ラントより明らかに年下なのに、教え諭す者の目をしている。
 そこに、悪意や害意はない。だからこそ、ラントは、ルウナへの態度を警戒に留めている。
「それで?自分で自分の首を絞めてまで、オレに何を言いたい?」
「忠告の続きだよ。」
 と、ルウナが告げる。差し出されたサイコロ。十五の目を向けて。
 占いのときは、こんな静かな声音になるのだろうか。託宣を告げる巫女のようだった。言葉遣いも口調も軽いまま、声音だけが厳かだ。
「フェアさんは、いつか、どこかのメスつがいになるよ。ラントさんは、それにたえられる?」
 ラントは、ふっと口の端だけで笑う。
「勘違いしているみたいだね。」
 見惚れるほどに綺麗だが、一切の感情を読み取らせない笑みを浮かべ。
「オレがフェアに抱いているのは、恋愛感情じゃない。」
「でも、誰にもとられたくないんだろ?」
 その瞬間。
 空気が凍りついた。
 一瞬で、ルウナの肌がざっと粟立った。
 空気が薄くなった気がして、ぱくぱくと口を開けて呼吸をする。
 口の中が干上がっていた。
 ラントの美貌が、凄絶に冴えわたる。
 紅蓮の双眸が放つのは、怒気を通り越した殺気。
 ルウナは、踏み込んではいけない領域を侵したことを知る。
 それでも、ルウナにも譲れないものがある。
「フェアさんの一番はラントさんだ。でも、寿命の短い人間は、簡単に心を変えるよ?今のままでいられるのは、もってあと数年。」
 ルウナの琥珀の瞳が妖しく輝く。
「裏切られる前に、殺してしまおうよ。」
 満月の光の中で揺らめき、ゆっくりと変質していく。
 白目の部分がほとんどない、人外の目へ。
 変化は、瞳だけではなかった。
 頭部に現れたのは、三角にぴんと立った、獣の耳。
 衣服をするりと脱ぎ捨てると、全身に金褐色の獣の毛が生えている。
 手も足も爪は鋭く伸びて、人間の皮膚など八つ裂きにしそうだ。
 顔は、皮膚が見えているが、伸びて鋭く尖った犬歯は牙にしか見えない。
 ラントは、ぎりっと奥歯をかみしめた。
 知っている、その正体を。
 月が真円を描く夜に、人から変貌する。
 人の知性と魔力を与えられた獣。原初にして異端の魔族。魔族の役割を果たさなかった魔族。
人狼ワーウルフ…。」
 正体と同時に、もう一つの謎も解ける。死体をあそこまで無惨な状態にする必要があったのは。
「あの男を殺したのは、おまえだな。めった刺しの刀傷は、牙と爪でつけた傷を隠すためか。」
「ご名答。」
 ルウナは、にっこりと微笑み、二つの問いに答えた。笑い方は同じだが、目が狼のものに変わったため、威嚇に見える。
「今宵は満月。ボクの力が最も強くなる夜だ。」
と、降り注ぐ月光を愛おしむように、両手を広げる。
「ラントさん、今ならまだ間に合うよ。」
「なにを…。」
 思わず問い返した自分に、ラントは愕然とする。早く魔法を放って、この人狼ワーウルフを足止めし、フェアを呼びに行かなければいけないのに。
「わかっているんだろ?今なら、まだ、フェアさんは、ラントさんのものだ。だから、ここで、フェアさんの時間を止めてしまおう。」
 ひどく優しげな、幼い子どもをあやすような、この世の真理を言い聞かせるような、柔らかな声音で。
「誰かに盗られる前に、今夜、ここで殺すんだ。そうすれば、フェアさんは、永遠にラントさんだけのもの。」
 禍々しく輝く琥珀の瞳。
 月光の力を得て、増幅される魔力。
 ルウナが、短剣を鞘から引き抜いた。
 男を切り刻んだ短剣とは別のものなのだろうか。一滴の血さえついていない、新品同様の、曇りのない刃。けれど、月光を浴びて冷たく光る刀身は、骨まで砕く業物だと一目で分かる。
 ラントが、ゆっくりと白い手を伸ばす。
 差し出された短剣を取り上げた。
 ルウナの笑みが深くなる。
「そう、それでいいんだよ、ラントさん。」
 満足そうに頷いた後。
 ルウナは白いサイコロを握りしめた。
 親友の形見にして親友の一部だったモノを。
「ボクも殺しておけばよかった。裏切られる前に。」
 ぽつりと呟いた声音はひどく寂しく夜気に零れ落ちた。
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