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第二幕
「おまえの幸せのためなら、オレは全て犠牲にできる。世界も、オレ自身でさえも。」~勇者の友情、魔王の涙外伝2~
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第二幕
そして9年後、フェアとラントが十六歳の夏。
夕立に降られた日の翌日は、昨日の雨が嘘のようにからりと晴れた。真っ蒼な空と、そこに湧く入道雲。雨の名残は、メイン・ストリートの石畳の隅にできた水たまりが、朝日を反射していることくらいだ。
1週間続く祭りの初日だけあって、行き交う人の数は、昨日よりも格段に多い。手をつないで歩く親子連れや、数人のグループではしゃぐ若者、肩を寄せ合う恋人たち。皆、一様に浮き浮きと楽しげだ。
パレードの行われるメイン・ストリートには、ずらりと屋台や露店が並び、軽食から装飾品、玩具や衣服、果ては怪しげな呪いの品まで、実に様々な物が売られている。そして、屋台の台上や、売り子の髪など、いたるところに。
「本当に、あちこちに飾られてるんだな、薔薇。」
と、きょろきょろと周囲を見回してフェアが言う。
「そーいや、おまえ、あの薔薇、栞にしてたよな。」
遠い昔に思いを馳せるように、フェアが目を細める。
ラントは、綺麗な花びらを数枚選んで、押し花にしていた。数年たって、色が褪せてからも使っていた。竜の炎が、村の全てを焼き尽くすまで。
「ああ。おまえが結婚するとき、オレの方が先にプロポーズされたけどな、って言って気まずくさせてやろうと思って、証拠品に。」
真顔でしれっと言わないでほしい。フェアは、
「そんなこと考える7歳児なんて怖すぎるわっ!」
と否定したが、ラントはにやりと、悪い顔で笑う。
しかし、内心、ラントは全く別のことを考えていた。
この町に来ることになったきっかけの、吸血鬼の事件の時。
「オレは、一生、おまえを離さないからな。」と言い切ったフェアに、ラントは、「(また)プロポーズかよ。」とからかった。そして、フェアに「ちがう。結婚したって、離婚することだってあるだろ。」と返された。
フェアらしくない、皮肉と悪意をまぶした、穿った物言いだと思ったが。
(オレの言ったことか。)
フェアは引きつった顔でラントを眺め、ラントは思考に沈んでいたら。
「てめー、このクソガキ、いい加減なことほざきやがると、ただじゃおかねえぞっ!」
明るい喧噪を引き裂く勢いで、ドスのきいた男の声が、放たれた。
明らかに、祭りの陽気な賑やかさとは一線を画する、不穏な恫喝。
フェアとラントの視線が合う。
人と人とのトラブルなら、勇者が引き受ける理由も義務もないのだが、フェアは考えるより先にすっとんで行く。
(絶対オレがついて来るって信じて疑いもしないあたり、タチが悪い。)
でも、それだからこそ、フェアなのだ。
ラントがこの世界でたった一人、好きになった友。
ラントは苦笑しながらフェアを追う。銀の髪が夏の風になびいて、きらきらと光をこぼした。
☆
「取り消せよ!このインチキ占い師が!」
わめき散らしている男の周囲には、人だかりができている。
野次馬根性で集まってきた輩が大半だろうが、中には、成行きを案じている顔もある。しかし、男の見幕に、口を挟めないでいるようだった。
「これはどういう状況ですか?」
今にも男の前に飛びだしていきそうなフェアの腕をぐいっとつかんだラントが、近くにいた若者に問いかける。直情径行のフェアは考えるより前に動いてしまうが、どんな行動に出るにしろ、状況を把握してからの方がうまくいくことを、計算高いラントは熟知している。
ラントが、完璧な笑顔で問いかけると、純朴そうな若者は真っ赤になった。声を聞いたはずなのに、性別を勘違いしているのか。
「あ、あの男、恋人といっしょに、占い師のところに来てた客みたいなんですが、浮気を暴露されたみたいで…。」
「あのキレ方を見ると、大当たりのようですね。」
ラントがなるほど、と呟く。図星でなければ、あそこまで取り乱しはしないだろう。
「そうなんです。あの占い師、年は若いけれど、腕は確かなようで、行列ができてましたよ。」
「そうですか。どうもありがとう。」
ラントが後光が見えるほど綺麗ににっこり笑い、フェアは見上げた。つかんでいた腕を解放してやる。
「だ、そうだ。どうする?」
「決まってんだろ!」
フェアは、体重を感じさせない身軽さで跳躍し、男の眼前に立った。
「な、なんだてめえっ!?」
と、男が眼を剥く。
年の頃は二十代後半。若い娘に好かれそうな、甘めの顔立ちではある。本人も、それを意識しているのか、耳や腕にじゃらじゃらとつけた安っぽい装身具が、軽薄な印象だ。
強い光を宿した、フェアの漆黒の瞳がきらりと光る。一瞬で見切ったようだった。目の前の相手の力量を。
「逆恨みで喧嘩ふっかけんじゃねーよ。」
フェアの口調には気負いがなく、落ち着き払っていたが、それが男の怒りに油を注いだ。
「すっこんでろ!」
懐から取り出したのは、短剣だった。刃が厚く、骨まで砕きそうな、物騒な代物。
フェアが、目をすがめた。
まとう気配が、歴戦の戦士のそれになる。一瞬で。
突っ込んでくる男を、その場に立ったまま迎え撃つ。
勇者の剣が鞘走る。
常人の目では追えない神速。
抜き放たれた黄金の刃が、日射しをはね返す。
キンッ!
鋭利な金属音を響かせ、フェアの勇者の剣が、短剣を弾き飛ばす。
ザンッと、短剣が石畳に突き刺さった。
ぽっかりと、空いていた、人のいない空間へ。
全て計算しつくした、完璧な剣技。
男が、短剣を取り戻そうと走るが、その手が届くよりも早く。
「燃え上がれ、紅烈火!」
ラントの放つ魔法が炸裂する。
ラントの白い繊手から放たれた、紅蓮の炎は、瞬時に燃え上がり、短剣を蹂躙する。
朱金に輝く炎が消えたとき、短剣はどろりと融解していた。
フェアとラントは、漆黒と真紅の視線を絡ませて、頷き合う。
鮮やかな連携に、周囲がわっと湧き立つ。
「すっげー!!」
「かっこいいぞ、兄ちゃんたち!」
「スカッとしたぜ!」
「ねえ、あれって、勇者さまよね、キマイラをやっつけてくれた…。」
「そうよ!じゃあ、あの方が勇者さまの言っていた魔法使いさまなのね!」
フェアが数日前、キマイラを倒した現場を見ていた町の住人は多かった。噂になるのも当然だろう。
男はようやく、売るべきではない相手に喧嘩をふっかけたことに気づいたらしい。
「覚えてろよ。」
という、捨て台詞に対して、ラントが見惚れるほど綺麗な笑顔で言い放つ。
「人並みの顔は覚えられなくて。」
「そこまで言うか…。」
フェアが若干引いている。同情するような相手じゃないが、ラントのえげつなさには、長い付き合いのフェアでさえ、時々度肝を抜かれる。
ラントは、自分とフェアに刃向った相手を、猫をかぶったまま精神的に追い詰めて奈落の底に突き落とす。容姿に自信のある相手が、けた違いの美貌のラントに言われたら、相当なダメージだろう。
もはやぐうの音も出ない男が、脱兎のごとく逃げ去って行ったところで。
「ありがとう、勇者のおにーさんと、魔法使いの…。」
と、声をかけられる。
途切れた言葉に逡巡を読み取り、慣れっこになっているラントは肩をすくめつつ、
「男だよ。」
と端的に答える。それを受けて、
「おにーさん。」
と続けたのは、言われていた通り、若い占い師だった。
いや、若いというより幼いというべきだろう。十六のフェアとラントよりも、二つ三つ下に見える少年だった。就労できる年齢は、一般的に中等教育を終えた十五歳から、という国が多いので、年より若く見えるのか、飛び級制度を使ったのか。
計算高く、機転の利きそうな眼差しからすると、後者かなと、フェアは推測した。純粋に賢いというより、上に「ずる」がつくタイプだなと、鋭いラントは見抜いている。
ちなみに、「勇者」は、就労できる年齢云々の枠外に置かれている。しかし、資格がないと何かと不便なので、フェアもラントも立ち寄った町で短期間、学校に在籍し、試験を受けて中等教育終了認定は得ている。どんなことにも特例はある。
「助かったよ、時々いるんだよねえ、ホントのコト暴露されると、逆ギレする輩。潔く認めて謝った方が、絶対心証いいのにさ~。」
と、言いながら、けらけら笑う。
金褐色に近い、濃い金色の髪に、それよりもさらに深い、琥珀色の双眸。黒目勝ちの大きな目が愛らしいが、尖った八重歯が野性味を添えている。ラントのような、誰もが魅了される極上の美貌ではないが、人に好かれる容姿だ。
野次馬が集まるほどの勢いで恫喝されていたにも関わらず、あっけらかんと陽気だ。
慣れているのかもしれない。折りたためる机と椅子だけが置かれた簡素な占いのスペースからすると、旅の占い師だろうか。この町は、1週間、祭で人が集まるからさぞや稼げるだろう。
フェアは、ふと興味を惹かれて聞いてみる。
「おまえ、あの男になんて言ったんだ?」
「あの男にって言うか、このおねーさんに言ったんだけどね。聞いてきたの、こっちのおねーさんだったから。」
と、傍らの、二十代半ばほどの女を指さす。濃い化粧と派手で露出度が高い服装は、確かにあの男が好みそうだった。首にも腕にも指にも耳にも、大ぶりのゴールドの装身具がじゃらじゃらしていて、まだ若いのにけばけばしい。
「こいつ、浮気してるの鉄板。おねーさんとは、ちがう女のにおいがするもんって、正直に言ってやっただけ。」
「そりゃまた、ストレートだな。」
フェアが噴き出す。
あまりにも、ばっさり切りすぎた感がある。図星だったらしいから、根拠のある占いなのだろうか。
物事をあまり深く考えないフェアは、気楽に笑っているが、その隣でラントは形のよい眉をひそめた。
におい、という言葉が引っかかった。言葉通りなら、犬並の嗅覚を持っていることになるから、比喩か、占いの用語なのだろうが…。
「でも、おまえ、もうちょっと考えろよ。頭に血が上ると、なにするかわかんねーやつだって多いしさ。こっそり、この人にだけ伝える方法とかあるだろ?」
と、根が親切なフェアは、年下の少年占い師に忠告する。
「そうなんだけどさー、平気で裏切るやつとかって、ムカつくんだよねー。だから、つい、恥かかせてやりたくなっちゃうんだよ。全部お見通しだぞってさ。」
かわいらしく舌を出しつつ、少年は、す、と懐から
「まあ、一応、護身用にこーいうのも、持ってるよ。」
と、短剣を取り出す。
装飾の少ない、実用的な短剣は、よく使いこまれていて、この少年がそれなりの修羅場をくぐってきたことを物語る。もしかしたら、助けは不要だったのかもしれない。
少年はくるりと、依頼人である若い女に向き直る。
「じゃあ、まあ、とんだ騒ぎになっちゃって、ごめんね?」
「いいのよ。頼んだの、こっちだし。薄々わかってたしね。高い指輪でも買わせてやるわよ。」
と、平然と答えるところを見ると、浮気は慣れっこなのだろうか。それでも別れる気がないのは不思議だが。
フェアとラントは、これ以上ここに留まる必要はなさそうだと、視線だけで意志を交わして歩き去ろうとしたが。
「あ、待ってよ、おにーさんたち。助けてもらったお礼になんか奢るよ。」
と、少年に引き止められた。
☆
いつもは、何もない、だだっ広いだけの石畳の広場で、子どもの遊び場になっている場所だが、祭りになれば周囲をぐるりと屋台が囲む。テーブルと椅子を運んで来れば、即席のオープン・カフェに早変わり。屋台で買ってきた軽食を座って食べられるので、観光客にも地元の住人にも好評だ。
空いていれば、注文してすぐに受け取れるのだが、昼近くになって人出も増え、さらに気温も上がって、冷たいものを出す屋台は込み合ってきた。フェアたちは、番号札を渡され、商品が用意でき次第、呼ばれると説明を受けたので、先に席を確保して落ち着いた。
少年は、ルウナ・ベスティアと名乗った。
「いろいろあって、天涯孤独。昔は結構悪さもしたけどね~、今は真っ当に占いで稼いでるよ。結構、評判いいんだ。」
と胸を張る。フェアが
「行列できてるって言われてたな。」
と、野次馬の一人から聞いた情報を思い出す。もっとも、フェアとラントが駆けつけたときには、わめき散らす男に怯えて逃げたか、野次馬に同化したかで、彼の客が本当に多かったかはわからない。
ルウナは琥珀色の瞳で、フェアとラントを交互に見た。
「よかったら、タダで見てあげようか?おにーさんたちの相性とか、未来とか。」
フェアは、うーんとうなる。
「相性はいーや。わかってるし。未来もなあ…ずっと一緒にいるって、決めてるし、そこは変わんないから、後はべつにいい。」
ルウナは噴き出した。
「あははは!なにそれ、まるっきりノロケじゃん。」
ラントは、そのやりとりは聞き流すことに決め、探る視線をルウナに向ける。
ラントは、警戒心が強い。フェアが、ほいほい人を信じてしまうから、その分、ラントは用心深くなる。フェア以外の誰にも心を許さない性格もあるが、自分まで油断していたら、フェアを守れないと知っている。だからラントは、引っかかったことは確かめておく。
「キミの占いって、具体的な方法は?においでわかるって、さっき言っていたけど?」
「においでわかるのは、ごく最近の過去だけ。後はコレ。」
と、取り出した皮袋には、白いサイコロ。よくある立方体ではなく、面の数が多い、複雑な形をしている。その分、普通のサイコロよりも二回りは大きい。
刻まれているのは、見慣れない記号だ。大陸の共通語とは異なる、辺境の民の文字だろうか。
そして、石とも木とも金属とも違う材質で作られているように見える。
ルウナは、そのうちの一つを選んで、ころんとテーブルに転がした。
出た目を見て、ちょっと大げさなくらい、顔をしかめた。
「十五。ヤな目が出たなあ。」
「べつに、今は何か占ったわけでもないんだろ。なら、いいじゃん。」
根が明るいフェアは細かいことを気にしない。占いで不吉なことを言われたとしても、五分で忘れそうだ。
ルウナは、歯牙にもかけないフェアに、ムッとしている。
「でも、この目が意味するのって、憎悪、嫉妬、恨み、破滅。それから、裏切り、だよ?」
裏切り、という言葉を発したときのルウナの声には、ただならぬ響きがあった。
隠しきれない感情の荒れを聞き取ったラントが、かすかに真紅の目を細める。ラントのまとう気配が、ぴりっとした緊張を孕む。
フェアは、ルウナ自身よりも、ラントの表情に反応した。
「ラント?」
良く言えばおおらか、悪く言えばおおざっぱフェアなのに、ラントの変化にだけは目敏い。
「そろそろ、できた頃じゃないか?フェア、おまえ、屋台に行って聞いてみろ。」
「え、でも、まだ呼ばれてないぜ?」
「いいから、行け。」
有無を言わせない口調で言われ、フェアは渋々席を立つ。
フェアに声が届かなくなったところで。
「ラントさんは、ずっと、そうやってフェアさんを守ってきたんですね。」
と、ルウナが笑った。
ラントが珊瑚色の唇に、にこ、と笑みを咲かせる。それは、美しく飾られた武装だ。
「どういう意味かな?」
「イヤな話になりそーだなって思ったから、フェアさんを追い払ったんでしょ?危険からも悪意からも、できるだけ遠ざけておきたいって思ってる。自分が盾になって。」
占い師、という職業ゆえだろうか。人の心の内面に踏み込んで、暴き立てるような物言いをする。
けれど、ラントは全く動揺しなかった。揺らぎを見せれば付け込まれる。
「今は…今までは、それが報われているんだと思うよ。フェアさんもラントさんがすごく好きなんだなって、ついさっき会ったばっかりのボクでもわかるもん。でも。」
と、ルウナは琥珀の瞳をラントに据えた。
年齢にそぐわない、深い眼差しだった。
「フェアさんは、いつまで、ラントさんだけを好きでいてくれるのかな?」
不安をかき立てる口調でありながら、その瞳に悪意はなく、不思議と澄んでいる。
「ねえ、ラントさん。」
ルウナが、テーブルに転がったままの、サイコロを拾い上げる。不吉な未来を示す目が出たサイコロを弄ぶ指は、少年には珍しく、爪の先まで整えられている。サイコロを使う占いなら、指先を見られることが多いから、手入れをしているのだろう。
「裏切られるのって、すごーくつらいよ?」
ラントは、銀糸の髪一筋、揺らすことなく、輝くような笑みのままだ。
「なるほど。だから、キミは、裏切りを嫌う。自分が受けた仕打ちを許せないから、それを行う輩が憎いというわけだ。」
言い当てられたルウナは、一瞬、ひるんだが…すぐにはっきりと頷いた。
「そう。だから、ボクは、ラントさんには、ボクと同じ思いをしてほしくないんだよ。」
ラントは、表面上は冷静なまま、内心首をかしげている。
何かを企んでいるようでいて、純粋にこちらを思うようでもある。真意が見えない。
狡猾さと真摯さが、等分に含まれているようで、本心がどこにあるのか探りきれない。
けれど、内面を悟らせないのは、ラントも同じだ。
宝玉が煌めくような、眩しすぎて正視をためらうほどの燦然とした笑みを浮かべる。自分の笑顔が、見る者に与える影響を知りつくしている。
「キミは、報われている、と言ったね。」
「…言ったけど?」
「オレは、報われなくてもいいんだよ。」
ラントの言葉に誘われたように、風が吹く。大気の熱を払う、涼気を呼ぶ風だ。長い銀髪が優雅に舞い、光が躍る。
「…え?」
「オレは、見返りがほしいわけじゃない。」
血赤珊瑚の双眸は、吸い込まれそうに深く、それでいて刃のように鋭利だった。
「っ。」
ルウナが、気圧された表情で息を呑む。
☆
その時、「ちょうどできたとこだったぜ。」と、軽食と飲み物を抱えたフェアがもどって来た。後は、食事をしながら、たわいない話をした。フェアとラントの旅のエピソードや、ルウナの占いの方法について。
ルウナは、視覚や聴覚、嗅覚、味覚、触覚が鋭敏な一族の出身だと言う。それゆえに、ごく近い未来や対峙している相手の心境が、ある程度は分かるのだと。
「空気に水のにおいが濃かったら、明日は雨だなとか、相手の表情と声の調子から嘘見抜くとか、そういうのが得意でさ。占いはその延長で、サイコロ振るんだけど、ボクたちが無意識に出る目を操作してるんだって、長老は言ってたなあ。」
と、ルウナは語った。白いサイコロを手の中で弄びながら。サイコロには、0から21までの目をふる。数字に、それぞれ意味があるそうだ。サイコロは、親しい者から、形見として受け取ることが多いのだという。
「ボクのもそうだよ。」
と、ルウナはあっさり言ったが、それは親しい者と死に別れたことを意味する。飄々とした笑みの奥に、渦巻く感情があるのか、既に過去のこととして割り切っているのかは読めない。
それでも、表面上は和やかに話が弾んだ。
昼過ぎには別れたルウナとは、それっきり、二度と会うこともないだろうと、フェアとラントは考えていた。二、三日したら、祭りの終わりを待たずにこの町を発つつもりだったし、人であふれる街中で、ばったり出会う確率は低いと。
しかし、その予想は思わぬ形で外れる。
翌朝、フェアとラントは、ルウナと再会する。
惨殺された骸の傍らで。
そして9年後、フェアとラントが十六歳の夏。
夕立に降られた日の翌日は、昨日の雨が嘘のようにからりと晴れた。真っ蒼な空と、そこに湧く入道雲。雨の名残は、メイン・ストリートの石畳の隅にできた水たまりが、朝日を反射していることくらいだ。
1週間続く祭りの初日だけあって、行き交う人の数は、昨日よりも格段に多い。手をつないで歩く親子連れや、数人のグループではしゃぐ若者、肩を寄せ合う恋人たち。皆、一様に浮き浮きと楽しげだ。
パレードの行われるメイン・ストリートには、ずらりと屋台や露店が並び、軽食から装飾品、玩具や衣服、果ては怪しげな呪いの品まで、実に様々な物が売られている。そして、屋台の台上や、売り子の髪など、いたるところに。
「本当に、あちこちに飾られてるんだな、薔薇。」
と、きょろきょろと周囲を見回してフェアが言う。
「そーいや、おまえ、あの薔薇、栞にしてたよな。」
遠い昔に思いを馳せるように、フェアが目を細める。
ラントは、綺麗な花びらを数枚選んで、押し花にしていた。数年たって、色が褪せてからも使っていた。竜の炎が、村の全てを焼き尽くすまで。
「ああ。おまえが結婚するとき、オレの方が先にプロポーズされたけどな、って言って気まずくさせてやろうと思って、証拠品に。」
真顔でしれっと言わないでほしい。フェアは、
「そんなこと考える7歳児なんて怖すぎるわっ!」
と否定したが、ラントはにやりと、悪い顔で笑う。
しかし、内心、ラントは全く別のことを考えていた。
この町に来ることになったきっかけの、吸血鬼の事件の時。
「オレは、一生、おまえを離さないからな。」と言い切ったフェアに、ラントは、「(また)プロポーズかよ。」とからかった。そして、フェアに「ちがう。結婚したって、離婚することだってあるだろ。」と返された。
フェアらしくない、皮肉と悪意をまぶした、穿った物言いだと思ったが。
(オレの言ったことか。)
フェアは引きつった顔でラントを眺め、ラントは思考に沈んでいたら。
「てめー、このクソガキ、いい加減なことほざきやがると、ただじゃおかねえぞっ!」
明るい喧噪を引き裂く勢いで、ドスのきいた男の声が、放たれた。
明らかに、祭りの陽気な賑やかさとは一線を画する、不穏な恫喝。
フェアとラントの視線が合う。
人と人とのトラブルなら、勇者が引き受ける理由も義務もないのだが、フェアは考えるより先にすっとんで行く。
(絶対オレがついて来るって信じて疑いもしないあたり、タチが悪い。)
でも、それだからこそ、フェアなのだ。
ラントがこの世界でたった一人、好きになった友。
ラントは苦笑しながらフェアを追う。銀の髪が夏の風になびいて、きらきらと光をこぼした。
☆
「取り消せよ!このインチキ占い師が!」
わめき散らしている男の周囲には、人だかりができている。
野次馬根性で集まってきた輩が大半だろうが、中には、成行きを案じている顔もある。しかし、男の見幕に、口を挟めないでいるようだった。
「これはどういう状況ですか?」
今にも男の前に飛びだしていきそうなフェアの腕をぐいっとつかんだラントが、近くにいた若者に問いかける。直情径行のフェアは考えるより前に動いてしまうが、どんな行動に出るにしろ、状況を把握してからの方がうまくいくことを、計算高いラントは熟知している。
ラントが、完璧な笑顔で問いかけると、純朴そうな若者は真っ赤になった。声を聞いたはずなのに、性別を勘違いしているのか。
「あ、あの男、恋人といっしょに、占い師のところに来てた客みたいなんですが、浮気を暴露されたみたいで…。」
「あのキレ方を見ると、大当たりのようですね。」
ラントがなるほど、と呟く。図星でなければ、あそこまで取り乱しはしないだろう。
「そうなんです。あの占い師、年は若いけれど、腕は確かなようで、行列ができてましたよ。」
「そうですか。どうもありがとう。」
ラントが後光が見えるほど綺麗ににっこり笑い、フェアは見上げた。つかんでいた腕を解放してやる。
「だ、そうだ。どうする?」
「決まってんだろ!」
フェアは、体重を感じさせない身軽さで跳躍し、男の眼前に立った。
「な、なんだてめえっ!?」
と、男が眼を剥く。
年の頃は二十代後半。若い娘に好かれそうな、甘めの顔立ちではある。本人も、それを意識しているのか、耳や腕にじゃらじゃらとつけた安っぽい装身具が、軽薄な印象だ。
強い光を宿した、フェアの漆黒の瞳がきらりと光る。一瞬で見切ったようだった。目の前の相手の力量を。
「逆恨みで喧嘩ふっかけんじゃねーよ。」
フェアの口調には気負いがなく、落ち着き払っていたが、それが男の怒りに油を注いだ。
「すっこんでろ!」
懐から取り出したのは、短剣だった。刃が厚く、骨まで砕きそうな、物騒な代物。
フェアが、目をすがめた。
まとう気配が、歴戦の戦士のそれになる。一瞬で。
突っ込んでくる男を、その場に立ったまま迎え撃つ。
勇者の剣が鞘走る。
常人の目では追えない神速。
抜き放たれた黄金の刃が、日射しをはね返す。
キンッ!
鋭利な金属音を響かせ、フェアの勇者の剣が、短剣を弾き飛ばす。
ザンッと、短剣が石畳に突き刺さった。
ぽっかりと、空いていた、人のいない空間へ。
全て計算しつくした、完璧な剣技。
男が、短剣を取り戻そうと走るが、その手が届くよりも早く。
「燃え上がれ、紅烈火!」
ラントの放つ魔法が炸裂する。
ラントの白い繊手から放たれた、紅蓮の炎は、瞬時に燃え上がり、短剣を蹂躙する。
朱金に輝く炎が消えたとき、短剣はどろりと融解していた。
フェアとラントは、漆黒と真紅の視線を絡ませて、頷き合う。
鮮やかな連携に、周囲がわっと湧き立つ。
「すっげー!!」
「かっこいいぞ、兄ちゃんたち!」
「スカッとしたぜ!」
「ねえ、あれって、勇者さまよね、キマイラをやっつけてくれた…。」
「そうよ!じゃあ、あの方が勇者さまの言っていた魔法使いさまなのね!」
フェアが数日前、キマイラを倒した現場を見ていた町の住人は多かった。噂になるのも当然だろう。
男はようやく、売るべきではない相手に喧嘩をふっかけたことに気づいたらしい。
「覚えてろよ。」
という、捨て台詞に対して、ラントが見惚れるほど綺麗な笑顔で言い放つ。
「人並みの顔は覚えられなくて。」
「そこまで言うか…。」
フェアが若干引いている。同情するような相手じゃないが、ラントのえげつなさには、長い付き合いのフェアでさえ、時々度肝を抜かれる。
ラントは、自分とフェアに刃向った相手を、猫をかぶったまま精神的に追い詰めて奈落の底に突き落とす。容姿に自信のある相手が、けた違いの美貌のラントに言われたら、相当なダメージだろう。
もはやぐうの音も出ない男が、脱兎のごとく逃げ去って行ったところで。
「ありがとう、勇者のおにーさんと、魔法使いの…。」
と、声をかけられる。
途切れた言葉に逡巡を読み取り、慣れっこになっているラントは肩をすくめつつ、
「男だよ。」
と端的に答える。それを受けて、
「おにーさん。」
と続けたのは、言われていた通り、若い占い師だった。
いや、若いというより幼いというべきだろう。十六のフェアとラントよりも、二つ三つ下に見える少年だった。就労できる年齢は、一般的に中等教育を終えた十五歳から、という国が多いので、年より若く見えるのか、飛び級制度を使ったのか。
計算高く、機転の利きそうな眼差しからすると、後者かなと、フェアは推測した。純粋に賢いというより、上に「ずる」がつくタイプだなと、鋭いラントは見抜いている。
ちなみに、「勇者」は、就労できる年齢云々の枠外に置かれている。しかし、資格がないと何かと不便なので、フェアもラントも立ち寄った町で短期間、学校に在籍し、試験を受けて中等教育終了認定は得ている。どんなことにも特例はある。
「助かったよ、時々いるんだよねえ、ホントのコト暴露されると、逆ギレする輩。潔く認めて謝った方が、絶対心証いいのにさ~。」
と、言いながら、けらけら笑う。
金褐色に近い、濃い金色の髪に、それよりもさらに深い、琥珀色の双眸。黒目勝ちの大きな目が愛らしいが、尖った八重歯が野性味を添えている。ラントのような、誰もが魅了される極上の美貌ではないが、人に好かれる容姿だ。
野次馬が集まるほどの勢いで恫喝されていたにも関わらず、あっけらかんと陽気だ。
慣れているのかもしれない。折りたためる机と椅子だけが置かれた簡素な占いのスペースからすると、旅の占い師だろうか。この町は、1週間、祭で人が集まるからさぞや稼げるだろう。
フェアは、ふと興味を惹かれて聞いてみる。
「おまえ、あの男になんて言ったんだ?」
「あの男にって言うか、このおねーさんに言ったんだけどね。聞いてきたの、こっちのおねーさんだったから。」
と、傍らの、二十代半ばほどの女を指さす。濃い化粧と派手で露出度が高い服装は、確かにあの男が好みそうだった。首にも腕にも指にも耳にも、大ぶりのゴールドの装身具がじゃらじゃらしていて、まだ若いのにけばけばしい。
「こいつ、浮気してるの鉄板。おねーさんとは、ちがう女のにおいがするもんって、正直に言ってやっただけ。」
「そりゃまた、ストレートだな。」
フェアが噴き出す。
あまりにも、ばっさり切りすぎた感がある。図星だったらしいから、根拠のある占いなのだろうか。
物事をあまり深く考えないフェアは、気楽に笑っているが、その隣でラントは形のよい眉をひそめた。
におい、という言葉が引っかかった。言葉通りなら、犬並の嗅覚を持っていることになるから、比喩か、占いの用語なのだろうが…。
「でも、おまえ、もうちょっと考えろよ。頭に血が上ると、なにするかわかんねーやつだって多いしさ。こっそり、この人にだけ伝える方法とかあるだろ?」
と、根が親切なフェアは、年下の少年占い師に忠告する。
「そうなんだけどさー、平気で裏切るやつとかって、ムカつくんだよねー。だから、つい、恥かかせてやりたくなっちゃうんだよ。全部お見通しだぞってさ。」
かわいらしく舌を出しつつ、少年は、す、と懐から
「まあ、一応、護身用にこーいうのも、持ってるよ。」
と、短剣を取り出す。
装飾の少ない、実用的な短剣は、よく使いこまれていて、この少年がそれなりの修羅場をくぐってきたことを物語る。もしかしたら、助けは不要だったのかもしれない。
少年はくるりと、依頼人である若い女に向き直る。
「じゃあ、まあ、とんだ騒ぎになっちゃって、ごめんね?」
「いいのよ。頼んだの、こっちだし。薄々わかってたしね。高い指輪でも買わせてやるわよ。」
と、平然と答えるところを見ると、浮気は慣れっこなのだろうか。それでも別れる気がないのは不思議だが。
フェアとラントは、これ以上ここに留まる必要はなさそうだと、視線だけで意志を交わして歩き去ろうとしたが。
「あ、待ってよ、おにーさんたち。助けてもらったお礼になんか奢るよ。」
と、少年に引き止められた。
☆
いつもは、何もない、だだっ広いだけの石畳の広場で、子どもの遊び場になっている場所だが、祭りになれば周囲をぐるりと屋台が囲む。テーブルと椅子を運んで来れば、即席のオープン・カフェに早変わり。屋台で買ってきた軽食を座って食べられるので、観光客にも地元の住人にも好評だ。
空いていれば、注文してすぐに受け取れるのだが、昼近くになって人出も増え、さらに気温も上がって、冷たいものを出す屋台は込み合ってきた。フェアたちは、番号札を渡され、商品が用意でき次第、呼ばれると説明を受けたので、先に席を確保して落ち着いた。
少年は、ルウナ・ベスティアと名乗った。
「いろいろあって、天涯孤独。昔は結構悪さもしたけどね~、今は真っ当に占いで稼いでるよ。結構、評判いいんだ。」
と胸を張る。フェアが
「行列できてるって言われてたな。」
と、野次馬の一人から聞いた情報を思い出す。もっとも、フェアとラントが駆けつけたときには、わめき散らす男に怯えて逃げたか、野次馬に同化したかで、彼の客が本当に多かったかはわからない。
ルウナは琥珀色の瞳で、フェアとラントを交互に見た。
「よかったら、タダで見てあげようか?おにーさんたちの相性とか、未来とか。」
フェアは、うーんとうなる。
「相性はいーや。わかってるし。未来もなあ…ずっと一緒にいるって、決めてるし、そこは変わんないから、後はべつにいい。」
ルウナは噴き出した。
「あははは!なにそれ、まるっきりノロケじゃん。」
ラントは、そのやりとりは聞き流すことに決め、探る視線をルウナに向ける。
ラントは、警戒心が強い。フェアが、ほいほい人を信じてしまうから、その分、ラントは用心深くなる。フェア以外の誰にも心を許さない性格もあるが、自分まで油断していたら、フェアを守れないと知っている。だからラントは、引っかかったことは確かめておく。
「キミの占いって、具体的な方法は?においでわかるって、さっき言っていたけど?」
「においでわかるのは、ごく最近の過去だけ。後はコレ。」
と、取り出した皮袋には、白いサイコロ。よくある立方体ではなく、面の数が多い、複雑な形をしている。その分、普通のサイコロよりも二回りは大きい。
刻まれているのは、見慣れない記号だ。大陸の共通語とは異なる、辺境の民の文字だろうか。
そして、石とも木とも金属とも違う材質で作られているように見える。
ルウナは、そのうちの一つを選んで、ころんとテーブルに転がした。
出た目を見て、ちょっと大げさなくらい、顔をしかめた。
「十五。ヤな目が出たなあ。」
「べつに、今は何か占ったわけでもないんだろ。なら、いいじゃん。」
根が明るいフェアは細かいことを気にしない。占いで不吉なことを言われたとしても、五分で忘れそうだ。
ルウナは、歯牙にもかけないフェアに、ムッとしている。
「でも、この目が意味するのって、憎悪、嫉妬、恨み、破滅。それから、裏切り、だよ?」
裏切り、という言葉を発したときのルウナの声には、ただならぬ響きがあった。
隠しきれない感情の荒れを聞き取ったラントが、かすかに真紅の目を細める。ラントのまとう気配が、ぴりっとした緊張を孕む。
フェアは、ルウナ自身よりも、ラントの表情に反応した。
「ラント?」
良く言えばおおらか、悪く言えばおおざっぱフェアなのに、ラントの変化にだけは目敏い。
「そろそろ、できた頃じゃないか?フェア、おまえ、屋台に行って聞いてみろ。」
「え、でも、まだ呼ばれてないぜ?」
「いいから、行け。」
有無を言わせない口調で言われ、フェアは渋々席を立つ。
フェアに声が届かなくなったところで。
「ラントさんは、ずっと、そうやってフェアさんを守ってきたんですね。」
と、ルウナが笑った。
ラントが珊瑚色の唇に、にこ、と笑みを咲かせる。それは、美しく飾られた武装だ。
「どういう意味かな?」
「イヤな話になりそーだなって思ったから、フェアさんを追い払ったんでしょ?危険からも悪意からも、できるだけ遠ざけておきたいって思ってる。自分が盾になって。」
占い師、という職業ゆえだろうか。人の心の内面に踏み込んで、暴き立てるような物言いをする。
けれど、ラントは全く動揺しなかった。揺らぎを見せれば付け込まれる。
「今は…今までは、それが報われているんだと思うよ。フェアさんもラントさんがすごく好きなんだなって、ついさっき会ったばっかりのボクでもわかるもん。でも。」
と、ルウナは琥珀の瞳をラントに据えた。
年齢にそぐわない、深い眼差しだった。
「フェアさんは、いつまで、ラントさんだけを好きでいてくれるのかな?」
不安をかき立てる口調でありながら、その瞳に悪意はなく、不思議と澄んでいる。
「ねえ、ラントさん。」
ルウナが、テーブルに転がったままの、サイコロを拾い上げる。不吉な未来を示す目が出たサイコロを弄ぶ指は、少年には珍しく、爪の先まで整えられている。サイコロを使う占いなら、指先を見られることが多いから、手入れをしているのだろう。
「裏切られるのって、すごーくつらいよ?」
ラントは、銀糸の髪一筋、揺らすことなく、輝くような笑みのままだ。
「なるほど。だから、キミは、裏切りを嫌う。自分が受けた仕打ちを許せないから、それを行う輩が憎いというわけだ。」
言い当てられたルウナは、一瞬、ひるんだが…すぐにはっきりと頷いた。
「そう。だから、ボクは、ラントさんには、ボクと同じ思いをしてほしくないんだよ。」
ラントは、表面上は冷静なまま、内心首をかしげている。
何かを企んでいるようでいて、純粋にこちらを思うようでもある。真意が見えない。
狡猾さと真摯さが、等分に含まれているようで、本心がどこにあるのか探りきれない。
けれど、内面を悟らせないのは、ラントも同じだ。
宝玉が煌めくような、眩しすぎて正視をためらうほどの燦然とした笑みを浮かべる。自分の笑顔が、見る者に与える影響を知りつくしている。
「キミは、報われている、と言ったね。」
「…言ったけど?」
「オレは、報われなくてもいいんだよ。」
ラントの言葉に誘われたように、風が吹く。大気の熱を払う、涼気を呼ぶ風だ。長い銀髪が優雅に舞い、光が躍る。
「…え?」
「オレは、見返りがほしいわけじゃない。」
血赤珊瑚の双眸は、吸い込まれそうに深く、それでいて刃のように鋭利だった。
「っ。」
ルウナが、気圧された表情で息を呑む。
☆
その時、「ちょうどできたとこだったぜ。」と、軽食と飲み物を抱えたフェアがもどって来た。後は、食事をしながら、たわいない話をした。フェアとラントの旅のエピソードや、ルウナの占いの方法について。
ルウナは、視覚や聴覚、嗅覚、味覚、触覚が鋭敏な一族の出身だと言う。それゆえに、ごく近い未来や対峙している相手の心境が、ある程度は分かるのだと。
「空気に水のにおいが濃かったら、明日は雨だなとか、相手の表情と声の調子から嘘見抜くとか、そういうのが得意でさ。占いはその延長で、サイコロ振るんだけど、ボクたちが無意識に出る目を操作してるんだって、長老は言ってたなあ。」
と、ルウナは語った。白いサイコロを手の中で弄びながら。サイコロには、0から21までの目をふる。数字に、それぞれ意味があるそうだ。サイコロは、親しい者から、形見として受け取ることが多いのだという。
「ボクのもそうだよ。」
と、ルウナはあっさり言ったが、それは親しい者と死に別れたことを意味する。飄々とした笑みの奥に、渦巻く感情があるのか、既に過去のこととして割り切っているのかは読めない。
それでも、表面上は和やかに話が弾んだ。
昼過ぎには別れたルウナとは、それっきり、二度と会うこともないだろうと、フェアとラントは考えていた。二、三日したら、祭りの終わりを待たずにこの町を発つつもりだったし、人であふれる街中で、ばったり出会う確率は低いと。
しかし、その予想は思わぬ形で外れる。
翌朝、フェアとラントは、ルウナと再会する。
惨殺された骸の傍らで。
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