バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ

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勘違いを続ける彼女と彼女が気になる彼。

血液は血管内を流れる体液で、液体成分の血漿と有形成分の赤血球、白血球、血小板からなる。

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 2人きりの部屋で私達は無言で見つめ合っていた。ドクンドクンと心臓が力強く全身へ血液を送る音が聞こえる。
 悠木君の指先が私の頬を撫でた。私の体温が高いのか、それとも彼の手が冷たいのかはわからない。触れられると余計に身体が熱くなる。だけどもっと触れてほしいと願ってしまった。

 ──ドタドタドタッ
「「……」」

 しかし、どこからか聞こえた大きな足音に悠木君の表情が抜け落ちた。目をそらして私の頬からすっと手を離してしまう。
 私はといえば我に返って恥ずかしくなった。無意識の内に止めていた息を吐き出して俯く。
 それから程なくして部屋の扉が乱暴に開けられた。

「夏生君、順序ってものがあるでしょ! 下手したら嫌われちゃうのよ!?」

 扉の向こう側から、悠木君のお姉さんであるさや香さんが血相変えて飛び込んできた。
 彼女の魂の叫びを聞いた私は固まる。隣に座っている悠木君はムスッとした顔をしていた。

「…なんもしてねーよ。勉強してるだけだろ」
「本当に!? お姉ちゃんの目を見ていいなさい!」
「いいから出てけよ。邪魔」

 弟を説教モードで迫るさや香さん。悠木君はそんなお姉さんを追い出そうと躍起になっていた。その攻防を見ながら、私はまだドキドキしていた。

 その後はさや香さん監視の元、ドアを開けっぱなしで勉強することになった。お夕飯までご一緒させてもらって、帰りはさや香さんの車で家まで送ってもらったのである。

 家に帰り着いてからどこか上の空のまま眠る支度をして布団に入った私は真っ暗な天井を見上げながら今日起きたことを思い出していた。
 悠木君は私に何をするつもりだったんだろうって。さや香さんが帰ってこなかったら、私は何をされていたのだろう。
 その答えが知りたいけど、知るのが怖い、そんなことを考えていた。


■□■


 9月になると本格的に生徒会選挙の候補者が表に出てきて演説を行うようになった。
 学校放送でも候補者たちが決意表明を語る様子が流され、昇降口前の掲示板には候補者のポスターが貼られていた。今回、生徒会長に推薦出馬した桐生礼奈のポスターはその中でも際立っており、ひとりだけ清純派女優のキャンペーンポスターに見えるという…。
 本当は生徒副会長に推薦されるところだったけど、悠木君が辞退したので繰り上がりで生徒会長として推されたんだって。

「あれ…あのイケメン先輩は出ないんだ?」
「悠木先輩?」

 掲示板前にいた1年生女子の言葉が耳に飛び込んできた。そうなのだ。そこには悠木君の姿はない。
 そのことにミーハー気質な女子たちは悠木君と桐生さんが並んで生徒会の双璧になってくれたらいいのにと残念がっていたが、ただそれだけで。
 去年みたいな足を引っ張ろうと企む人間もおらず、平穏に最終演説と選挙日を迎えて何事もなく終えたのである。

 新生徒会長になった桐生礼奈は更に注目度が上がった。以前よりも忙しそうに動き回っているのをよく見かける。彼女をアイドル視している男子生徒がスマホで隠し撮りしては騒いでいるようだ。そのうち美人すぎる生徒会長みたいなチープなキャッチコピーでメディアデビューするんじゃないだろうか。
 眼鏡も前と同じ役職で生徒会会計として頑張っているようで。

 一方でその責務から逃れた悠木君はひとりで過ごしている姿を見かけるようになった。だけど暇そうにボーッとしているわけでもなく、教室にいる時は机に向かって勉強していた。下がってしまった成績を戻すために頑張っているようである。
 昼休みのお昼寝から戻ってきた私は特進科A組の教室を覗き見して彼の様子を伺っていたが、勉強の邪魔をしないようにそのまま通り過ぎた。

 …なんか、最近調子狂うんだよね。悠木君を前にすると声が上ずってしまって落ち着かなくなっちゃって……本当、私どうしたんだろう……

「ねぇ、森宮さん」

 自分の教室に入る手前で私は後ろから呼びかけられた。
 聞き慣れない声だったので怪訝な顔で振り返ると普通科3組の女子生徒の姿。クラスも違うし、会話もしたこともない相手だけど目立つ人だから面識はあった。一軍っぽいカースト高めな女子は不遜な態度で私に言った。

「あのさぁ、あんた悠木君のメッセージID知ってるんだよね? 教えてよ」

 突然の要望に私は胡乱さを隠せない。何を言っているんだこの人は。個人情報なんだからホイホイ教えるわけがないでしょう。

「いや、断る」

 普通に断るよ? 馬鹿なことを言うんじゃない。本人に聞きなさいよ。

「なにそれ…ずるくない?」

 イラァ…とした彼女は眉間にシワを寄せて睨みつけてくる。そんな睨まれても困りますがな。

「なにがずるいの? 本人に聞かずに私から聞こうとするそっちはどうなの?」

 私と悠木君が親しくしているのを気取ってたまにケチつけてくる人はいるけど、ずるくないから。本当、次から次によくも……私は呆れた。
 私なら知らない人からメッセージきたらすぐにブロックするけど。それを覚悟の上で聞きに来たんだよね? 百歩譲って私が教えたとして、悠木君に無視されても逆恨みしないよね?

「チッ…」

 なんか舌打ちされたんですけど。自分から聞きに行けばいいじゃん。私に聞きに来る勇気があるならそれくらいできるでしょうが。

「あんたさ、ホント調子乗りすぎ。バイトが好きならバイトだけしたらいいのに」
「それは私が決めることであって、あんたに行動を制限されるいわれはないよね」

 そもそも数十歩歩けば特進A組のクラスにたどり着く。今なら悠木君は教室にいるから、自分から声をかけたらいいのだ。私に声をかけている時間すら無駄だと思わないのかね。

「一人で行くのが嫌なら、A組まで一緒に行ってあげようか? そこからは自分で頑張ることだね」
「うるさいな! 付き合ってるわけでもないくせに調子に乗り過ぎだっていってんの! その気がないなら悠木君に近づかないでよ! そもそもあんたみたいな色気なし、相手にされるわけが無いけどね!」

 色気がないからなんだ。どいつもこいつも人のことを色気なしと勝手に判断しやがって…色気と悠木君、何が関係あるのか。

「悠木君は色気で人を判断しない! 何なら自前のお色気で悠木君に迫ってみたら?」

 私に勝ると思っているからそんな事を言うのだろう! いいか、悠木君は海でどんな水着ギャルに囲まれても全く鼻を伸ばさなかったんだぞ! あれだけ理性的な男を落とすのは難しいと覚悟したほうがいい!
 ムカついたので言い返すと、相手はギクッとした様子で引きつった表情を浮かべていた。
 なんだ、今更怖気づいたのかと私は溜飲を下げた。

「──俺になにか用?」

 すぐ横から飛び込んできた声に私はぎょっとした。
 首を動かせばそこにはなんとご本人様登場である。

「なんで森宮に絡むわけ?」

 悠木君は冷めた表情で一軍女子を見下ろしていた。その瞳には親しみがまったくない。

「私はただ、その子が悠木君のIDを知ってるから…」
「それがどうしたんだよ。お前に関係ある?」

 あ、なんか初めて悠木君と接触した時のこと思い出すなぁ。悠木君あの時冷たく女の子振っていたんだよね。アレと同じだ。付け入る隙を与えないその姿は見ているこっちも息を呑んでしまう。

「私には教えてくれなかったのになんで!」

 彼女の言葉に私は「えっ」と首をさっと戻した。
 あ、自分から聞いた後だったの……そうとも知らずに私ひどいこと言っちゃった…?

「親しくもねぇ女子に教える理由なんて無いだろ」

 悠木君は冷たく切り捨てた。
 ……まぁここで優しくしても、後で面倒になるから仕方ないのかな。

「もういい!」
 
 一軍女子は噛み付くように怒鳴ると、私を一睨みした後にその場から逃走した。廊下を歩いていた無関係の生徒が慌てて避けるその横を彼女は突っ切っていく。その後姿を見送る悠木君が少し疲れた様子でため息を漏らしていた。

「自分であしらえたから大丈夫なのに」
「絡まれたのは俺のせいだろ。そうはいかねぇよ…ごめんな」

 わしゃっと大きな手が頭を撫でてきて私はドキッとした。
 初めて撫でられたわけでもないのに……私は恥ずかしくなってさっと視線をそらした。

「それにしてもよく気づいたね。悠木君、教室で勉強していたのに」

 A組から普通科エリアまでは約3クラス分距離があるのに。私達の言い合いがヒートアップして廊下中に響いていたのだろうか。

「いや、森宮のダチが助け求めにきた」
「はっ!?」

 私はぎょっとした。
 友達が!?
 サッと1組の教室に視線を送ると、ドア前を陣取った私の友人である季衣とゆうちゃんがこちらをニヤニヤしながら眺めているではないか。
 な、なぜ悠木君を呼ぶんだ。助けるなら君たちが加勢してくれたらいいのに……

 季衣は口パクで何かを言っており、ゆうちゃんが拳を前に押し出してなにか合図を送ってくる。
 だけど何を意味しているのかがわからず私は困惑した。
 なに、なんなの2人して…!

「あー…それと」

 私が友人たちの奇行に混乱していると、悠木君が何かを言いかけた。未だに合図を送り続ける友人から悠木君へと視線を戻すと、彼は私をじっと見つめて、困った顔をしていた。

「…別に、森宮に色気無いとか思ってないから」

 なんというか気まずそうな、恥ずかしそうなそんな表情で。

「俺は誰でもいいわけじゃないし」
「あ、うん…」

 私は一体何を言われているんだ。
 悠木君に色気の有無についてフォローされてどんな反応をすればいいのかわからず、自分の顔が熱くなっていくのを感じ取っていた。

「じゃ……そういうことだから」

 悠木君は言い捨てのようにその場から去っていった。

「いやだぁぁ、なんなの甘酸っぱーい!」
「これは本当に修学旅行が勝負かもよ! 美玖頑張るんだよ!!」

 後ろで友人たちが騒いでいたが、私の耳には全く内容が入ってこなかった。
 どくんどくんと心臓が鳴り響いて周りの音が聞こえない。
 ただ悠木君だけが色づいて見えて、目が離せなかった。
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