バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ

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勘違いを続ける彼女と彼女が気になる彼。

駆け込み下車は危険です、絶対におやめください。

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 修学旅行の2日目、大阪最終日の自由時間の門限前にホテルに戻ると、共に行動していた特進3人組と別れて割り当てられた部屋に戻った。
 部屋に入ると、季衣が畳の上でふて寝していた。布団もかけずに制服姿のままで。
 …おかしいな、朝はあんなに元気いっぱいだったのに。

「ただいま…」

 気分悪くて寝ているのかな…? と思って小声で帰りを告げるも、反応はない。
 何も掛けずに寝ているのが気になったので、押し入れから布団を取り出して彼女にそっとかけてあげようとすると、横になっている彼女と目があった。

「…!?」

 まぶたが真っ赤に腫れ上がって、化粧がドロドロに崩れ落ちたその顔を直視した私は持っていた布団を落とした。どうしたの、化粧かぶれでも起こしたの!?

「美玖…?」

 ガッサガサに枯れた声が私の名を呼ぶ。これは、本当に私の友人か…? とビビっていると、彼女はムクリと起き上がってひどい状態の顔を手の甲でグシグシと拭っていた。

「泣いてそのまま寝てた…」
「ぬ、拭うより、化粧落としてスッキリしたほうがいいよ…」

 ボロボロに崩れたマスカラとかアイラインがこすられて変な方向に伸びてるし。私が彼女に化粧落としを提案すると、季衣はブワッと涙を溢れさせていた。

「美玖っ…九条のやつ、1年の雨宮が好きなんだって…」
「えぇ…」

 彼女は狙っていた男子に振られたのだそうだ。2人きりで観光に行ったから脈アリかと思えばそんな展開…あの雨宮さん狙いだったか……。

「それなら最初から私の誘いに乗るなってんだ! あぁもう! 時間無駄にした!!」

 怒りを爆発させて髪をグシャグシャにさせた彼女は再びふて寝してグズグズと泣き始めてしまった。
 なにか声をかけてあげようかと思ってやめた。ここはしばらくそっとしてあげたほうがいいだろう。

 そっと彼女に布団をかけてあげると、私は化粧落としのために洗面台に向かった。顔面に張り付いた感じのする化粧を落としてスッキリするためだ。クレンジングで化粧を浮かせて水で流す。脂っこいから洗顔フォームでも洗ったほうが良さそうだな。
 蛇口の水を止めて洗顔フォームをアワアワにしていると、部屋側からぐずる声が聞こえてきた。季衣……いつから泣いていたんだろう。連絡してくれたら早めに帰ったのに。

 こうなれば季衣は明日の奈良観光では一人になってしまうかもしれない。一人でいたら余計に気が滅入るだろう。私と悠木君の観光に混ぜたほうがいいかな…と鏡に映るすっぴんの自分の顔を眺めながら考えていた。


 食事とお風呂を終えると、寝る前なのにきっちり支度を整えた同室女子たちが昨日と同じく男子の部屋に出かけていった。──ただし、失恋した季衣は早々に就寝しているが。
 今夜も居残り組の私は今夜こそ風呂上がりのコーヒー牛乳を楽しむために、財布と鍵を持って自販機で瓶入りコーヒー牛乳を購入した。

「あれ、森宮。お前なにしてんの?」

 そう声を掛けてきたのはクラスメイトの男子である。私は自販機の取り出し口から牛乳を取り出すと見せつけた。

「見てわからないかね。風呂上がりの一杯だよ」
「おっさんかよ。つうか、俺達の部屋でカードゲームすんだけどお前も来ない?」

 カードゲームって、随分懐かしいもので遊ぶんだね。男子いわくプレイ人数集めてるらしいけど足りないというではないか。人数が必要なカードゲームって何してんの?

「駄目だ」
「うん? んん?」

 しかし私が返事する前に第三者が勝手に断ってしまった。
 コーヒー牛乳を持ってない方の手首をがしりと掴んできたのはお風呂上がりの悠木君である。
 お風呂で体の芯まで温まった熱がほかほかとこちらにまで伝わってくる。彼の白い頬はほんのり赤く染まる。普段は露出しない胸元が浴衣の合わせ目から覗いており、とても目のやり場に困る。
 浴衣に風呂上りの美人って攻撃力強い。君はそんな風に無防備にうろついているから女子に襲われかけるんじゃないだろうか。
 彼は私の左手首と右肩をしっかり確保した上で、クラスメイトの男子を静かに睨んだ。

「こいつは駄目。他誘って」
「あ、ごめんごめん。そういうことね。でも俺下心あって誘ったんじゃないから」

 悠木君とクラスメイトの間で話は片付けられてしまった。クラスメイトの男子は悠木君に平謝りすると、面白いものを見たとばかりにニヤニヤしながらその場から離れていく。
 なによ、見世物じゃないぞ。好奇な視線を不快に感じていると、「森宮」と悠木君から呼びかけられた。

「お前は馬鹿か! 無防備に男の部屋に入ろうとするな!」

 いきなり悠木君に怒られてしまった。…馬鹿とか言われたんだけど。
 男の部屋って…個人の部屋じゃなく、クラスメイトが集まって遊ぶだけだし、そんないやらしい想像しないでも…突然怒られた私はモヤモヤしつつ、とあることを思い出した。

「…でもこの間、悠木君は家に私を招いたじゃないの」

 そこんところどうなの? 悠木君、人のこと言えないよ。
 私がジトッとした目で彼を見上げると、悠木君は少し気まずそうな顔をする。でもすぐに「それとこれとは別!」と開き直っていた。

「言ってることめちゃくちゃ…」
「いいからほら、部屋に戻るぞ」

 煮え切らない気持ちで私がムッとしていると、悠木君に手を引かれた。部屋までわざわざお送りしてくださるそうだ。
 いいの? そんなことして。また昨晩みたいに女子に引きずり込まれるかもよ?
 悠木君の背中にチクチク視線を送っていた私はふとあることを思い出した。

「あ、そうだ悠木君、明日私の友達も一緒に観光してもいい?」
「…友達?」

 ピタリと立ち止まったので私も一緒に立ち止まる。振り返った悠木君は不思議そうに「友達って、男と回ってるって言ってなかったか?」と問い返してきた。
 私は苦笑いして悠木君だけに聞こえるようにヒソヒソ声で理由を話そうとすると、悠木君は私の背に合わせて屈んでくれた。悠木君は人が振られたことをネタにして嘲笑う人じゃないってのはわかっているけど、通り過ぎた別の人の耳に入ってから変な噂になるかもしれないからここだけの話にしてほしい。

「友達ね、狙ってた男子に振られてボッチ確定したの。めちゃくちゃ泣いてて気落ちしてるから一人にしたくないんだ」
「そういうことなら、別にいいけど」

 5人行動になるけど、今更1人増えたところでなにも変わらないだろう。悠木君は快諾してくれた。
 そのまま部屋の前まで丁重に送られた私は悠木君に明日は朝からバス移動なので、奈良に到着した後連絡を取り合って合流しようと約束して別れた。

 部屋に戻ると、部屋の中には布団に収まった季衣がすやすやと寝息を立てていた。私は彼女を起こさぬよう、静かにコーヒー牛乳を飲んでしばらく勉強して過ごしてから、自然と眠気がやってきた頃に就寝した。
 本当は男子部屋に行っていた同室の子たちを待っていようと思ったけど、いつになっても彼女たちが帰ってこないから諦めて寝たとも言う。

 ──どこからバレたのか、男子の部屋に行った女子たちは先生に見つかって説教されたと言う話を聞いたのは翌朝のことだった。道理で戻りが遅いわけだ。
 説教された子たちは先生たちによる深夜の説教で朝から睡眠不足気味。どんより元気はなかったが、化粧で身を固める元気はあるようなので今晩も奈良の宿泊先で同じことするんじゃないだろうか。
 私は部屋でおとなしく過ごすことにするよ。


■□■


 3日目の朝はクラスごとに大型バスで移動して奈良へ向かった。
 奈良といえば鹿だと聞いていたけど、普通に横断歩道を横断している鹿が居るとは思わなかった。本当に鹿と共生しているんだ…と感動すら覚えた。

 ホテルに到着すると先生方から諸注意を受け、そこからは自由行動の時間を与えられたので元気のない季衣の手を引っ張って、悠木君と合流した。
 彼の隣には当然のように存在する眼鏡と桐生さん。そして普通科の私と季衣……今更だけど変な組み合わせだよね。普通科と特進科の生徒が一緒に行動してるグループって他にいるのだろうか。

 昼頃から自由時間だったため、私達は空腹を訴えていた。名物だという柿の葉寿司をみんなで食べに行き、この後は電車とバスを使ってめぼしい観光地を見て回ろうと食事の席で計画を立てていたのだが、その間ずっと季衣は沈黙していた。
 お昼ごはん食べる元気はあるみたいだから、深刻な状況じゃないと思うけど…人見知りするタイプでもない彼女の沈黙が逆に不安になる。特進科組が会話する中、私は季衣に話しかけてなんとか元気を取り戻してもらおうと頑張ったけど、彼女は落ち込んだままだった。

 近場の駅から移動することになって電車に乗り込むと、季衣が何やら突然辺りをキョロキョロし始めた。
 どうしたんだろう、もしかして季衣を振った野郎が近くにいるとか…? それとも友達を見かけたのだろうか…と私が彼女の様子を心配していると『電車が発車します、閉まる扉にご注意ください』と電車のアナウンスが車内に響き渡った。
 ──その時だった。さっきまでどんよりしていた季衣の目がキラリと光ったのは。

「!?」

 ガッと腕を掴まれた私は息を呑む。
 ぐいんと力いっぱい押し出された私はたたらを踏みながら電車の外に飛び出た。

「なにっ!?」

 私が文句を言おうとしたら、プシュー…と音を立てて電車の扉が閉まった。

「……え?」

 電車の扉の窓越しに季衣が笑顔でサムズ・アップしていた。その後ろで眼鏡と桐生さんが目を丸くして固まっているではないか。

「……お前の友達、思ったより元気そうだな」

 小さく呟いたのは私と一緒に、季衣によって電車を追い出された悠木君だった。

 季衣は私と悠木君2人を力いっぱい追い出したのだ。なぜ、どうして…と問いかけるにも彼女はここにはいない。
 一緒に回ろうねって言ったのに、なんで……?
 友人からの裏切り行為に切ない気持ちにさせられていると、ポケットのスマホが震えた。取り出して確認すると、新着メッセージ。

 ポップアップ表示には季衣からの【健闘を祈る!】というメッセージが届いていたのである。
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