バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ

文字の大きさ
74 / 79
意識し始めた彼女と積極的に動く彼。

0°≦θ≦180°のとき、次の不等式を解きなさい。

しおりを挟む
 学校が終わった後にお弁当屋さんで夜のバイトをしていると、自動ドアの開く音が聞こえた。

「いらっ…」
「匿って!!」

 入店してきた人物は、店内に設置しているチルド品冷蔵ケースの影に素早く身を隠し、外からその姿が見えないようにしていた。
 彼の顔は青ざめ、ぷるぷると震えていた。まるで命でも狙われているかのような怯えようである。

「……また追い回されてるの? 悠木君」
「学校から逃げてきた」

 夕課外を終えた彼は、細心の注意を払って学校を出ていったそうだが、女子に見つかり追いかけ回されていたのだという。
 家に直行しようにも住所を知られるのが嫌だったから回り道をしてたんだってさ。
 どのくらい走っていたのだろう。苦しそうに肩で息をしていた。

 ……SNSで悠木君情報が広がるのは初めてじゃないし、去年も似たようなことが起きていたけど、今年は雨宮さんが加わったことで色んな意味で規模が大きくなっているような気がする。
 学校SNSでは、雨宮さんが芸能界入りするんじゃないかとか、悠木君がモデル事務所に入ったとか根も葉もない噂が流れている。悠木君は否定しているが、雨宮さんが変な風に煽ってどんどん噂が変な方向に流れていっている。
 彼女は今の現状を更に加熱して楽しんでいる風にも見える。

 私はカウンターで仕事をしながら、窓ガラスの外を観察する。
 大通りに面したここは人の出入りが激しい。女子高生が何人も店の前を通過するけど、今丁度帰宅時間とかぶっているので、どれが追いかけてきた女子高生かわからない。

「眼鏡呼び出す?」

 私が送っていけたらいいけど、まだバイト終わんないから無理なんだな。

「いや、大輔も生徒会で忙しいから……最後の手段でタクシーで帰る」

 なんと贅沢な。と思ったけど、身の安全のためなのだろう。
 悠木君はうちのお店でお弁当を購入するついでに私への差し入れに果物ゼリーを買ってくれた。その後弁当屋の隅っこで息を潜め、アプリで呼んだタクシーが到着するなり周りを警戒しながらコソコソ乗車して帰宅の途についていた。

 ──悠木君は見るからに疲れていた。こんな風に追い回されたら女嫌いもなるよね。好きで目立っているわけじゃないなら尚更に。
 眼鏡は生徒会の仕事があるため、悠木君とずっとは一緒にいられないし、私が気にしてやるにもクラスも違うし、バイトもある……現在の悠木君は孤軍奮闘しているようなものであった。

 ……すごく心配だ。いつもであれば何よりもバイトを優先するはずなのに、今日に限っては拘束してくるバイトが憎たらしくなった。悠木君は無事か不安だったし、一緒について行けたらいいのにと悔しい思いをした。


 その日のバイトが終わってからスマホを見ると、悠木君からメッセージが届いていた。無事帰宅できたそうだ。

【明日からカムフラージュとして眼鏡をつけようと思う】

 眼鏡というのは伊達眼鏡ってことかな。
 悠木君が眼鏡をかけてもただのイケメンなだけだと思う。別の人まで引き寄せちゃうかもよ……。
 どうせなら前髪ボサボサにして、思いっきりジミメンに扮したほうが──…しかし、眼鏡装着は彼なりの策なのだろう。黙っておいた。


□■□


 翌日から眼鏡をつけた悠木君は早速、学校中の噂の的になった。眼鏡というアイテムは悠木君の可能性を更に広げてくれたらしい。さり気なく髪型も真面目ヘアに変えていたが、それはそれで知的なイケメンになっただけだった。
 そんな悠木君を見て「くそぅ、カッコいい」と密かにときめいたのは秘密である。

 ただ、悠木君の顔を写真でしか知らない外部の女子学生達は、眼鏡をつけた彼を見逃していたそうなので、悠木君は安全に正門を通過できたようである。
 しかし、この手段がどのくらい使えるかという課題もある。一人が見つけたら再び追い回される未来待ったなしになる。その前に彼女たちが諦めてくれたらいいのだが……


「フワァ……」

 私は大きなアクビをしながら、お昼寝スポットに移動していた。
 お昼ごはんのあとはお昼寝。それが私のルーチンワークなのだ。いつものお昼寝スポットは4階の社会科準備室。階段を登って少し進めばすぐに到着するはずなのに、あと一歩のところで足止めを食らっていた。

「ですからぁ、私とお付き合いしてますーって宣言すれば、あの女達蹴散らせるんですよー?」
「断る」

 階段の踊り場で悠木君が雨宮さんに絡まれていたのだ。この光景も見慣れたものなんだが、やっぱりくっついている姿を見るのはこちらとしても面白くない。自分の気持ちを自覚したら尚更に。
 雨宮さんは自身の注目度が上がったことで気分がノリノリのようで、悠木君の拒絶にも更に押せ押せの姿勢で攻めていた。

 私が助け舟を出そうかと一歩足を踏み入れると、雨宮さんがこちらを見た。──そして

「あっ! 痛い! コンタクトずれちゃった!」

 なにやら彼女は片目を抑えて目が痛いと訴え始めた。
 目が大きく見えるカラコンでもいれてんのかな。アレあんまり目に良くないらしいから止めたほうがいいと思うんだけど…と呆れ半分で眺めていると、雨宮さんの腕が持ち上がった。
 そして油断した悠木君の首に腕を回して、彼の顔を引き寄せたのだ。そして、重なり合う顔。

 ……雨宮さんは私の目の前で、悠木君の唇を奪った。
 私は一歩足を踏み出した体勢で銅像のように固まっていた。目の前から色が無くなったように感じた。

「ちょっマジでお前ふざけんなよ!」
「やだぁ先輩照れてるんですかぁ? ──あ、森宮先輩見ていたんですか?」

 彼女がニヤリと笑う瞬間を見た私は、わざと見せつけたのだと悟った。
 遅れて私の存在に気づいた悠木君が慌てた様子で雨宮さんを引き離したけど、私は彼の顔が見られなかった。

 頭ではわかってるんだ。悠木君は被害者だって。
 だけど、私以外の女の子とキスした彼を前にして冷静でいられる自信がなかったのだ。

「森宮」

 声をかけられたけど、私はぷいっと顔を背けて彼らの横をすり抜けて階段を駆け登った。
 口を開けば、悠木君を罵ってしまいそうだった。私は告白の返事を先延ばししている立場だ。偉そうに言える資格なんて無いのに、一丁前にヤキモチなんか妬いている。じりじりと胸を焦がすこの気持ちが嫉妬の気持ち。

 恋というのはこんなにも感情を揺さぶられるものなのか。
 悠木君と友達のままでいられたらこんな気持ちにはならないはずだったのに。一喜一憂してあちこちに気を取られる今の自分、あんまり好きじゃないや。

「待って、森宮」
「ちょっとぉ夏生せんぱぁい!!」

 私の拒絶には気づいているはずなのに、悠木君は追いすがってきた。雨宮さんは置いてきたみたいだ。階段下からきんきん騒ぐ声が反響して聞こえてくる。私はその全てを無視してその場から逃げようとした。

「待てって!」

 だけど後ろから悠木君に手を掴まれて捕獲されてしまった。

「今のは」
「私は何も言うこと無いから」

 別に付き合っているわけじゃないもん。言うことなんか一つもない。
 今は一人にしておいてくれと掴まれた手首を振り払うも、悠木君は私の肩を掴んで正面から顔を覗き込んできた。

「避けた! ほら、頬に口紅付いてるだろ!」

 悠木君が左頬を見せつけて来たので渋々視線を持ち上げると、彼の白い頬に真っ赤なリップの色が残っていた。頬と口端の中間地点といったところだろうか。
 キスは回避したと悠木君は言うが、ほっぺにキスはされたんだろう。私はそれも嫌だ。
 言いたい言葉を抑えて、心の奥から吹き出す激情に戸惑う。慣れない感情の高ぶりに目頭が熱くなってきた。

「そんなの見せないで! 見たくない!」

 ぼろりと熱い雫が頬を流れ落ちた。
 それに目の前の悠木君が息を呑んだ気配がした。

 やだ、なんで私泣いてんだろう。
 慌てて手の甲で拭うも、涙が止まらない。
 他の女の子が悠木君に触れたことがこんなにも嫌だなんて。まるで独占欲である。
 
「ごめん!」

 ガバッと身体を抱き込まれた私は息を呑み込んだ。
 悠木君の腕の中に閉じ込められた私はドキドキするどころか余計に感情的になってしまい、ドンと拳で彼の胸を叩いた。

「悠木君のバカ! バカバカお馬鹿!!!」

 子どもが泣きじゃくるみたいにべそべそ泣く私の罵倒を真正面から受け止めた悠木君は、何度胸を叩かれても私を離さなかった。

「ごめん」

 ただ、私が泣き止むまで、落ち着くまで背中を撫で続けていた。
 なんだよこれ、抱きしめられて優しくされておとなしくなるとか、まるで私がちょろい女みたいじゃないか。

 悠木君の馬鹿。悠木君が私にこんな気持ちを抱かせるから、こんなに苦しくなるんだよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!

みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!  杉藤千夏はツンデレ少女である。  そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。  千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。  徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い! ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。

元男装傭兵、完璧な淑女を演じます。――嫁ぎ先はかつての団長でした!?

中野森
恋愛
貧乏男爵家の長女クラリスは、弟の学費を稼ぐために男装して傭兵団へ入団した。 副団長にまで上り詰め、団長をはじめとした仲間から信頼を得るが、決して正体は明かさなかった。 やがて戦争が終わり、傭兵団は解散となる。 出稼ぎするために流した嘘の悪評により、修道院入りを覚悟していたクラリスだったが、帰郷した彼女を待っていたのは父からの「嫁ぎ先が決まった」という一言だった。 慌ただしく始まる淑女教育、そして一度も未来の夫と顔合わせすることなく迎えた結婚式当日。 誓いの言葉を促され隣からきこてくる声に、クラリスは凍りつく。 ……嘘でしょ、団長!? かつての想い人でもある傭兵仲間が今は夫となり、妻の正体には気づいていない――気づかれてはいけないのだ、絶対に! 本作品はゆるふわ設定、ご都合主義、細かいことは気にしたら負け! ※この小説は、ほかの小説投稿サイトにも投稿しています。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編7が完結しました!(2026.1.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

処理中です...