虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね

文字の大きさ
49 / 51

第49話 ごきげんよう。お元気で

しおりを挟む
 グランテーレ国での侍女だったパウラは、以前と比べてどこか引き締まったような表情をしていた。

「どうしてここに」
「お久しぶりです、王女様! 良かった、会えた! 何とか道順を思い出して来たんです!」
「彼女はここまで付き添ってくれていた侍女のパウラです」

 私は素早くレイヴァン様にご紹介すると、生きていたかと彼が呟いた気がした。

「パウラ、一体どうしたのです」
「実はお願いがありまして。ここでは話せないことですので、中に入れさせていただいても?」

 それは相手から了承されることに慣れた口調だった。
 私はレイヴァン様を見ると彼は頷いた。

「ではどうぞ」

 屋敷内に入ったパウラは、これまで見てきた彼女と同じく、物色するように目を輝かせて辺りを見回していた。

「それでパウラ、ご用件は」

 私は彼女の向かい側のソファーに座り、横にレイヴァン様が座った。ベンノさんはレイヴァン様への通訳を頼まれて同席することとなった。また、ミレイさんがお茶を用意してくれている。

「あ、はい。グランテーレ国が今大変なことになっていることをご存知です?」
「ええ。フェルノ騎士団長率いる革命軍が国王軍と戦っているのでしょう」
「そうです! 実は私はそのフェルノ騎士団長にお命を助けてもらったんです」
「命を?」

 先ほどのレイヴァン様が呟いた言葉は、聞き間違いではなかったということだ。

「ええ。王女様と別れた後、私は国に帰るまでに殺される予定だったみたいなんですよ。私は知らなかったんですけど、王女様の二色の瞳って王家ではすごく嫌われているらしいですね。昔、反乱を起こした王子が持っていた呪われた瞳だからって。王家の恥ってことです。だから王女様は塔に閉じ込められていたんですよ」

 その瞬間、寒気を感じてその方向に視線をやると、それはレイヴァン様とお茶を準備中のミレイさんの背中から漂ってきたものだった。

「ここって寒くありません? 確かサンティルノ国って南――あ、ありがとうございます」

 いつになく音を立ててお茶を用意してくれたミレイさんにパウラは礼を述べる。

「お話を続けていただけますか」
「あ、はい。ご存じです? 王女様についた侍女って行方知れずになったり、事故死したりしているらしいですよ。つまり口封じされているんです。それだけ王女様の容姿を隠したかったってことですよね」

 ベンノさんがためらいながら通訳するや否や、レイヴァン様が口を開いた。

「ベンノ、彼女にお引き取り願うよう言ってくれ」
「レイヴァン様、わたくしは大丈夫です。いいえ。わたくしは知りたいのです。じぶんのことを、せかいのことを」
「……分かった」

 静かな苛立ちを見せるレイヴァン様をなだめるように手を置く。

「パウラ、ごめんなさい。続けてください」
「はい。騎士団長は長らく民を押さえ込む今の圧制に反感を覚えていたそうで、王宮で務める中で仲間を集めて計画を立て、ずっと機会を待っていたそうです。王女様に仕えた侍女を口封じする王命にも背き、できる限り助けていたとか。王女様は革命の象徴ですしね。ただ、騎士の中には王に忠誠を誓っている者もいるからそういった人の手前、処分したふりをしてみせたり、また、他国で身を潜めさせなければならなかったそうです。私は隣国に身を隠していたんですけど、今回の話を知って恩に報いるべくここに来たというわけです。王女様に騎士団長の味方なってほしくて。騎士を送ってくれるよう、王太子様にお願いしてもらえます?」

 パウラはそう言ってレイヴァン様を見た。
 彼女もまた私に援軍の要請をしに来たのだ。そして今もここが王宮だと思っているらしい。

「それはできません」

 私が即座に断ると彼女は顔色を変えた。まさか断られるとは思わなかったようだ。

「なぜですか!? これまでグランテーレ国は王女であるあなたをずっと蔑ろにしてきたじゃないですか。片や騎士団長はこの国までの道中、王女様を丁重に扱ってきてくれたでしょう!?」

 彼は私を巻き込むことだってできたのにそうはしなかった。けれどそれが彼の意思でもある。グランテーレ国に囚われた人を一人でも多く解放したかったのかもしれない。

「王女様、お願いです! グランテーレ国にはまだ私の両親も兄弟もいるんです!」

 彼女は私の名前を知っているのだろうか。
 私は一つため息をついた。

「いいでしょう。ならばそれに見合う対価を持って来なさい」
「……え?」
「わたくしはこれまであなたに何か一つをお願いするたびに、それに見合う、いえ、それ以上の価値のあるものを渡してきたはずです。あなたは仕事の対価だから当然だと言いましたね。ならばあなたもわたくしにそれを持ってくるのです。――大勢のサンティルノ国の騎士が流す血と汗と涙に見合う対価を」
「っ!」

 彼女は目を大きく見開く。

「分かりましたか。あなたが求めるそれは大勢の人の命なのです。あなたにその対価が支払えるのですか。大勢の人の命を背負う覚悟があるのですか。無関係な大勢の人の血を流してまで、わたくしの大事な人を戦場に送り出させてまで、あなたは自分と自分の家族を助けろとわたくしに請うのですか」

 レイヴァン様の手を強く握ると、彼は握り返してくれた。
 私にも守りたい人がいる。失いたくない人がいる。

「大事って? ――いえ、それは。でもだって! 私にはできないことだって王女様ならできるのに!」
「いいえ。わたくしはその対価をサンティルノ国の騎士に、そのご家族に、彼らを愛する方々に払うことはできません。彼らの命を背負う覚悟もありません。あなたにも払えないと言うのならば、どうぞこのままお帰りください。争乱中の今なら国に帰ることも叶うはずです」

 話を終わらせようとしていることを悟ったパウラが叫ぶ。

「ま、待って。王女様!」
「あなたは生きていれば良いことの一つぐらいあると言いましたね。ええ、パウラ。あなたの言う通りでした。わたくしは今、シュトラウス家の皆様の愛に包まれてとても幸せです」
「シュトラウス家!? じゃあ、この人は」

 パウラは愕然とした様子でレイヴァン様を見るが、私は構わず話を続ける。

「今度はわたくしがあなたのために祈らせてください。あなたにもどうぞ良いことが訪れますように」

 私は首にかけた首飾りを外すとテーブルに置いた。ペンダントトップは銀の指輪で、それには青い宝石が付いている。

「売れば少しはグランテーレ国までの路銀の足しになるでしょう」
「おっ王女さ――」
「もうこれで生涯お会いすることはありません。パウラ、ごきげんよう。お元気で」

 立ち上がってパウラを見下ろすと、馬車での別れの時よりも彼女がはるかに小さく見えた。


「彼女、欲をかいたが果たして無事に故郷へ帰れるだろうか」
「え? なんとおっしゃいましたか」

 パウラが屋敷を去った後、レイヴァン様はぼそりと呟いた。小さく低い声は耳に届かず聞き返すと、彼は気遣うように少し笑う。

「あの指輪を渡して本当に良かったのか、と」

 レイヴァン様は、私が大事な指輪を手放そうとしているとお考えくださったのだろう。指輪の代わりにと、現金を入れた袋を用意させてパウラの前に置いた。けれど中身を確認した彼女は、結局指輪を選ぶことにしたのだ。

「ええ。グランテーレ語で失礼いたします。――あれは十九歳の誕生日祝いとして両親から贈られたものですが、わたくしの指のサイズはご存じなかったようです。大きくて指に着けることができなかったので紐を通して首からかけていました。石の色はグランテーレ国、第一王女の瞳の色だそうです。王宮の壁にかけられた肖像画の中の第一王女の瞳の色」

 ベンノさんが通訳してくれるとレイヴァン様はわずかに目を見開いた。

「ですからあの指輪はわたくしのものではありません。わたくしの瞳は黄色と青色の瞳ですから」
「……そうか。そうだな。では次は黄色と青色の宝飾品を買うことにしようか」
「ええ。それでは」

 私は一生懸命サンティルノ語でお願いしてみる。

「こんどこそレイヴァン様がわたくしにあうものをえらんでくださま、くださいませ?」
「私が? そういうのは苦手なんだが」

 苦手だから前も口出さなかったのかと、顔を引きつらせたレイヴァン様を見て可笑しくなった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

あなたのことが大好きなので、今すぐ婚約を解消いたしましょう! 

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「ランドルフ様、私との婚約を解消しませんかっ!?」  子爵令嬢のミリィは、一度も対面することなく初恋の武人ランドルフの婚約者になった。けれどある日ミリィのもとにランドルフの恋人だという踊り子が押しかけ、婚約が不本意なものだったと知る。そこでミリィは決意した。大好きなランドルフのため、なんとかしてランドルフが真に愛する踊り子との仲を取り持ち、自分は身を引こうと――。  けれどなぜか戦地にいるランドルフからは、婚約に前向きとしか思えない手紙が届きはじめる。一体ミリィはつかの間の婚約者なのか。それとも――?  戸惑いながらもぎこちなく心を通わせはじめたふたりだが、幸せを邪魔するかのように次々と問題が起こりはじめる。  勘違いからすれ違う離れ離れのふたりが、少しずつ距離を縮めながらゆっくりじりじりと愛を育て成長していく物語。  ◇小説家になろう、他サイトでも(掲載予定)です。  ◇すでに書き上げ済みなので、完結保証です。  

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩
恋愛
侯爵家の令嬢エレナ・トワインは王太子殿下の婚約者……のはずなのに、正式に発表されないまま月日が過ぎている。 王太子殿下も通う王立学園に入学して数日たったある日、階段から転げ落ちたエレナは、オタク女子高生だった恵玲奈の記憶を思い出す。 『えっ? もしかしてわたし転生してる?』 でも肝心の転生先の作品もヒロインなのか悪役なのかモブなのかもわからない。エレナの記憶も恵玲奈の記憶も曖昧で、エレナの王太子殿下に対する一方的な恋心だけしか手がかりがない。 王太子殿下の発表されていない婚約者って、やっぱり悪役令嬢だから殿下の婚約者として正式に発表されてないの? このまま婚約者の座に固執して、断罪されたりしたらどうしよう! 『婚約者から妹としか思われてないと思い込んで悪役令嬢になる前に身をひこうとしている侯爵令嬢(転生者)』と『婚約者から兄としか思われていないと思い込んで自制している王太子様』の勘違いからすれ違いしたり、謀略に巻き込まれてすれ違いしたりする物語です。 長編ですが、一話一話はさっくり読めるように短めです。 『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています。

自称悪役令嬢は嫌われるべく暗躍する!皆の幸福の為に嫌われるはずが、何故か愛されてしまいました。

ユウ
恋愛
侯爵令嬢のレティシアは婚約者との顔合わせの日、前世の記憶を取り戻す。 乙女ゲームの王道的悪役ヒロインの立ち位置にいる事に。 このままでは多くの人が悲しむ結果になる。 ならば家を存続させ一人で罪を被って国外追放なろう!と思いきや。 貴族令嬢としては色々ぶっ飛び過ぎてポンコツ令嬢のレティシアに悪女は厳しかった。 間違った悪役令嬢を演じる末に嫌われるはずの婚約者に愛されてしまう中真のヒロインが学園に現れるのだが… 「貴女悪役令嬢の癖にどういう事よ!ちゃんと役目を果しなさいよ」 「えっと…なんかごめんなさい」 ポンコツ令嬢はうっかりヒロインに頭を下げてしまって事態は急変してしまう。

処理中です...