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第49話 ごきげんよう。お元気で
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グランテーレ国での侍女だったパウラは、以前と比べてどこか引き締まったような表情をしていた。
「どうしてここに」
「お久しぶりです、王女様! 良かった、会えた! 何とか道順を思い出して来たんです!」
「彼女はここまで付き添ってくれていた侍女のパウラです」
私は素早くレイヴァン様にご紹介すると、生きていたかと彼が呟いた気がした。
「パウラ、一体どうしたのです」
「実はお願いがありまして。ここでは話せないことですので、中に入れさせていただいても?」
それは相手から了承されることに慣れた口調だった。
私はレイヴァン様を見ると彼は頷いた。
「ではどうぞ」
屋敷内に入ったパウラは、これまで見てきた彼女と同じく、物色するように目を輝かせて辺りを見回していた。
「それでパウラ、ご用件は」
私は彼女の向かい側のソファーに座り、横にレイヴァン様が座った。ベンノさんはレイヴァン様への通訳を頼まれて同席することとなった。また、ミレイさんがお茶を用意してくれている。
「あ、はい。グランテーレ国が今大変なことになっていることをご存知です?」
「ええ。フェルノ騎士団長率いる革命軍が国王軍と戦っているのでしょう」
「そうです! 実は私はそのフェルノ騎士団長にお命を助けてもらったんです」
「命を?」
先ほどのレイヴァン様が呟いた言葉は、聞き間違いではなかったということだ。
「ええ。王女様と別れた後、私は国に帰るまでに殺される予定だったみたいなんですよ。私は知らなかったんですけど、王女様の二色の瞳って王家ではすごく嫌われているらしいですね。昔、反乱を起こした王子が持っていた呪われた瞳だからって。王家の恥ってことです。だから王女様は塔に閉じ込められていたんですよ」
その瞬間、寒気を感じてその方向に視線をやると、それはレイヴァン様とお茶を準備中のミレイさんの背中から漂ってきたものだった。
「ここって寒くありません? 確かサンティルノ国って南――あ、ありがとうございます」
いつになく音を立ててお茶を用意してくれたミレイさんにパウラは礼を述べる。
「お話を続けていただけますか」
「あ、はい。ご存じです? 王女様についた侍女って行方知れずになったり、事故死したりしているらしいですよ。つまり口封じされているんです。それだけ王女様の容姿を隠したかったってことですよね」
ベンノさんがためらいながら通訳するや否や、レイヴァン様が口を開いた。
「ベンノ、彼女にお引き取り願うよう言ってくれ」
「レイヴァン様、わたくしは大丈夫です。いいえ。わたくしは知りたいのです。じぶんのことを、せかいのことを」
「……分かった」
静かな苛立ちを見せるレイヴァン様をなだめるように手を置く。
「パウラ、ごめんなさい。続けてください」
「はい。騎士団長は長らく民を押さえ込む今の圧制に反感を覚えていたそうで、王宮で務める中で仲間を集めて計画を立て、ずっと機会を待っていたそうです。王女様に仕えた侍女を口封じする王命にも背き、できる限り助けていたとか。王女様は革命の象徴ですしね。ただ、騎士の中には王に忠誠を誓っている者もいるからそういった人の手前、処分したふりをしてみせたり、また、他国で身を潜めさせなければならなかったそうです。私は隣国に身を隠していたんですけど、今回の話を知って恩に報いるべくここに来たというわけです。王女様に騎士団長の味方なってほしくて。騎士を送ってくれるよう、王太子様にお願いしてもらえます?」
パウラはそう言ってレイヴァン様を見た。
彼女もまた私に援軍の要請をしに来たのだ。そして今もここが王宮だと思っているらしい。
「それはできません」
私が即座に断ると彼女は顔色を変えた。まさか断られるとは思わなかったようだ。
「なぜですか!? これまでグランテーレ国は王女であるあなたをずっと蔑ろにしてきたじゃないですか。片や騎士団長はこの国までの道中、王女様を丁重に扱ってきてくれたでしょう!?」
彼は私を巻き込むことだってできたのにそうはしなかった。けれどそれが彼の意思でもある。グランテーレ国に囚われた人を一人でも多く解放したかったのかもしれない。
「王女様、お願いです! グランテーレ国にはまだ私の両親も兄弟もいるんです!」
彼女は私の名前を知っているのだろうか。
私は一つため息をついた。
「いいでしょう。ならばそれに見合う対価を持って来なさい」
「……え?」
「わたくしはこれまであなたに何か一つをお願いするたびに、それに見合う、いえ、それ以上の価値のあるものを渡してきたはずです。あなたは仕事の対価だから当然だと言いましたね。ならばあなたもわたくしにそれを持ってくるのです。――大勢のサンティルノ国の騎士が流す血と汗と涙に見合う対価を」
「っ!」
彼女は目を大きく見開く。
「分かりましたか。あなたが求めるそれは大勢の人の命なのです。あなたにその対価が支払えるのですか。大勢の人の命を背負う覚悟があるのですか。無関係な大勢の人の血を流してまで、わたくしの大事な人を戦場に送り出させてまで、あなたは自分と自分の家族を助けろとわたくしに請うのですか」
レイヴァン様の手を強く握ると、彼は握り返してくれた。
私にも守りたい人がいる。失いたくない人がいる。
「大事って? ――いえ、それは。でもだって! 私にはできないことだって王女様ならできるのに!」
「いいえ。わたくしはその対価をサンティルノ国の騎士に、そのご家族に、彼らを愛する方々に払うことはできません。彼らの命を背負う覚悟もありません。あなたにも払えないと言うのならば、どうぞこのままお帰りください。争乱中の今なら国に帰ることも叶うはずです」
話を終わらせようとしていることを悟ったパウラが叫ぶ。
「ま、待って。王女様!」
「あなたは生きていれば良いことの一つぐらいあると言いましたね。ええ、パウラ。あなたの言う通りでした。わたくしは今、シュトラウス家の皆様の愛に包まれてとても幸せです」
「シュトラウス家!? じゃあ、この人は」
パウラは愕然とした様子でレイヴァン様を見るが、私は構わず話を続ける。
「今度はわたくしがあなたのために祈らせてください。あなたにもどうぞ良いことが訪れますように」
私は首にかけた首飾りを外すとテーブルに置いた。ペンダントトップは銀の指輪で、それには青い宝石が付いている。
「売れば少しはグランテーレ国までの路銀の足しになるでしょう」
「おっ王女さ――」
「もうこれで生涯お会いすることはありません。パウラ、ごきげんよう。お元気で」
立ち上がってパウラを見下ろすと、馬車での別れの時よりも彼女がはるかに小さく見えた。
「彼女、欲をかいたが果たして無事に故郷へ帰れるだろうか」
「え? なんとおっしゃいましたか」
パウラが屋敷を去った後、レイヴァン様はぼそりと呟いた。小さく低い声は耳に届かず聞き返すと、彼は気遣うように少し笑う。
「あの指輪を渡して本当に良かったのか、と」
レイヴァン様は、私が大事な指輪を手放そうとしているとお考えくださったのだろう。指輪の代わりにと、現金を入れた袋を用意させてパウラの前に置いた。けれど中身を確認した彼女は、結局指輪を選ぶことにしたのだ。
「ええ。グランテーレ語で失礼いたします。――あれは十九歳の誕生日祝いとして両親から贈られたものですが、わたくしの指のサイズはご存じなかったようです。大きくて指に着けることができなかったので紐を通して首からかけていました。石の色はグランテーレ国、第一王女の瞳の色だそうです。王宮の壁にかけられた肖像画の中の第一王女の瞳の色」
ベンノさんが通訳してくれるとレイヴァン様はわずかに目を見開いた。
「ですからあの指輪はわたくしのものではありません。わたくしの瞳は黄色と青色の瞳ですから」
「……そうか。そうだな。では次は黄色と青色の宝飾品を買うことにしようか」
「ええ。それでは」
私は一生懸命サンティルノ語でお願いしてみる。
「こんどこそレイヴァン様がわたくしにあうものをえらんでくださま、くださいませ?」
「私が? そういうのは苦手なんだが」
苦手だから前も口出さなかったのかと、顔を引きつらせたレイヴァン様を見て可笑しくなった。
「どうしてここに」
「お久しぶりです、王女様! 良かった、会えた! 何とか道順を思い出して来たんです!」
「彼女はここまで付き添ってくれていた侍女のパウラです」
私は素早くレイヴァン様にご紹介すると、生きていたかと彼が呟いた気がした。
「パウラ、一体どうしたのです」
「実はお願いがありまして。ここでは話せないことですので、中に入れさせていただいても?」
それは相手から了承されることに慣れた口調だった。
私はレイヴァン様を見ると彼は頷いた。
「ではどうぞ」
屋敷内に入ったパウラは、これまで見てきた彼女と同じく、物色するように目を輝かせて辺りを見回していた。
「それでパウラ、ご用件は」
私は彼女の向かい側のソファーに座り、横にレイヴァン様が座った。ベンノさんはレイヴァン様への通訳を頼まれて同席することとなった。また、ミレイさんがお茶を用意してくれている。
「あ、はい。グランテーレ国が今大変なことになっていることをご存知です?」
「ええ。フェルノ騎士団長率いる革命軍が国王軍と戦っているのでしょう」
「そうです! 実は私はそのフェルノ騎士団長にお命を助けてもらったんです」
「命を?」
先ほどのレイヴァン様が呟いた言葉は、聞き間違いではなかったということだ。
「ええ。王女様と別れた後、私は国に帰るまでに殺される予定だったみたいなんですよ。私は知らなかったんですけど、王女様の二色の瞳って王家ではすごく嫌われているらしいですね。昔、反乱を起こした王子が持っていた呪われた瞳だからって。王家の恥ってことです。だから王女様は塔に閉じ込められていたんですよ」
その瞬間、寒気を感じてその方向に視線をやると、それはレイヴァン様とお茶を準備中のミレイさんの背中から漂ってきたものだった。
「ここって寒くありません? 確かサンティルノ国って南――あ、ありがとうございます」
いつになく音を立ててお茶を用意してくれたミレイさんにパウラは礼を述べる。
「お話を続けていただけますか」
「あ、はい。ご存じです? 王女様についた侍女って行方知れずになったり、事故死したりしているらしいですよ。つまり口封じされているんです。それだけ王女様の容姿を隠したかったってことですよね」
ベンノさんがためらいながら通訳するや否や、レイヴァン様が口を開いた。
「ベンノ、彼女にお引き取り願うよう言ってくれ」
「レイヴァン様、わたくしは大丈夫です。いいえ。わたくしは知りたいのです。じぶんのことを、せかいのことを」
「……分かった」
静かな苛立ちを見せるレイヴァン様をなだめるように手を置く。
「パウラ、ごめんなさい。続けてください」
「はい。騎士団長は長らく民を押さえ込む今の圧制に反感を覚えていたそうで、王宮で務める中で仲間を集めて計画を立て、ずっと機会を待っていたそうです。王女様に仕えた侍女を口封じする王命にも背き、できる限り助けていたとか。王女様は革命の象徴ですしね。ただ、騎士の中には王に忠誠を誓っている者もいるからそういった人の手前、処分したふりをしてみせたり、また、他国で身を潜めさせなければならなかったそうです。私は隣国に身を隠していたんですけど、今回の話を知って恩に報いるべくここに来たというわけです。王女様に騎士団長の味方なってほしくて。騎士を送ってくれるよう、王太子様にお願いしてもらえます?」
パウラはそう言ってレイヴァン様を見た。
彼女もまた私に援軍の要請をしに来たのだ。そして今もここが王宮だと思っているらしい。
「それはできません」
私が即座に断ると彼女は顔色を変えた。まさか断られるとは思わなかったようだ。
「なぜですか!? これまでグランテーレ国は王女であるあなたをずっと蔑ろにしてきたじゃないですか。片や騎士団長はこの国までの道中、王女様を丁重に扱ってきてくれたでしょう!?」
彼は私を巻き込むことだってできたのにそうはしなかった。けれどそれが彼の意思でもある。グランテーレ国に囚われた人を一人でも多く解放したかったのかもしれない。
「王女様、お願いです! グランテーレ国にはまだ私の両親も兄弟もいるんです!」
彼女は私の名前を知っているのだろうか。
私は一つため息をついた。
「いいでしょう。ならばそれに見合う対価を持って来なさい」
「……え?」
「わたくしはこれまであなたに何か一つをお願いするたびに、それに見合う、いえ、それ以上の価値のあるものを渡してきたはずです。あなたは仕事の対価だから当然だと言いましたね。ならばあなたもわたくしにそれを持ってくるのです。――大勢のサンティルノ国の騎士が流す血と汗と涙に見合う対価を」
「っ!」
彼女は目を大きく見開く。
「分かりましたか。あなたが求めるそれは大勢の人の命なのです。あなたにその対価が支払えるのですか。大勢の人の命を背負う覚悟があるのですか。無関係な大勢の人の血を流してまで、わたくしの大事な人を戦場に送り出させてまで、あなたは自分と自分の家族を助けろとわたくしに請うのですか」
レイヴァン様の手を強く握ると、彼は握り返してくれた。
私にも守りたい人がいる。失いたくない人がいる。
「大事って? ――いえ、それは。でもだって! 私にはできないことだって王女様ならできるのに!」
「いいえ。わたくしはその対価をサンティルノ国の騎士に、そのご家族に、彼らを愛する方々に払うことはできません。彼らの命を背負う覚悟もありません。あなたにも払えないと言うのならば、どうぞこのままお帰りください。争乱中の今なら国に帰ることも叶うはずです」
話を終わらせようとしていることを悟ったパウラが叫ぶ。
「ま、待って。王女様!」
「あなたは生きていれば良いことの一つぐらいあると言いましたね。ええ、パウラ。あなたの言う通りでした。わたくしは今、シュトラウス家の皆様の愛に包まれてとても幸せです」
「シュトラウス家!? じゃあ、この人は」
パウラは愕然とした様子でレイヴァン様を見るが、私は構わず話を続ける。
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「彼女、欲をかいたが果たして無事に故郷へ帰れるだろうか」
「え? なんとおっしゃいましたか」
パウラが屋敷を去った後、レイヴァン様はぼそりと呟いた。小さく低い声は耳に届かず聞き返すと、彼は気遣うように少し笑う。
「あの指輪を渡して本当に良かったのか、と」
レイヴァン様は、私が大事な指輪を手放そうとしているとお考えくださったのだろう。指輪の代わりにと、現金を入れた袋を用意させてパウラの前に置いた。けれど中身を確認した彼女は、結局指輪を選ぶことにしたのだ。
「ええ。グランテーレ語で失礼いたします。――あれは十九歳の誕生日祝いとして両親から贈られたものですが、わたくしの指のサイズはご存じなかったようです。大きくて指に着けることができなかったので紐を通して首からかけていました。石の色はグランテーレ国、第一王女の瞳の色だそうです。王宮の壁にかけられた肖像画の中の第一王女の瞳の色」
ベンノさんが通訳してくれるとレイヴァン様はわずかに目を見開いた。
「ですからあの指輪はわたくしのものではありません。わたくしの瞳は黄色と青色の瞳ですから」
「……そうか。そうだな。では次は黄色と青色の宝飾品を買うことにしようか」
「ええ。それでは」
私は一生懸命サンティルノ語でお願いしてみる。
「こんどこそレイヴァン様がわたくしにあうものをえらんでくださま、くださいませ?」
「私が? そういうのは苦手なんだが」
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