薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね

文字の大きさ
3 / 42

第3話 罪悪感から顔を背けて

しおりを挟む
 シメオン様は私に考える時間を与えてくださった。けれど事態は突如、急展開し、私から猶予を奪い取ろうとしていた。

「賃貸料を二倍に上げるというのはどういうことですか!?」

 土地の所有者であるオータムさんから告げられた言葉に狼狽えてしまう。

「ここは人通りが多いだろう。だから隣の空き店舗と合わせてこの場で店を開きたいという人がいてね。何とかならないかって。私ももちろん一度は断ったんだよ。しかし今の三倍の賃貸料を払うからと言われて」
「そんな……」
「ただ、君を無理やり追い出すというのも後味悪いからね。痛み分けで賃貸料を上げさせてもらえるかね」

 私が払えないのならば、それは事実上の追い出しではないか。いや。分かって言っているのだろう。

「来月から上げさせてもらうから、よろしく頼むよ。もし支払いの都合がつかず、退去を考えるようならまた相談に来ておくれ」

 無情にそれだけ言ってオータムさんは去って行ったが、私は頭を抱えたままソファーから立ち上がれずにいた。

「賃貸料が二倍だなんて」

 今でもライナスの学費を支払えるか否かの、ギリギリのところなのに。もう切り詰められるところなんて残されていない。かといって退去して保証金がある程度戻ってくるとしても、またどこかで新しく店を開くだけのお金もない。そもそもここは住宅を兼ねている物件としては格安なのだ。他ではきっと見つからない。

「どうすれば。どうすれ――」

 はっと顔を上げる。

「シメオン様は私の力になってくれるとおっしゃったわ。だったら結婚すればいい。何をためらうことがあるの。シメオン様と結婚すれば、私はアランブール伯爵夫人になれるんじゃない。将来はアルナルディ侯爵夫人にだって。弟の学費は払えるし、私も生活に困ることはない。バリエンホルム子爵家だって叔父様から取り返せる。それに私だってシメオン様のことを少なからず……お慕いしている」

 口に出して自分自身を懸命に説得するのは、通常では考えられない夢のような話だからだろう。けれど現実とはやはり厳しいものだ。ましてそれが貴族となると、個人の感情で結婚相手を決めることは許されない。仮にも貴族とは言え、問題を抱える娘と結婚するとなれば、シメオン様のお立場を悪くしてしまうに違いない。

「そうだ。すぐの結婚は考えられないけれど、何とか力を貸してほしいと、お金をお借りすれば」

 ……でも借りてどうするの? ライナスの学園卒業までの四年分を返せる保証はある? いつまでに返せる? そもそもシメオン様のご厚意を利用して自分の要求だけを通し続けるつもり?
 そう思うのに、罪悪感に気付かないふりして糸で引っ張られたかのように、のろりと立ち上がった。


 アランブール伯爵の屋敷を目の前にして私は呆然と立ち尽くした。
 爵位の形では子爵よりも一つだけ上の伯爵だが、きっと資産は想像以上の桁違いとなるのだろう。立派な門構えから遠く見える所に畏怖さえ感じさせる荘厳な屋敷を構えていた。
 私は息を呑むと、一歩足を踏み出して門衛さんに近付く。

「あ、あの。私はエリーゼ・バリエンホルムと申します。シメオン・ラウル・アランブール伯爵にお目通りできるでしょうか」

 門衛の教育まで行き届いているのだろう。貴族の娘らしい装いではない私に対しても不躾な視線を送ることはない。けれど、心の奥まで見通そうとするような瞳で見つめられる。

「申し訳ございません。本日ご訪問予定のないお客様のご案内はいたしかねます」
「そ、そうですね。申し訳ございません。で、出直します」

 静かだが、確かな威圧感を覚えて腰が引けそうになりながら、私は礼を取ると身を翻す。商業区から辻馬車に乗るために、貴族居住区を歩いて戻っていると、一台の馬車が私と反対方向へと向かって行くのが見えた。

 これで良かったのかもしれない。ここで会えずに帰ることになって良かったのかもしれない。オータムさんに賃貸料の値上げを言い渡された時は、あまりの驚きに交渉すらできる状況ではなかったけれど、改めてオータムさんと賃貸料の相談をしてみよう。これまで賃貸料の支払いを滞らせたことはない。交渉次第ではもう少し安くしてくれるかもしれない。駄目ならもっと賃貸料の安い所を探して、来月の学費分と新しいお店を開くために今月いっぱいまで今の店で稼ぐ。……あと二十日間ほどで果たしてそんなことができるだろうか。
 震える両手を握り合わせていると。

「エリーゼさん?」

 聞きなじみのある男性の声にはっと足が止まる。
 振り返ってはいけない。振り返ればもう引き返せない。振り返るな。
 誰かが警告をするのに、私はその声に抗って振り返った。そこにいたのは馬車から地に降り立っていたシメオン様だった。
 シメオン様は、返事もせずに棒立ちしている私の元へ駆け足でやって来る。

「エリーゼさん、どうしてここに。もしかして私に会いにここまで?」

 はいとも、いいえとも言えずに言葉を詰まらせていると、シメオン様は私の背中に手を当てた。

「何だか顔色が悪いな。私の屋敷はすぐそこなんだ。休んでいくといい」
「い、いいえ。平気です。お気遣いありがとうございます」
「そうか。それなら良かった。しかし、私は外から戻って来たばかりでお茶にしたいと思っていたんだ。時間があるのならば私に付き合ってくれないかい?」
「い、いえ。その」

 どもる私にシメオン様は穏やかな笑みを向ける。

「一人だと味気なくてね。付き合ってくれるとありがたい」
「……は、い。ではお言葉に甘え、まして」
「良かった。では行こう」

 私はシメオン様のエスコートを受けて馬車に乗せられ、来た道を戻る。
 間もなく止まったかと思うと門の所までやって来た。シメオン様は窓を開けると、先ほどの門衛さんが駆け寄って来た。

「私の外出中に訪問者は?」
「本日は――」

 シメオン様から尋ねられた門衛さんは、馬車の中にいる私に気付いたようだ。言葉を途切れさせた。反射的に私は彼から顔を背ける。

「本日は誰もいらっしゃいませんでした」
「そうか。分かった。ありがとう。引き続きよろしく」
「はっ」

 門衛さんは一礼を取ると、門を開ける指示を送るために持ち場に戻った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~

夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。 ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。 嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。 早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。 結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。 他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。 赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。 そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。 でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。

うちの王族が詰んでると思うので、婚約を解消するか、白い結婚。そうじゃなければ、愛人を認めてくれるかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「婚約を解消するか、白い結婚。そうじゃなければ、愛人を認めてくれるかしら?」 わたしは、婚約者にそう切り出した。 「どうして、と聞いても?」 「……うちの王族って、詰んでると思うのよねぇ」 わたしは、重い口を開いた。 愛だけでは、どうにもならない問題があるの。お願いだから、わかってちょうだい。 設定はふわっと。

離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

しあ
恋愛
片想いしていた彼と結婚をして幸せになれると思っていたけど、旦那様は女性嫌いで私とも話そうとしない。 会うのはパーティーに参加する時くらい。 そんな日々が3年続き、この生活に耐えられなくなって離婚を切り出す。そうすれば、考える素振りすらせず離婚届にサインをされる。 悲しくて泣きそうになったその日の夜、旦那に珍しく部屋に呼ばれる。 お茶をしようと言われ、無言の時間を過ごしていると、旦那様が急に倒れられる。 目を覚ませば私の事を愛していると言ってきてーーー。 旦那様は一体どうなってしまったの?

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

処理中です...