欲深い聖女のなれの果ては

あねもね

文字の大きさ
7 / 17

第7話 婚約を白紙に

しおりを挟む
 魔王討伐への出発前日、私はアルバート様に執務室へ呼び出された。

「いよいよ出発は明日となった。君にも伝えておかなくてはと思って足を運ばせて悪かった。かけてくれ」

 アルバート様は来客用のソファーを指し示し、自身は向かい側に座る。そして当然のようにティアナさんを自分の横に座らせた。
 苦々しい思いをしながらも丁重に挨拶を述べる。

「いいえ。とんでもないお話でございます。アルバート殿下、聖女ティアナ様。ご武運長久を心よりお祈り申し上げます」
「ありがとう」

 アルバート様が感謝の言葉を述べてくれる一方で、ティアナさんは、え? と驚いたように声を上げて可愛らしく小首を傾げた。

「長久って、長く戦いに身を投じろということでしょうか。私たちは、できるだけ早く魔王討伐を終わらせて帰ってきたいと思っているのですが」

 彼女の物言いに思わず眉をひそめたが、アルバート様はそれを無邪気さや無知だと取ったのだろう、くすりと笑う。

「そうではなく、ヴィオレーヌは勝利や幸運が長く続くようにと願ってくれているんだ」
「そ、そうだったのですね。教養がないものですから、本当に失礼いたしました」

 やだ恥ずかしいとティアナさんは薄紅に染まった頬を手で隠すと、彼は彼女の肩に手をやり、これから学んでいけばいいと優しく微笑んだ。
 彼女の肩に触れるその手は、友人や討伐隊である同志のそれではなく、恋仲にある異性に使う手のようだとぼんやりと思う。

 すると、私の視線に気付いたアルバート様がティアナさんの肩から手を外した。――かと思われたが、今度は彼女の細い腰に腕を回し、自分の身に寄せた。

「それと君を呼びだした用件としてもう一つある。もしかしたら聡明な君にならもう分かっているかもしれないが」

 アルバート様は一度ティアナさんを愛おしそうに見つめて微笑んだ後、私に視線を向けて笑みを消した唇を開いた。

「結論から言おう。君との婚約を今一度白紙に戻し、これからティアナとの未来を考えていきたいと思う」

 ああ……。
 やはりそうなるのね。
 分かっていた。分かっていたけれど、アルバート様からの面と向かっての言葉は好奇心に満ちた噂よりも、二人の逢瀬を目撃した時よりも私の胸に刃を突き立てる。

「魔王討伐準備までのこのふた月、一日のほとんどを彼女と共にしていた。厳しい鍛錬の中、時には彼女がつらさゆえに自分の殻に閉じ籠もったり、私が自信を喪失して弱音を吐いたりしたこともあった。しかしそんな時はいつも二人慰め支え合ってきたんだ。そうした日々を過ごしている内にいつしか私とティアナの間には愛が芽生えていた。――いや。真実の愛に目覚めたというのが正しいだろう」

 もう私の前でもティアナ嬢と呼ぶことさえしないアルバート様は、彼女の頬を慈しむようにそっと触れる。

「同年代の令嬢はシミ一つない美しい肌をし、手傷など負うこともない。ただ豪華絢爛なドレスを身につけて優雅に微笑み、銀のスプーンをたおやかに回してお茶と他愛もない話に興じるだけ。一方で、彼女の細い肩には誰にも抱えきれないような重圧がのしかかっているんだ」

 まるで責められているようだ。いや。実際責めているのだろう。彼女が傷つき必死で鍛錬していた間、君は一体何をしていたのかと。

「いいえ、いいえ。アルバート様。それは単に私がその宿命を背負っただけのことで、貴族のご令嬢方には何ら落ち度はありません」
「ティオナ、そんな君だから。他人を思いやれる君だから守りたいと思った。私がこの手で守るべき女性だと」
「っ、アルバート様」

 熱い視線を交わし合う二人の愛をただ黙って見せつけられるのみ。
 ……見せつけられるのみ? 冗談じゃないわ。
 いつの間にか自分の膝の上で作っていた拳が震えている。

「ですが!」

 私のいつにない叱責の声で我に返った二人は、弾かれたように私に視線を向けた。

「アルバート様とわたくしの婚姻は王室と公爵家の契約なのです。アルバート様のご一存だけでこの婚約を不履行にすることはできません。ましてティアナさんは平民でいらっしゃいます。身分差がございます」
「ああ。そうだな。だがこの国を救った聖女なら話は別だろう。むしろ王室は体面に何よりも重きを置く。民の人気が高い聖女を王室に迎えたいと言えば、陛下も大歓迎してくれるはずだ」

 そこまで言うとアルバート様は心苦しそうに目を細める。

「もちろん君に対して大変申し訳ない気持ちはある。だから慰謝料も君が望むだけ用意しよう。また、ランバルト公爵家をこれまで以上に重用することも考えてある。折り合いがつくまで公爵とは話し合いをするつもりだ」
「です――」
「ヴィオレーヌ様」

 私が反論しようとすると、ティアナさんは私の名を呼んで遮った。悲しそうに身を小さくする。

「ヴィオレーヌ様、私からも謝罪申し上げます。こんなことになって大変申し訳なく思っています。本当にごめんなさい。ですが、この恋心を抑えきることはどうしてもできなかったんです」
「ティアナ……私もだ」

 潤んだ上目遣いで見るティアナさんを、アルバート様はたまらないと言ったようにさらに身を引き寄せる。
 夢心地でしなだれかかる彼女の柔らかそうな髪を指で優しく梳かすと、私に視線を流して事務的に言った。

「君とのことは討伐から帰還した時に、皆の前で発表することにする。悪いが心の準備だけはしておいてくれ。話は以上だ」


 その夜。
 泣いて泣いて泣いた。
 自分の一生分を泣いたのではないかと思うほど泣いた。
 確かに私はこれまで信じて信じて、ただ信じて待っていただけだった。私は何もしてこなかったのだ。

 だから。
 全てを涙で綺麗さっぱり流しきった私は動くことに――した。
しおりを挟む
感想 277

あなたにおすすめの小説

お望み通り、消えてさしあげますわ

梨丸
恋愛
一国の次期王妃と言われていた子爵令嬢アマリリス。 王太子との結婚前夜、彼女は自ら火を放ち、死んだ。 国民達は彼女の死を特に気にもしなかった。それどころか、彼女の死を喜ぶ者もいた。彼女の有していた聖女の力は大したものではなかったし、優れているのは外見だけの「性悪女」だと噂されるほどだったから。 彼女の死後、すぐさま後釜として皆に好かれていた聖女が次期王妃に召し上げられた。 この国はより豊かになる、皆はそう確信した。 だが、“役立たずの聖女”アマリリスの死後──着実に崩壊は始まっていた。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

この誓いを違えぬと

豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」 ──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。 ※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。 なろう様でも公開中です。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

婚約を破棄したいと言うのなら、私は愛することをやめます

天宮有
恋愛
 婚約者のザオードは「婚約を破棄したい」と言うと、私マリーがどんなことでもすると考えている。  家族も命令に従えとしか言わないから、私は愛することをやめて自由に生きることにした。

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

処理中です...