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第9話 私のなすべき事
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アルバート様率いる魔王討伐隊が出発してから、ひと月、ふた月と時は静かに流れていった。
王宮ではこれまでとほぼ変わらずの生活の繰り返しではあったが、彼らの出発前とは決定的に違うところもある。それはベッドに伏せるストラウス殿下を私が毎日見舞っているということだ。
以前はアルバート様が毎日訪れてはお話し相手になっていたり、介助されたりしていたそうだが、今は私が日々お世話をさせていただいているのだ。
「ストラウス殿下。本日はいつもより顔色がよろしいですね」
「そうかい?」
「ええ! 目に見えてどんどんご回復されていっているのが分かりますわ」
「そうだといいな」
ベッドの上のストラウス殿下は微笑なさった。
陽の光に当たることのないストラウス殿下は抜けるような白い肌で、儚げささえ思わせる透明感のある笑みを浮かべる。日に焼けて凛々しさが全面に立つアルバート様の自信ありげな笑みとは全く違う。
「ええ。とてもお元気そうですわ。この調子でお体をもっと回復させてまいりましょう」
「ヴィオレーヌ嬢、いつもありがとう。君はアルバートの婚約者なのに私の世話までさせてしまって」
ストラウス殿下は申し訳なさそうに眉を落とす。
「なに他人行儀なことをおっしゃるのです。恐れながらわたくしのお義兄様になられるお方なのですよ。お支えするのは当然のことでございます。それに」
私は気が引けて半ば目を伏せがちとなる。
気高く汚れを知らないストラウス殿下は、今の私には眩しすぎる。
「いつもお見舞いに訪れるアルバート様が魔王討伐にご出発されてお寂しくなったのではと、僭越ながらわたくしの独断でやって参りました。ほんの少しでもストラウス殿下のお心を安らげることができればと思いましたが……むしろご迷惑ではありませんでしたか」
「とんでもないよ。とても助かっているし。話し相手になってくれる君が来てくれて嬉しい――けど。そんな君からでも薬は嫌だな」
薬の準備をしている私をご覧になると殿下は苦笑なさった。
薬が嫌だと肩をすくめる殿下は、容姿とは裏腹に子供っぽくてお可愛らしい。
「うふふ。ストラウス殿下。お薬はきちんとご服用いただかないといけませんよ?」
「あはは……だよね」
「そうですよ。早くお元気になっていただかないと。アルバート様がお戻りになる頃には元気なお姿でお迎えいたしましょう」
「うん。そうだね」
殿下は頷いた後、渡した薬を一気に喉へと流し込んだ。
苦味で顔をしかめる殿下がおかしくて思わず笑ってしまうと、殿下は少し私を睨む。
「本当に苦いんだよ」
「ふふっ。そうですよね。失礼いたしました。もう少しお水を飲まれますか」
「いや。大丈夫。ありがとう」
水差しに手を伸ばそうとしたが、殿下は首を振ってお断りなさった。そのまま私がコップを受け取るとありがとうとおっしゃった後、美しい横顔に影を落とす。
「殿下? ご気分が?」
「あ、いや。私は兄なのにこんな姿で不甲斐ないと思ってね。そのせいでアルバートにたくさん迷惑をかけている。本来なら私こそが魔王討伐に出向くべき役目だったのに」
「いいえ。そんなことはありません。ストラウス殿下はご自分の使命をご立派に果たされているではありませんか」
私は机に山積みされている書類へと視線をやった。
どこかに出向いての公務はされていないが、上書を謙虚で真摯な態度で受け止め、取り計らいする仕事はきちんと果たされているのだ。こんなことでもなければ知り得なかった事実でもある。
下層に至る民まで思いを寄せる優しく聡明なお方で、もし健康体であれば王位継承について異義申し立てすることができる者などいなかったはず。
第一王子派の臣下らはどう計算しているのか分からないが、ストラウス殿下が王座に就かれたとしたら、きっとこれまでの安寧をもたらした名だたる国王の数々と肩を並べるくらいの名君となられることだろう。
「そうかな。少しはアルバートを支えられるかな」
「ストラウス殿下、何をおっしゃるのです。アルバート様は、少しでも自分が殿下を支えられているだろうかと、いつもおっしゃっていますよ。そしてこれからもそのお考えはお変わりにならないでしょう」
ストラウス殿下は目を見開いた後、ふっと表情を崩して微笑んだ。
「そうか。アルバートがそんなことを……。嬉しいな。では私はもっと元気にならなくてはね」
「そうですわ。微力ながらわたくしもストラウス殿下をお支えさせていただきたいと思います」
「ありがとう、ヴィオレーヌ嬢。よろしくね」
純粋で綺麗な笑みを浮かべる殿下に小さく胸の痛みを覚えながら、私も微笑みを返した。
王宮ではこれまでとほぼ変わらずの生活の繰り返しではあったが、彼らの出発前とは決定的に違うところもある。それはベッドに伏せるストラウス殿下を私が毎日見舞っているということだ。
以前はアルバート様が毎日訪れてはお話し相手になっていたり、介助されたりしていたそうだが、今は私が日々お世話をさせていただいているのだ。
「ストラウス殿下。本日はいつもより顔色がよろしいですね」
「そうかい?」
「ええ! 目に見えてどんどんご回復されていっているのが分かりますわ」
「そうだといいな」
ベッドの上のストラウス殿下は微笑なさった。
陽の光に当たることのないストラウス殿下は抜けるような白い肌で、儚げささえ思わせる透明感のある笑みを浮かべる。日に焼けて凛々しさが全面に立つアルバート様の自信ありげな笑みとは全く違う。
「ええ。とてもお元気そうですわ。この調子でお体をもっと回復させてまいりましょう」
「ヴィオレーヌ嬢、いつもありがとう。君はアルバートの婚約者なのに私の世話までさせてしまって」
ストラウス殿下は申し訳なさそうに眉を落とす。
「なに他人行儀なことをおっしゃるのです。恐れながらわたくしのお義兄様になられるお方なのですよ。お支えするのは当然のことでございます。それに」
私は気が引けて半ば目を伏せがちとなる。
気高く汚れを知らないストラウス殿下は、今の私には眩しすぎる。
「いつもお見舞いに訪れるアルバート様が魔王討伐にご出発されてお寂しくなったのではと、僭越ながらわたくしの独断でやって参りました。ほんの少しでもストラウス殿下のお心を安らげることができればと思いましたが……むしろご迷惑ではありませんでしたか」
「とんでもないよ。とても助かっているし。話し相手になってくれる君が来てくれて嬉しい――けど。そんな君からでも薬は嫌だな」
薬の準備をしている私をご覧になると殿下は苦笑なさった。
薬が嫌だと肩をすくめる殿下は、容姿とは裏腹に子供っぽくてお可愛らしい。
「うふふ。ストラウス殿下。お薬はきちんとご服用いただかないといけませんよ?」
「あはは……だよね」
「そうですよ。早くお元気になっていただかないと。アルバート様がお戻りになる頃には元気なお姿でお迎えいたしましょう」
「うん。そうだね」
殿下は頷いた後、渡した薬を一気に喉へと流し込んだ。
苦味で顔をしかめる殿下がおかしくて思わず笑ってしまうと、殿下は少し私を睨む。
「本当に苦いんだよ」
「ふふっ。そうですよね。失礼いたしました。もう少しお水を飲まれますか」
「いや。大丈夫。ありがとう」
水差しに手を伸ばそうとしたが、殿下は首を振ってお断りなさった。そのまま私がコップを受け取るとありがとうとおっしゃった後、美しい横顔に影を落とす。
「殿下? ご気分が?」
「あ、いや。私は兄なのにこんな姿で不甲斐ないと思ってね。そのせいでアルバートにたくさん迷惑をかけている。本来なら私こそが魔王討伐に出向くべき役目だったのに」
「いいえ。そんなことはありません。ストラウス殿下はご自分の使命をご立派に果たされているではありませんか」
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どこかに出向いての公務はされていないが、上書を謙虚で真摯な態度で受け止め、取り計らいする仕事はきちんと果たされているのだ。こんなことでもなければ知り得なかった事実でもある。
下層に至る民まで思いを寄せる優しく聡明なお方で、もし健康体であれば王位継承について異義申し立てすることができる者などいなかったはず。
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「そうかな。少しはアルバートを支えられるかな」
「ストラウス殿下、何をおっしゃるのです。アルバート様は、少しでも自分が殿下を支えられているだろうかと、いつもおっしゃっていますよ。そしてこれからもそのお考えはお変わりにならないでしょう」
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「そうか。アルバートがそんなことを……。嬉しいな。では私はもっと元気にならなくてはね」
「そうですわ。微力ながらわたくしもストラウス殿下をお支えさせていただきたいと思います」
「ありがとう、ヴィオレーヌ嬢。よろしくね」
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