欲深い聖女のなれの果ては

あねもね

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第16話 ※ティアナ視点(3):残酷な現実 

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 鍛錬は順調に進み、何不自由ない生活を与えてはもらったが、相変わらず帰郷だけは許されなかった。妹は小康を保っているとアルバート様から時折報告を受けてはいたが、詳細までは分からない。
 私を閉じ込めて外の世界から隔離するのは娼館でも王宮でも同じだ。

 ひと月半ほど経とうとした頃。
 焦燥に駆られた私は強硬手段を取らざるを得なくなった。だから一人の男性と接触し、情報を得ることにしたのだ。たとえ帰ることができなくても、せめてもっと詳しい情報を得られればと思い。

 しかし現実は残酷なものだった。
 神は私から妹を、私が生きる意味まで――奪ったのだ。

「嘘つき嘘つき嘘つき! みんなみんなみんな大嫌いっ! 本当は知っているのよ! 私には分かっていたんだから!」

 叔母さんは私のお金で自身と家を綺麗にし、義叔父さんは享楽に費やしている。妹の治療に使われた金額はきっとわずかだっただろう。

「せ、聖女様!? お、落ち着いてください。どうなさっ」
「うるさい! 出て行って! 出ていけっ!」

 私は手当たりしだい床に物を投げつけた。
 何かが派手に壊れた音がしたけれど、それは私を躊躇させるものではない。
 と、その時。

「何事だ!?」

 誰かがアルバート様を呼びにいったようだ。血相を変えた彼がやって来た。
 私は彼を鋭く睨み付ける。

「嘘つき! あなたなんて大嫌い! 出て行って! ――魔王討伐なんて絶対に行かない! 行ってやるものかっ!」
「で、殿下に何ということを! お止めくださいませ、聖女様!」

 彼にも物を投げつけようとしたが、侍女に止められる。

「放して! 放して! 放せっ!」

 暴れる私を侍女が数人がかりでベッドに取り押さえたところ、アルバート様が声を上げる。

「彼女を乱暴に扱うな。放してやれ」
「で、ですが!」
「放してやれ。それから君たちは全員部屋から出ろ。私一人で大丈夫だ」
「で、すが」
「大丈夫だ」

 一人残らず部屋から出て行ったところで、アルバート様はベッドに顔を伏せる私に近付いたようだ。

「ティアナ。――ティアナ」

 すぐ近くからの声に顔を上げて振り返ると、床に跪く彼の姿が目に入った。

「ティアナ、どうした? こんな感情的になっている君は初めてだ。何かあったんだろう? 教えてくれないか」
「っ!」

 よくもぬけぬけと!
 彼の言葉にまた怒りが再燃する。

「妹が! 妹は既に亡くなっていたじゃないですか! 小康状態などと嘘をついて! 嘘を! 嘘を! あなたまで私に嘘をっ!」

 妹は私が王宮に入って半月経った頃に亡くなっていたらしい。
 金切り声で叫ぶとアルバート様は驚いたように目を見開いた。

「馬鹿な! 私にはそんな報告が来ていないぞ! どこからそんな話を聞いた!?」
「……え?」
「待っていてくれ。すぐに確かめてくる」

 彼は立ち上がって私の肩に軽く手をやると部屋を去る。

 アルバート様はご存知なかった? 嘘で私を縛り付けていたのではなかった? それにもしかしたら妹の死こそ彼の嘘だった?

 荒ぶる感情が静まったところで、アルバート様が部屋へと戻ってくる。
 私は勇んで顔を跳ね上げたが、彼は苦しそうに半ば目を伏せて首を振った。

「君の言う通り事実だった。魔王討伐前に聖女を動揺させてはいけないと、私にまで内密にしていたそうだ」

 そう言いながら妹のおもちゃを手渡された。

「あ……うぁ、あああぁっ!」

 ごめんなさい、ごめんなさい、マリー。
 ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん。

 私は結局、妹に何もしてあげられなかった。守れなかった。まだあの子は八歳だったのに。あの子には輝く未来が待っているはずだったのに。
 少しの期待を抱いてしまったせいで余計に自分の首を締めた。この胸のつかえと痛みを怒りと共に発散しきったら、きっと楽になれたのに。もう、その力さえ湧かない。

 すると不意に力強い腕で抱きしめられた。
 何も言わずただ、泣きじゃくる私を抱きしめて。――泣き疲れるまでいつまでも。

「妹、だけ……が私の生きる意味だったんです。もう私には何もない。生きる意味なんて」
「ティアナ」

 借りていた胸から顔を上げると、彼は顔を近付いて私の涙で濡れた頬に口づけた。

「私は君を私の生きる意味にしたい」
「え?」

 アルバート様は私の目元に手をやって涙を拭う。

「これまで君はこの細い体に重責を背負って一人立ってきた。そんな君を支えたい。疲れた時は私に寄りかかってほしいんだ。生きる意味はないなど言わないで、君もまた私を君の生きる意味にしてくれないか」

 熱っぽい瞳でそう言うと、今度は私の唇に自分の唇を重ねた。
 けれど私はそっとアルバート様を押して離す。

「アルバート様にはヴィオレーヌ様が」
「彼女とは政略結婚だ。君も見ただろう。人を蔑む瞳を」

 それは私を見下げるとても冷たい瞳だった。

「彼女は選民意識が強いんだ。民の支えで我々が生かされていることも忘れてね。そんな品格の人間を王室に入れるべきではない。彼女との婚約を再考してほしいと陛下に訴えかける心づもりだったんだ。君の優しい人柄に触れてより強く思った。気づけば君に心惹かれていた。……愛していた」

 私の頬に手を当てると私を真っ直ぐに見つめる。

「愛、して。私を……?」
「ああ。君を愛している」

 彼の澄んだ青い瞳は故郷へと続く晴れた空の色によく似ていて、王宮へと向かうあの日、天へと伸ばせなかった手を伸ばして羽ばたかせてくれるかのようだった。

「全てが終わったら陛下に結婚の承諾を頂きに行こう。彼女は王家に継ぐ権力を持つ公爵家の娘だからすぐの婚約解消は難しいが、魔王討伐が終われば君は国を救う聖女ではなく、救った聖女となる。結婚はきっと許される」
「は、い……」

 陶酔する私に甘い口づけを落とすと、やがて濃厚な口づけに変え、激しさに変える。
 夢うつつでベッドに沈められて久しぶりに感じた男性の熱は、私の心と身体を燃やし、思考をとろけさせて悲しみと孤独を忘れさせてくれた。

 しかし心に大きな穴が空いたせいで、その穴を彼が満たしてくれたことで、私は失念していたのだ。
 男性はたやすくその場限りの甘言を吐き、愛を誓うということを。

 娼館上がりの女が夢見るには壮大すぎたのだ。夢など見なければ、信じなければこんなに傷つくことはなかった。

『気位だけは高い毛並みの良い愛玩猫でも通ったんだろうな』

 彼もまた人を嘲笑う言葉を口にしたのに。私を蔑んだヴィオレーヌ様を見返すことができたと、優越感に酔いしれてしまった。

 分かっている。分かっている。これは報いなんだってことは。他人の幸せを手に入れようとした罰なんだってことは。
 だけどアルバート様は、生きる意味を失った私に新たな意味を与えてくれたから。抱かれる度に愛を囁かれ、私との未来を語ってくれたから。
 私は彼を……信じたかった。

 確かにつかんだはずの生きる意味が、私の手の中で淡く溶けて消えていく。

 私が苦しむ妹をよそに優雅な生活を送っていたから?
 おとぎ話の世界に浸っていたから?
 叶うはずもない夢を見てしまったから?
 私が欲深く自分の幸せまで望んでしまったから?

 でもなぜ。
 なぜ神はいつも私を傷つけながら大事なものを奪って行くの?

 ――いいえ。違う。違ったの、お母さん。

 神などいないの。この世に神はいない。祈るべき神も人間の飽くなき欲望を叶える神も、切なる思いを奪う神さえも本当はどこにもいなかった。
 与えてくれるのも奪っていくのも、いつも人間だった。

 この世にいるのは貪欲に心をたぎらせる人間。人間の心に棲まう悪意が生み出す魔物。そして。
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