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第28話 泣きたいなら泣けばいい
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海野は他人を信じていない。
彼女にとって、被害妄想をすることが唯一の自己防衛だったからだ。
そりゃあそう。
海野の世界では、全員が悪人なんだ。
いつ裏切られるかもわからない。
だから他人を信じない。
至極単純で、合理的で、安全度が高い。
まぁ、人間としては0点だが。
ベッドの上。海野を見下ろす。
両腕を掴んでいるから、抵抗される心配もない。
だが、これから俺は何もしない。
「アマミー?」海野は首を傾げる。「その、ウチ初めてだから……」恥ずかしそうに視線を外した。
黙って彼女を見つめる。
何もしない。動かない。俺が何もしないから、海野は何もできない。
これでいい。これがベストだ。
しばらく、たっぷり5分くらい。体感的には1時間。
俺は何もしなかった。まるで時間が停止したかの如く動かなかった。
海野はその間、表情をクルクルと変えた。
顔を赤く染めたり、急に涙目になったり。
強引に動こうとしたり、目を閉じたり。
とにかく必死に、答えを探していた。
答えなんてないのに、そこに何もないのに。
たった5分でも、海野は俺のことを信じきれなかったわけだ。
俺はそのまま1時間、同じように何もしなかった。
「なぁ海野。……俺の気持ち、分かったか?」
1時間後、呟くように聞く。
海野は突然のことに全身が跳ねていた。
その後に少し黙り込んで、一言。
「……わかんない」
「だろうな」
「なら、教えてよ。正解」
「そんなもんねぇよ。俺は最初から、何も考えてなかった」
そう、正解なんて無かった。それが正解。
パッと両腕を手放す。
海野の手首に、赤い手形が残っていた。
ドサっと海野の横に寝転がる。天井が見えた。
落ち着いた赤色。いったい、何組のカップルが眺めたのだろうか。
「他人の感情に、正解なんてないんだ。
誰も証明できないし、知る術もない。
でもお前は、それを無理に知ろうとする」
「……だって、怖いから」
震えていて、泣きそうな声。
キュッと服の裾が摘まれた。
弱い、弱い、細い、細い。だが、蜘蛛の糸のように切れない。
「俺は怖いか? 雫さんは?
俺と雫さんと、お前の昔の友達。全員おんなじ人間だぜ?」
「違う、違うよ。
アマミーもお姉ちゃんも、私を想ってくれてるの。
……馬鹿にしないで」
今度は力強い否定。
やはり、自分の意見がある時は強い。
「馬鹿にしてるのはどっちかなぁ?」
「茶化さないでよ」
結局は、都合の良し悪しで被害妄想の内容を決めている。
俺や雫さんは海野にとって、良い行いをしたに違いない。
逆に、昔の友達とやらは……。
「世の中、みーんな海野のことが好き、ってわけじゃないんだよ。
お前のことを嫌いな奴もいる。そりゃ当然」
一度、寝返りをうつ。
海野と目が合う。目元が赤く腫れている。
海野は泣いていた。
「やっぱり……。ウチって、いないほうがいいのかな?」
「まぁ、海野のことが嫌いな奴はそう思ってるよな、多分。
でも──」
「うん、そうだよね……ぅぅ」
あらら、本格的に泣いちゃった。
言いたいことはこれからなのに。
「泣きたいなら泣け。
言いたいことがあるなら言え。
今、海野の目の前にいる奴は、絶対に海野を嫌いにならない奴だからな」
「でもアマミーは、ウチと村雨が一緒だったら、ウチのこと嫌いになるでしょ?
だから──」
「だから、変装までして会ったのか?
んな事しなくても大丈夫だって。俺を信じろって」
「信じてる……。
信じてるから、信頼してるから、嫌われるのが怖かったの」
海野は目と鼻の先で、泣いている。
自分の主張を理解してもらえない子供のようだった。
わがままに泣きじゃくる、目頭を拭う。
その所作一つ一つに、幼さを感じた。
卵が先か、鶏が先か。
信頼している人を失うことに恐怖するか。
もしくは、信頼している人物だからこそ恐怖がなくなるか。
海野の葛藤から導き出された答えは、後者だったわけだ。
なるほど、正しい行いだな。
「そうか、そうだよな。
お前は、失った経験があるもんな?」
「……うん」海野は小さくうなづいた。
海野の行動が保身的になるのは、一度失ったから。
その経験はさっき聞いた。十中八九独り言なんだろうけど、ちゃんと聞いた。
案外、海野の癖も、保身的が故の行動なのかもしれない。
皮肉かな、これは。
「でも、俺は絶対に失わない。
絶対にな? 分かるか、絶対だぞ?」
「……絶対?」
しっかりとうなづく。
迷わず、真っ直ぐに海野を見る。
そういう所作でも不安にさせない。
「だから、俺の前では好きなように生きろ」
「……」
何かが、開いた。
そういう音も聞こえた。
俺の言葉がトリガーになったのは言うまでもないだろう。
彼女にとって、被害妄想をすることが唯一の自己防衛だったからだ。
そりゃあそう。
海野の世界では、全員が悪人なんだ。
いつ裏切られるかもわからない。
だから他人を信じない。
至極単純で、合理的で、安全度が高い。
まぁ、人間としては0点だが。
ベッドの上。海野を見下ろす。
両腕を掴んでいるから、抵抗される心配もない。
だが、これから俺は何もしない。
「アマミー?」海野は首を傾げる。「その、ウチ初めてだから……」恥ずかしそうに視線を外した。
黙って彼女を見つめる。
何もしない。動かない。俺が何もしないから、海野は何もできない。
これでいい。これがベストだ。
しばらく、たっぷり5分くらい。体感的には1時間。
俺は何もしなかった。まるで時間が停止したかの如く動かなかった。
海野はその間、表情をクルクルと変えた。
顔を赤く染めたり、急に涙目になったり。
強引に動こうとしたり、目を閉じたり。
とにかく必死に、答えを探していた。
答えなんてないのに、そこに何もないのに。
たった5分でも、海野は俺のことを信じきれなかったわけだ。
俺はそのまま1時間、同じように何もしなかった。
「なぁ海野。……俺の気持ち、分かったか?」
1時間後、呟くように聞く。
海野は突然のことに全身が跳ねていた。
その後に少し黙り込んで、一言。
「……わかんない」
「だろうな」
「なら、教えてよ。正解」
「そんなもんねぇよ。俺は最初から、何も考えてなかった」
そう、正解なんて無かった。それが正解。
パッと両腕を手放す。
海野の手首に、赤い手形が残っていた。
ドサっと海野の横に寝転がる。天井が見えた。
落ち着いた赤色。いったい、何組のカップルが眺めたのだろうか。
「他人の感情に、正解なんてないんだ。
誰も証明できないし、知る術もない。
でもお前は、それを無理に知ろうとする」
「……だって、怖いから」
震えていて、泣きそうな声。
キュッと服の裾が摘まれた。
弱い、弱い、細い、細い。だが、蜘蛛の糸のように切れない。
「俺は怖いか? 雫さんは?
俺と雫さんと、お前の昔の友達。全員おんなじ人間だぜ?」
「違う、違うよ。
アマミーもお姉ちゃんも、私を想ってくれてるの。
……馬鹿にしないで」
今度は力強い否定。
やはり、自分の意見がある時は強い。
「馬鹿にしてるのはどっちかなぁ?」
「茶化さないでよ」
結局は、都合の良し悪しで被害妄想の内容を決めている。
俺や雫さんは海野にとって、良い行いをしたに違いない。
逆に、昔の友達とやらは……。
「世の中、みーんな海野のことが好き、ってわけじゃないんだよ。
お前のことを嫌いな奴もいる。そりゃ当然」
一度、寝返りをうつ。
海野と目が合う。目元が赤く腫れている。
海野は泣いていた。
「やっぱり……。ウチって、いないほうがいいのかな?」
「まぁ、海野のことが嫌いな奴はそう思ってるよな、多分。
でも──」
「うん、そうだよね……ぅぅ」
あらら、本格的に泣いちゃった。
言いたいことはこれからなのに。
「泣きたいなら泣け。
言いたいことがあるなら言え。
今、海野の目の前にいる奴は、絶対に海野を嫌いにならない奴だからな」
「でもアマミーは、ウチと村雨が一緒だったら、ウチのこと嫌いになるでしょ?
だから──」
「だから、変装までして会ったのか?
んな事しなくても大丈夫だって。俺を信じろって」
「信じてる……。
信じてるから、信頼してるから、嫌われるのが怖かったの」
海野は目と鼻の先で、泣いている。
自分の主張を理解してもらえない子供のようだった。
わがままに泣きじゃくる、目頭を拭う。
その所作一つ一つに、幼さを感じた。
卵が先か、鶏が先か。
信頼している人を失うことに恐怖するか。
もしくは、信頼している人物だからこそ恐怖がなくなるか。
海野の葛藤から導き出された答えは、後者だったわけだ。
なるほど、正しい行いだな。
「そうか、そうだよな。
お前は、失った経験があるもんな?」
「……うん」海野は小さくうなづいた。
海野の行動が保身的になるのは、一度失ったから。
その経験はさっき聞いた。十中八九独り言なんだろうけど、ちゃんと聞いた。
案外、海野の癖も、保身的が故の行動なのかもしれない。
皮肉かな、これは。
「でも、俺は絶対に失わない。
絶対にな? 分かるか、絶対だぞ?」
「……絶対?」
しっかりとうなづく。
迷わず、真っ直ぐに海野を見る。
そういう所作でも不安にさせない。
「だから、俺の前では好きなように生きろ」
「……」
何かが、開いた。
そういう音も聞こえた。
俺の言葉がトリガーになったのは言うまでもないだろう。
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