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最終話 愛を知らずして愛を求む
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優が顔を覗かせた。
四葉ちゃんの様子を観察するように、そして視線が動き、
私達がなにをしていたのか考察するように。
彼の白く透き通った頬からは、冷気さえ感じる。
病的なまでに外出をしない優だからこその肌質。
彼の黒い瞳がキラキラと光って見えるのも、白い肌と対照的だから。
「……こほん。この事は、中で話そうよ」
張り詰めた空気感を両断するため、声のトーンをわざと上げた。
そして室内を指差す。それから間も無くして、玄関から全員が移動した。
「ウチ恋愛した事ないからわかんないけど、
……2人はどういう関係性?」
兼ねてから全員が気になっていた事を、葵は開口一番口にした。
リビングの食卓にて、私と四葉ちゃんと葵が並んで座っている。
その向こう側で優と黒咲明日香は、肩身が狭そうにしている。
「……恋人よ」
ガタッ!
黒咲がそう口にした瞬間、他の3人が椅子から立ち上がる。
「嘘だ!」
意外にも四葉ちゃんが叫んだ。
叫んだことに意外性はないけど、声の大きさが意外だった。
その時ばかりは、しっかりと鼓膜が震えた。
「アマミーに限ってそんな事……」
葵もショックを受けているようだった。
口に片手を当てて、フルフルと震えている。
今にも泣き出しそうだった。
私は?
怒りでもなく、落胆でもなく、悲しみでもなく。
ただ儚く散っていった初恋に、感情が追いつくことはなかった。
ほんの小さな何かで、思考を繋ぎ止めているようだった。
「優、それって本当なの?」
すがるように彼を見つめる。
たった一言『嘘だ』とか『こいつの妄想だ』とか言ってくれればいい。
それに、彼がそうやって言う姿を容易に想像できるってことは、
否定してくれる確率が高いということ。
つまり、まだ望みは──
「恋人です」
彼は深くうなづいた。
プツンと糸が切れた。全身の力が抜けて、椅子にもたれかかる。
乱雑になった思考から、ただひとつだけ『失恋』という文字が浮かび上がる。
それはきっと、わたし以外の2人もそうだと思う。
彼女たちの表情を見られるほど余裕はないけど、なんとなく分かった。
木之下 四葉
それからどんな風に会話をしただろうか。
私は普段通りでいられただろうか。
雨宮への思いを断ち切れただろうか。
否、むしろ強まるばかりだった。
時刻は午前2時
夜も静まって、幽霊でさえ寝ている時間。
私はふと目を覚ました。
リビングのソファの上だった。
たしかベッドの数が足りなくて、それならばとソファで寝たような気がする。
最後に押しかけた身分で贅沢を言ってられない。妥当な結果だ。
私は静かに立ち上がって背伸びをした。
眠気は吹っ飛んでいた。しかし切なさが残っていた。
だからだろうか。
私は音を立てぬよう気をつけながら、階段を登っていた。
扉を開くと、そこにも暗闇が広がっている。
だけど窓から差し込まれる月明かりが、ほんのりと部屋を照らし、
目的の場所は簡単に視認できた。
枕は入口と反対方向に置いてある。
だから雨宮の頭もこちら側にはなかった。
私はベッドのそばに寄って、雨宮を覗き込んだ。
無防備に寝ている。暑かったのか、掛け布団は蹴っ飛ばされていて、
制服のボタンも全て外されている。彼の鎖骨が視界に入った。
手錠の鍵は壊れていた。
だから今、雨宮と明日香は繋がれている。
その忌々しき鉄の輪は、2人を繋ぐ赤い糸のようにも見えた。
雨宮は片腕だけ下ろした大の字に、ガサツに眠っている。
逆に明日香は雨宮の懐で胎児のように眠っている。
正反対の寝相。だけど2人は恋人関係にある。
その事実を噛み締めると共に、涙が溢れてきた。
頬を伝って地面に落ちる涙。こういう恋愛は、突然終わるらしい。
なんの脈略もなく、伏線もなく、ある時を境にして終わる。
私は蚊帳の外で、誰かの都合を埋め合わせるみたいに消えて無くなる。
世界が終わる日も、こうやって唐突に訪れるのだろう。
雨宮を舐め回すように見ていると、一瞬だけ明日香に違和感を感じた。
彼女の肘から手首にかけて、赤い斑点がポツポツ……。
それは雨宮に近づけば近づくほど多くなっており、
手首に最も多くの斑点ができていた。
アレルギーみたいだなと、勝手に思った。優が顔を覗かせた。
四葉ちゃんの様子を観察するように、そして視線が動き、
私達がなにをしていたのか考察するように。
彼の白く透き通った頬からは、冷気さえ感じる。
病的なまでに外出をしない優だからこその肌質。
彼の黒い瞳がキラキラと光って見えるのも、白い肌と対照的だから。
「……こほん。この事は、中で話そうよ」
張り詰めた空気感を両断するため、声のトーンをわざと上げた。
そして室内を指差す。それから間も無くして、玄関から全員が移動した。
「ウチ恋愛した事ないからわかんないけど、
……2人はどういう関係性?」
兼ねてから全員が気になっていた事を、葵は開口一番口にした。
リビングの食卓にて、私と四葉ちゃんと葵が並んで座っている。
その向こう側で優と黒咲明日香は、肩身が狭そうにしている。
「……恋人よ」
ガタッ!
黒咲がそう口にした瞬間、他の3人が椅子から立ち上がる。
「嘘だ!」
意外にも四葉ちゃんが叫んだ。
叫んだことに意外性はないけど、声の大きさが意外だった。
その時ばかりは、しっかりと鼓膜が震えた。
「アマミーに限ってそんな事……」
葵もショックを受けているようだった。
口に片手を当てて、フルフルと震えている。
今にも泣き出しそうだった。
私は?
怒りでもなく、落胆でもなく、悲しみでもなく。
ただ儚く散っていった初恋に、感情が追いつくことはなかった。
ほんの小さな何かで、思考を繋ぎ止めているようだった。
「優、それって本当なの?」
すがるように彼を見つめる。
たった一言『嘘だ』とか『こいつの妄想だ』とか言ってくれればいい。
それに、彼がそうやって言う姿を容易に想像できるってことは、
否定してくれる確率が高いということ。
つまり、まだ望みは──
「恋人です」
彼は深くうなづいた。
プツンと糸が切れた。全身の力が抜けて、椅子にもたれかかる。
乱雑になった思考から、ただひとつだけ『失恋』という文字が浮かび上がる。
それはきっと、わたし以外の2人もそうだと思う。
彼女たちの表情を見られるほど余裕はないけど、なんとなく分かった。
木之下 四葉
それからどんな風に会話をしただろうか。
私は普段通りでいられただろうか。
雨宮への思いを断ち切れただろうか。
否、むしろ強まるばかりだった。
時刻は午前2時
夜も静まって、幽霊でさえ寝ている時間。
私はふと目を覚ました。
リビングのソファの上だった。
たしかベッドの数が足りなくて、それならばとソファで寝たような気がする。
最後に押しかけた身分で贅沢を言ってられない。妥当な結果だ。
私は静かに立ち上がって背伸びをした。
眠気は吹っ飛んでいた。しかし切なさが残っていた。
だからだろうか。
私は音を立てぬよう気をつけながら、階段を登っていた。
扉を開くと、そこにも暗闇が広がっている。
だけど窓から差し込まれる月明かりが、ほんのりと部屋を照らし、
目的の場所は簡単に視認できた。
枕は入口と反対方向に置いてある。
だから雨宮の頭もこちら側にはなかった。
私はベッドのそばに寄って、雨宮を覗き込んだ。
無防備に寝ている。暑かったのか、掛け布団は蹴っ飛ばされていて、
制服のボタンも全て外されている。彼の鎖骨が視界に入った。
手錠の鍵は壊れていた。
だから今、雨宮と明日香は繋がれている。
その忌々しき鉄の輪は、2人を繋ぐ赤い糸のようにも見えた。
雨宮は片腕だけ下ろした大の字に、ガサツに眠っている。
逆に明日香は雨宮の懐で胎児のように眠っている。
正反対の寝相。だけど2人は恋人関係にある。
その事実を噛み締めると共に、涙が溢れてきた。
頬を伝って地面に落ちる涙。こういう恋愛は、突然終わるらしい。
なんの脈略もなく、伏線もなく、ある時を境にして終わる。
私は蚊帳の外で、誰かの都合を埋め合わせるみたいに消えて無くなる。
世界が終わる日も、こうやって唐突に訪れるのだろう。
雨宮を舐め回すように見ていると、一瞬だけ明日香に違和感を感じた。
彼女の肘から手首にかけて、赤い斑点がポツポツ……。
それは雨宮に近づけば近づくほど多くなっており、
手首に最も多くの斑点ができていた。
アレルギーみたいだなと、勝手に思った。優が顔を覗かせた。
張り詰めた空気感を両断するため、声のトーンをわざと上げた。
そして室内を指差す。それから間も無くして、玄関から全員が移動した。
「ウチ恋愛した事ないからわかんないけど、
……2人はどういう関係性?」
兼ねてから全員が気になっていた事を、葵は開口一番口にした。
リビングの食卓にて、私と四葉ちゃんと葵が並んで座っている。
その向こう側で優と黒咲明日香は、肩身が狭そうにしている。
「……恋人よ」
ガタッ!
黒咲がそう口にした瞬間、他の3人が椅子から立ち上がる。
「嘘だ!」
意外にも四葉ちゃんが叫んだ。
叫んだことに意外性はないけど、声の大きさが意外だった。
その時ばかりは、しっかりと鼓膜が震えた。
「アマミーに限ってそんな事……」
葵もショックを受けているようだった。
口に片手を当てて、フルフルと震えている。
今にも泣き出しそうだった。
私は?
怒りでもなく、落胆でもなく、悲しみでもなく。
ただ儚く散っていった初恋に、感情が追いつくことはなかった。
ほんの小さな何かで、思考を繋ぎ止めているようだった。
「優、それって本当なの?」
すがるように彼を見つめる。
たった一言『嘘だ』とか『こいつの妄想だ』とか言ってくれればいい。
それに、彼がそうやって言う姿を容易に想像できるってことは、
否定してくれる確率が高いということ。
つまり、まだ望みは──
「恋人です」
彼は深くうなづいた。
プツンと糸が切れた。全身の力が抜けて、椅子にもたれかかる。
乱雑になった思考から、ただひとつだけ『失恋』という文字が浮かび上がる。
それはきっと、わたし以外の2人もそうだと思う。
彼女たちの表情を見られるほど余裕はないけど、なんとなく分かった。
木之下 四葉
それからどんな風に会話をしただろうか。
私は普段通りでいられただろうか。
雨宮への思いを断ち切れただろうか。
否、むしろ強まるばかりだった。
時刻は午前2時
夜も静まって、幽霊でさえ寝ている時間。
私はふと目を覚ました。
リビングのソファの上だった。
たしかベッドの数が足りなくて、それならばとソファで寝たような気がする。
最後に押しかけた身分で贅沢を言ってられない。妥当な結果だ。
私は静かに立ち上がって背伸びをした。
眠気は吹っ飛んでいた。しかし切なさが残っていた。
だからだろうか。
私は音を立てぬよう気をつけながら、階段を登っていた。
扉を開くと、そこにも暗闇が広がっている。
だけど窓から差し込まれる月明かりが、ほんのりと部屋を照らし、
目的の場所は簡単に視認できた。
枕は入口と反対方向に置いてある。
だから雨宮の頭もこちら側にはなかった。
私はベッドのそばに寄って、雨宮を覗き込んだ。
無防備に寝ている。暑かったのか、掛け布団は蹴っ飛ばされていて、
制服のボタンも全て外されている。彼の鎖骨が視界に入った。
手錠の鍵は壊れていた。
だから今、雨宮と明日香は繋がれている。
その忌々しき鉄の輪は、2人を繋ぐ赤い糸のようにも見えた。
雨宮は片腕だけ下ろした大の字に、ガサツに眠っている。
逆に明日香は雨宮の懐で胎児のように眠っている。
正反対の寝相。だけど2人は恋人関係にある。
その事実を噛み締めると共に、涙が溢れてきた。
頬を伝って地面に落ちる涙。こういう恋愛は、突然終わるらしい。
なんの脈略もなく、伏線もなく、ある時を境にして終わる。
私は蚊帳の外で、誰かの都合を埋め合わせるみたいに消えて無くなる。
世界が終わる日も、こうやって唐突に訪れるのだろう。
雨宮を舐め回すように見ていると、一瞬だけ明日香に違和感を感じた。
彼女の肘から手首にかけて、赤い斑点がポツポツ……。
それは雨宮に近づけば近づくほど多くなっており、
手首に最も多くの斑点ができていた。
アレルギーみたいだなと、勝手に思った。
四葉ちゃんの様子を観察するように、そして視線が動き、
私達がなにをしていたのか考察するように。
彼の白く透き通った頬からは、冷気さえ感じる。
病的なまでに外出をしない優だからこその肌質。
彼の黒い瞳がキラキラと光って見えるのも、白い肌と対照的だから。
「……こほん。この事は、中で話そうよ」
張り詰めた空気感を両断するため、声のトーンをわざと上げた。
そして室内を指差す。それから間も無くして、玄関から全員が移動した。
「ウチ恋愛した事ないからわかんないけど、
……2人はどういう関係性?」
兼ねてから全員が気になっていた事を、葵は開口一番口にした。
リビングの食卓にて、私と四葉ちゃんと葵が並んで座っている。
その向こう側で優と黒咲明日香は、肩身が狭そうにしている。
「……恋人よ」
ガタッ!
黒咲がそう口にした瞬間、他の3人が椅子から立ち上がる。
「嘘だ!」
意外にも四葉ちゃんが叫んだ。
叫んだことに意外性はないけど、声の大きさが意外だった。
その時ばかりは、しっかりと鼓膜が震えた。
「アマミーに限ってそんな事……」
葵もショックを受けているようだった。
口に片手を当てて、フルフルと震えている。
今にも泣き出しそうだった。
私は?
怒りでもなく、落胆でもなく、悲しみでもなく。
ただ儚く散っていった初恋に、感情が追いつくことはなかった。
ほんの小さな何かで、思考を繋ぎ止めているようだった。
「優、それって本当なの?」
すがるように彼を見つめる。
たった一言『嘘だ』とか『こいつの妄想だ』とか言ってくれればいい。
それに、彼がそうやって言う姿を容易に想像できるってことは、
否定してくれる確率が高いということ。
つまり、まだ望みは──
「恋人です」
彼は深くうなづいた。
プツンと糸が切れた。全身の力が抜けて、椅子にもたれかかる。
乱雑になった思考から、ただひとつだけ『失恋』という文字が浮かび上がる。
それはきっと、わたし以外の2人もそうだと思う。
彼女たちの表情を見られるほど余裕はないけど、なんとなく分かった。
木之下 四葉
それからどんな風に会話をしただろうか。
私は普段通りでいられただろうか。
雨宮への思いを断ち切れただろうか。
否、むしろ強まるばかりだった。
時刻は午前2時
夜も静まって、幽霊でさえ寝ている時間。
私はふと目を覚ました。
リビングのソファの上だった。
たしかベッドの数が足りなくて、それならばとソファで寝たような気がする。
最後に押しかけた身分で贅沢を言ってられない。妥当な結果だ。
私は静かに立ち上がって背伸びをした。
眠気は吹っ飛んでいた。しかし切なさが残っていた。
だからだろうか。
私は音を立てぬよう気をつけながら、階段を登っていた。
扉を開くと、そこにも暗闇が広がっている。
だけど窓から差し込まれる月明かりが、ほんのりと部屋を照らし、
目的の場所は簡単に視認できた。
枕は入口と反対方向に置いてある。
だから雨宮の頭もこちら側にはなかった。
私はベッドのそばに寄って、雨宮を覗き込んだ。
無防備に寝ている。暑かったのか、掛け布団は蹴っ飛ばされていて、
制服のボタンも全て外されている。彼の鎖骨が視界に入った。
手錠の鍵は壊れていた。
だから今、雨宮と明日香は繋がれている。
その忌々しき鉄の輪は、2人を繋ぐ赤い糸のようにも見えた。
雨宮は片腕だけ下ろした大の字に、ガサツに眠っている。
逆に明日香は雨宮の懐で胎児のように眠っている。
正反対の寝相。だけど2人は恋人関係にある。
その事実を噛み締めると共に、涙が溢れてきた。
頬を伝って地面に落ちる涙。こういう恋愛は、突然終わるらしい。
なんの脈略もなく、伏線もなく、ある時を境にして終わる。
私は蚊帳の外で、誰かの都合を埋め合わせるみたいに消えて無くなる。
世界が終わる日も、こうやって唐突に訪れるのだろう。
雨宮を舐め回すように見ていると、一瞬だけ明日香に違和感を感じた。
彼女の肘から手首にかけて、赤い斑点がポツポツ……。
それは雨宮に近づけば近づくほど多くなっており、
手首に最も多くの斑点ができていた。
アレルギーみたいだなと、勝手に思った。優が顔を覗かせた。
四葉ちゃんの様子を観察するように、そして視線が動き、
私達がなにをしていたのか考察するように。
彼の白く透き通った頬からは、冷気さえ感じる。
病的なまでに外出をしない優だからこその肌質。
彼の黒い瞳がキラキラと光って見えるのも、白い肌と対照的だから。
「……こほん。この事は、中で話そうよ」
張り詰めた空気感を両断するため、声のトーンをわざと上げた。
そして室内を指差す。それから間も無くして、玄関から全員が移動した。
「ウチ恋愛した事ないからわかんないけど、
……2人はどういう関係性?」
兼ねてから全員が気になっていた事を、葵は開口一番口にした。
リビングの食卓にて、私と四葉ちゃんと葵が並んで座っている。
その向こう側で優と黒咲明日香は、肩身が狭そうにしている。
「……恋人よ」
ガタッ!
黒咲がそう口にした瞬間、他の3人が椅子から立ち上がる。
「嘘だ!」
意外にも四葉ちゃんが叫んだ。
叫んだことに意外性はないけど、声の大きさが意外だった。
その時ばかりは、しっかりと鼓膜が震えた。
「アマミーに限ってそんな事……」
葵もショックを受けているようだった。
口に片手を当てて、フルフルと震えている。
今にも泣き出しそうだった。
私は?
怒りでもなく、落胆でもなく、悲しみでもなく。
ただ儚く散っていった初恋に、感情が追いつくことはなかった。
ほんの小さな何かで、思考を繋ぎ止めているようだった。
「優、それって本当なの?」
すがるように彼を見つめる。
たった一言『嘘だ』とか『こいつの妄想だ』とか言ってくれればいい。
それに、彼がそうやって言う姿を容易に想像できるってことは、
否定してくれる確率が高いということ。
つまり、まだ望みは──
「恋人です」
彼は深くうなづいた。
プツンと糸が切れた。全身の力が抜けて、椅子にもたれかかる。
乱雑になった思考から、ただひとつだけ『失恋』という文字が浮かび上がる。
それはきっと、わたし以外の2人もそうだと思う。
彼女たちの表情を見られるほど余裕はないけど、なんとなく分かった。
木之下 四葉
それからどんな風に会話をしただろうか。
私は普段通りでいられただろうか。
雨宮への思いを断ち切れただろうか。
否、むしろ強まるばかりだった。
時刻は午前2時
夜も静まって、幽霊でさえ寝ている時間。
私はふと目を覚ました。
リビングのソファの上だった。
たしかベッドの数が足りなくて、それならばとソファで寝たような気がする。
最後に押しかけた身分で贅沢を言ってられない。妥当な結果だ。
私は静かに立ち上がって背伸びをした。
眠気は吹っ飛んでいた。しかし切なさが残っていた。
だからだろうか。
私は音を立てぬよう気をつけながら、階段を登っていた。
扉を開くと、そこにも暗闇が広がっている。
だけど窓から差し込まれる月明かりが、ほんのりと部屋を照らし、
目的の場所は簡単に視認できた。
枕は入口と反対方向に置いてある。
だから雨宮の頭もこちら側にはなかった。
私はベッドのそばに寄って、雨宮を覗き込んだ。
無防備に寝ている。暑かったのか、掛け布団は蹴っ飛ばされていて、
制服のボタンも全て外されている。彼の鎖骨が視界に入った。
手錠の鍵は壊れていた。
だから今、雨宮と明日香は繋がれている。
その忌々しき鉄の輪は、2人を繋ぐ赤い糸のようにも見えた。
雨宮は片腕だけ下ろした大の字に、ガサツに眠っている。
逆に明日香は雨宮の懐で胎児のように眠っている。
正反対の寝相。だけど2人は恋人関係にある。
その事実を噛み締めると共に、涙が溢れてきた。
頬を伝って地面に落ちる涙。こういう恋愛は、突然終わるらしい。
なんの脈略もなく、伏線もなく、ある時を境にして終わる。
私は蚊帳の外で、誰かの都合を埋め合わせるみたいに消えて無くなる。
世界が終わる日も、こうやって唐突に訪れるのだろう。
雨宮を舐め回すように見ていると、一瞬だけ明日香に違和感を感じた。
彼女の肘から手首にかけて、赤い斑点がポツポツ……。
それは雨宮に近づけば近づくほど多くなっており、
手首に最も多くの斑点ができていた。
アレルギーみたいだなと、勝手に思った。優が顔を覗かせた。
張り詰めた空気感を両断するため、声のトーンをわざと上げた。
そして室内を指差す。それから間も無くして、玄関から全員が移動した。
「ウチ恋愛した事ないからわかんないけど、
……2人はどういう関係性?」
兼ねてから全員が気になっていた事を、葵は開口一番口にした。
リビングの食卓にて、私と四葉ちゃんと葵が並んで座っている。
その向こう側で優と黒咲明日香は、肩身が狭そうにしている。
「……恋人よ」
ガタッ!
黒咲がそう口にした瞬間、他の3人が椅子から立ち上がる。
「嘘だ!」
意外にも四葉ちゃんが叫んだ。
叫んだことに意外性はないけど、声の大きさが意外だった。
その時ばかりは、しっかりと鼓膜が震えた。
「アマミーに限ってそんな事……」
葵もショックを受けているようだった。
口に片手を当てて、フルフルと震えている。
今にも泣き出しそうだった。
私は?
怒りでもなく、落胆でもなく、悲しみでもなく。
ただ儚く散っていった初恋に、感情が追いつくことはなかった。
ほんの小さな何かで、思考を繋ぎ止めているようだった。
「優、それって本当なの?」
すがるように彼を見つめる。
たった一言『嘘だ』とか『こいつの妄想だ』とか言ってくれればいい。
それに、彼がそうやって言う姿を容易に想像できるってことは、
否定してくれる確率が高いということ。
つまり、まだ望みは──
「恋人です」
彼は深くうなづいた。
プツンと糸が切れた。全身の力が抜けて、椅子にもたれかかる。
乱雑になった思考から、ただひとつだけ『失恋』という文字が浮かび上がる。
それはきっと、わたし以外の2人もそうだと思う。
彼女たちの表情を見られるほど余裕はないけど、なんとなく分かった。
木之下 四葉
それからどんな風に会話をしただろうか。
私は普段通りでいられただろうか。
雨宮への思いを断ち切れただろうか。
否、むしろ強まるばかりだった。
時刻は午前2時
夜も静まって、幽霊でさえ寝ている時間。
私はふと目を覚ました。
リビングのソファの上だった。
たしかベッドの数が足りなくて、それならばとソファで寝たような気がする。
最後に押しかけた身分で贅沢を言ってられない。妥当な結果だ。
私は静かに立ち上がって背伸びをした。
眠気は吹っ飛んでいた。しかし切なさが残っていた。
だからだろうか。
私は音を立てぬよう気をつけながら、階段を登っていた。
扉を開くと、そこにも暗闇が広がっている。
だけど窓から差し込まれる月明かりが、ほんのりと部屋を照らし、
目的の場所は簡単に視認できた。
枕は入口と反対方向に置いてある。
だから雨宮の頭もこちら側にはなかった。
私はベッドのそばに寄って、雨宮を覗き込んだ。
無防備に寝ている。暑かったのか、掛け布団は蹴っ飛ばされていて、
制服のボタンも全て外されている。彼の鎖骨が視界に入った。
手錠の鍵は壊れていた。
だから今、雨宮と明日香は繋がれている。
その忌々しき鉄の輪は、2人を繋ぐ赤い糸のようにも見えた。
雨宮は片腕だけ下ろした大の字に、ガサツに眠っている。
逆に明日香は雨宮の懐で胎児のように眠っている。
正反対の寝相。だけど2人は恋人関係にある。
その事実を噛み締めると共に、涙が溢れてきた。
頬を伝って地面に落ちる涙。こういう恋愛は、突然終わるらしい。
なんの脈略もなく、伏線もなく、ある時を境にして終わる。
私は蚊帳の外で、誰かの都合を埋め合わせるみたいに消えて無くなる。
世界が終わる日も、こうやって唐突に訪れるのだろう。
雨宮を舐め回すように見ていると、一瞬だけ明日香に違和感を感じた。
彼女の肘から手首にかけて、赤い斑点がポツポツ……。
それは雨宮に近づけば近づくほど多くなっており、
手首に最も多くの斑点ができていた。
アレルギーみたいだなと、勝手に思った。
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『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
付き合う前から好感度が限界突破な幼馴染が、疎遠になっていた中学時代を取り戻す為に高校ではイチャイチャするだけの話
頼瑠 ユウ
青春
高校一年生の上条悠斗は、同級生にして幼馴染の一ノ瀬綾乃が別のクラスのイケメンに告白された事を知り、自身も彼女に想いを伝える為に告白をする。
綾乃とは家が隣同士で、彼女の家庭の事情もあり家族ぐるみで幼い頃から仲が良かった。
だが、悠斗は小学校卒業を前に友人達に綾乃との仲を揶揄われ、「もっと女の子らしい子が好きだ」と言ってしまい、それが切っ掛けで彼女とは疎遠になってしまっていた。
中学の三年間は拒絶されるのが怖くて、悠斗は綾乃から逃げ続けた。
とうとう高校生となり、綾乃は誰にでも分け隔てなく優しく、身体つきも女性らしくなり『学年一の美少女』と謳われる程となっている。
高嶺の花。
そんな彼女に悠斗は不釣り合いだと振られる事を覚悟していた。
だがその結果は思わぬ方向へ。実は彼女もずっと悠斗が好きで、両想いだった。
しかも、綾乃は悠斗の気を惹く為に、品行方正で才色兼備である事に努め、胸の大きさも複数のパッドで盛りに盛っていた事が発覚する。
それでも構わず、恋人となった二人は今まで出来なかった事を少しずつ取り戻していく。
他愛の無い会話や一緒にお弁当を食べたり、宿題をしたり、ゲームで遊び、デートをして互いが好きだという事を改めて自覚していく。
存分にイチャイチャし、時には異性と意識して葛藤する事もあった。
両家の家族にも交際を認められ、幸せな日々を過ごしていた。
拙いながらも愛を育んでいく中で、いつしか学校では綾乃の良からぬ噂が広まっていく。
そして綾乃に振られたイケメンは彼女の弱みを握り、自分と付き合う様に脅してきた。
それでも悠斗と綾乃は屈せずに、将来を誓う。
イケメンの企てに、友人達や家族の助けを得て立ち向かう。
付き合う前から好感度が限界突破な二人には、いかなる障害も些細な事だった。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
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