社畜の異世界再出発

U65

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第10話 強くなりたい理由

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昼を過ぎて、陽が少し傾き始めるころ。

「ユーリ、お昼食べたら、お洗濯のお手伝い、お願いできる?」

母さんの声に、俺はこくりと頷いた。午前中の畑作業が終わってから、軽く昼寝でもするかと悩んだが――いや、今はそれどころじゃない。ここ数日、俺の中で「新しいスキル」への興味が高まっているのだ。

(洗濯。そう、衣類を清潔に保つという、この文明の柱のひとつ……!)

などと謎の使命感を胸に抱えつつ、桶に水を張る母さんの隣に陣取る。

「じゃあ、これをお水に浸してから、手でぎゅっぎゅってするのよ。優しくね、布が傷まないように」

「うん、やってみる!」

洗濯板に布をこすりつける……のはまだ早いらしく、俺の役目は“予洗い”。水の中でゆらゆらと衣を揺らしながら、土汚れを落とす。ごしごしじゃなくて、ふわふわっと。

(……なるほどな、力よりリズムだ)

手がふやけてくる頃には、なんとなくコツもわかってきた。母さんは合間にすすぎや干し作業をこなしていて、その手際は見事なものだ。

「ユーリ、上手よ。ちゃんと生地を見て洗ってるのね」

「うん!」

(……反応がすっかり板についてきたな)

物干し台に並ぶ布が、春風にはためくのを見て、ちょっとだけ誇らしい気持ちになる。


洗濯が終わると、今度はリノアと外遊びの時間。玄関の前で彼女はすでに待機していた。

「ユーリーっ、あそぼー!」

「いいよ、もうお洗濯終わった!」

「やったー!」

手を引かれ、畑の奥にある小さな丘へ。草が生い茂るその場所は、子どもたちのちょっとした“秘密基地”だ。と言っても、今のところ使ってるのは俺とリノアくらいだけど。

リノアは持ってきた木の枝を振り回して、「これは剣よ! ユーリは魔法使いね!」と、勝手に役割を決めてくる。

「えっ、なんで僕が魔法使い?」

「ユーリは、なんか、きらきらしてるから!」

(……それ、どういう意味だ? それとも、魔力的な何かが滲み出てるのか……?)

深く考える前に、リノアの剣が襲いかかってきた。

「えいっ!」

「ま、まて、ちょ――魔法発動準備中です!」

「だめー! はやくうって!」

「そんな理不尽な……!」

草の上を転がりながら、ふたりで笑い転げた。

(ま、いっか。楽しいから)


そのあとは、村の小道を散歩がてら歩いた。途中で顔なじみのおばあさんに声をかけられる。

「あらあら、ユーリちゃんとリノアちゃん。今日も仲良しさんねえ」

「おばあちゃん、こんにちはー!」

「こんにちはっ」

「ふたりとも、手はちゃんと洗ってる? 風邪が流行ってるからね」

「うん! 今日、洗濯もしたよ!」

「まぁまぁ、なんてお利口さん。じゃあ、ごほうびに――」

おばあさんは腰の籠から、小さな木の実を取り出してくれた。

「甘く煮てあるから、気をつけて食べるのよ」

「ありがとー!」

木陰でその実を頬張りながら、リノアが言う。

「ユーリって、なんか村のひとに好かれてるよね」

「そ、そうかな?」

「うん。だって、かわいいもん!」

(出た……強烈な純粋無垢アタック)

顔が熱くなる。だがごまかすために、木の実をもうひとつ口に放り込んだ。

(まあでも……こうやって誰かと笑い合って、名前呼ばれて、関わり合える生活って……)

言葉にするのが照れくさいほど、あたたかくて、柔らかい。


夕方。リノアと別れ、家に戻ると、ちょうど父さんも帰ってきていた。

「お、帰ったか。今日はよく働いたな、ユーリ」

「うん、洗濯して、遊んで、いっぱい動いた!」

「はは、それはいいことだ。母さんも助かったって言ってたぞ」

「ほんと?」

「ほんとだ」

そう言って頭をくしゃっと撫でられる。大きくてあったかい手。

(……あれ? なんか、もうそれだけで今日一日が報われた気がする)

晩ごはんは、野菜と豆のスープ、焼いた魚、柔らかいパン。昼間に俺が手伝ったにんじんが、彩りとしてスープの中に浮かんでいた。

「おいしい?」

「うん!」

家族そろって食卓を囲む。笑い声と湯気のあがる夕食。きっと誰にとっても、なんてことのない“当たり前の光景”だ。でも俺には、それがとびきり貴重だった。


その夜、母さんが髪をとかしてくれた。父さんは台所で片付け中。木の壁ごしに食器の音が聞こえる。

「今日もいっぱいお手伝いしてくれて、ありがとうね」

「ううん。僕、もっともっと上手になるよ」

「ふふ、頼もしいわ」

とかされた髪がさらさらと揺れる。目を閉じると、ふわっとあったかい毛布の中に吸い込まれるような気がした。

(……前は、こんなふうに眠る前に、誰かが側にいるなんてなかったな)

胸の奥が、じんわりあたたかくなる。

そして、ふと思う。

(もっとできるようになりたい。もっとこの世界を知りたい。――この場所を守れるくらい、強くなりたい)

そんな小さな決意を胸に、俺はそっと目を閉じた。

静かな夜の中、風の音が、どこか子守唄のように聞こえた。
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