社畜の異世界再出発

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第9話 朝仕事

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朝の空気には、ほんのり土と草の匂いが混じっていた。窓辺から差し込む陽が、部屋の壁をじわじわ明るく染めていく。

「……んー」

その日、俺――いや、“外”ではちゃんと「僕」って名乗ってるけどさ――は、まぶたをこすりながら起き上がった。

隣の布団に視線をやると、誰もいない。どうやら、父さんも母さんもすでに起きてるらしい。

(おっと、出遅れたか)

布団から抜け出して部屋を出る。もうハイハイじゃない。俺は今、立派に“歩ける”。気がつけば、4歳になっていた――早いもんだ。

(いやぁ、感慨深いな……。転生してから四年。心は元社会人、中身はおっさん。けど見た目は村のちびっこ。このギャップ、なかなかだろ)

台所に入ると、母さん――マーシャが朝ごはんの支度をしていた。鍋のふたを開け、湯気に顔をしかめながら味見をしている。

「おはよう、母さん」

「あら、ユーリ。おはよう。今日は早起きね」

笑顔がやわらかくて、朝の光よりあったかい。前世じゃ味わえなかった、穏やかな朝。……いや、そんなノスタルジーに浸るのは後回しだ。

「水くみに行くって、父さん言ってた?」

「ええ。用水路のほうが詰まってるみたいで、朝から様子を見に行ったのよ」

「ふーん……じゃあ、僕もお手伝いするよ」

「うふふ、それは頼もしいわ。でもまずは顔を洗って、着替えてからね」

「はーい!」

(言葉づかいにも気を配らないとな。俺は今、子どもなんだから)

水瓶の前まで行って、いつもの踏み台にのぼる。ちゃぷっと手を濡らして顔を洗い、タオルでぬぐう。

(この儀式感、嫌いじゃない)

着替えを終えると、小さな腰にエプロンを巻く。やる気スイッチオン。

「母さん、僕、にんじん切る?」

「じゃあ今日は、手で細かくちぎってくれる? スープに入れるから」

「まかせて!」

にんじんの輪切りをぽきぽき折っていく。包丁はまだ早いらしいけど、手作業なら得意だ。なにせ前世では、社内書類を秒単位でさばいていたんだ。地味な作業は俺の専売特許。

「このくらいでいい?」

「ええ、とっても上手よ。几帳面なのね、ユーリは」

「……ありがと」

(几帳面ってより、癖なんだよな。前職病というか)

そんなやりとりが、なんか心地いい。


「ユーリーっ、いるー?」

元気な声が外から聞こえた。ふわふわの栗色の髪、大きな瞳、いつも明るいリノアが、門の前でぴょこっと顔をのぞかせる。

「おはよう! お手伝いしてるって聞いたから、来た!」

「うん、今ちょっと休憩中!」

「じゃあ、わたしもなんかやるー!」

(この子、相変わらず遠慮ないな。でも、嫌いじゃない)

リノアは慣れた手つきで手を洗い、勝手にエプロンを装着。母さんも「じゃがいもお願いね」と渡していた。

(……即戦力すぎるだろ)

並んで野菜を転がしていると、リノアが言った。

「ユーリ、前より背が伸びたねー。目が合うもん!」

「うん、最近ちょっと大きくなったかも。リノアも髪、長くなった?」

「そうでしょー? おかあさんが、お姉さんみたいって言ってくれたの!」

得意げに胸を張るリノア。その姿に、なんか自然と笑顔になる。

(毎日がこんなに楽しいなんて……やっぱりなんか、不思議な気分だ)

気を張り詰めた日々、残業続きの夜。いまのこの時間は、間違いなく――宝物だ。


午前のうちに、父さん――ルドルフと一緒に畑へ出た。

「ユーリ、このカゴ、持ってってくれ」

「うん!」

まだ少し重たいけど、頑張れば持てる重さ。頼られるってだけで、嬉しいもんだ。

畑に着くと、父さんが鍬をふるって土を耕していた。

「ここは今年、豆を植えるつもりだ。輪作ってやつな」

「うん、ずっと同じの植えると土が疲れるんだよね?」

「おっ、物知りだな。誰に聞いた?」

「えっと……絵本で読んだ!」

(ナイスフォロー俺。うっかり“前世知識”出しかけたけどセーフ!)

父さんは「最近の絵本はすげぇなぁ」と笑って、種袋を見せてくれた。

道具いらずの履歴書だな、ほんと。働いてきた年数が全部、手に刻まれてる。

「ユーリは、本当にしっかりしてきたな。お前が来てから、家もずいぶん明るくなった」

「僕も、父さんと畑仕事できるの、好きだよ」

俺がそう言うと、父さんは少し照れくさそうに笑った。

この世界で生きてく。ちゃんと“今”を生きるってこと。

それは、こうして笑い合える毎日を、少しずつ積み重ねていくことなんだ。

(家の仕事って、けっこう奥が深いな……洗濯も、戦力になるには極めなきゃな)

小さな手が、土の重みと、家族のぬくもりを、確かに握りしめていた。
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